雅子皇太子妃・徳仁皇太子・愛子内親王の現状は”第二の女系天皇問題”安倍元総理暗殺は第3の敗戦、愛子天皇は終末の敗戦だ

※当ブログでは明治典範にも違反する生前の譲位に抗議し、ブログタイトルは違法即位後も同タイトルとします。

【慶祝】未来の天皇陛下・秋篠宮文仁親王殿下53歳お誕生日/ご発言の裏に不法な皇位譲渡/愛子天皇工作員組織に要警戒

2018年11月30日 07時28分30秒 | 秋篠宮皇太弟御一家・常陸宮御夫妻(眞子サン以外真の皇族)

本日、11月30日は、未来の天皇陛下、秋篠宮文仁親王殿下のお誕生日、謹んでお祝い申し上げます。
天皇陛下は日本国の神主様。
神道の祭司長のお立場はやはり秋篠宮ご一家でないと。
会見に臨まれた秋篠宮殿下も妃殿下も相当にお疲れのようである。
今上次代には冷たくされ、後述のようにネット工作員にも連日攻撃され、お花畑の皇室盲目崇拝には理解されず本当にお気の毒だ。

まずはメディア報道と、宮内庁公式サイトから会見全文を。
東宮偏向の産経新聞はめずらしく午前0時で更新。(NHKもでした)


秋篠宮さま53歳 大嘗祭「身の丈にあった儀式に」代替わり行事でご見解 眞子さまご結婚延期にご言及
2018.11.30 00:00ライフ皇室
https://www.sankei.com/life/news/181130/lif1811300006-n1.html
53歳の誕生日を前に、紀子さまと共に記者会見される秋篠宮さま=22日、東京・元赤坂の秋篠宮邸(代表撮影)
53歳の誕生日を前に、紀子さまと共に記者会見される秋篠宮さま=22日、東京・元赤坂の秋篠宮邸(代表撮影)
 秋篠宮さまは30日、53歳の誕生日を迎えられた。これに先立ち、東京・元赤坂の宮邸で秋篠宮妃紀子さまとともに記者会見に臨み、代替わりに伴う大嘗祭(だいじょうさい)について、国費ではなく、天皇ご一家の私的活動費「内廷会計(内廷費)」でまかなうべきだとし「身の丈にあった儀式」とすることが「本来の姿」との認識を示された。政府決定と異なる見解を皇族方が明らかにされるのは異例。
(以下はリンク先を)


宮内庁サイトから、
http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/23

ホームの中のおことば・記者会見の中の秋篠宮家の中の文仁親王同妃両殿下の記者会見などの中の文仁親王殿下お誕生日に際し(平成30年) のページです。
文仁親王殿下お誕生日に際し(平成30年)
文仁親王同妃両殿下の記者会見
会見年月日:平成30年11月22日

会見場所:秋篠宮邸

記者会見をなさる文仁親王同妃両殿下
記者会見をなさる文仁親王同妃両殿下
問1 殿下にお伺いします。殿下は来年5月の代替わりに伴い,皇位継承順位第1位の皇嗣となられます。新たなお立場への抱負をお聞かせ下さい。公務の在り方や分担について新天皇となられる皇太子さまとどのような話し合いをされ,殿下がどのようにお考えになられているのか,あわせてお聞かせください。
殿下
最初の抱負ということについてですけれども,私は今まであまり抱負ということは,語ることは,口に出して言うことはありません。ただ,何かの節目というよりも,折々にその抱負のようなものを考えることというのはあります。これは,抱負になるのかどうかは分かりませんけれども,これからも様々な公的な仕事をする機会があります。時として,例えば毎年のように行われているものなどについては,どうしても,前年度とか,その前の機会と同じようにすればいいと思いがちです。これは私自身もそうなんですけれども,やはり,それら一つ一つを,その都度その都度考えながら,自分の仕事,若しくは務めを,進めていくようにしたいと思っています。あと,公務そのものについては,これは,例えば,天皇が海外,外国訪問中とかには臨時代行ということをするわけですね。私は今までそれをしたことがありません。今の皇太子殿下は,昭和時代に一度その経験があるわけです。私はしたことがありませんけれども。今後はそういう機会は,必ず出てまいります。一方,公的な活動について,来年の5月以降,今まで皇太子殿下が行ってきたものというのが,今度は天皇になられると,それを併せてするということはできなくなります。一方,これは昨年のこの場でもお話をしましたが,私も自分で行っていることがあります。総裁とか名誉総裁をしているものもあります。それらをそっくり誰かに今度は譲る,引き渡すということ,これも,それを受ける先はありません。そのようなことから,今,宮内庁として考えていることは,一旦全て皇太子殿下のお仕事を宮内庁の方で引き取って,それを整理をして,それで次に私がどのものをその後行っていくか,というのを検討しているところです。おそらくそれはそう遠くないうちに,発表されるのではないかと思っています。また,在り方については,公的な活動については,今お話ししたようなことについての了解を皇太子殿下と取った,ということです。在り方というものについては,恐らく,今後もっといろいろ話をしていかなければいけないんでしょうけれども,分担というか,今の皇太子殿下と私のものというのは,ある程度こう今お話ししたように分かれるわけですが,例えば宮中で行われる行事等については,それは平成の時代にも,行い方が変わったり,今の両陛下が変えられたものもあるわけです。そういうものについては随時話合いを,既にしているものもありますが,(今後も)していく必要があろうかと考えています。

