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大善人へ身魂磨き

善でありたいと思う。日々精進。感情の渦に呑み込まれそうな時もあるけれど最後には明るく静かな大海原に和合したい。

大湯環状列石

2023-05-08 06:44:00 | ひとりごと
秋田の鹿角にある大湯環状列石に行きました。
大草原の中の縄文遺跡。
(東北の縄文遺跡は青森の三内丸山遺跡が有名ですね。)
大湯環状列石では、石が敷き詰められていました。









この石は近くの河辺からのようですね。きっとなんらかの意図があったのでしょうね。


近くの資料館より




↓日時計





お墓かな



↑5本の柱あと

沢山の土器もみつかったようです。


縄文土器って、結構薄くて、
表面に模様があり、
渦だったりします。






壺に∞∞🌀




↑これは、1.2.3.4.5と穴があいています。


土偶もいっぱい穴が空いています。
身体に実際空いている穴だけでなく、
沢山の穴が。身体の真ん中にも丹田あたりにも真っ直ぐ穴が空いています。これは、眼にみえない穴を感じていたのかな。🌀

土偶を祭祀の道具として使ったなら、神を降ろす意味合いがあるのかもですね。

まつり


祈り

シンプルな生活の中に、祈りやまつりを欠かさない。

神と共に。大いなるもの祈る。

繋がりに感謝


精巧な急須が縄文遺跡にあるとは

生活を便利にしようといつの世もヒトは工夫するのですね。



縄文クッキー

クッキーやお茶?で食事を楽しんでいたとしたら、オシャレな縄文人。

備蓄は土の中



ファッションも、アクセサリーを楽しんだり、自然素材のものを身にまとう

余計なものが無い中

大切なものを守りながら
生活の余白に
食も、オシャレも
自然にあるもので楽しみ
争いもない
平和な時代

環状列石というと、昨年夏行った九州大分安心院の佐田京石を思い出しました。



佐田京石
ここもストーンサークル
祈りの場


全国にもあるようです。↓

この図では、東に密集。
エミシやアイヌなど、古来の日本人にストーンサークルは関係があるのかもですね。

4000年以上の昔

環状列石のある場で、神に祈りを捧げながら人々が寄り添って輪になって生きていた。

東北は今より温暖だったからこんな野晒しの地に集落が出来たのかもねと。


生きて死ぬ、輪廻転生。故人のあの世での幸せや再生を生活の場所の近くで祈り、まつる。

生きとし生けるものの幸せを
循環を
繋がりを
途切れない輪の中で
ぐるぐると


ゴールデンウィークは
所用があり
奥入瀬にいくためだけに
青森に向かいました。

車だったため一泊したのですが、
ホテルが秋田側の十和田湖畔でしたから、偶然見かけた環状列石の看板に惹かれて、立ち寄りました。

十和田湖畔から奥入瀬にむかう道中、
キリストの墓の看板もみかけました。
そちらは、あまりにもクネクネ道のため
途中で断念しました。

十和田もトがあり、八戸、七戸、六戸、五戸、、と青森は戸(ト)が沢山ありますね。戸が幾重にもあるイメージの地名です。

秋田の鹿角にある大湯環状列石という縄文遺跡は全く知りませんでした。たまたま看板を見かけ行きました。

鹿角という地名。

鹿の角とは、丁度1年前、長野に行ったあと、鹿の角が気になり鹿、鹿、鹿とマニアに調べていたことを思いだしました。笑。

九州の志賀海神社には、鹿の角が奉納され、また、安曇族のながれが九州から長野の安曇野へ繋がることがわかり、鹿の角を長野の神社でも見て、感心していたのを思いだしました。

秋田には鹿のつく地名🦌だと、牡鹿半島とかは、ナマハゲ(鬼)が有名です。
鬼繋がりでいうと、九州には、鬼八伝説が至る所にあったり、長野の戸隠などには鬼女伝説がありました。

鹿と鬼の共通点は、
角かぁ、、
とか思いながら、
鹿の角は龍の角みたい(見た事ないけれど)

