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大善人へ身魂磨き

善でありたいと思う。日々精進。感情の渦に呑み込まれそうな時もあるけれど最後には明るく静かな大海原に和合したい。

浩然之気

2023-07-14 05:06:00 | ひとりごと

浩然之気(こうぜんのき)は孟子の御言葉です。天地に満ちている、大きくて強い正大の気。公明正大でまったく恥じることのない精神。そっから転じて、なにごとにも屈しない道徳的な勇気。

「浩然」は、水がゆったりと流れる様子などと説明されています。


この御言葉ですが、日本では吉田松蔭が述べていたようです。松下村塾を開き、幕末に多くの武士に多大な影響を与えた吉田松陰。最後は投獄され非業の死を遂げます。

揺るぎない信念を持つものの、時代の荒波に飲み込まれることは、歴史にはあるのだと思いました。




吉田松蔭


浩然の気について、吉田松蔭の御言葉は下記です。


【訳】

至大至剛、直を以て養ひて害することなければ、則ち天地の聞に塞がる(この上もなく大きく、この上もなく強く、しかも、正しいもの。立派に育てれば、天地の聞に充満する程になる。それが浩然の気であるという) 孟子本文


この一節を最も詳細に読まねばならない。


「至大」とは、浩然の気の形、ありさまである。孟子が「恩を推せば、以て四海を保んずるに足る(人としての情け心を押し広めてさえゆけば、広い天下でも治めていくに十分であることいっているのも、つまり浩然の気のことである。

この気が覆う広さは、天下がいかに広くても、人々の数がどれほど多くても、とうてい及ばないのである。何と大きいことではないか。

しかしながら、常日頃、我が身にこの気を養わないでいれば、たった一人の人間に対しても恥じ入ってたじろぎ、これを受け入れることができないのである。

ましてや十数人に対しては、いうまでもない。また、千万人に対しては、なおさらのことである。

確かに、この気を養って、大きくすれば、際限もなく大きくすることができる。ところが反対に、小さくさせてしまうと、際限もなく小さくなってしまう。


「浩然の気」というものは、この気を最も大きくしたものである。「至剛」とは、浩然の気の模様、ありさまである。「富貴も淫する能はず、貧賎も移す能はず、威武も屈する能はず(財貨が多く位が高くても、その心を堕落させることができず、逆に、貧乏で身分が低くても、その心を変えさせることができない。威光や武力をもってしてもおびえさせることができないこという、それが、この気のことである。


以上。


こういう気を自分の中に充満させる。そういう気をもった人が集まれば、それは弥勒の世かもですね。


気は、つくづく大切だと思います。

私の愛読書のひとつ、生きがいの創造の著者、飯田史彦先生は、吉田松蔭の生まれ変わりと言われています。

昔、私は一度だけ飯田史彦先生の講演に行った事があります。

先生が臨死体験中に神霊から尋ねられた御言葉、つまり、人が死んだ後に尋ねられる質問、


充分学んだか

充分愛したか

充分使命を果たしたか


シンプルだけど聞かれるんだと思いました。この深淵な問いに、真っ直ぐに、ハイと答えられる人になりたいと思いました。


飯田史彦先生の名著は、生きがいの創造シリーズですが、戦時中、大本教が弾圧を受けた際、被害を受けた出口日出麿さんも、同じく生きがいの創造など、生きがいシリーズを出していました。

弾圧により気の病となりました。病の前に書かれた著書は、それは慈愛に満ちていました。時代の波は、繰り返し、聖人を打ちのめすのだと思いました。

生きがいは創造していくもの、そして、創造主は、自然がそうであるように、浩然の気がみなぎると無限に♾️可能性は広がる気もしました。

良い気を持つ、これは、生きがいを創造する人ひとりひとりが、言葉、行動、思考を正しく選択することにより出来るのかもしれないなとも思っています。



塩の話し ①

2023-07-09 05:22:00 | ひとりごと

暑い季節、冷房を調節して熱中症にならないように水分と少しの塩分をしっかりととりたいですね。


塩は昔は貴重で、「しおらしい」なんかは、控え目で、慎み深く、可愛らしいことですが、これは、封建時代、塩が手に入りにくかった百姓の女たちが、塩欲しさに出陣する武士が持つ塩包みに目をつけて言い寄ったことから始まった言葉のようです。


女性の態度は恥ずかしそうで、塩欲しさの素人の言い寄りとすぐに見破ることができたことから、「しおらしい」となり、"この塩が欲しいんだなと察しがついていた"が転じた言葉みたいですね。


