本日は、戦後レジューム徳仁皇太子56歳の誕生日である。
相も変わらず「雅子」「愛子」、そして「私自身」など、「私」をむき出しにしていることや、小和田皇太子妃のことは相変わらず、「長い目で見守って」であることは予想通りである。
しかし、この1年でわかったのは、結局は天皇皇后両陛下(特に正田皇后=あえてこう書く)が皇太子一家を徹底してかばってきているから、ここまでやりたい放題なのだ、ということ。
もちろん、保守言論の教条主義、思考停止ぶりも
まずは、宮内庁サイトから、戦後レジュームまみれの「おことば」を抜粋の形で引用する。
レイアウトの悪さをお許しいただきたい。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h28az.html
- 問1 この1年を振り返り,印象に残った公務や社会,皇室の出来事についてお聞かせください。
- >また,昨年は先の大戦終結後70年という節目の年でした。1年を通して,国内外で先の大戦に関する様々な事業が催され,戦争を経験した人も,そうでない人も,改めて戦争の悲惨さと平和の尊さを考える機会になったものと思います。
- 天皇皇后両陛下には,昨年4月のパラオ共和国ご訪問に引き続き,先月はフィリピン共和国をご訪問になり,先の戦争で命を落とされた方々を,心を込めて慰霊なさいました。そうしたお姿を,雅子と愛子とともに拝見し,両陛下の平和を思うお気持ちの深さに改めて感銘を受けるとともに,そのお心を私たち次の世代がしっかり受け継いでいかなければならないということについての心構えを新たに致しました。
- 私自身も,雅子と愛子と一緒に,7月そして8月に,戦後70年に関連した特別企画展などを訪れました。そこでは,戦争の記憶を風化させることなく,次の世代,さらにその次の世代に語り継いでいくべく,様々な展示や講演などが行われておりましたが,改めて過去の歴史を学び,戦争に至った背景や,戦時中の惨禍,戦後の荒廃から立ち直る上での人々の並々ならぬ努力についての理解を深め,そして平和の意義について真摯に考えるよい機会となりました。
- 問5 昨年は戦後70年の節目の年でした。両陛下は国内外で慰霊の旅を重ねられ,殿下は雅子さまや愛子さまとともに戦争に関する展示に足を運び,戦争体験者の話に耳を傾けられました。これらのことを通じて,改めて感じられたことをお聞かせください。ご家族で戦争についてどのような話をされ,両陛下の平和への思いをどのように引き継いでいきたいとお考えでしょうか。ご覧になった御文庫附属庫やお聞きになった玉音放送の原盤の感想も併せてお聞かせください。
- >戦後70年という節目の年に,先の大戦に関する様々な展示やお話を見聞きし,戦争によって日本を含む世界の各国で多くの尊い人命が失われ,さらに多くの方々が大変つらく悲しい思いをされたことを再認識し,大変痛ましく思うとともに,改めて戦争の悲惨さと平和の尊さに深く思いを致しました。そして,歴史の教訓に学び,このような痛ましい戦争が二度と起こらないようにしなければならないとの思いを強く致しました。
- >天皇皇后両陛下には,昨年4月には,ご訪問になったパラオ共和国で,また,先月はフィリピン共和国において,国籍を問わず先の戦争で命を落とされた方々に対して,心を込めて慰霊をなさるとともに,平和への強い思いをそのお姿で世界にお示しになりました。私たちも,そうした両陛下の平和を思うお気持ちをしっかりと受け継いでまいりたいと思っておりますし,また,私たちのみならず,多くの方々が両陛下のご訪問を通じて,先の戦争についての理解を深められたのではないかと思います。私自身,昭和40年以降,毎年のように,夏の軽井沢で,両陛下とご一緒に沖縄豆記者の皆さんにお会いしたり,戦後引き揚げてきた方々が入植した軽井沢にほど近い大日向の開拓地を両陛下とご一緒に何度か訪れるなど,戦争の歴史を学び,そして,両陛下のお気持ちに直接触れてきております。また,両陛下からは折に触れて,私たち家族そろって,疎開のお話など,戦時中のことについてうかがう機会があり,愛子にとってもとても有り難いことと思っております。
- 御文庫附属庫や玉音放送録音原盤の話については,その場所を実際に拝見したり,玉音放送録音原盤で昭和天皇の肉声をはっきりうかがうことが出来,深い感慨を覚えました。戦争を知らずに,平和の恩恵を生まれたときから享受してきた私たちの世代としては,各種の展示や講演,書物,映像など,過去の経験に少しでも触れる機会を通じて,戦争の悲惨さ,非人道性を常に記憶にとどめ,戦争で亡くなられた方々への慰霊に努めるとともに,戦争の惨禍を再び繰り返すことなく,平和を愛する心を育んでいくことが大切だと思います。そして,そうした努力を次世代にも受け継いでいくことが重要だと思います。
