Akatsuki庵

後活(アトカツ)中!

昭和レトロ気分に浸ったお茶会

2011年12月04日 00時00分46秒 | 茶会/茶事
先生が亡くなって、今日が初七日。
御葬儀も終わられたことだし、気持ちを切り替えボチボチとblogも通常ペースに戻そう。

まずは書きそびれていたことから。

先週の日曜日、社中の後輩ちゃんとお茶会に寄せていただいた。
ある方からのお声がけで、その御社中のお茶会。
会場はナント、その方がお稽古に通われている先生のお宅。

11月の終わりにしては暖かい、穏やかな晩秋の休日、
武蔵野の面影が残る閑静な住宅街の一画にあるその場所へと向かった。

まずは三畳台目の小間にて薄茶席。
躙口から席入りして、座についてホッとしてから点前座を見て「ん?」。
隣にいた後輩ちゃんに「逆勝手の向切。(点前をよく観察してね)」と囁く。

逆勝手の向切は横浜の三渓園の蓮華院で見た。→参考
原三渓が好んで使っていたのだそうな。
それで興味を持って、社中稽古もしたっけ。→こちら
逆勝手ながら、風炉の本勝手(本勝手隅炉)と同じ配置だから妙に点前がしやすかった。
ちなみに、大徳寺塔頭・瑞峯院の安勝軒も逆勝手向切の茶室。→こちら

こちらのお茶室は約半世紀が経っているとのことで、とてもいい雰囲気。
回ってきた干菓子器は青年部行事で作った一閑張。(若狭盆の形状)
後輩ちゃんに「希望すれば、ウチの青年部でもできるヨ」とも囁いた。

母屋で点心をいただいた後、濃茶席へ。
前席にて亥の子餅をいただいた。
お菓子も美味しかったけど、お部屋もステキでついついキョロキョロしてしまう。
築80年くらい経っているそうだ。

思わず「空襲で焼けなかったのですか?」
どうもね、東京といえば空襲で全滅~という印象が強かったから。
「当時は田舎でしたから~」との御返事に、「なるほどなぁ」と思った。
そういえば、数年前にもやはり武蔵野にあった大正時代のお屋敷でのお茶会に行ったっけ。

個人的にはこの時代がとても好きだから、身を置いてるだけでも嬉しい気分になった。

その気分のまま、腰掛待合へ。
「お茶会」だけど、茶事のような流れが有り難い。

おそらく、普段はよく茶事をされているのだろう。
露地のお掃除も行き届いていて、とても清々しい気分になった。
 
ここで夜咄の茶事やったら、さぞかし風情があるだろうなぁ。
露地のお掃除、たいへんだったろうなぁ。
とかって、ぼんやり考えながら席入りを待つ。

同席のお客は私たちのほか4名様。
たまたま、初心者の方とか他流派の方だったので、
前席での会話の流れからかなぁ、御社中の若先生から「お正客を」と声をかけられる。

蹲居をつかっての席入りだったけど、茶事の稽古でやっているからサッサと済ます。
(後の方々から「お正客の通りにやればよかったので、助かった」と感謝される)

こちらのお茶室は二畳台目。
水車の羽とか竹とか廃材を利用した箇所が上手く取り入れられて、味わいのある茶室。
中里太郎右衛門(無庵)さんのお茶碗にたっぷり練られた濃茶を美味しく伺う。

お道具はいずれも御社中のみなさんの思い入れ深いものを取り寄せられたとのこと。
その暖かさも感じた。
茶室の方々もお外で誘導されている方々も皆さん親切に接していただいた。

その暖かさをもっとも感じたのが、最後の広間席。
お茶会の終了時刻を過ぎていたのだけど、4名ばかり残ったので、
お点前をしていただいた。(恐縮デス)