また、「敵に塩を送る」という話に登場する塩は、塩止めによって苦しんでいた武田信玄の領地の民に、上杉謙信が送った塩のことです。

たとえ敵対する相手だったとしても、民が苦しむことを見過ごせず、敵の窮地を救うこととして戦国美談が後世に語り継がれ、ことわざとなりました。


また、天塩にかけるとは、自ら世話をしていつくしみ育てることで、漬物、おむすび🍙をイメージしてもわかりますが、昔から手に塩をつけて丹念にものを作る行為には、愛情がこめられていることです。


このように、とても貴重だった塩🧂は、言葉の中でもなかなか味わい深いです。また、塩は人間の身体にとって必要不可欠なものです。人間の体内では塩は作り出せなくて、必ず食べ物から摂取する必要があります。


生き物は海で誕生し、海から陸の生き物に進化を遂げる際に、体の中に海水と同じ成分を作ったといわれています。それが体液や血液などの液体であり、太古の海水の成分と非常に似ているようです。


また、胎児を守る羊水も、海水の成分とほぼ同じもので、生き物は塩と共にあり、塩がなければ生存することが出来ません。 


体の中の塩分は、腎臓の働きにより一定に保たれており、腎臓は、身体の神様都海神(都會神)が頑張ってくださっています。水の要素と一番深く繋がり、また、塩とも繋がりが深いイメージがあります。


通常では腎臓で保たれる塩は足りなくなることはありませんが、下痢や激しい発汗などで急激に失われると、体の中の塩分が足りなくなり、脱水症状が現れます。


都海神がヘルプミー!!と叫んでしまうことになります。 


というわけで、水分と、適度の塩をこの暑い時期には摂り、健康にいたいですね。


さて、前置きはこれくらいにして、


聖書には、地の塩(The salt of the earth.)の話があるようです。

地の塩とは、社会のために尽くして、模範となる人のたとえのようですが、この由来は、新約聖書―マタイ伝・五の一節、「山上の垂訓」として知られるイエスキリストの言葉からのようです。


「あなたがたは、地の塩である。もし塩のききめがなくなったら、何によってその味が取りもどされようか〈略〉人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい」


私たちが地の塩であるという視点は、天地をつなぐ人は、天地には欠かせなくて、きちんと味わい深く、しかも、天地という素材を活かすお役目がある、、というような意味合いに深読みしてみました❣️


米🌾は、神様に関係深いイメージがあります。私たちが、白米のおむすびの塩の役目だとすると、しょっぱすぎず、でも、ないと味気ない、そんなさりげない主張しない感じのヒトって、良いなと思いませんか?


私たちの身体にも、神様からお預かりしている器という視点をもち、食事でも塩分は取りすぎず、さりげない程度の塩を摂取して大切に使いたいです。






北斗七星と合鴨農法

2023-06-13 08:34:00 | ひとりごと
前回の続きです。


宇佐神宮は、神武天皇がきたさい、ウサツヒコとウサツヒメが宮をたててもてなしたことが始まりで、その宮を足一騰の宮といいます。足一騰は、カジ職人があしを片方曲げて座る形が、北斗七星の形に似ていることもそう呼ぶようで、製鉄の神、八幡神とも繋がります。


また、カジ星(舵星)北斗七星は和の名前であり、和船の舵の形に見立てて呼ぶようです。


カジ職人は、製鉄、たたら、と切ってもきれず、日本語は、本当に宇宙語なのではと感じるほど、言霊に奧を感じます。


ところで、製鉄を大陸から太古の昔、日本にもたらしたのは加茂族といわれます。

たたらは製鉄と密接に繋がり、山を切り崩したりしてしまうため、物凄い環境破壊も伴いました。

昔のタタラの場所は、今は棚田に変わっている所も多く、牧歌的な雰囲気を醸します。






そもそも、カモ氏が製鉄の技術を持ち込んだ際、カモ氏は環境破壊などとは真逆の思いがあったと思います。


鉄が出来ることにより、農具を作り人々を豊かにしたい、、また、開拓により、山深い地の多い地を人々がすめる土地にしたい、そういう気持ちです。


しかし、鉄の作り方を覚えた人は、剣や武器に変えたり、もっともっとの欲心から環境を破壊してまで山を切り崩し鉄を作ります。


火で燃え盛る製鉄には冷やすために大量の水も必要です。


もっともっとという欲心は、水のエネルギーでは追いつかないまでになってしまったのか、実はそういう人心が鉄で武器を作り支配をし、戦いをうみ、そして、自らの命まで結局は危険に晒します。


カモ族は、製鉄の技法を伝えるも、決して武器を作ることはなかった、と聞いたことかあります。


もともと、農業を広め民を飢えから救いたい気持ち、善意でもたらした技法だったのかなと推測します。


アイガモ農法など、自然で無農薬の米の栽培方法がありますが、カモ族は、おそらく、低い位置で水を引き、田んぼにお米をつくる、そうして、人々が自然由来の食を自ら作りいただく、循環社会を日本に期待したのではないかなと。