日本の各地に、鬼と呼ばれながら点々としていた存在が、中には海から渡って来た存在かもしれないです。

最終的に東へさらには北へと定住できる未開の地を見つけて命を繋いでいたのかもと想像を巡らせました。

大草原の中にある縄文遺跡には、

とても穏やかでゆったりとした空気が流れていました。

まだ、ゴールデンウィーク東北は
桜が至るところに咲いていましたね。




とても綺麗でした。😊




恩寵

2023-04-27 05:16:00 | ひとりごと

荒波は、尖った岩を丸く削ります


岩は荒波により

叩き砕くような圧に打たれても

泰然としており

やがて何事もないような

静かな時がくるさと


じっと無心でいるようにもみえます

人が

荒波にのまれかけるような経験をした時

なかなか無心で受け止めることは

難しいですね


荒波には人は忍耐を必要とします

忍耐も生きていればこその経験ですから

経験できることは実はすごくて


どんな経験も、それを耐えた人にしか

味わえないものを残します


あー

痛かったな、苦しかったな、辛かったな

という残り香を自分に深く刻みつつも


その痛みを知ることは

実はすごいことかもしれないなと

思います


過去の自分より、もっと人の

痛みを感じる力を強めます


過去の自分より、もっと人の

弱さを受け入れる器を広げます


だからこそ

荒波に打ちのめされるような

希少な経験は


つくづく貴重だと思います



痛かった、苦しかったという実体験は

他人事をひとつずつ無くします



自他の垣根がひとつ取り除かれる

という感じです

弱い立場への共感力や

寄り添う心が拡がります


それは誰かがいつか

同じような苦しみの渦中にいるとき


相手の視点に過去の自分を重ねて


他者を傷つけない姿勢や言葉を

正しく選ぶことができます


主なる神様からみたら

その人が受ける艱難辛苦は


その人に

丁度よくて


それをああだ

こうだと一時の感情により

善悪にわけて

色付けする必要などなく


ただ淡々と

全てはかわるから


きついなぁという経験を

有り難いと

勝手に脳内変換してみます


すると

苦しみや悲しみこそ


神様から与えられた試練でもあり

神様がうけた試練でもあり


逆をいうと



神様の深い深い恩寵であり

生きて元神を知るための恩寵かもなと



そんなふうに思います




大善

2023-04-23 06:14:00 | ひとりごと

暫くブログをお休みしておりました。

自身を振り返る良き時間となりました。


大善人へ身魂磨き

この大善人は、ブログをはじめる前に、

夢で見せられた文字でした。


大善って何かというタイトルの意味すら

わかっていなかったように思います。


当時、くよくよしたり、腹をたてたり、

悩んだり、善人とは程遠い自分の

目標でもありました。


心の平静を保つ大切さを今は感じます。


善は悪との対比で語られるけれど、

そもそも、善悪という相対の世界での

善は、大善ではない気がしています。


独りよがりの善もあれば、

悪に見えて善だってあり


それでは、善とは

簡単に言葉にすることは難しいですが


主なる神様の視点からみて「善」なら

善なのかな、、と単純に今は思います。


だから、人が決めるものではないのかも

なんて思います。


それでは、神様からみて善なることは何か


なかなか難しいです。沢山あると思いますが


ただ、これは答えのひとつかなと

思えることは、ひとりひとりが

神様から与えられた「天命」を果たす事。

それは、大善かなと思います。


それでは、

天命を知ることがまずは大切です。

「50にして天命を知る」

孔子の御言葉です。


この世は、相対世界や陰陽の世界だから、

悲しいこと、嫌なこと、起こりますし、

また、

嬉しいこと、楽しいことも、起こります。


与えられた環境で、

主なる神様から与えられた天命に気付き

いかなる環境をも受けいれ

肉体という器を大切に使いながら

主なる神と通じる

ヒトの内なる部分を保持し、

外に顕すという事が、

大善かも、、、なんて今は考えます。


大善は、今与えられた環境の中で、

天命に通じ各人の内にある御魂が

喜ぶ生き方をすること、


それは、相対や陰陽といった世界を

超越した主なる神様が各人に望むことで

ヒトが陰陽、相対する世界に

生を与えられた理由かなと思います。


嬉しくて楽しい時、絶好調で良い時は、

身魂はそのままで輝いているかもです。


しかし、そうではない時、

苦しい時、辛い時、

独りになり自分を鎮め、

内にある大切な御魂を曇らせないように

守りきってこそ


その人の真価は洗われ、


身魂は摩擦によりさらに磨かれるような

そんな気もしています。


御魂が曇ると、

天命を知ることもないのかもしれません

そんな時は独りの時間を大切にして

気を鎮めます。


大善人への道を、身魂磨きしながら

生かされた時間を、自分なりに

大切に生きたいなと思いました。







登山道

2023-04-03 07:35:00 | ひとりごと

日の光や、水の流れ、 

ありのままの自然、

空の星は、

宇宙の広大さを無言で示します


北極星は一に止まりぶれません


自然には

強制なく、どんな時でも

委ねられる癒しがあります


こんな険しく続く山

懲り懲りだなぁと思いながらも


まだ見ぬ頂上を目指し

登ると

思いがけない景色にでくわします



雪が積もり

道が瞬時に塞がって

立ち往生したり


また、嵐が吹き荒れ無茶苦茶に

周りを薙ぎ倒したり


そんな無慈悲にみえる時でさえ


慌てないで

休みながら


それらが去るのを待つと

自然とまた復活します


自然の中で

つかれが落ち着くと

トコトコ前を向いて歩きます 



どんな貴方もうけいれますよ

慌てないでいいですよ

そんなおおらかさが

森羅万象にはあります



つい先日まで

満開だった桜が散っていきます




最期まで桜は

味気ない灰色のアスファルトを

美しく染めていきます




桜ほど、生きることが刹那だと
感じさせる花は無い気もします

風にふかれ
散り
消えて無くなります

変わるって素敵ですね


自然に囲まれた日本は

四季折々、森羅万象を感じられ

幸せだなぁと思います


自分で選んだ

登山道を歩きながら


目にうつる変わる景色を

楽しみながらも


自分の内にある

変わらないものは

大切にします












あの鐘を鳴らすのはあなた

2023-04-01 10:33:00 | ひとりごと
車の後部座席でいると


あの鐘を鳴らすのはあなた


和田アキ子さんの歌声が

車のラジオから

聴こえてきました


あ、これ応援歌だと思いました


なぜならブログで書いていたから


頑張れと応援してもらえている

そんな気がしました



ありのままを

淡々とうけいれなさい


そう言われたのかもしれません



ひとはみな悩みの中


あの鐘を鳴らすのはあなた


ひとはみな孤独の中


あの鐘を鳴らすのはあなた


町は今眠りの中


あの鐘を鳴らすのはあなた


そして

私も未だに眠りの中にいる


ひとつめのトンネルから出たら

また次のトンネルへ


心にある懼れを餌にする自我は

自神を奥に隠してしまう



眠りの中で

彷徨い続けて


いつまで眠りますか


あの鐘を鳴らすのはあなた


闇から光へ