実は、このお茶会で楽しみにしていたのが「座礼」棚
正座をせずとも点前ができるスグレもの。

立礼棚と違い、炭手前から真台子まで可能とのこと。

御社中は人数も40名を超えていらっしゃるようで、年齢層の幅も広そう。
年配になってもお稽古ができる配慮は羨ましい限り。

私たちの社中でも、年配者が多く、いずれも膝を痛めてお点前できない方多し。
いずれ、私もそうなるだろう。

私の先生も入院中のベットの中で真台子のイメトレしてらしたけど、
実際に座って点前されたのか、きっとかなり遡るのだろう。
もう一度、御自分で点前したかったろうに。

と、先生が亡くなって1週間経って再度、座礼棚の写真を見直して思う。
これからの茶道の点前のあり方を示している棚に見えた。

ということで、すっかり堪能して後輩ちゃんと会場の御宅を後にした。
「やっぱり、御社中のまとまりっていいよねぇ」みたいなことを話しながら。

振替稽古や月釜で顔を合わすことはあっても、社中まとまって茶会を開くなんて、ない。
私はそこに感心しつつ、やはり昭和レトロな建物に感動していた。

後輩ちゃんが「約80年前って、いつ頃になるんですかぁ」と聞いてきた。

「えっと。。。たぶん見てないだろうけど、朝ドラの『カーネーション』見てる?」

「見てマス。職場で昼休みに」

「あの時代だよ。もっとも、昭和初期だから最初の方。
 神戸のおじいちゃん、おばあちゃんの家とか、料亭とか、あーゆー感じでしょ」

「『おひさま』とも同じ時代ですか」

「あれは主に昭和13年以降だから、ちと違う。
 昭和1ケタの時代はね、満州事変とか国際連盟脱退とか軍事面には暗いけど、
 庶民は明るくお洒落を楽しんでいたんだよね」

「へぇ~」

会話しながら、ふと気がつく。
昭和になる少し前の大正末期。東京には関東大震災があった。
おそらく、それで山の手の富裕層が武蔵野の郊外に移り住んだのだろう。

そう思ってみたら、駅のホームからも昭和初期の豪邸が見えた。

後輩ちゃん「すごいですねぇ」と感心している。
だから、「うちらの稽古場だって、あそこと同じ頃に建っってるヨ」
「え そーなんですかぁ」

先生から伺ったことがある。たしか、昭和5年だか6年だったと。
「よく見てごらん。洋間の暖炉のあととか、欄間とか、時代が感じられるよ」

「そっか、お庭も立派ですもんねぇ」

「そうだね。茶室仕様になっていないから、つい“隣の芝生”に思っちゃったけど、
 うちらの環境だって、恵まれているんだよ」

「そうですねぇ」

その時は、まさかその先生が危篤だったなんて、知る由もなかった。
翌朝に先生が息を引き取るだなんて、夢にも思いもしなかった。

後輩ちゃんは「その時ウキウキしていた自分を凄く悔しく感じます」と書いていた。

それも、もっともな思いかな

ただ、私は全然違う考え。

先生が亡くなる前日に、他所の社中のお茶会に参会できたことはよかったと思う。

改めて「社中」として一緒に稽古ができる大切さと意義について、再認識できたから。

だからね、この先のことはまだ決まってないけど、
以前から考えていた選択肢の中から選ぼうと思っていた道とは別の方向へ進むと思う。

でも、それをちゃんと選ぶのはまだ少し先でいい。
blogを書き続けたことで、先生との思い出もしっかり書き残されている。
まずはゆっくり読み返してみたい。
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露地~な茶事の介添えデビュー

2011年10月01日 00時00分35秒 | 茶会/茶事
もう1週間以上経っちゃっいました。

季節的には遅いと思うのですが、秋分の日の朝、朝茶事に参加した。
ちょうど昼間と夜間の時間が半分ずつの日。
朝茶事を催すにはギリギリのリミットだったのかぁ、、、って今更ながら思う。