問2 殿下にお伺いします。天皇陛下の退位まで5カ月となりました。この30年を振り返り,平成とはどのような時代であったと考え,象徴としての務めを果たしてこられた天皇陛下と支えてこられた皇后さまには,どのような思いを抱かれているのでしょうか。
殿下
平成も30年,かなり長い期間になります。それをこう振り返って総括するというのは,なかなか私にはできません。例えば平成の初めの頃,私も日本にいなかった時期もありますし,例えばそういう時に,ニュースでベルリンの壁の崩壊であったりとか,そういうものを見て,驚いたことはあるわけですが,平成ということですので,日本のことになろうかと思います。そうすると,いくつか思い浮かびますけれど,例えば,バブルが崩壊して,経済の低迷といいますか,失われた10年とか,その後も含めて20年とか言われますけれども,ちょうどそのバブルの頃,それからその後でもって,人々の生活のパターンというのが変わったなというのは,私なりに何となく感じております。また,これは大変残念なことではありますけれども,自然災害が非常に多かった。震災もありました。そしてまた近年は,豪雨であったり豪雪もあります,台風などでも大きな被害が出ています。そういう自然災害が,非常に多い時代だったなという印象があります。あとこれは,恐らく1992年のリオデジャネイロのいわゆる「地球サミット」後になるのではないかなと思いますが,企業であるとか,もちろん自治体もそうですね,それから個人が,非常に環境というものに関心を持つようになり,それぞれが,環境に対してどういうことができるかというのを,真剣に考えるようになった時代だったのではないかと思います。そして,いろいろなITの発達,これは,それこそ私などは,昭和時代はワードプロセッサですね,昭和の終わりぐらいですよね,で文章を作っていた。それがいつの間にか,もういわゆるパーソナルコンピュータが普及する,そしてさらに,スマートフォンだいろいろと出てきました。以前では考えられないぐらい,情報が入ってくるようになり,それからまた,海外と連絡する際も,極めて迅速に,それが行えるようになり,また例えば,海外の事情なども,容易に知ることができるようになる。ある意味では,国の国境がボーダレスの時代になったなという印象があります。私自身はまだ,追い付いていかないところが少しありますけれども,そういう時代だったなと思います。そして,もう一つ挙げるとするならば,日本人が学術や芸術,それからスポーツなど様々な分野で目覚ましい活躍をしている時代かと思います。

その次の両陛下のことについてですが,天皇陛下は即位以来,象徴とはどのようにあるべきかという,その象徴としての在り方について,常に模索し考えてこられ,そして,一昨年の8月に,今のお気持ちというものを表明されましたが,その中に全身全霊という言葉がありました。まさしく,その全身全霊でお務めを果たしてこられたと,私は思います。そして皇后陛下は,その陛下のお務め,それから立場を重んじ,更に宮中に伝わる伝統を守り継承してゆくことに心を砕かれながら,御結婚以来,非常に長い期間,60年近くにわたって陛下を支えてこられました。これはなかなかできることではないと私は思い,お二方に深く敬意を表するところです。そして,これは少し質問の趣旨から外れると思いますけれども,息子の立場として言わせていただければ,私は,20何年,一緒に過ごしていましたからですけれども,常に笑いのある,そういう温かい家庭を築いてくださいました。そのことに感謝したいと思います。

問3 両殿下にお伺いします。眞子さまと小室圭さんとのご結婚に関する行事が2年延期され,小室さんはこの夏から3年の予定でアメリカに留学しました。小室家を巡るさまざまな報道もありますが,小室さんからどのように聞き,どう受け止めていらっしゃいますか。眞子さまの最近のご様子とともに,お二人の結婚についてのお考えや今後の見通しをお聞かせください。
殿下
小室さんに関わること,これが毎週のように週刊誌等で報道されていることは,私も全てをフォローしているわけではありませんが,承知はしております。(記者に質問を確認されて)小室さんからの連絡ですか,どうでしょう。2,3か月に一度くらいでしょうか,時々もらうことがあります。これは,娘と小室さんのことではありますけれども,私は,今でもその二人が結婚したいという気持ちがあるのであれば,やはりそれ相応の対応をするべきだと思います。まだ,婚約前ですので,人の家のことについて私が何か言うのははばかられますけれども,やはりその今お話ししたような,それ相応の対応というのは大事ですし,それから,これは,二人にも私は伝えましたが,やはり,今いろんなところで話題になっていること,これについてはきちんと整理をして問題をクリアするということ(が必要)になるかもしれません。そしてそれとともに,やはり多くの人がそのことを納得し喜んでくれる状況,そういう状況にならなければ,私たちは,いわゆる婚約に当たる納采の儀というのを行うことはできません。私が今お話しできるのはそれぐらいのことになります。娘の,長女の様子についてですが,(妃殿下をご覧になって)どうでしょうか。

妃殿下
(殿下を振り向かれて)私は後でお話ししても。今でよろしいでしょうか(殿下に確かめられる)。

記者
眞子さまの御様子についても,是非殿下から。

殿下
私は,最近はそれほど,娘と話す機会がないので,よく分かりませんけれども,公の依頼されている仕事,それは極めて真面目に取り組み,一所懸命行っていると思います。また平日は,博物館の方で仕事をしつつ,自分の関心,研究テーマを深めていっているのだろうと思っております。

記者
質問の中でございました,様々な報道に関して,小室さんからどのように聞いていらっしゃるかということについてはいかがでしょうか。

殿下
小室さんから,報道について,その報道についてうんぬんという,それ自体について,私は聞いておりません。もちろん,ただその中に,今までにあった中で,これは事実とは違うことだ,ということについて説明があったということはあります。ただそれについて,じゃあ何か行動を今するのかどうか,その様子については,連絡からうかがうことは,知ることは私はできておりません。

記者
同じ質問になりますけれども,妃殿下いかがでしょうか。

妃殿下
今,宮様から質問に対して具体的にお話をされているところもございますので,もしできましたら私は母親としてどのように受け止めたか,また,娘の様子,そして,どのように感じているかについてお話をしたいと思いますが,よろしいでしょうか(記者にお尋ねになり,確認される)。

昨年の夏から,様々なことがありました。そして折々に,私たちは話合いを重ねてきました。そうした中で,昨年の暮れから,だんだん寒くなっていく中で,長女の体調が優れないことが多くなりました。そうした状況が長く続き,長女は大丈夫だろうか,どのような思いで過ごしているだろうかと,私は,大変心配でした。