柄杓の形の北斗七星は北極星を中心に周ります。柄杓は水をくむもの。

たたら製鉄には大量の水が必要とされます。そして、米を作る田んぼにも大量の雨がいります。


農産物をつくる農家の人にとっては、今の梅雨は欠かせない恵みです。


私は、日本が大好きで日本の食事、米が大好きです。カモ族が持ち込んだ製鉄技法を、武器にするか、自然破壊に繋げるか、もしくは、米作りなど、原点回帰なのか、そんな事を思いながら、梅雨のこの時期にお米をいただきたいなと思いました。





2023-05-24 07:09:00 | ひとりごと

父が亡くなり、先日49日の法要と納骨が終わりました。


父は安らかな顔で旅立ちました。父の通夜、葬儀の日は高知は季節外れの嵐でした。


遺骨となり、白い骨壷を抱え帰路についていると、雨足が緩み、徐々に雨は上がりました。

自宅に真っ黄色な美しい夕陽が充満しました。

私はあぁ、お父さんはもう肉体からは卒業したのだなあと、思いました。


母には長生きして欲しいなと思います。


納骨をする日の朝、妹と実家のお墓の掃除にいきました。墓は綺麗に掃除されてはいましたが、雨が降ったので念のために。


お墓につくと、とても大きな蜂🐝がお墓の入り口にいました。


蜂とはちあわせ。


私は、あっ、お父さんだ、、と思いました。

ずっと、お墓を掃除している時も、ブーンとお墓の入り口あたりを飛んでいました。


30分程、掃除をしている間、蜂はいました。


49日の間、何度か父を感じました。


姉も、甥っ子も、父を感じたと言っていました。


霊体になると、意識がすぐに思う人の所に飛んでいくのかもですね。


こちらが思えば、故人とも直ぐに繋がる。


亡くなったおばさん(父の姉)のことも久しぶりに思い出しました。巫女のような優しい人でした。父を導いてくれているのかもしれません。


故人となって目に見えなくなっても、

霊体となって生きていて、

50年以内にはまた会えるから、



それまで頑張って、譲り受けた身体を

この世できちんとお役に立てるように

生かしていきたいなと思いました。






奥入瀬渓流

2023-05-12 06:39:00 | ひとりごと
奥入瀬渓流を訪れたのは2回目。
前回は5年位前で、真冬でした。

今回は新緑美しい季節に訪問。

冬はガラガラでしたが、
ゴールデンウィークはさすがに混んでましたね。




ケヤキの木

水のあるところはいいですね。

音も風も気持ちいい。
まさに、セラピーロード。

十和田湖には青龍大権現の龍神伝説がありました。青龍は清流。

水と共に織りなされた自然の造形美、木々の緑、野鳥のこえ、風、音、神聖な気が至るところに充満していました。












十和田湖から流れる水は奥入瀬渓流となり素晴らしい景観を四季折々みせてくれます。

冬は滝も氷柱になって氷っていましたね。それはそれで美しかった。
雪靴を履いて渓流そばを散策しました。

当時、雪解けの季節は良いですよ、と言われましたが、今回また来ることになるとは。



近づいてみると、


うわぁ、可愛い。



頑張れ!と思わず。

小さな命が水辺で育まれています。

苔って凄いですね。

生命の誕生の奇跡を感じます。

きっと、全ての命が奇跡の連続、偶然のようにみえて、全て揃ったが故に命となる必然を感じました。

十和田湖から八甲田山に向かうところに日本一大きなブナの木があり、森の神と呼ばれているようです。
神社関連は、ただいま忌中のため参拝を慎みました。

山の神、森の神、水の神、

ヤオロズの神







自然は全てをわけることなく
あるがままに

包む




秋田、青森をまたがるのが世界遺産
白神山地です。

津軽や東北には、シラヤマ信仰があります。

千と千尋の神隠しでは、オシラさまがなんとも、ほのぼのとした姿であらわされていました。

オシラさまは、津軽の山岳信仰の象徴的存在、岩木山の民衆信仰でもあり、

響きが何となく「白神」に通ずるということで、オシラサマはシラカミサマとなっていったと言われているようです。

北海道の「白神崎」にもオシラサマが祀られていたり、

また、加賀の「白山」繋がりで、津軽の白山から、「白神」に発展していったという説などもあるようですね。

雪深い地には、過酷な自然があり、
また全てを真っ白に覆う美しい雪は、
過酷と静寂をイコールで結ぶような
そんなイメージもあります。

オシラさまは、そのような土地の神様。
流れるものを凍らせたり、
時を静寂の中でとめたりしているかのようにみせかけて、
実は命を蔵し、
こうしてゆっくりと命を守り育み、
時を待ち、繋ぎます。

そんな自然の懐の深さに
この土地を護る神々の
慈愛のようなものを
感じました。