“参加”と言っても、今回は客ではなく、裏方。
ワタシたちの間では「介添え」と呼んでいる。つまり、茶事の“黒子”役。
実は今回が「介添え」デビュー。
初めてが朝茶事って、かなり無謀なんだけど、、、サ

ホントは今年2月の稽古日に介添えデビューする予定だった。
が、諸事情で茶事そのものが5月に延期となり、さらに震災の影響で再延期。
一時は10月の稽古日が設定されたものの、これまた事情で前倒し。
で、稽古日以外の祭日にやることになったわけ。

なんせ、最初に茶事のことが決まったのが昨年末で、そこで「介添え」も決まったため、
とにかく黒子の衣装を揃えなきゃならない、と試行錯誤した。
寒さ対策にタートルのヒートテックとか用意していたのに、結局はお彼岸
(藪蚊対策もあり、ヒートテックではない長袖黒Tシャツを買い直した)
で、なんとか格好だけは一人前


茶事の2日前、(自分の中では)史上最強の台風がやってきて
「翌朝でなくてヨカッタよ」と思いつつ、前の晩は10時に就寝、朝4時起床。

早起きしたけど、着物を着ないから準備は楽チン。
黒子の上下に長袖のロングシャツを羽織り、5時過ぎに自宅を出た。
6時前に教室に着いて、シャツを脱いで黒エプロン着て、靴を草履に髪を黒バンダナで隠す。

そうして露地に出て、掃除。
で、でも~。
二日前の台風で落ちた落葉樹の枝や葉っぱの量は半端じゃなかった。
前日も夜遅くまでスタッフの方が拾って下さったとのことだが、それでも膨大な落ち葉の量
しかも、地面が濡れてるから、掃きづらい。

かき集めてから手で拾い集めてゴミ袋へ。
それでもまだ落ち葉はある。
「せめて、飛び石の辺りだけでも何とかしないと、お客様が渡って来られない」と必死。

2人がかりでやったのだが、「同じことをするな」と先生からは予め言われていたので、
相棒サンは反対側の端から掃除している。
自分の掃除が下手なのは自覚しているので、相棒サンが見て「ホントにやっているのか
と呆れられるんじゃないかと思うと、それだけでも生きた心地がしないというか。

当初は「露地の掃除は30分で済ませてね。2人いるから15分で」と指示されいたけど、
そんな短時間で終わろうはずもなく~

相棒サンは前の月に別の勉強会で朝茶事の介添えを経験されていたので、
「前の時は1人で30分で終わったって言ってたよねぇ」と途中、たまらず寄って言ったら、
「この前はほとんど落ち葉なんて、なかったぁ

確かに、夏場は葉っぱは落ちないし、こんな嵐の後でもなかったしなぁ

ふと玄関の方を見ると、お客役の方々も見えていて、さらにアセる。
いつもアドバイスをくれるおじちゃまが露地口の戸をあけてひょいと顔を出し、
「介添えスタイル、似合ってますねぇ
(カッコだけは似合っていても、実力が伴ってまへーーーん

見兼ねて、助手の先生も出てらして、手伝って下さる。
水屋の方も気になるが、「呼ぶまで掃除するように」とのことで、
お客様が露地に出られるギリギリまで掃除していた。

リミットくる少し前に、飛び石のところとか蹲居のあたり水撒いて、水屋に撤収。
が、席入りが終わるとすかさず踏石のところへ行った。(←先生に言われての行動)

今まで気がつかなかったけれど、正客の草履が一番奥に、詰客の草履が一番が手前にきている。
それを正客の草履を置くからとって踏み石の上に並べ、次客以下の順番で手前に並べ替えた。
なるほどーなぁ。

いったん水屋に戻り、主客の挨拶を襖越しに聞く。
が、初炭手前が始まるあたりで、先生に言われてまた露地の落ち葉拾い、もとい掃除。
曰く「露地の掃除がまるでダメ

席中が亭主相伴になったところで、半東役の方が呼びに来てくださり、水屋に戻って相伴。
朝がゆと香の物と預鉢と強肴。
しっかり掻き込んでお腹を膨らませ、また露地に出て水を撒いて、中立ちに備え、
後座が始まると、また露地へ。

もちろん、一枚残らず落ち葉を拾うなんて、全然無理だったけど、
それでも最初の気が遠くなるような落ち葉の量からすると、マシにはなった?

