「しかしだな・・・」
私はふと浮かんだ疑問を出そうとした。
ちょっと考えればすぐに気付くことだ。
私「日本全国のすべての建築物が・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「なんら設計や建設に落ち度がなく・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「しっかりと規定の耐震性を・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「実現できているかといえば・・・」
カゲ「・・・・・・」
やはりそのことを突っ込んできたかと、
カゲのただただ黙っている気配を私は感じつつ、
そのまま続けた。
私「それはとても疑わしい」
カゲ「・・・・・・」
カゲはあまり答えたくはない様子だ。
私の独り言は止まらない。
私「考えてみれば・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「あらゆるビルやマンション・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「高速道路や新幹線の線路など・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「十分な耐震性が守られているのか・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「疑い出せばキリがない」
カゲ「・・・・・・」
これはとても微妙な問題だ。
私たちは毎日、自分の身の回りの建築物を、
そう簡単には壊れないものだと信用して、
なにげなく暮らしている。
もし、周囲の建築物を信じることが、
まったくできなくなってしまったら、
乗り物にも乗れず、買い物もできず、職場にもいけない。
日常生活が成り立たなくなってしまう。
私「今回の件は、例によって・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「あまりにもやり過ぎだということで・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「表沙汰になったのだろう?」
カゲ「・・・・・・」
これは異世界の組織についてもいえるし、
耐震偽装のこの世の当事者たちにもいえる。
私「規模が大きすぎて、程度があからさまで・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「だからこそ騒がれているだけで・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「じゃあ、小さい規模のものは・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「放置しててもいいのかと・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「なるんじゃないのか?」
カゲ「・・・・・・」
私はどこか変にマジメなところがある。
こういう仕事は黙ってこなすだけこなして、
あとは余計なことは何も考えない方がいいのだ。
私「・・・・・・」
カゲ「・・・・・・」
少し間をおいてカゲがやっと口を開いた。
カゲ「それ以上はあえて触れない方が・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「利口な生き方ではないかと」
私「・・・・・・」
その通りだ。
あまたあるであろう小さな規模の違法建築にも、
それぞれ背後に異界の存在がいたとして、
それら全部を処分対象にしようなどとしたら、
とてもやり遂げられるとは思えない。
そしてなにより、
この世に生きる人として、
身近な建築物に対して不信を抱かない方が、
きっと気楽に暮らせるはずだ。
たとえそれが無根拠な信頼であったとしても・・・
私「よし、こう考えよう」
カゲ「・・・・・・」
私「この国は、きっとほかの国よりも」
カゲ「・・・・・・」
私「ずっとマシななずだ」
カゲ「・・・・・・」
私「日本に生まれてよかった」
カゲ「・・・・・・」
私「はははは」
いらないことばかり考えてしまい、
つい仕事にとりかかるのが遅れてしまった。
私「しかし、この組織の仕掛けについて・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「よく所轄はネタをつかんだな」
カゲ「・・・・・・」
このことに関しては、素直にすごいと感じた。
どんな事件や事故であっても、
未然に防ぐというのは、大変に難しいものだ。
カゲ「それはですね・・・」
私「ん?」
カゲ「所轄の諜報担当が・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「自分を犠牲にして曝いたそうです」
私「!!」
所轄の諜報担当・・・
情報収集を仕事とする連中のことだろう。
潜入捜査でヤクザ組織に潜り込んだり、
囮捜査で自ら囮になる者もいるらしい。
私「この件の仕掛けのネタを曝くのに・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「体を張って身を捨てた仕事をした者が・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「いたんだな?」
カゲ「そうです」
私はこの手の話にとても弱い。
子供が死んだとか、
情報収集の段階で覚悟の犠牲者がいたとか、
そういうことを耳にすると、
いつも手抜きができなくなってしまう。
情けないくらいに私はとても弱い。
「標的を全員、正確に捕捉しろ」
私はカゲに指示を出した。
「もう捕捉してます」
カゲは私に答えた。