サイレント

静かな夜の時間に・・・

氷河期(2)

2006-09-24 18:05:45 | Weblog



カゲ「メッセージが届きました」
私「ん?」
カゲ「・・・・・・」
私「誰からだ?」
カゲ「・・・・・・」
私「ハルか・・・」

ハルとは、私の知り合いのひとりだ。

知り合いではあるのだが、
私はまだ、一度も直接は会ったことはない。
しかしそれでもハルは、
日本のどこかに人として生きているらしい。

男なのか女なのかも不明だし、
年齢や、住んでいる地方や、人としての職業なども、
詳しいことはわからない。
インターネットでも、出会ったり話したことはない。

ただ、この世ではない別の世界でハルという者がいて、
そちらで私と仕事の上でいろいろ関係があって、
どうもそのハルは、
私と同様にこの世で肉を持ち、人として暮らしており、
しかも、はっきり意識しながら異世界で仕事をしている・・・
ということは掴んでいた。


ハルは、
日本の霊的な管理者たちから構成される管理組合に属し、
かつ、
その就任からそれほど長くは経っていなかった。

ちなみに私の師匠は、
日本の管理組合には属していないし、その傘下でもない。
どこかの国や地域の管理関係者というわけでもない。
ヤクザでもない。
私を育てた私の師匠は、その素性に関しては、
ちょっと気味の悪いところがある。

いや、師匠の素性のことなどどうでもいい。

私とハルは、数年前に一度戦ったことがある。
そのあとしばらくしてから、私たちは戦友になった。
そしていつの間にか、ハルは役職に就いていた。
反対に私は、仕事にイヤ気がさして、
一度完全に身を引いたのは、前に話した通りだ。

今度の仕事は、そのハルが、
師匠を通さずに直接私にもってきた。
ハルからのメッセージで事情を知った私は、驚愕した。


「日本列島全体が、占拠されつつある」
はあ?

「このままでは蹂躙され、多数の死者が出る」
待て、それは何のことなのだ?

「東京が、最も悲惨な被害が出てしまう」
だから、一体何の話なんだ!!

「いますぐ気象衛星図を見てくれ」
気象衛星図??

私はすぐに携帯電話で気象情報のサイトを開き、
気象衛星画像を確認し、そして戦慄した。

関東以外のほぼ日本列島全域が、
分厚い雲に覆われ寒波に襲われている!
いまはまだかろうじて関東だけがスッポリと抜けているが、
このままでは、
関東地方も大雪と凍結からなる寒波に飲み込まれるのは、
もう時間の問題にすぎないと思われた。


「いま、緊急事態だ」
こんなになるまでなぜ誰も防げなかった!!

「手伝ってくれ」
当たり前だ!! なぜもっと早く連絡しない!!

この時は、すでに日が暮れて夜になっていた。
私は、すぐに車で出掛けることにした。

自然災害による被害がなるべく少なくなるように、
仕事をしている者たちが、この国にはたくさんいる。
人として生きながら働いている者も多い。
それぞれの地方に、それぞれ腕の利く連中がいる。

何らかの災害により、大勢の人間が死傷した場合は、
防ぐ側からすれば、それは失態というしかない。
しかし大災害を防ぐのは、時には不可能に近い。

今回の寒波襲来ほど、ものの見事に、
防ぐ側がなんら対策を講じることもできないまま、
ふと気付いたら日本列島全体が・・・という事態は珍しい。

おそらく、防御する陣営を丸ごと手玉に取るような、
そんな決定的な仕掛けがなされたに違いない。


「ここ数日の、気象の過去を操作した者がいるな?」
私は、車に飛び乗りながらカゲに話しかけた。

「そのようです」
カゲはおそらくそう答えただろうが、
急いでいた私にはもはや聞こえなかった。







氷河期(1)

2006-09-16 06:42:42 | Weblog



前項の亜空間を読んで、
鋭い人ならある疑問が生じたと思う。

その疑問とは、こうだ。

もし、異世界のヤクザ組織が陰で糸を引いて、
現世における耐震偽装問題を発生させたのなら、
耐震偽装で発覚した違法建築の全てにおいて、
それらの設計前の段階ですでに、
異世界ヤクザが現世の人間に干渉しているはずである・・・

そうすると、
異世界ヤクザがこの世に干渉したのは、
かなりの年月をさかのぼった過去においてのはずだ・・・

それなのに、
私がボンヤリと推測した中で、
ほんのこの近年にヤクザに転落した連中が、
その後に起こした未遂事件かもしれないと思ったのは、
時系列からいうと、矛盾してるのではないか・・・

