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『地震学をつくった男・大森房吉──幻の地震予知と関東大震災の真実』  上山明博 著、青土社 刊、6月21日発売、決定!

2018年05月24日 | 新刊本紹介
5年の歳月をかけて取材執筆をつづけてきた本の書名と発売日が、今日ついに決定!

『地震学をつくった男・大森房吉──幻の地震予知と関東大震災の真実』上山明博 著、青土社 刊、 定価1,900円+税、6月21日発売!

ノーベル賞候補に選ばれた天才科学者は、なぜ歴史から抹消されたのか !!
世界初の高感度地震計、震源地までの距離を測定する公式、そしてノーベル賞候補。近代地震学の発展のためにすべてをささげた偉大な科学者の名を、いま知るものはほとんどいない。1923年9月1日に何が起きたのか……。そして、彼の地震予知の大望はどのような結末をむかえたのか……。圧倒的な資料調査によって、日本科学史の闇に消えたひとりの男の足跡をあきらかにする。
(青土社ホームページより)

写真は、地震学をつくった男・大森房吉(『サンフランシスコ・コール紙』より)
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「脱原発社会をめざす文学者の会」の忘年会が都内某ホテルで

2017年12月27日 | 日記
昨夜「脱原発社会をめざす文学者の会」の忘年会が、都内の某ホテルであり、会長の加賀乙彦さんをはじめ森詠さん、森千春さん、村上政彦さん、志賀泉さん、山本源一さん、竹内充さん、増田秀光さん、鈴木比佐夫さん、東理夫さん、桐生典子さん、橘かがりさん、北久保まりこさん、齋藤わか奈さん、森川雅美さん、野武由佳里さん、大島理恵さんなどなど、じつに多くの小説家や詩人、歌人、編集者が集い、互いに作家活動を報告し合った。
久しぶりに大勢の方々とお逢いでき、愉しい時間を過ごすことができました。感謝!


脱原発社会をめざす文学者の会会長で谷崎賞作家・加賀乙彦さんの音頭で乾杯。

加賀さんによる今年1年の総括と所見。

右手前から学研の増田秀光さん、作家の加賀乙彦さん、詩人の鈴木比佐夫さん、童話作家の森千春さん、歷史作家の齋藤わか奈さん、私・上山明博を挟んで隣が童話作家の大島理恵さん。

僭越ながら私・上山明博のご報告。

拙著『関東大震災を予知した男』について語る私・上山明博。久しぶりに皆さんにお逢いできたためか、つい! (^。^;)冷や汗

左から童話作家の大島理恵さん、歌人の北久保まりこさん、私・上山明博の肩越しに詩人の野武由佳里さんの着物姿が。
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新潟日報こども新聞のインタビュー記事「乾電池の生みの親・屋井先蔵」

2017年12月22日 | 新聞.雑誌.テレビ.ラジオ
1週間前に新潟日報の広瀬彰太郎記者から連絡があり、後日 乾電池を発明した屋井先蔵について記者の質問に1時間にわたって答えた。屋井先蔵は長岡藩士の子で、私は彼の評伝小説を2008年に同紙上で連載したことから、取材を受けることになった。
そして今朝、その掲載紙が送られて来た。見ると『新潟日報・週間こども新聞』の第1面に屋井先蔵の記事がでかでかと掲げられていて、驚いた。
世界に誇るべき知られざる偉大な日本人発明家・屋井先蔵の生涯を、一人でも多くの人が知る機会になれば幸いである。惜しむらくは、新潟県外では入手が困難なことだろう。もしも興味がある方は、以下の本をご笑覧いください。
『乾電池王とよばれた男─屋井先蔵の生涯』
『新潟日報・週間こども新聞』2017年12月19日付第1面
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その志は、〝日本のエジソン〟へと受け継がれた

2017年10月06日 | 寄稿
「資源に乏しいわが国が列強に伍 して発展するためには、科学立国が唯一の進むべき道である」
明治時代に入り、近代産業が興り始めた京都の地で、
そんな想いを胸に理化学機器の開発に当たっていたのが、島津源蔵であった。
やがて、彼の志は、後に「日本のエジソン」と謳われた息子へと受け継がれていく。

上山明博


『歴史街道』2017年11月号、特集2「島津源蔵と京都近代産業」PHP研究所、p.124~p.125


『歴史街道』2017年11月号、特集2「島津源蔵と京都近代産業」PHP研究所、p.126~p.127


『歴史街道』2017年11月号、特集2「島津源蔵と京都近代産業」PHP研究所、p.128~p.129
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「その志は、〝日本のエジソン〟へと受け継がれた」上山明博『歴史街道』