しかしこのような中でも,長女は与えられた仕事を懸命に果たしてきました。今年の7月には,公的な訪問,ブラジルへ行きました。それは,日本人のブラジル移住110周年の行事に出席するためでした。(殿下を振り向かれて)私たち自身も,以前にブラジルへ仕事で行きましたが,その時よりも長い距離を移動し,大変な日程であったと思いますが,日本人の移住地でもある所も含めて14都市を回り,多くの人々と交流を深められました。それからも,都内や地方での幾つもの行事に出席し,それを一つ一つ心を込めて大切に全力で務めてきたように私は思います。私は,本当によく頑張っているなと長女のことを思っております。

長女は,美術や音楽が好きなものですから,そして私も好きで,一緒に誘い合って展覧会や音楽会に出かけることがあります。小さい時から,このように一緒に芸術にふれたり,語り合ったりする時間を持ってきましたが,今以前にも増して,このように長女と過ごす時間をとても大切に感じています。

家族として非常に難しい状況の中にありますが,私は,長女の眞子がいとおしく,かけがえのない存在として感じられ,これからも,長女への思いは変わることなく,大切に見守りたいと思っております。

記者
殿下から添えられることは,お言葉はございますか。

殿下
今,妻が話しましたように,先ほどの私の抱負ではありませんけれども,本当に一つ一つ丁寧に仕事をしている印象は私もあります。

問4 両殿下にお伺いします。佳子さまの最近のご様子や大学卒業後のご活動,ご結婚についてどのようにお考えかをお聞かせください。皇位継承順位第2位となられる悠仁さまは今年広島を訪問するなど戦争の歴史と向き合う機会を多く持たれましたが,成長をどのように感じていらっしゃいますでしょうか。今後の成長に寄せる期待と中学校の進学先についてのお考えもあわせてお聞かせください。
殿下
最初に次女のことですけれども,今大学の4年生になりまして,現在は卒業論文の作成に忙しくしているところのようです。私は細かいことは知りませんけれども,夜遅くまでそれについての作業をしている様子がうかがえます。それから・・・(妃殿下をご覧になる)。

妃殿下
(殿下を振り向かれて,確認されて)ふり返りますと,次女の佳子は,今年の6月に英国から元気に帰国しました。約9か月だったと思います。英国の滞在生活では大学で幅広い分野の講義を受けたり,また休みのときには海外,英国も海外ですが,近くの行きたいと思っていた国,スペインやポルトガルへ友人と一緒に旅行したり,様々な経験をしました。それを通して,次女は自分の視野を広げたり,また,自分の考えを深めたりする貴重な機会となったと思います。

この数か月をふり返りますと,次女も幾つかの公的な行事に携わりました。9月には国際情報オリンピックの開会式,その後に手話パフォーマンス甲子園の行事に出席し,そして今月は中学生たちが自分たちの経験を語る少年の主張の発表を聴きました。大学を卒業してからは,宮中行事に出席することも多くなると思います。これからも,公的な仕事を心を込めて大切に果たしていけるように願っております。

殿下
少しダブってしまいますけれども,大学卒業後はですね,次女にもいろいろな公的な仕事の依頼が来ることが予想されます。長女がそうしているように,次女にも一つ一つ大切に思いながらそれらに取り組んでいってほしいと思います。もう一つ,これは既にそういうことがあるのかもしれませんし,私は知りませんけれども。大学卒業後に大学院への進学の希望を持っているかどうかも私は存じませんけれども,公的私的は別にしてですね,何かこう,ライフワークになるようなもの,それを持ってもらいたいなと思っています。結婚についてですが,親の勝手な希望としては,それほど遅くなくしてくれたらいいとは思いますが,こればかりは,やはり御縁の関係もありますので,別に私からせかしたりすることもしません。いずれ本人から何か言ってくるかもしれません。そのような状況です。

妃殿下
結婚についてですが,これから先,もし次女がそのような話がありましたら,次女の考えやその先の将来のことについての考えを聞いて,私も必要なところ,大事だと思うことがあれば,お互いの話合いの中で,気持ちや考えを伝えていきたいと思います。

殿下
(記者に質問を確認されて)その次は,長男のことでしたかね。長男の成長。

記者
広島を訪問されたり,戦争の歴史と向き合っていかれたりとか,いろいろありましたので。その成長をどのように感じていらっしゃるのかという点と今後の成長に寄せる期待と中学校の進学先についてお聞かせください。

殿下
(妃殿下をご覧になって,悠仁親王殿下のことをお尋ねになって)今年,学校であれですか。戦争のことについて。

妃殿下
(殿下を振り向かれて)夏休みの社会の宿題で,歴史について調べたときだと思います。

殿下
それで,今まで長男は沖縄,長崎,小笠原に行っていますけれども,広島には今まで行ったことがなかったんですね。そういう何かまとめるに当たって,本人自身が是非広島に行きたいという希望を持って,それで,家内と一緒に行ったわけですね。そのように,かなり自主的に動くということをするようになってきたと思いますし,自分の意見もはっきり言うようになったなという印象は私にもあります。一方,自分の主張だけをどんどんするのではなくて,人の話にもきちんと耳を傾けるようになってきたなと思います。その延長線上にあるのかもしれませんが,人のことを思いやる気持ちというのは,以前よりも増してきたなと思います。私が非常におおざっぱではありますけれども,感じる成長というのはそのようなところですね(妃殿下をご覧になって)。

妃殿下
(記者に質問を確認されて)成長についてでしょうか。

先ほど宮様がお話をされていましたように,学習に対しての取り組みがとても熱心だと感じています。小学校の6年生でも夏休みの宿題・課題が多く出され,それは7月に入ってからでしょうか,(長男は)この課題をどのように進めていこうかと,自分で考え,広島はいつか機会があったときに家族で訪れることを考えておりましたが,今年の夏ということは特に予定しておりませんでしたが,長男が,できれば(この夏に)広島を訪れて,資料館や関係者から話を聞いてみたいとのことだったので,参りました。他にも理科の課題も出まして,火山,地震,防災がテーマだったのですが,それに関わる幾つかの場所にも出かけました。自分の夏休みの過ごし方を,長男が自分で早めにいろいろと計画を立てて見通しを持って行動する,そのようなことができるようになったと,感じました。

