ロハスな高齢ベビちゃん待ち生活

妊活中に40代に突入!
アメリカでじたばたしながら今日も頑張ってます。

不妊の人だけがもらえる宝物

2010-01-17 16:18:56 | 妊活
子供が欲しいのに子供が出来ない。
子供が大好きなのに子供が出来ない。
それなのに世の中には、欲しく無かったのに子供が出来てしまって文句を言っている人や、せっかく産まれて来た子供を虐待する人、自分勝手な理由だけで中絶を選んでしまう人がいっぱいで、悔し涙を流しているのは私だけではないと思います。

私の知り合いに、とっても仲の良い夫婦がいるのですが、彼らも「欲しくてもまだ出来ない」カップルです。しかも奥さんの方はもう40代半ばに差し掛かっており、かなり焦りが出て来ているようです。
そんな彼らは、最近ゲイのお友達とばかり遊んでいるとのこと。
子供のいる夫婦とは一緒にいるだけで辛く、子供のいない夫婦でもいつ「喜びの妊娠報告」をされるかと思うと怖いというのです。

さすがにそれは極端じゃ・・・とも思いましたが、でも彼らのことを責める気にも笑う気にももちろんなれず、それよりも彼らの焦りと痛みをヒシヒシと感じ涙が出ました。
そして、世の中には同じような思いをしている人達が数えきれない程いるんだ・・・と言う事を思い、「全ての絶望に打ちひしがれている赤ちゃん待ちの人達の痛みが少しでも和らぎますように!そして願わくば、みんなに奇跡が起りますように!」と祈らずにはいられませんでした。

欲しい物が全て手に入る人などいないことはわかっているけど、でもやっぱり子供が欲しくても出来ない人達の痛みは、生きていたいのに死ななければならない人(不治の病に苦しむ人達など)の次ぐらいに辛いのではないかと思います。

私ももう泣き言は言い尽くした気がします。
また、今こうしている時にも、同じような理由で泣いている人達が山のようにいるんだと思います。

でも、最近思うんです。
こんな思いをしてきたからこそ、私達は命の大切さを学び、命を授かる事がどれだけ奇跡のような事なのかを知る事ができたのではないかと。
苦しんで苦しんだ末に命を授かった喜びは、苦労せずに子供を授かった人には決して体験し得ない至上の喜びなのではないかと。

絶景は常に簡単には行き着くことが出来ない所にあると言います。
私達(不妊経験者)は、絶景を見ることが出来る可能性のある数少ない人間なのかもしれません。
山を登り、谷を下り、いばらの道を通り抜け、崖から落ちそうになりながらも諦めず、真っ暗な長いトンネルを泣きながら通り抜けたその先には、この道を通って来た人しか見る事の出来ない素晴らしい景色が広がっているのだと思います。

・・・もちろん、散々苦労して行き着いた先が「何も無い場所」だったらどうするのだ?という疑問もあります。
そして、その答えは今の私にはわかりません。
でも、苦労しながらも一生懸命頑張って辿り着いた先が「何も無い場所」であるはずが無いような気がします。

言ってみれば「オズの魔法使い」みたいな感じでしょうか?
辿り着いた先には期待していたような魔法使いはいなかったけど、必要なものは道すがら実は全て手に入っていた・・・そんな感じです。

例え「子供が出来なかった」という結末に終わったとしても、「夫婦で力を合わせてこんなに一生懸命頑張ることが出来た!」、「この人と2人なら、死ぬまで愛し合って行けると確信が持てた」、「命の大切さ・尊さを学び、人の心の痛みがわかる人間に成長出来た」などなど、数えきれない程の宝物が手に入るのだと思います。

「そんな宝物なんていらない!子供さえ出来てくれればそれでいい!」

そう思われる方もいらっしゃるかもしれません(私もそう思った事が無いとはいいきれません)が、本当にそうなのでしょうか?
子供が出来れば、それで全て解決なのでしょうか?
子供が出来なければ全ては無駄だったのでしょうか?

やっぱり違うと思います。
子供が出来ることだけが幸せじゃないですものね・・・。

もちろん、「そうは言っても、やっぱり子供が欲しい!」と言うのが本音ですし(笑)、その気持ちに嘘をつく必要は無いと思いますが、妊娠・出産することがゴールではない事をキチンと認識した上で、これからも「絶景」探しの冒険を元気に続けて行きたいと思います。