2017年10月05日 | 寄稿
明日(10月6日)発売の月刊誌『歴史街道』(11月号、PHP研究所)の第2特集「島津源蔵と京都近代産業」に、私・上山明博が6ページにわたって拙文を書いています。
特集の巻頭で、作家の童門冬二先生(90歳)が「近代産業の背景となった、京都の歷史と先進性」について考察。童門氏の玉稿に続いて私が、京都舎密局の門前で〝西洋鍛冶屋〟を創業した島津製作所の祖・島津源蔵(初代・二代目)父子の志と挑戦について書かせていただきました。
題して「その志は、〝日本のエジソン〟へと受け継がれた」。機会あればご笑覧ください。

(『歴史街道 11月号』特集2「島津源蔵と京都近代産業──世界に挑んだ“Made in Japan”」より)
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寺尾紗穂さんから新刊本をいただいた!

2017年08月10日 | 新刊本紹介
日本列島を台風が通り過ぎた日、書籍小包が届いた。
シンガーソングライターでエッセイストの寺尾紗穂さんからだった。
開封すると、寺尾紗穂著『あのころのパラオをさがして』(集英社¥1700E)が入っていた。
このときはじめて、寺尾さんが日本占領下のパラオを取材し、書きつづけていたことを知った。
しかも、エッセイではなく、正当ノンフィクションを書かれていたとは!
読むのがとても愉しみだ。サインもしていただき、ありがとうございます。

▲寺尾紗穂さんの『あのころのパラオをさがして』の扉に書いて頂いたサイン
「上山明博様、寺尾紗穂」
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8月9日、林京子さんをしのぶ会。

2017年08月10日 | イベント.講演
昨日、8月9日の長崎原爆の日。今年の2月19日に亡くなられた芥川賞作家・林京子さん(享年86)をしのぶ会が、講談社本館27階で行われ、発起人の加賀乙彦さん、森詠さん、川村湊さんをはじめ、生前に林さんと交流のあった作家や担当編集者など数十人ほどが集まった。
私は林さんとお会いしたことはないが、脱原発社会をめざす文学者の会に参加しているご縁で、招待状を持って出かけた。
林京子さんの読書体験は、デビュー作の『祭りの場』。読む前に、原爆文学の最高峰といわれていることを既に知っていた私は、読みはじめてすぐに、違和感を感じた。被曝の陰惨な体験が生々しく描出されるだろうと期待していたのだが、小説の冒頭、なんと米国原子爆弾司令本部の科学者からの降伏勧告書の話からはじまっていて、大変驚いた。決して叫ぶことなく、抑制のきいた客観的な筆致で淡々と被曝体験の物語は進行する。それがまた言いようのない恐怖と共感を感じさせるのだ。
講談社の最上階の会場に入ると、正面に林京子さんの遺影と作品が掲げられていた。私はそこで初めて林京子さんと対面した気がした。

▲林京子さんをしのぶ会(撮影=上山明博、講談社本館27階ホールにて)
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実家「上山浄栄寺」の由来。

2017年05月24日 | 日記

▲真宗大谷派 浄栄寺、本堂(正面)並びに玄関(右奥)

私の実家は、岐阜の真宗大谷派(東本願寺)の仏家・浄栄寺で、そのため私には明博という名前のほかに、「釋明浄(しゃくみょうじょう)」という法名がある。
過日帰郷した折、寺の門の脇に市の観光案内板が立てかけてあり、その案内板の解説を読んで、私ははじめて寺の由来を知った。
それによれば、
「浄栄寺は、上山 蔵人信家(うえやま くろうとのぶいえ)、法名・法壽坊(ほうじゅぼう)を開基とし、正式名称を、法壽坊龍登山浄栄寺という。当初は天台宗であったが、後世蓮如上人本願寺教団に帰し、現在は真宗大谷派で、川並六坊の一つ。川並六坊は、本願寺第八世・蓮如上人関東巡化の帰洛の折、二代目住職・釋壽聞(しゃくじゅもん)ら六人の僧が、蓮如上人を助けて尾張の境川を渡し、近江に無事送ったことに由来する。境内にある梵鐘は、元は名古屋市の東照宮の時鐘であった。元和8年(1622 年)尾張公・徳川義直を願主として、水野太郎左右衛門藤原則重が鋳造。明治9年(1876 年)、第十六代住職・釋德明(しゃくとくみょう)がこれを買い受け、現在は市の有形文化財に指定されている」という。
私は、寺を開基した上山蔵人信家という人が、無性に気にかかった。蔵人は天皇に近侍する側近の官職を意味する。そんな偉い人がご先祖様だということも、さらに、そんな高官が都落ちして僧になったことも、私はにわかには信じ難かった。
で、調べてみると、『岐阜県美濃名誉図誌』明治28年(岐阜県図書館蔵)という文献のなかに、「岐阜県羽栗郡竹ヶ鼻町 真宗大谷派 川並六坊上山浄栄寺境内之図」と題する絵図を発見した。
そこには、現今の僧伽藍とほぼ同じ配置の境内の絵図が描かれており、すやり霞の中に次のように寺の由緒が誌されてあった。
「由緒、当院ノ開祖上山蔵人信家ハ源平ノ乱ニ当リ先代天台大師ヨリ賜フ真筆六字名号印土法宝物ヲ懐中シテ西加賀野井ノ里ニ落チ僧ト為リ後世慧燈大師ニ帰シ真筆六字名号其他書類数種坊号ハ法壽坊猶ヲ祖師真筆六字懐中名号ヲ賜フ次ニ教如上人ニモ深遠ノ有処ナリ本堂其他属字ハ明治二十四年十月二十八日大震災ノ為メニ顚覆シ猶ヲ火災トナリテ鳥有ニ帰ス歷之レヲ峉ズ
明治二十八年一月刔、現住 上山碩巖誌」
尚、この絵図を誌したという現住の上山碩巖(せきがん:第十七代住職)は、私の曾祖父の名である。上山明博