成長というのかどうか分かりませんが,すてきだなと感じていること,以前よりも変わったこととして,学校で帰りの時間ですが,授業が終わった後の下校するまでの間の時間を使って,子どもたちと先生方がお互いのいいところに気づいて言葉にする,これは「いいとこ見つけ」というのでしょうか,をしています。そういうこともあるからでしょうか,家でも私たちのいいところに気づいて教えてくれたり,ちょっと困ったり,どうしようかなと考えているときには言葉をかけたり,助けたりしてくれることがあります。

殿下
(妃殿下をご覧になって)さっきの人を思いやるところともつながるかもしれないですね。

妃殿下
(殿下にうなずかれて)大事なときに言葉にすること,思うことも大事ですが,言葉にして相手に伝えることの大切さを私たちが学んでいるような気もいたします。後もう一つお話をしますと,長男は学校の家庭科の授業でお弁当実習を始め・・・(とお考えになる)。

殿下
(妃殿下を向かれて,お尋ねになって)調理実習じゃない?

妃殿下
(殿下を振り向かれて)調理実習かしら。(長男が)お弁当を友達と一緒に作る機会がありました。授業で学んだ料理や他にもいろいろな料理を作ってくれることが多くなりました。私たちも素直に,「とってもおいしい」,「これはどうやって作ったのかしら」と話しますと,長男は本当にうれしそうに,この食材とこの調味料を使って作ったんだよと・・・(そのときのことを思い起こされる)。

殿下
(妃殿下をご覧になって)あと自家製の野菜も。

妃殿下
(殿下とうなずかれて)野菜作りしていますので,そうした野菜を取り入れたり。私たちがリクエストをすると,それにけなげに応えてくれます。

いくつかお話をしましたが,学習の面,生活の面で様々な成長が今年も感じられました。

殿下
あと,進学先については,今もう11月の末になりますので,そう遠くないうちに発表されることと思います。それこそ進学先はいい教育をしてくれるところだといいなと,親としては思っています。

妃殿下
進学先についての考えということですが,進学先については4年生,5年生頃からでしょうか,少しずつ話し合って,長男自身の考えや希望などを聞くことがありました。

学校でも進路について,様々に考える機会を設けてくださいました。例えば,5年生のときにはお茶の水女子大学附属小学校の卒業生である大学生が小学校を訪ねて,そして自分たちが進路に対してどういう考えを持ったか,進んだ中学校,高校,大学でどういう生活をしていたか,そのように語る時間がありまして,そのときに子どもたちは,卒業生,自分たちの先輩にいろいろな質問をして,それにお兄さん,お姉さんたちが丁寧に答えてくださいました。小学校のこのような時間以外にも,いろいろな中学校があって,特徴があって,カリキュラムや課外活動があることも知る機会がありました。

こうした中で,長男が自分の考えを深めることを大事にしてまいりました。中学校でどのようなことを学びたいか,どのような活動をしたいか,今,学校や家庭でどのように過ごしたいか,そのようなことを長男はいろいろと考え,その意見や希望を聞きつつ,話し合い,進学先について考えてきました。これからも長男の語る言葉に耳を傾けて,思いや気持ちを大事に受けとめられるよう,成長を見守っていきたいと思っています。

殿下
(記者に質問を確認されて)あとは期待?

記者
今後の成長への期待。

殿下
いろいろあると思いますし,なかなか期待というと本人にも重荷になることもあるので,どっちかというと,こうなってくれたらいいなと私が思っていることとして,その中の一つを挙げますと,どうしても何か物事を見るときに一面的に見がちなことがあると思います。やはり様々なことというのは,いろいろな視点を変えて見ると全然違うところというのが出てきます。私は長男には,何か物事を見るときに一面的ではなくて広い視野,多角的に見られるようになってほしいなという希望があります。

妃殿下
小学生から中学生へと,恐らく学習環境や生活環境が大きく変わるところ,また,心身面の成長でも変化が見られる時期でもあると思いますので,少しずつ新しい生活に慣れていけるよう,また,子どもの成長を支えていけるように努めたいと思っています。

問5 殿下にお伺いします。この1年を振り返り,印象に残る出来事とご感想をお聞かせください。
殿下
この1年もいろいろありました。まず先ほどと少し重なりますけれども,自然災害が非常に多い年でした。それは地震もありましたし,台風もありましたし,それから豪雨もあったわけですね。私自身はそれらの災害があった場所としては広島県に参りました。まず最初に驚いたといいますか,広島の空港を出て,それから行った場所が坂町になります。済生会病院ですけれども。高速に乗ったときにいろいろなところで土砂崩れ,大きい土砂崩れがあって,しかも道にも流されてきた木があって。こういう場所だということをですね,普段なにげなく広島の空港から街中に出るときに高速道路に乗っていますが,改めてその地形をそのときに認識しました。また,被害が大きかった小屋浦の方にも行きまして,そこで避難している人たちとも話をする機会がありました。やはり避難している人たちにとってもこれほどの大きい災害になるとは思ってもいなかったという声が,何人かの人からありました。確かに川の脇を歩いていると,その川の水量が上がって,しかも流木が流れてきたり,その他でもって大きい被害が出たわけですが,水の力というのがこれほどまでにすごいのかということを改めて私は認識しました。そして,今後どのようにして防災そして減災をしていくかというのを,今,日本中どこでもその可能性はあるわけですので,それを考えていかないといけないということを再度思いを新たにしました。

