本を読む

2004-10-28 00:55:24 | Weblog
つい最近まで、ほとんど本などは読まない生活であった。

思えば、小学校、中学校のころ、「最近の子供は活字離れが進んでいる。漫画、TVゲームにばかり熱中する」といったようなことをよく聞いていたような気がする。確かに自分も「最近の子供」であった。

今しがた、大学1年のときに知り合い、最近またバイトで再開した同学部、1歳年上の男のブログを読んだ。彼は高校時代に読んだ小説からビジネスに対して興味を持ち、現在はハイテクベンチャーを創業するための準備を進めているという。思えば知り合った塾講師のころから人生に対する認識に差があったのであった。

大学受験時代にお世話になった出口先生の言葉、「本は他人の人生の追体験をさせてくれる」という言葉を思い出した。
自分のここまでの人生において、特別変わった事をした記憶はない。高校時代は部活をして、勉強をした。友人と酒を飲み、暴れるやつらを見ていた。大学に進学し、薄い付き合いを覚えた。都会に出てからは女との出会いも増えたように思う。
本などは、読まない。高校の先生もおざなり程度に「読め」等というが、全く興味は持たなかった。本と勉強は同意で、勉強(テストのため、受験のため)に時間を割いていた。

そのころ、「他人の人生の追体験」を行っていたらどうなっていただろう。少なくとも、自分の人生の方向性は変わり、今の自分とは全然違っていただろう。たら、れば論議は無意味ではあるが、自分の視野を広げる、という活動を怠っていたことに対して後悔してしまう。

最近は本や、それ以外からも「こういう人生は、イイ!」とあこがれてしまうような情報と出会うことが多くなった。将来のビジョンも少しずつ固まりつつある。

「最近の若者は夢を失っている」なんて言葉は発生しないのではないか。他人の人生に対する憧れが夢に変わり、そこからトップダウン式に自分の人生の方向性に対する認識が変わるだろう。一人一人が思考を行うようになり、日本人、という人種にさらに多様性が生まれ、面白い国になるだろう。

本を読め、なんてガキのときに言われても、読む気なんてしない。だるいし、娯楽なんて吐いて捨てるほど、ある。特に田舎に住んでいたら、情報に疎いことなんて全く気にならない。むしろ、気づかない。
言い方も悪い。夏目漱石はよい、本は心を豊かにする、なんていわれても読む気のない人間には全く説得力がない。ロジックがない。

親に読む習慣があれば、自然と子供は真似をするのではないか。少なくとも自分は子供に対してその辺を真似させよう。それも一つの日本に対する貢献だ。

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