▲「真宗大谷派 川並六坊上山浄栄寺境内之図」上山碩巖誌(『岐阜県美濃名誉図誌』明治28年)
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志賀泉さんの『無情の神が舞い降りる』出版記念会に出席した。

2017年04月26日 | イベント.講演
昨夕(4月25日午後6時より)、太宰賞作家・志賀泉さんの『無情の神が舞い降りる』出版記念会が、一ツ橋の如水会館で行われた。会場のケヤキの間を訪ねると、普段お世話になっている脱原発文学者の会の皆さんの顔があった。
会の代表の加賀乙彦さん、副代表の森詠さんと森千春さん、事務局の村上政彦さん、歷史時代作家クラブ代表の岳真也さん、平和作家の伊神権太さん、詩人の森川雅美さんと野武 由佳璃さん、ノンフィクション作家の渡辺一枝さん、ノンフィクションノベル作家の橘かがりさん、童話作家の星野はしるさん、同じく童話作家の大島理恵さん、東日本大震災に咲く会代表の橘光顕さん、文芸評論家の川村湊さん、日本ペンクラブ 環境委員長の山本源一さん、元集英社編集者の高橋至さん、光文社編集者の竹内充さん、学研編集者の増田秀光さんなどと久しぶりに再会し、とても楽しい時間を過ごすことができました。


日本ペンクラブ 環境委員長の山本源一さん(左)と私.上山明博


童話作家の星野はしるさん(左)と私.上山明博と光文社編集者の竹内充さん(右)


作家の橘かがりさん(右)と私.上山明博。橘さんの右隅に渡辺一枝さんが、


童話作家の大島理恵さん(左)と私.上山明博


当日司会を務めた作家の村上政彦さん(右)と志賀泉さん(左)


志賀泉さんの『無情の神が舞い降りる』の扉に書いて頂いたサイン「上山明博様,ありがとうございます,志賀泉,2017年4月25日」
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日本生物地理学会主催のシンポジウに参加した。

2017年04月09日 | イベント.講演
昨日(4月8日)午後1時から、日本生物地理学会主催のシンポジウ「次世代にどのような社会を贈るのか」があり、小雨の降るなか会場の東京大学弥生講堂一条ホールを訪れた。
冒頭、日本生物地理学会会長の森中定治氏が主旨説明に立ち、戦争を起こさせないための科学的(客観的)論拠の必要性を訴えかけた。
その後、「科学者は戦争で何をしたか」をめぐってノーベル賞受賞者の益川敏英(名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構長)と人類学者の長谷川眞理子(総合研究大学院大学学長)両氏による対談がおこなわれ、大学の軍事研究の是非や向後世界大戦が起きる可能性などについての意見交換があった。
続いて、カント哲学者の渋谷治美氏が話を取り纏め、カントの『永遠平和のために』について解説を加えた。
最後に、シールズの奥田愛基と新外交イニシアティブ事務局長の猿田佐世両氏が次世代(若者)を代表してシンポジウムの感想を述べた。
じつは、さして期待せずに出かけたのだが、演題に立った森中氏、益川氏、長谷川氏、渋谷氏、さらに奥田氏、猿田氏の、どの話もとても面白かった。
わけても、戦争をなくすために、道徳や倫理や宗教などの理念に頼るだけではなく、戦争を起こさせないための客観的な裏付け(理論)を確立することが急務であると力説された主催者の森中会長の主張は新鮮だった。シンポジウムのあと、森中さんとお話をさせていただき、刺激を受けるととも大いに勇気づけられた。多謝!!


『2017年度第72回日本生物地理学会年次大会講演要旨集』(500円)と、
主催者の森中定治日本生物地理学会会長からいただいた名刺


森中定治氏のサイン
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