今まで露地や庭園を歩いていて、落ち葉が落ちてないのを見ても、当然に思っていた。
だが、それが如何にすごいことか、そのために苦労して拾い集めた人の手があったことに初めて気がついた。
「家元のところでも、最後は業躰が手で拾い集めるのヨ」と教えられ、ははーっと感心した

また、「落ち葉」と一口に言っても、葉っぱには種類がある。
大きな朴の葉、細い笹の葉、もっと細い槙の葉。
「露地に植えるのは常緑樹」とテキストで読んではいたし、今までも視界に入っていたけど、
ちゃんと葉っぱや樹木を見ようとしなかったことに気がつかされた。

仕上げは屋根の軒先の下にある石ころの溝?
葉っぱが石にこびりついて、箒ではもう掃けない
助手の先生の指示を受けながら、石をいったん全部どけて、葉っぱやゴミを取り除き、また石を戻す。
「本当は石を洗いながらやるといいのだけど、今日はもう時間がないからねぇ」
助手の先生は一人で洗いながら、それをやられていたのだとか。

いやはや、本当に茶の湯修行はタイヘンだぁを思った。

今回はほとんど足手まといにしかならかった介添えデビューではあったけど、
「介添え」は誰の指示でどう動き、何をやるのかと、また露地の手入れが如何にたいへんかを
身を以って体験できたことで、とても充実した“茶事”だった。

もっとも、席中のことはさっぱりわかりませんでしたが

縁側で帰り支度をしながら、露地を眺めてたら感慨深くなっちゃって
思わず縁側の戸を開けて、写真撮影しちゃった

そして、帰りにはウレしいサプライズ
今回の茶事は実は先生プレゼンツだったのネ
(月謝を払わなくてよい茶事。月謝が高い分、年1回か2回、こういう“特典”があるノダ)

いくら、席中に出された懐石料理を食べたとはいえ、さすがに気の毒に思ってくださったのか、
アフターは亭主チーム(亭主役、半東役、介添え役2名)を伴い、先生が美味しい御寿司屋さんへ。

カウンターに座らせていただき、「どんどん注文しなさい」と言われたので、
遠慮なく食べたいネタで満腹にさせてもらい、帰って来た。
疲れていたので、茶の湯談義はあまり出来なかったけどねー

そして、一週間が経ったワケだけど、あれから露地がすごく気になる。
写真見ても、テレビの映像見ても。
今月、京都へまた旅行するけど、きっと庭を見ても今までとは“観る目”が変わると思う。
そう、ありたい。
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この夏唯一の和服、初の正午茶事

2011年09月12日 00時00分50秒 | 茶会/茶事
最近、和服を着る頻度が下がっている。
この夏は社中稽古の休みや諸々のめぐり合わせで単衣・絽の着物で袖を通す機会がなくって
これはヤバいっと思い、手帳とカレンダーを凝視して考えて、茶事の勉強会に臨時参会。

久しぶりだからネ
お太鼓柄の帯も超久しぶりだから、前の模様がちょっと右にずれっちゃった
今月放映されている『直伝・和の極意』の着付けのシリーズで得た豆知識も生かしつつ着付けをした。
草履の履き方や歩き方を見た時は「へぇ」と思ったけれど、
実際に着て歩いていると、誰に教えられるワケでもなく無意識のうちに実践して二度ビックリ

それにしても蒸し暑い。
会場は灰形の教室ではあるけど、昼間の時間帯の茶事に参加するのは初めて。
(いつもは午後3時半とか4時半の席入りだから)
もっとも、昼間の時間帯は灰形と茶事割稽古などではお世話になっているから、妙な感じ