- 同時に,世界では,いまだに紛争が続いている地域がいくつもあります。そのような紛争の惨禍が終結し,いつの日か世界全体に平和が訪れることを願っております。
- 問2 愛子さまのことでお尋ねします。先ほど愛子さまに関連して,ご自身の幅を広げていってほしいということを聞きました。殿下は,今の愛子さまと同じ14歳だった昭和49年にオーストラリアにホームステイをされました。ご自身の体験を踏まえながら,愛子さまの海外体験についてのお考えをお聞かせ願えればと思います。
- >私自身,愛子と同い年に,オーストラリアを訪問し,そこでホームステイなども経験し,オーストラリア人の家族の方とご一緒にしばらく過ごすことができたことは,私自身にとっても大変貴重な財産となっております。やはり中学生の頃に海外に行くことができたということは,私自身も大変有り難いことであったと思っておりますし,また短期間ではありますけれども,海外から日本という国を見る機会にもなったのではないかと思います。愛子については,小さいときにオランダに行ってはおりますけれども,今後も何らかの形で海外に行く機会があれば,自分自身の視野を広めることにもなりますし,やはり若いときにそういったことを体験しておくことはとても大切なのではないかと思っております。今,具体的にいつという計画は特にございませんけれども。
- <<
- 赤字部分、昨今の両陛下と同様に、左翼史観である。
- 小和田のみならず、両陛下もまた、左翼であられるのだから、見事に「左の御心」を受け継いでいる。
- またぞろ、左翼連中が利用してくることだろう。
- なお、談話については、BB様のサイトでもすでに詳しく書いてくださっているので、そちらもご一読いただきたいのだが、
皇太子の誠意(こころ)なき誕生日談話 《転載ご自由に》
- http://blog.goo.ne.jp/inoribito_001/e/157d64e027ed6363866fece55c3a5680
- 愛子内親王を天皇にしようとする策謀も、いまだについえていない。
- 天皇陛下からはいまだに、悠仁殿下が未来の天皇陛下であられることを明言されたことがない。それどころか、週刊誌の「皇后は皇太子の系譜に皇統を継がせたいと考えている」ご発言は訂正されていない。
- 徳仁皇太子も、愛子内親王が降嫁するとは一言も言っていないのだ。
- ところで、このところ疑われてきている、断じて許されない3件について、拙サイトの見解を示しておきたい。
- その3件とは、事実なら国民を長年欺いてきた重大事である。
- 1.徳仁皇太子が今上陛下の実子ではない=皇統外に父親=一般人である。
- 2.美智子皇后自身が背乗りされており、本物の「正田美智子」はとうの昔にこの世にいない。ないしは、美智子皇后は正田氏の子ではない。
- 3.愛子内親王、最近では影武者を使っている場合がある。
- である。
- 結論から言えば、どれについても、
- 「断定はできない、しかし、皇統にかかわる重大事なので、可能性は排除してはならない。」(⇒全皇族のDNA鑑定を、安倍総理立会いのもと行うべき。結果を歪曲されては意味がない。)
- 「いかに血筋が貴くても、国や皇統に仇なす思想に染まれば、自ら血を穢す」
- である。
- (ただし、愛子内親王については、幼少期やスキー映像で、明らかに影武者を使っていたことはあった。)
- 皇太子一家だけならまだしも、両陛下までが戦後レジュームであり左翼に組しているとなれば、どんな恐ろしいことでも平然とやってのけかねない。
- あきつしまを国防の守りから外してまで2度も海外に引っ張り出すことすら、やってしまうのだから。
- たとえ皇族でも、疑わしきは徹底的に調べなければ国が危うい。
- つい1年ほど前までは、廃太子・廃妃へ向けて「天皇陛下のご聖断を」の声も大きかったが、両陛下までが「グル」だとわかった今、それは到底期待できない。
- それどころか、両陛下自身が、正田美智子皇后を中心とした、反安倍政権の左翼独裁権力と化してきているのだ。
- そしてこれは、次代の「小和田雅子皇后を中心とする」左翼独裁権力への道に確実につながっていく。
- 安倍総理の最大の敵は、ある意味で今上両陛下、皇太子一家なのである。
- 今こそ、皇室典範を改正し、平成の禁中並公家諸法度とすべきではないのか。