また,今年は日本人がハワイに移住して150年になります。私は今までハワイはホノルルの空港しか知りません。トランジットのため。ですから今回現地に行って,それから日系社会の人たちと話をし,その人たちが小さかった頃の話(を聞いたり),それから(日系社会の人たちは)今8世までいるわけで,8世はまだ小さいお子さんでしょうけれども,いて,その人たちが日本について思っていることであったりとか,様々なことを聞く機会になるとともに,本当にホノルルの近辺だけですけれども,かなり音楽であったりとか,歌であったりとか,それから植物利用であったりとか,様々なことを私自身知ることができて大変良い機会だったと思います。いろいろその他ありますけれども,今年はノーベル生理学・医学賞,本庶佑ほんじよたすくさんの受賞が決まりました。最近は日本人で受賞する人も多くて,「今年も」ということになってくるんだと思いますが,もちろんそのいわゆる免疫チェックポイント阻害剤ですね,オプジーボ。まだまだおそらく課題はたくさんあると思いますけれども,今後の悪性新生物に対する一つの柱になっていくことが期待されるのではないかと思います。そして後は,先ほども日本人の活躍ということをお話ししましたが,若い世代の人が非常に活躍した年だったなと思います。少しだけ例を挙げれば将棋で藤井聡太さんもそうですし,15歳でしたかね。それから,オセロゲームも大幅に記録が更新されて11歳の福地啓介さんですか,が世界タイトルを取られたという,そしてテニスの大坂なおみさんが日本人としては初めてですかね,グランドスラムの全米のシングルス優勝,その他もろもろオリンピック・パラリンピックもありましたし,いろいろな分野で若い世代の人たちの活躍が目立ち,これはほんとに明るい話題だったと思います。

関連質問1 殿下にお尋ねいたします。お代替わりに関する日程や規模について,いろいろ宮内庁の方でも発表があり,決まりつつありますが,先ほど殿下には皇嗣となられる公務の在り方についてのお考えをお聞きしましたが,即位の行事や儀式についてもお考えがあればお聞かせいただきたく思います。
殿下
行事,そういう代替わりに伴う行事で,いわゆる国事行為で行われる行事,それから皇室の行事として行われるものがあります。国事行為で行われるものについて,私が何かを言うことができるかというと,なかなかそういうものではないと思います。そういうものではないんですね。一方,皇室の行事として行われるものについてはどうか。これは,幾つかのものがあるわけですけれども,それについては,ある程度,例えば私の考えというものもあっても良いのではないかなと思っています。

記者
具体的に。

殿下
具体的にもし言うのであれば,例えば,即位の礼は,これは国事行為で行われるわけです,その一連のものは。ただ,大嘗祭については,これは皇室の行事として行われるものですし,ある意味の宗教色が強いものになります。私はその宗教色が強いものについて,それを国費で賄うことが適当かどうか,これは平成のときの大嘗祭のときにもそうするべきではないという立場だったわけですけれども,その頃はうんと若かったですし,多少意見を言ったぐらいですけれども。今回も結局,そのときを踏襲することになったわけですね。もうそれは決まっているわけです。ただ,私として,やはりこのすっきりしない感じというのは,今でも持っています。整理の仕方としては,一つの代で一度きりのものであり,大切な儀式ということから,もちろん国もそれについての関心があり,公的性格が強い,ゆえに国の国費で賄うということだと。平成のときの整理はそうだったわけですね。ただ,今回もそうなわけですけれども,宗教行事と憲法との関係はどうなのかというときに,それは,私はやはり内廷会計で行うべきだと思っています。今でも。ただ,それをするためには相当な費用が掛かりますけれども。大嘗祭自体は私は絶対にすべきものだと思います。ただ,そのできる範囲で,言ってみれば身の丈にあった儀式にすれば。少なくとも皇室の行事と言っていますし。そういう形で行うのが本来の姿ではないかなと思いますし,そのことは宮内庁長官などにはかなり私も言っているんですね。ただ,残念ながらそこを考えること,言ってみれば話を聞く耳を持たなかった。そのことは私は非常に残念なことだったなと思っています。

関連質問2 眞子様と小室さんの御結婚に関する質問のお答えの中で,「相応の対応」ということを仰られましたけれども,これは,お二人の結婚の意思が今も非常に堅くて,そのお気持ちを今後も支えていかれるというふうに受け止めてもよろしゅうございますでしょうか。
殿下
それとは少し違い,それを支えていくという意味でお話ししたのとは違います。あの時の質問は,恐らく小室さんについての報道のことと,それから連絡を受けてというそれについての私の答えでしたけれども,やはりそれ相応の対応というのはこちらの対応ではなく相手側の対応ですね。その後にお話ししましたように,やはりきちんと,どういうことなんだということを説明をして,そして多くの人に納得してもらい喜んでもらう状況を作る,それが「相応の対応」の意味です。

お言葉の重複や助詞など,わかりにくい表現の箇所は,若干の補足,修正をしてありますが,ご発言の内容は変更しておりません。


(ここまで)

大嘗祭に政府と異なるお考えを示されたと朝日・毎日らが安倍政権叩きの材料にせんと嬉しそうに報道しているが、それはこの度の不法な皇位譲渡に対する精一杯の抗議でしょう。
上皇后だの皇嗣だの、わざわざそういう地位を設けなければいけないのは何故?と思うので。

眞子さんの婚約解消を明確におっしゃらないのは、やはり天皇が裁可を取り消さないから?
(黒田清子様の時、裁可があった記憶はないのですが?)
天皇(と皇后)は秋篠宮家を守る気がなさそうですね。
この件だけはどうしても心配でなりません。

Yahoo!コメントにせよガールズちゃんねるにせよ、秋篠宮ご一家を攻撃し、東宮を賛美する、愛子天皇派の工作員が暗躍しています。
皇太子一家や小和田家が起こしている問題についての文章の主語を、
単純に秋篠宮家や川嶋家にスライドさせた文章に改竄してネットに書いて回る人たち、所属団体はどちらですか?
長年にわたり組織的になされていることはとっくに明らかです。
愛子さまが天皇になれないのが悔しくて仕方ないんだな。
もともと皇室典範では女性天皇は禁止ですがね。

東宮お抱えの産経新聞皇室ウィークリーは、掲載曜日だけど、トップ掲載するのかな?