少なくとも、
耐震偽装の違法建築が建てられたあとからでは、
異世界ヤクザが現世に干渉できるはずがない・・・

このような疑問を持った人が、
いたとしてもおかしくない。


現世的な時間感覚というか常識で考えれば、
まったくその通りである。
しかし、その現世的な時間感覚が通用しないのが、
異世界の異世界たるゆえんなのだ。

乱暴なまでに簡単にいってしまえば、
この物質世界とは違う世界、
異世界、別世界、あの世、どう表現してもいいが、
そこにおいては驚くべき事に、
過去、現在、そして未来、
これらの区別が、あまり存在しない。

これはちょっと、わかりにくいことかもしれない。

つまり、こういうことだ。
異世界の住人たちは、
この世の「過去」に干渉して、操作できるのである。
現世の当事者たちに気付かれないうちに、
自在に「過去」を塗り変えてしまうのだ。


例をあげてみたい。

ある人が、かの有名な平将門の首塚の前で、
すごく将門を怒らせるような行為をしたとする。
その人間は、将門に祟られるかもしれない。

で、その人が、
首塚で無礼をはたらいた翌日に、
職場で転勤の辞令を上司から突きつけられたとする。
全然希望していなかったような遠い地方へ。

この、本人にとって苦痛に満ちた突然の転勤の話は、
ひょっとしたら、将門の祟りかもしれない。
しかし、
よく考えるとおかしな面がある、かもしれない。

転勤辞令を人事責任者が発行したのが、
なんと、本人が上司に告げられた二日前だったりする。
平将門の首塚で無礼を働いた前日だ。
もしこれが将門の祟りだとしたら、時系列的に矛盾する。
将門の祟りとして転勤になるのにしては、
その転勤は、祟られる前の段階で決定しているからだ。

このようなことは、
異世界の住人にとっては、普通のことである。
無礼を働いたまさにその翌日に、
転勤辞令でその相手に仕返しをするのに、
過去にさかのぼって小細工をするというのは、
特に珍しいことではない。


三次元の世界を「空間の広がり」とすると、
四次元の世界は「空間」に「時間の流れ」を加えた、
いわば「時空」といえるものだとよくいわれる。

霊的な異世界は、まさに「時空」の世界であり、
日本からアメリカに旅行にいくような感覚で、
現在から、過去や未来に往来が可能・・・らしい。


前置きが長くなった。

異世界のヤクザ組織を狩った三日後に、
私に別の仕事が舞い込んできた。
クリスマス・イヴを三日後に控えた日だった。

私はこの仕事に、
みっちりと約三週間も関わることになった。
クリスマス・イヴも年末年始も吹っ飛んでしまい、
ひっそりと孤独に働いた。

静かな夜の時間に・・・







亜空間(5)

2006-09-09 22:27:11 | Weblog



私は五本指の五人に、
中に攻め入るように命じた。

カゲ「五本指だけでいいですか?」
私「標的のアジトには・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「どれくらいの数の標的がいる?」

察するに相当数の相手がいるはずだった。

カゲ「数千人います」
私「じゃあ・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「あの五人で十分だ」
カゲ「はい」

五本指は、私が彼らを生んでからの数年間、
まだ一度も仕事を失敗したことがない。
どんなに多くの敵がいても、
どんなに困難な仕事の内容であっても、
まだ一度も、失敗をしていない。


ふと空腹に気付いた私は、
薄い壁にあるインタフォンの受話器を手にした。

「すいません、カレーライスお願いします」
私はフロントに夜食を注文した。

いい忘れていたが、
私は現在、ネットカフェにいる。
ネットカフェでコーヒーを飲みながら、
気の向くまま適当にネットサーフィンをしている最中に、
師匠からの連絡があり、
そしてカゲたちに調査をさせ、報告を受け、
そのまま異世界のヤクザ組織への攻撃を始めた。

このネットカフェは、
6階建てのビルの6階にある。


カゲ「くれぐれも・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「そのインタフォンで・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「私たちへの指示を・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「間違って話さないようにして下さい」

想像するだけでも恐ろしい。
私はこれ以上ないほどに、苦々しく笑った。
絶対にありえない間違いではないだけに、
冗談では済まないような怖さがある。

私「あのさ・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「そこまでボケたら・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「今度こそ本当に引退するよ」