11時半の席入りだったから、11時に寄付に入れるように到着。
事情で寄付は奥の四畳半。又隠の完全な写しだそうな。
客は3名という少なさ。これも初めて ちなみにワタシは次客。
正客さんと詰客さんがそれぞれの所要で寄付から出られたので、数分ほど1人で残される。
和服であちこち動き回って見ることは出来ないので
フクロウさんのよりに首をキョロキョロして、茶室内を観察しちゃった

それにしても、3人だと香煎飲むのも外腰掛から露地歩いて蹲使って席入りするのも、
懐石をいただくのも進行が早っ

ご亭主は新橋の灰形教室の時代からのお仲間。
だから、挨拶の言葉も自然に出てきた

初座の道具の取り合わせや懐石の献立も秋らしい。
床の掛け物は一行物で「昨夜一声雁」。
汁椀の具はシメジ。焼き物は田楽茄子。
香合は竹の虫籠(中に鈴虫。利斎作)
主菓子は河原撫子。

中立ちで再び露地に出ると、もわっとした空気。蒸し暑い。
昼間の露地の景色を見ることも珍しかったから、なんだか不思議。
外腰掛に座って、上を見上げる。まだ紅葉にはほど遠い青楓、朴の木と葉っぱ、竹。
その上には秋の青い空が広がる。

風景は秋の始まりの爽やかな雰囲気なのに、空気は蒸し暑い
妙な感じ。

後座に入ると、また別の秋が
床には唐物の筒っぽい籠花入に吾亦紅と秋明菊に矢筈芒。
濃茶の茶碗は絵唐津、鼠志野の水指、不思議な小壺の茶入、すごく反った蟻腰の茶杓。

続き薄茶となったので、次客の所作を慌てて思い出す
棗にも螺鈿細工の鈴虫。
干菓子は伊織。飴と味噌煎餅。
薄茶の茶碗は乾山写の平茶碗。金箔の大きな葉っぱが描かれていた。
三口半でズズーっと泡が残らないように吸い切った

懐石の時は時間の経過がとても早く感じたのに、
後座になると、ものすごく長い長い時間を過ごしたような

もう5年も一緒に灰形と茶事の割稽古しているのに、ご亭主さんの点前を拝見するのは初めて。
とても落ち着いて、きれいで丁寧なお点前でステキだなぁと思った。
最後の亭主との挨拶も済み、再び寄付に戻って質疑応答。
長くかかったようで、でも4時間弱。原則通り“二刻を過ぎることなく”終えた。

本当に茶事の時間は不思議で素敵

帰宅後、持ち帰った干菓子を取り出したら、割れちゃってた

でも、伊織だから夕食後に一服。

お茶事も時間を捻出して、実践を勉強していきたいな。
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5月に大炉の茶事!?

2011年05月30日 00時00分55秒 | 茶会/茶事
以前から何回も書いたことがあったけれど、社中の稽古場は大炉を切ってない。
なので、特殊点前における大炉は稽古はおろか見たこともなかった
かろうじて、何年か前の研究会で見学したのとNHKで見たくらい。

なので、灰形&茶事の先生に前々から「大炉茶事に参加したいです」とお願いしてきた。
今回は念願かなっての大炉の茶事。
5月末を聞いて「えっ」と思ったけどねぇ
教室および先生の出稽古先などの人脈内での勉強茶事だから、そこは致し方ない。

席入りは午後4時。
大炉が切ってある六畳間、いつもは寄付に使われているから、今回は広間が寄付。
ちょっと妙な気分。(座る場所も間違えちゃったりして。ここからもう逆勝手だし
あいにくの雨で外腰掛と露地をつたっての席入りはなし。
バッチョの用意もあったけど、お正客が「足元に負担なので」と辞退された。
ホッとしたような、ちょっと残念なような。フクザツな気分