https://www.sankei.com/premium/topics/premium-27431-t1.html

※本スレッドは時間経過とともに修正する場合があります。

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以下、前回記事を再掲します。関係ある話ですので。


小堀宮司、よくぞ言ってくださった。と喝さいしていただけに、退任に追い込まれて残念でならない。当方もこの一件に関して、Yahoo!コメント欄に私見を書いているので、ご覧いただきたい。本文はそちらと重なる部分もあることはお許し願いたい。https://news.yahoo.co.jp/profile/user/bluefox_hispeed_JAPAN/comments/退任に追い込まれたのは、あるいは宮内庁と言いつつ、名指しされた「御本人」らから圧力がかかった可能性もあろう。どなたとは申しませんが、急に風邪でお出ましにならなくなったのは、何故?裏でいろいろと?それはさておいて、だ。Yahoo!コメント欄でも宮司に非難の嵐。赤い天皇赤い皇室擁護派と、天皇皇室盲目崇拝派によるものであることは容易に察せられる。このような事態を招いたのは、保守側にも依然として、皇室の神聖不可侵をはき違えている向きが多いことだ。天皇皇族皇室には何も申してはならぬというのは、皇室について学校で教えられていないのが原因の一つであることは確か。天皇陛下が神道の祭祀王であられることを保守でさえ知らない人が多い。左側は憲法で都合のいいとこ取りしますが、保守も皇室では都合のいいとこ取りしています。明治憲法の天皇の神聖不可侵や不敬罪を言いながら、明治典範第十章の皇族の処罰については言いません。昭和帝が乃木希典将軍に厳しい教育を受けたことも言いません。  少し、その源流を考えてみたい。それは明治維新にある。  明治維新の関係者たちが、明治天皇を超法規的存在と位置付けてクーデターを起こし、幕府を朝敵に仕立てて会津藩ともども潰している。  皇居はもともと江戸城、徳川幕府の居城です。それを明治維新の江戸開城で奪い取った。  そこには、江戸までの武家政権という先人への敬意が感じられません。  内閣制度発足、帝国憲法施行までは、明治太政官テロ政権が、天皇を法もしくは超法規的意思として国政を動かしてきた。  そして、帝国憲法でも天皇の王権化が定められた。軍の統帥権を天皇にお預けしているが、総理大臣に預けるべきだった。こういう流れが、今の保守には「天皇陛下・皇室は常に正しい」に繋がっているのではないか?保守の中にも、明治以後ばかり見て、江戸時代までの武家政権時代への意識の薄い人が多い。靖国宮司退任の件も、眞子さん小室の件も根は同じ。明らかに胡散臭い小室のことで、眞子さんに意見一つできない保守の対応の鈍さが、皇室無謬論の破綻を物語っている。このままでは皇室の左翼専制権力かが進む一方だ。来年5月からどうなるのか恐ろしい。天皇皇室と明治維新には盲目的な今の保守派の姿勢には、非常に危険なものがある。左側が言うのとは反対の意味でだ。天皇が憲法改正に反対したり、皇位継承の男女同権化を望んだり、神道との決別を表明されたらどうするつもりなのか?つまり、保守がめざす、日本の伝統を取り戻すこととと反対を目指しあそばされたらどうするつもりなのか?そんな天皇皇室は尊敬に値しない。今の皇室は三権を越えた左翼専制権力と化している。本当の意味の皇室は昭和で終わったのかもしれない。赤い天皇皇室なら、もはや日本には不要だというのが、私の答えです。


 


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Vs


 



 


あぶない皇太子一家


 


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その後、伊勢神宮には下記の通り


 


 


 



 


 


 



 


 


 


 


 


 


 


が、


 


 


 


 


 


 


 


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と、玉ぐし料(神饌料)を出していません。


 


 


 


これに対して、東宮は内廷皇族だから出さなくてよい、出さないのが慣例だ、という虚偽の擁護論がありますが、上記のとおり、遷宮に当たっては出していますので、それは嘘です。


 


 


 


神道の祭祀長を継承される身が、神道を蔑にしカルトに染まるのであれば、もはや皇位を継承する資格はありません。


 


 


 


 


 


 


 


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現状、眞子さんも追加しないといけないのか・・・。


 


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筆者のブルーリボンです。



Blueribbon



日本の木の文化を思い、木製のリボンにしました。



ちなみに私のハンドルネーム「ブルーフォックス」のブルーは、ブルーリボンからいただいています。






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【「国家」に関する重要資料】


 




恐るべき執念と地道すぎる努力 左翼をナメてはいけない



http://ironna.jp/article/2185



【月刊正論】憲法学者と教科書-共産党の長期戦略は背筋が凍るほど怖ろしい… 八木秀次(麗澤大教授)



http://www.sankei.com/politics/news/151016/plt1510160046-n1.html



 





 




 


 




https://www.youtube.com/watch?v=tUuxd4ESpsc&feature=yout.https://www.youtube.com/watch?v=tUuxd4ESpsc&feature=youtu.be





紹介してくださったのは日本再生BOT@azllll様から以下のツイートにて。





 


>今は武器を使わない戦争。乗っ取り戦争。日本は非常事態宣言を発令すべき状況だと俺らは思うんだが




 


・・・


その通りです。まずは拉致問題。


外国人参政権。


そして、街中に溢れる中国語韓国語の案内。


法体系その他を外国人有利に作り替えることにより、武器なき侵略が進められる。


ミサイルや銃弾が飛ばないから戦争には当たらないと思ったら大間違いだぞ。


 


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日本は今や最終段階に入りつつあります!!


