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日本歴史紀行

歴史紀行 地域版 84 八坂の神 御降臨 跡 〜静岡県伊豆の国市



八坂の神 御降臨跡
静岡県伊豆の国市四日町













伊豆の国市 韮山は、かつて鎌倉幕府で将軍家を凌ぐ権勢を謳歌した北条氏が起こった地に近く、初代将軍〜源頼朝が20年に渡り平家に従う伊東祐親の監視下にあった忍従の地、蛭ヶ小島と目と鼻の先にありました。


やがて駿河、今川氏の家中争いの仲裁に活躍した伊勢新九郎盛時(後の北条早雲)が乗り込み、伊豆討ち入りによって暴政により君臨していた足利茶々丸を排除し、韮山城を拠点として伊豆地方の支配に乗り出したことにより、下剋上を体現してみせて戦国時代の先駆けとなった地域です。


早雲の討ち入りに先立つこと半世紀あまり、
1428年(正長元年)この年は、飢饉により民の暮らしは困窮し、一揆が頻発し、京ではくじ引きにより室町幕府3代将軍〜足利義満の子、義教が6代将軍として、足利将軍家の座が選ばれるという有り様でした。


そのような困窮は伊豆でも例外ではなく、この地は暴れ川でもある狩野川が氾濫して、酉の満水と呼ばれる洪水により疫病も発生したりと、重なる被害に住民は苦しめられていました。


ある日…狩野川に近い韮山の梅木村で唐風に髪を結んだ二人の童が相撲に興じて遊んでいたところ、八坂神社の氏子 川口氏の軒を訪ねました。

童は【何か食べ物を…】を懇願したので、主人は、【何もないが、小麦を蒸したもので良ければ…】と言うと、童は【それでよい】と、応じたので、主人が差し出すと美味そうし食べました。


やがて童は姿を消し、主人は屋外に出て探してみると、小さな木像があるだけでした。

主人は、木像が御神体か佛体なのかも判らないまま、とりあえず木像を床の間に安置して祀ることにしました。

しばらくして、川口氏の南隣に住む野方氏の夢枕に童が出てきて、【川口氏が祀る木像は我が身にて牛頭天王なり、吾を八幡の杜に斎き祭れ。】と言い残し消えました。


野方氏は不思議な夢に驚き、次第を川口氏に話しました。

八幡の境内に祠を建立して祀ると、不思議な噂を聞きつけ、多くの参詣者に恵まれました。

江戸、天保年間に御殿場で疫病が大発生して民が苦しめられた際、八坂神社により祈祷が行われると、たちまち収まったことから、以来、御殿場地方からの参詣者が多く見られるそうです。

不思議な逸話ですが、御降臨地は狩野川の氾濫で流されてきた何処からかの御神体とも言われ、八坂神社は、この時の御神体が流れ着いた場所を神降臨の地と伝え、お天王さんの際のお旅所となっています。

御降臨跡の向かいの八坂神社











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