私は急いで車を運転しながら、
携帯電話でネットにアクセスし、
ある掲示板を開いた。
連絡をするためである。
かつて半年くらいの間、
仕事を手伝わせたことのある人物がいた。
その人物とは、偶然にネットで知り合った。
私自身その異能を確かめ、
やがて私は、仕事のサポート役を任せるようになった。
サポートといっても、
お互い別々の場所で、別々のことをしながら、
思念を使って個々に仕事をするということなのだが。
ハルとは違って、私はこの知人が、
どの地方に住んでいて、実生活で何の仕事をしていて、
どんな顔をしているのか、知っている。
名前はユイチという。
ハルは、生身の人として男か女かも知らないわけだが、
ユイチは、男か女かよくわからない人間そのものだ。
普段の実生活では女の姿で女言葉を話し、
ネットでは主に男言葉で話す。
ユイチとは、何回か実生活で直接会った。
裏家業の話は一切せず、世間話しかしなかった。
その後、いつの間にか協調関係は途絶え、
仕事の連絡をすることはなくなった。
そのユイチに、久々に連絡した。
「仕事だ、手伝え」
私はその掲示板に、たったこれだけ記した。
名無しの相手に対して、名無しでの書き込みだ。
仕事の詳細については勝手に調べるだろう、と思った。
師匠が私に、いつも簡単な連絡しかしない理由が、
私にもなんとなくわかる。面倒なのだ。
脳内でメッセージを交わすのに比べて、
ネットで連絡する方が、はるかに確実だ。
思念のやりとりだと、
その時々の調子や、感情的な状態や、
外部からの妨害などの影響を受けやすい。
その点、ネットは確実に文字になる。
私には、ネットを介した仕事の知人が、
十人以上いる。
いずれも、油断のならない曲者ばかりだが。
おそらく、人知れず異能を持った、
この国の裏家業の人間たちには、
総動員体制といっていいほどの規模で、
緊急連絡が出回っているはずだった。
使える者は全員使う、いや、使うべき事態だった。
いま、この国に、
このような事態で仕事をする者がどれくらいいるのか、
それも生身の人として生活しながらの人員の総数について、
私の知る限りでは、
だいたい、千人程度いるようだ。
関東だけでも、きっと数百人はいるだろう。
私は、首都高速に乗った。
霊的な防壁を張るつもりだった。
私「関東以外は・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「もう間に合わない」
カゲ「・・・・・・」
気象衛星画像を見る限り、そうとしか思えなかった。
カゲ「敵の真の目標を・・・」
私「・・・・・・」
カゲ「くれぐれも見誤らないで下さい」
私「・・・・・・」
カゲのいっていることの意味が、私には理解できた。
私「わかってる」
カゲ「・・・・・・」
私「敵の主目標は、東京だ」
カゲ「・・・・・・」
おそらくは、他の地域の寒波襲来は囮であって、
最も強力に攻め落としたいのは、東京のはずだった。
より多くの人間を贄として得るのならば、きっとそうだろう。
私「防ぎきれない最悪の事態での・・・」
カゲ「・・・・・・」
私「首都圏における最大死者数の予想は出せるか?」
カゲ「・・・・・・」
その次の瞬間、私は自分の背筋が凍るのがわかった。
カゲが、数千でも数万でも数十万でもなく、
数百万人と答えたからだ。