 


 



【戦後70年】#自虐史観 から卒業し、#国家意識 と #国防 意識を取り戻す年だ【戦後70年】#自虐史観 から卒業し、#国家意識 と #国防 意識を取り戻す年だ



これまでにも書いてきたが、9条が平和を守るなどという幻想の根底は、日本(とアメリカ)の国家権力「だけ」が悪の加害者、という凝り固まった認識だ。



被害者としての日本と日本人という概念が消し去られてきた。つまり、日本=加害者でしかないという自虐史観。



だから拉致問題にも冷たい。特定アジアが日本にどんな暴挙を仕掛けても無感覚。そんな国民が多すぎる。



自虐史観に縛られたままでは、日本と日本人の再生はあり得ない。



 





 



 











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元日に地元の神社に参拝し、新年の御神札を買い求めました折の袋の画像(部分です)。



 



 



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昭和から平成にまたがった女子高生コンクリ詰め殺人は終わっていない。犯人の凶悪少年4人(うち犯行現場の少年Cの両親は共産党員)が平然と社会復帰し、再犯までしている現在進行形の事件。 日本人なら被害者(あえて実名で)古田順子さんを弔おう。 元をたどれば戦後レジームの犠牲者だ。


 


 




 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 




11月29日(木)のつぶやき その2

2018年11月30日 02時45分28秒 | 国家・教育・秩序・他保守総合/ツイッター投稿一覧

11月29日(木)のつぶやき その1

2018年11月30日 02時45分27秒 | 国家・教育・秩序・他保守総合/ツイッター投稿一覧

11月28日(水)のつぶやき

2018年11月29日 02時44分33秒 | 国家・教育・秩序・他保守総合/ツイッター投稿一覧

11月27日(火)のつぶやき

2018年11月28日 02時44分12秒 | 国家・教育・秩序・他保守総合/ツイッター投稿一覧

11月26日(月)のつぶやき その2

2018年11月27日 02時44分47秒 | 国家・教育・秩序・他保守総合/ツイッター投稿一覧

11月26日(月)のつぶやき その1

2018年11月27日 02時44分46秒 | 国家・教育・秩序・他保守総合/ツイッター投稿一覧

11月25日(日)のつぶやき その2

2018年11月26日 02時46分32秒 | 国家・教育・秩序・他保守総合/ツイッター投稿一覧

11月25日(日)のつぶやき その1

2018年11月26日 02時46分31秒 | 国家・教育・秩序・他保守総合/ツイッター投稿一覧

#拡散希望 綾瀬市女子高生コンクリート詰め殺人事件発生から今日11月25日で30年です。事件は終っていない(本件第2報)

2018年11月25日 20時24分43秒 | 綾瀬市女子高生コンクリート詰め殺人少年事件(1988-89年)
皆様
今日という日は、日本人が絶対に忘れてはならない日の一つです。
東京都綾瀬市における、女子高生コンクリート詰め殺人事件発生から今日で30年です。


犯人の凶悪少年4人(うち犯行現場の少年Cの両親は共産党員で、手練手管で捜査員を入れさせず、弁護士の立ち合いを条件に付けさせたといいます)が全く反省せず、平然と社会復帰し再犯までしている現在進行形の事件です。

以下、過去記事から転載

2018年08月26日
#拡散希望 30年前の女子高生コンクリート詰め殺人事件は終わっていない(1)日本人全員、被害女性=悪しき戦後の犠牲者を弔うべき
http://blog.livedoor.jp/bluefox_hispeed/archives/68731220.html

正直なところ、朝日新聞の検索封じ込め工作とどちらを先に書こうか大いに迷った。
やはりこちらを先に書く。

昭和から平成にまたがった、女子高生コンクリート詰め殺人。
昭和後半生まれの筆者には衝撃的な事件だった。
被害者女性の死亡は昭和64年1月4日、昭和帝崩御の3日前である。発覚は平成に入ってからだ。
今思えば、まるで平成の暗黒の始まりを象徴する事件でもあった。
更生主義・温情主義の少年法をここまで逆手に取った事件は今でもない。
成人なら確実に死刑になった事件だ。

この事件は決して終わっていない。
凶悪少年4人(うち犯行現場の家の両親は共産党員)が存命、でしかも再犯までしている現在進行形の事件だ。
他にも多くの人間が関与しているが、少なくともこの4人がこの世にいる限り終わらない事件だ。

犯人の実名を出す。似権主義に反対する。
宮野裕史、小倉(現:神谷)譲、湊伸治、…

再犯、もしくはその危険があるなら、当局は今からでも実名と顔を公表せよ。周囲の安全が第一だ。

そして、何より、被害者・古田順子さんを弔い続ける義務がある。関係者だけでない、日本人全員の義務だ。
実名と顔写真を出すには批判もあることは承知だが、日本人は、古田さんの顔と名前を忘れてはいけないと思うからである。お許し願いたい。
凶悪事件の被害者のみならず、元をたどれば、悪しき戦後日本の犠牲者だからだ。

彼女より悲惨な目に遭っているといえば、北朝鮮拉致被害者の方々しか思いつかない。比較していいのかはばかられるが、そうしか言いようがないのだ。

繰り返す。古田さんは、悪しき戦後教育、人権主義、少年法、そして戦後レジュームの犠牲者だ。

改めて、古田順子さんのご冥福をお祈りしたい。あるいはどこかで生まれ変わり、幸せに暮らしていてくれることを願いたい。
合掌。

本日は取り急ぎここまで。続きを予定。





改めて、被害者古田順子さん(享年17歳、あえて実名で書かせていただきます)にお悔やみ申し上げたいと思います。

11月24日(土)のつぶやき その2

2018年11月25日 02時47分39秒 | 国家・教育・秩序・他保守総合/ツイッター投稿一覧

11月24日(土)のつぶやき その1

2018年11月25日 02時47分38秒 | 国家・教育・秩序・他保守総合/ツイッター投稿一覧

「体罰禁止」「叱らない」教育の結果生まれた甘ちゃんたちが親になってこの始末。「何事もハラスメント」で教育崩壊はさらに加速度的に進んでいくのか(第1報)

2018年11月24日 13時38分39秒 | 国家・教育・秩序・他保守総合/ツイッター投稿一覧
これもまさに、長年にわたる日本自己崩壊の一環だろう。

>保護者からの暴言「土下座しろ」「今から殴りに行く」現場で苦しむ教員の声
http://news.livedoor.com/article/detail/15641472/



体罰も受けず、怒鳴られもせず、それどころか叱られもしていない子供たちが、親になった結果がこうではないのか?
被災地で傾いた家を前に子供にピースさせて写真を撮るバカ親。
子供の泥棒行為をとがめられて謝罪どころか裁判に訴えるバカ親。
いい年して男子アイドルグループの乗る新幹線に追いすがり新幹線遅延を招く者も。
これが、親と言えるのか?

