伊藤 克浩(べるお/Beruo)の「折れない心」ブログ

理学療法士伊藤克浩(べるお/Beruo)のサッカーとフットサル、そして理学療法に関するブログ。

「脳卒中後に手先、足先の回復が難しい(遅れる)理由」

2012年04月28日 | Weblog
FB(フェイスブック)の片麻痺をお持ちの方も参加している「リハビリ交流広場」に書かせて頂いたコメントをブログにもまとめておきます。

「脳卒中後に手先、足先の回復が難しい(遅れる)理由」

 専門家として考えられることを整理しておきます。脳からの信号は手先や足先の動きを受け持つ「皮質脊髄路」という経路と、体幹や股関節、肩甲骨周囲の動きを受け持ち「姿勢や歩行」そして「構え」を担当する「橋・延髄網様帯脊髄路」。そして、足に体重がかかったら即座に支えるための役割を持つ「前庭脊髄路」という大まかにいえば三つの役割分担があります。最初の皮質脊髄路は脳から出たら約90%が反対側の半身におりて行くので、この経路に関係する場所に脳卒中が起きると手先、足先の運動麻痺が著明に出ます。
 網様帯脊髄路は両方の脳からの信号を受けているので、片方の脳に何か障害が起きても、回復の可能性が残されていると考えられます。裏を返せば両側(麻痺していない側にも)影響を与える可能性もあります。これらの事から、立ったり歩いたりは回復の可能性が高く、早く回復するけど、手先の動きは回復が難しく、遅い…という事が考えられます。

 CIMT.BMI.認知神経リハ.Bobathコンセプトを含めた神経リハビリテーションでは手(麻痺側)から情報をいれることが重要であるとしています。これはNudo博士という方が研究で証明してサイエンスに掲載された論文が元になっています。この研究ではリスザルの麻痺した手から情報を入れ続けることで、使わないでいると他の機能に置き換わってしまう脳の地図が変わったという画期的な研究です。
 そしてCIMTとBobathコンセプトでは「半球間抑制」の考え方も治療理論に取り入れています。この理論について簡単に説明しますと、「脳は普段左右の半球が反対側の半球を暴走しないように抑制し合っていて、片方の半球になにか損傷が起こると、その抑制が働きにくくなって損傷されていない方の半球が過剰に働きます(麻痺していない方の手に力が入りすぎたり、粗雑になったりという事が起こる)。それと同時に損傷されていない半球から損傷された半球に送られていた抑制信号が増強され、損傷された...脳の回復を邪魔してしまう」という理論です。この理論の証明実験は損傷されていない半球にTMS(磁気刺激)を当てて過剰な働きを抑えたところ、損傷された脳の回復が起こり麻痺した手が動き出したという実験です。

 そこでセラピストはTMSを持ち歩くことができないのでCIMTでは一定の時間(約4時間、2週間)麻痺していない手を使わないことで損傷されていない半球の過剰な働きを抑え、Bobathコンセプトでは麻痺していない半身の過緊張を調整し、知覚的操作(粗雑でない正しい道具の使い方等)を再学習することで損傷されていない半球の過剰な働きを調整するという考えを持っています。ただCIMTでは麻痺した手の動きがある程度あって、このトレーニングを乗り切れる精神力(?)を持たれた方しかプログラム自体に参加できませんので、プログラムに参加できた人の回復率は高いということが証明されています。(誰でも麻痺していない手を使わなければ良いということではありません)

 麻痺した方の手にある程度動きがないのに麻痺していない方の手を使わないと日常生活が困難になるので難しいところです。いずれにしろ麻痺した方の手から情報をしっかり入れることは重要です。また、Bobathコンセプトでは麻痺した手の動きが使えるレベルになるかどうかに関係なく、肩甲骨や腕が姿勢調節やバランス、そして歩行に大きな影響を与えると考えていますので早期から麻痺した側の上肢へのアプローチを重要視しています。

 そして神経リハビリテーション全般に言えることですが、神経科学のみに理論が偏ると筋の生理学、心肺機能の事がおざなりにされやすいという心配もあります。「誤った歩き方を覚えると脳に良くないので早いうちは歩かない方が・・」と言っていると、麻痺した足の筋力は衰え、心肺機能は低下していってしまいます。難しい判断ですが適応を考えてリハビリテーションの進行を考え、その時期時期に合ったプログラムを実践することが重要だと考えています。