たくさんの笑い声が聞こえた。
私の周囲に潜んでいる複数のディフェンスチームや、
さまざまな分野の側近たちが、
みんな笑っていた。

私が脳内で会話を交わしているカゲは、
その中のひとりであり、
私との連絡を主に担当している者だ。


五本指による殺戮が、やがて始まった。
標的たちの悲鳴が聞こえないように、
私は脳内の受信感度を、意図的に落とした。

私は、今回のヤクザ組織について、
ボンヤリと考えていた。

彼らは・・・
はたして昔からずっとヤクザ組織だったのだろうか?
ひょっとして、そうではないのではないだろうか?
ほんのこの近年にヤクザ組織に転落したばかりではないのか?
以前はちゃんとした立派な身分や役職があって、
崇められるような存在だったのではないのか?


ヤクザヤクザとこれまで表現してきたが、
例えば、所轄を動かしている地域管理者たちと、
そのヤクザ組織との間に、どのような違いがあるかというと、
実はそれほど違わない・・・と私は思う。

この世には、多くの国や民族や宗教があり、
それぞれの背後には霊的な管理者たちがたくさんいる。
地域によっては、
管理者が率先して血の贄を集めるところもあるし、
所轄とヤクザの両方を指揮する管理者もいる。

古来、常に異世界における争いが絶えなかった。
敗れた管理者がヤクザに転落したり、
勝ったヤクザが管理者に成り上がることも、当然ある。


いまから数年前の夏から秋にかけて、
異世界で、ある覇権を賭けた比較的大きな戦争があり、
この国はまさにその主戦場だった。

幾多の台風がこの国に上陸し、全国が水害に見舞われ、
そして大きな地震もあった。
私も、その霊的な戦争に参加していた。


今回の捕縛劇のヤクザ組織は、ひょっとしたら、
数年前のあの戦争で、敗北し転落した側だったのではないか?
かつての力を削がれ、アウトローに身を堕としながらも、
なんとか少しでもエネルギーを隠れて収奪しようと画策し、
苦肉の策として、犯人が発覚しにくいような方法で、
血の贄を求めたのではないだろうか?

私はこのことは、カゲたちにはあえて聞かなかった。
多分、知っていても答えにくいはずだった。


カゲ「標的の頭領からメッセージです」
私「ん?」
カゲ「・・・・・・」
私「うん、聞こう」

おそらく私が放った五本指のうちのひとりが、
その頭領の眼前に迫っているのだろう。
切羽詰まった様子が浮かんでくる。

カゲ「欲しいものは何でもやる、とのことです」
私「!!」

私はこらえきれずに爆笑してしまった。
そして、慌てて自分の口に手をあてて塞いだ。
周囲にはほかの利用者たちもいる。
ここはネットカフェなのだ。

そうだ、ここは6階建てのビルの6階にある、
たくさんの利用者がひしめくネットカフェなのだ。
設計や建築に完全な信頼を置ける保証などどこにもない、
6階建てのビルの最上階なのだ。


ネットカフェの狭い個室の中で、
届けられたカレーライスをゆっくりと食べ始めながら、
私は突入させた五本指へ、指示を与えた。
迷わずトドメを刺すようにと・・・







亜空間(4)

2006-09-02 02:02:57 | Weblog



「新規に亜空間をひとつ作れ」
私はカゲに命じた。

「標的たちが籠城しているアジトごと・・・」
この世のものではないヤクザ組織は、
要塞のようなアジトに立て籠もっているはずだった。

「すべて丸ごと移送しよう」
移送とは、亜空間に移し入れるということだ。


亜空間・・・
私のつくったカゲたちは、
この世でもない、あの世でもない、
まったくオリジナルな空間を作ることができる。

私はたまに気が向いたときなどに、
標的を私のオリジナル空間に移して、狩る。
そこは、私が極めて有利に戦える「場」なのだ。


私「標的全員をアジトごと移送」
カゲ「・・・・・・」
私「まず隕石群を降らせろ」
カゲ「・・・・・・」
私「地下から火柱を無数に噴出」
カゲ「・・・・・・」
私「正面から砲撃開始」
カゲ「・・・・・・」
私「空爆開始」
カゲ「・・・・・・」
私「三方向から機甲師団を」
カゲ「・・・・・・」

数え切れないほどの私のカゲたちの中には、
軍隊もある。
戦闘機、爆撃機、戦車部隊、砲撃部隊、艦隊、
歩兵、工兵、特殊部隊、いろいろと揃っている。


私「先制攻撃の間・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「向こうの防御の特徴を見極めろ」
カゲ「・・・・・・」