家庭教育・学校教育崩壊の中で育った世代が親になっている(なってはいけないだろうに)

加えて「何事もハラスメント」だと排除する風潮がそれに拍車をかけている。
こうして教育崩壊は加速度的に進んでいく。

かねがね書きたいと思っていたことだが、ちょうどタイムリーな話があったので先に一言。
全文はこちら。

http://news.livedoor.com/article/detail/15641472/

保護者からの暴言「土下座しろ」「今から殴りに行く」現場で苦しむ教員の声
2018年11月24日 9時50分 弁護士ドットコム



いじめ指導をしたら、保護者に「土下座」を強要されたーー。こうした過剰な要求をする親「モンスターペアレント」が教員を苦しめている。

厚生労働省が10月30日に発表した「過労死等防止対策白書」でも、はっきりと数字に表れた。全国の国公私立小、中、高などの教職員約3万5600人へのアンケート調査で、業務に関連するストレスや悩みの内容を尋ねたところ、長時間労働(43.4%)、職場の人間関係(40.2%)に続いて、保護者・PTA等への対応が38.3%と3番目に多い結果となった。

現場で何が起きているのだろうか。今回2人の現役教員に話を聞いたところ、どちらも保護者から「土下座を強要された経験がある」と打ち明けた。

●「どうしても教員に謝らせたいんだろう」
「日々いっぱいあり過ぎて…」と話すのは、近畿地区の公立高に勤める平さん(仮名、30代男性)だ。平さんの勤務校は教育困難校。タバコを持ち込む生徒が多いため、所持品検査を行なっているが、子どもから事情を聞いた親から「ここは警察なのか」「勝手に持ち物を見ていいのか」と詰め寄られた。

親同士のトラブルに巻き込まれたこともある。きっかけは女子生徒が「男性生徒に押された」と話したこと。女子生徒の親から夜電話があり、「どないやつやねん」「相手の子どもやめさせなきゃならんやろ」「相手の親を出してこい」と怒鳴られた。

すると、男子生徒の親も怒り出し、「どこにあざができとんや、きてみぃ」と反論。その地区で起きている大人同士の「縄張り争い」に巻き込まれた。

「あんた子どもいるんか、いないならわかるわけないやろ」「土下座しろ」。自信を失うような言葉を投げかけられたこともある。中には「どうしても教員に謝らせたい」という親もいる。誠心誠意対応をしても、「サービスを受けて当たり前」という雰囲気を感じている。

●「今からお前を殴りに行く」
東北地方の公立高教員である戸田さん(仮名、50代男性)は「大方の先生が困ったことがあるのではないか」と話す。

頭髪指導をしたところ保護者からクレームを受けた。茶色に染めている生徒を注意しても髪色を直さないため保護者に電話した。すると「これ以上直せない」「今からお前を殴りに行く」と怒鳴られた。

生徒同士のトラブルで、加害者側の生徒から事情を聞いて保護者に電話した際には、「自分の子だけが悪いのか」「ちゃんと聞き取りしたのか」と激昂されたこともある。教頭や学年主任など複数の教員で対応し、経緯を説明したが、「学校として、どうしてくれるんだ」「土下座して謝れ」と詰め寄られた。

「たとえ生徒が素直に応じなくても、指導は続けなければならない。怒鳴られた後には、車を運転していてもぼうっとしてしまって、精神的に不安定になりました。それでも授業やHRは毎日ある。授業でもうまく笑顔が出せず、生徒に伝わっているのではないかと不安でした」(戸田さん)

精神的な負担だけではない。戸田さんの勤務校も教育困難校で、毎日のようにトラブルが起きる。年間100件ほどの生徒指導に割かれる時間は非常に多い。

複数人の生徒が関わる場合、対応する教員が足りないため、授業を急きょ自習にして聞き取りにあたる。保護者にどう伝えるか、教員同士の入念な打ち合わせも不可欠だ。保護者には授業が終わった夕方から夜にかけて対応するが、22時過ぎまでかかることもざらだ。

戸田さんは言う。「教育の業務は際限がなく、生徒に関わることはほとんど対応する。もちろんトラブル対応も疎かにできない。日々、綱渡りの対応です」

●当事者同士での解決に限界
教育研究家で、中教審特別部会委員の妹尾昌俊さんは「保護者対応の内容は学校や地域による差も大きく、調査等では総量の把握は難しい側面がある」と前置きしつつ、「一部には理不尽なクレームや過剰要求があるのも事実であり、教員の負担感やストレスは大きく、看過できない問題。保護者と学校側だけで解決させるのには限界がある」と指摘する。

「交通事故で例えると、当事者同士で示談交渉をするようなもの。スクールロイヤーやスクールソーシャルワーカーなど教育委員会とはまた別の第三者が介入・対応できるようにする必要がある。ただし、学校側に反省点がある申し出等に対しては、学校は真摯に対応しなければならない」

また、保護者対応に限らず、教員の仕事の全体量を減らすことも不可欠だと話す。

「教員はあらゆる仕事を任され、日々余裕がなく追い立てられている。忙しくてつい連絡ミスをしたり、丁寧さを欠いた対応をしたりすると、子どもを心配するあまり、保護者は不信感を抱くことにもなる。冷静に対応できるだけの余裕を教員に持たせる必要がある」

(弁護士ドットコムニュース)

11月23日(金)のつぶやき

2018年11月24日 02時45分11秒 | 国家・教育・秩序・他保守総合/ツイッター投稿一覧

11月22日(木)のつぶやき

2018年11月23日 02時43分21秒 | 国家・教育・秩序・他保守総合/ツイッター投稿一覧

日本人なら忘れてはいけない、綾瀬女子高生コンクリート詰め殺人事件は、戦後の日本弱体化、人権至上、子供性善説の招いた犠牲だ。

昭和から平成にまたがった女子高生コンクリ詰め殺人は終わっていない。犯人の凶悪少年4人(うち犯行現場の少年Cの両親は共産党員)が平然と社会復帰し、再犯までしている現在進行形の事件。 日本人なら被害者(あえて実名で)古田順子さんを弔おう。 元をたどれば戦後レジームの犠牲者だ。