アユ母日記

東日本大震災
平成23年3月11日
あの日から会えなくなったアユと凛へ
思いが届きますように

「あゆみ野」

2019年01月18日 | 日記
去年の夏あたりに
石巻蛇田地区に復興に伴ってできた新しい街があります。

「あゆみ野」

仙台から石巻へ電車で行った時
ウトウトと寝てなんとなく目が覚めたのが
「あゆみ野」でした。

アユは
普段みんなが
「アユ」と呼んでいるけど
本当の名前は
「アユミ」
だから駅の名前が変に私の耳に響いてきて
脳ミソにインプットされてしまいました。


女川に住んでいたけど
石巻蛇田に「家を建てようか?」
と夢を描いていた。

その蛇田地区が
「あゆみ野」
とアユの名前がついた街になった事が
なんだか…
その街とは関係ないくせに
嬉しかった。

いつか
行くあてはないけど
「あゆみ野」の駅で降りてみようと思います。
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寒い

2019年01月18日 | 日記
寒い❗️

昨夜から風が強くて
外は時々、ホワイトアウトです。

特別なわけでも
珍しいわけでもなく
これがこの辺の当たり前の冬です。

という事で
「冬眠したい!」
ホントに…
目が覚めたらポカポカの春
っていうのが希望です。

外の白さを見た子どもが
あんまり真っ白だったからか
「キレイだね〜〜お空のシロ」
と言ってました。

お空じゃないから…
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誰かの分も生きる

2019年01月18日 | 思う事
誰かの分も生きる

成人式では
なくなった友達の分も生きる。

24年前になくなった人の分も生きる。
と言っていた。

人は誰かの分もなんか生きられない。
自分が「生きる」で精一杯のはずだし
一人100年生きるなら
200年生きれる人がいるのだろうか

誰かの分も生きる
って言葉が
なんて上から目線の言葉なんだろう
って事に気付かないんだろうか
とビックリしてしまう。

そう言っている人だって
命は明日までかもしれない。
あと1年かもしれない。
人の「明日」は誰もわからないんだから

若くしてなくなった人が
その人だけ特別なのではない。
それは
誰しも、明日は我が身


誰かの分も生きる
って言葉はおこがましいよ。


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思う日

2019年01月17日 | 災害の事
せめて「思う」事をしたくて
今日は一日
要所要所
「阪神淡路大震災の事」を思っていました。

どんなに痛くて
どんなに寒くて
どんなに無念だったか
……

知り合いの娘さん
とか
息子さん
の事をずっと
思っていました。

お父さんや
お母さんや
兄弟や家族を
ずっと見守ってくれてるだろう。


24年
長いな…
まだまだ続くのか…

アユと凛と自分
と重ね合わせてみていました。
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24年目の朝

2019年01月17日 | 災害の事
24年の朝
黙祷をしました。

こんな暗い朝に地震が起きたんだ。
寒かっただろうな…
怖かっただろうな…

穏やかに
笑って過ごしています様に…

祈る事しか出来ない…
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