攻撃が簡単に決まることは、普通はない。
敵の防御をいかに崩すかが重要となる。

カゲ「まだ解析途中ですが・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「標的の防御は五重で・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「オートカウンター式の城塞型と・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「性質変換防御、休眠型防御、それに・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「ロックオン誤算誘導型・・・」

これらはどれも過去の戦いにおいて経験があり、
敵防御の突破方法について、いろんなノウハウがある。

私「既知のタイプの防御に対しては・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「それぞれ個別に通常対応でいい」
カゲ「・・・・・・」
私「最後のもうひとつは未知のタイプの防御か?」
カゲ「そうです」
私「解析を急げ」


敵の防御のデータを取るために、
さらに攻撃の手を加えることにした。
データが揃うまで攻撃を続けないといけない。

私「南原を用意させろ」
カゲ「・・・・・・」

南原とは、私のカゲの中で、
少し変わった特殊技能を持っている者だ。
南原は敵の無意識領域に干渉することができる。
いわばメンタル兵器のようなものだ。

「南原、標的全員に・・・」
私はその南原に対して話しかけた。

「愛する者の惨殺イメージを刷り込め」
これは・・・あまり美しい攻撃とはいえないが、
戦いとは、往々にして醜いものだ。


「標的からカウンターがもうすぐ届きます」
カゲが報告してきた。

自分から攻撃を仕掛けると、
よほど弱い相手でない限りは、
カウンター攻撃が敵から返ってくる。

カゲ「意識されたマニュアル対応によるもので・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「複数でかつ多種のカウンターです」

これも普通のことだ。
いちいち驚いているようではいけない。

私「こちらの通常結界の一カ所を開けて・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「標的からのカウンターをそこに集中させろ」
カゲ「・・・・・・」
私「そのまま返せるものは三倍返しでまた返せ」
カゲ「・・・・・・」
私「返せないタイプは吸収して消化する」
カゲ「・・・・・・」
私「私の周囲には散らさないようにしろ」
カゲ「・・・・・・」

私の仕事のとばっちりによって、
私の実生活における周囲の人たちに被害が出ることは、
私にとっては恥ずかしいことだ。
なぜなら、
それは私の防御が不完全であることを意味するので。


カゲ「最後の未知の防御タイプが判明・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「おそらくはマニュアル式の全無効化で・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「ダメージを吸収させる専用の穴に・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「ゴミを捨てるように廃棄して・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「ダメージを無効にするようです」
私「!」
カゲ「しかも、その吸収穴は・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「集団全員で共用できるようです」
私「ほう!」

興味深い防御方法だ。私はうなった。
またひとつ防御の種類を敵から学んだ。
戦歴が多ければ多いほど学ぶものが増える。

敵は敵ではあるが、見方を変えれば敵ではない。
学ぶべき教師でもあるからだ。


私「そのダメージ吸収専用の穴をふさぎ・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「標的全員と穴との連絡ラインを分断しろ」
カゲ「・・・・・・」
私「そして無効化されたこちらの攻撃を・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「全復帰させるように」

やがて私の脳内で、多くの悲鳴や絶叫が響いた。
痛みや苦しみや悲しみに満ちたものだった。


私は次の一手を打つことにした。
要塞のようなアジトの中にいる敵組織の、
頭領や幹部を最終的に仕留めるために、
内部に突入する必要がある。

私「そろそろ中に突入するか」
カゲ「・・・・・・」
私「逮捕状の出ている標的を残らず殺す」
カゲ「逮捕では?」
私「所轄には死体を引き渡せばいい」
カゲ「・・・・・・」
私「そのまま封印でも、蘇らせて懲罰でも・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「好きにしてくれと所轄に通達・・・」
カゲ「変わりませんね」
私「え?」

カゲは私のやり方を熟知している。
いやというくらい一緒に仕事をしてきた。

私「一度ちょっと引退したからといって・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「変わる理由は特にないよ」


カゲの微笑む気配を感じながら、
私は突入して標的を仕留める者の人選を決めた。

私「五本指を五人とも呼び戻せ」
カゲ「・・・・・・」

五本指とは、私のカゲたちの中で、
とりわけ数多くの実戦を重ねてきた連中で、
元々は五人のメンバーからなるグループなのだが、
目的に応じて個別に使うことも多い。

その五本指は五人とも、
私に招集されるこの時まで、別々に派遣されていた。
中東、アメリカ、ロシア、中国、EU圏・・・
それぞれの派遣先で、
私に何を命じられて何をしていたかは、秘密だ。