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日本歴史紀行

歴史紀行リバイバル 18 (歴史紀行 特別編 37 - 3 日越外交樹立50周年〜浅羽佐喜太郎公記念碑)

この記事は9月に掲載したものです。

浅羽佐喜太郎公記念碑
静岡県袋井市梅山 常林寺






浅羽佐喜太郎 公記念碑~現代釈~



我らは国難のため扶桑(日本)に亡命した。公は我らの志を憐れんで無償で援助して下さった。思うに古今に類なき義侠のお方である。ああ今や公はいない。蒼茫たる天を仰ぎ海を見つめて、我らの気持ちを、どの様に、誰に、訴えたらいいのか。此処にその情を石に刻む。
 



浅羽佐喜太郎公碑~原文



豪空タリ古今、義ハ中外ヲ蓋ウ。公ハ施スコト天ノ如ク、我ハ受クルコト海ノ如シ。我ガ志イマダ成ラズ、公ハ我ヲ待タズ。悠々タル哉公ノ心ハ、ソレ億万年。

— 大正七年三月、越南光復会



説明板

天皇皇后両陛下行幸啓記念碑


浅羽佐喜太郎


ファン・ボイ・チャウ






ファン・ボイ・チャウのその後…

帰国後、清国上海で政治運動を続けますが、フランス官憲に逮捕され、終身刑の判決を受けるも、ベトナム民衆の猛反発を受け、恩赦として自宅軟禁に。

1967年昭和42年 自宅で死去。72歳





ガイドマップに、
ベトナム建国の父、ファン・ボイ・チャウを支援した浅羽佐喜太郎の記念碑という説明が常林寺にあり、建国の父は、ホーチミンじゃないか?と疑問を持ち、訪ねることにしました。

彼は、ホーチミンに先立つこと約30年前に運動してた人だということを学びました。



上皇、上皇后両陛下が御在位中、ベトナムを訪問され、フエ市にあるファン・ボイ・チャウ記念館を訪れられ、記念碑に献花されました。



また、 両陛下の訪問された2018年は、日本とベトナムの国交樹立45周年、また、ファン・ボイ・チャウの手により浅羽佐喜太郎記念碑が建立されて100周年の節目にあたります。


上皇上皇后両陛下 
浅羽佐喜太郎記念碑 行幸啓の御様子


追記

上皇、上皇后両陛下は(当時は天皇皇后両陛下)、静岡県西部への私的旅行のため、2018年11月27日午後に静岡県に入られました。

28日まで1泊2日の日程で、親交のある女優宮城まり子さん(91)(宮城さんは2020年3月21日逝去)が運営する掛川市の養護施設「ねむの木学園」や浜松市楽器博物館などを視察されました。

 両陛下の静岡県入りは、2017年4月にスペイン国王フェリペ6世と静岡市を訪れた時以来、約1年半ぶりで、2019年4月30日での退位が決まってからは初めて。JR東海道新幹線の臨時列車で東京駅を出発し、午後0時半ごろ掛川駅に到着しました。

掛川駅南口周辺には松井三郎掛川市長ら地元関係者と大勢の市民が、歓迎のために集まりました。
 
両陛下は県西部への訪問を7月に予定していましたが、西日本豪雨を受け、被災地を案じていったん取りやめになりました。

今回は当初の予定通り、同学園の美術館で宮城さんの説明を聞きながら子どもたちのダンスや絵画を観覧されました。


【その後、袋井市を訪れ、ベトナムの独立運動を支援した医師浅羽佐喜太郎ゆかりの常林寺、近藤記念館を見学されました。

28日は浜松市外国人学習支援センターで授業などを視察後、楽器博物館を訪問し、同日午後、帰京しました。】

 
両陛下の私的旅行は、希望に沿って訪問先が決められていて、今回が9回目となりました。


今月21日は、日本とベトナムの外交関係樹立50周年を迎え、様々な祝賀式典が予定されています。







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