何も掛かっていない無床に挨拶するのも妙な気分。
ワタシは7客中の五客という立場で詰客が諸々で、ゆっくり炉中拝見ができラッキー
やはり、大きい。
茶釜も広口釜で大きい。(畠春斉作)
雪輪、初めて見た。
炉段は鼠色(=灰色)の土で作られている。(とても深い炉らしい)
本来、大炉は裏千家にある「大炉の間」に倣って六畳間。
広間の方もも咄々斎と同じような感じ。
「写しかなぁ」と思いきや、決定的な違いがある。

裏千家ではこの2つの部屋が隣同士に繋がっているのに対し、
こちら(=灰形&茶事教室の家屋)は2つの間に畳を2枚横に並べた空間がある。
つまり、六畳間は襖を取っ払えば八畳間になり、広間も襖を除いて十畳間にもなる。
そして、今回は客が7名もいるので「八畳間」扱い。
なので、炉からは少し離れており、直接に炉中の熱を受けずに済んだ

大炉の大きさも裏千家の「御本家」は大きく着られてあるそうで、
通常、稽古場で切られる大炉よりも一回りは大きい、とか。
「あ、なるほど

数年前の2月、運よく裏千家内の見学をした折り、大炉の間に大炉が切ってあるのを見た。
確かに大きかった。
「へぇ。あれと同じサイズかぁと感心してみた。
しかし、今回の茶事の後で裏千家の図面をみたら、大炉を切ってある場所が違う
(次回質問しなくっちゃ)
床にしても、裏千家の大炉の間には床がないのに合わしているらしい。
(だから、床の間があっても無床とする)

席入りの挨拶に続いて初炭。
逆勝手、しかも大炉だから手続きは随分違うのに、亭主役の方がすばらしい。
流れるように、そして見事な所作で手前が進むので、とても気持ちよかった。
湿し灰がサラサラ落ちる音も、かすかに、そして心地好く耳に響く。

脇で炉中を拝見すると、本当に“景色”がよくて。

懐石も逆勝手進むけど、いただくのは本勝手でよいとのこと。
難しい~
でも、いただく速度は修練の賜物(?)だけあって速い
余裕をもって四つ椀から煮物椀、焼き物、進肴、湯斗、菓子をいただくことができた

土間で仲立ちのあと、いよいよ後座へ。
大ぶりの変わった形の水指は丸(○)にみえて、実は八角形。
魯山人の作で「瀟湘八景(しょうしょう はっけい)」
 (すごーく重たいんだって でも、ご亭主さんは軽々と持ち運んでいらっしゃった
慶入作の黒楽、唐津(朝鮮唐津?)の茶入。円能斎の茶杓。縞鶴龍緞子の仕服

いずれも素晴らしいお道具で目の保養にもなり、何よりもお点前がすばらしかった。
後炭を継ぐときも釜を上げたら、炉中が完璧な燃え具合の景色。

本当に素晴らしかった。
充実した時間を過ごすことができて感激
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※昨年に体験した主なお茶事
2010年12月 除夜釜の茶事
2010年11月 名残りの茶事
2010年7月 朝茶事
2010年4月 茶飯釜の茶事
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献茶式のお茶会→社中稽古

2011年05月22日 00時02分08秒 | 茶会/茶事
しばらく京都の報告ばかりでスミマセン

初日に4館、3日目にも4館と計8館回ったのだけど、1日あたり紹介するのは1館と決めているので
溜め書きはせず、昼休みに鑑賞しながら取ったメモと観て記憶したことを手繰り寄せながら書いてマス
先週は風邪を引いてしまってキツかったけれど、なんとか治せました

そうしてまた巡ってきた週末。
朝5時前に目覚ましをかけシャキッと起床
窓を開けて天候と空気を肌で確認してから、袷の色無地に袋帯を着付けた。
6時過ぎに自宅を出て、で杉並の大宮八幡宮へ。
最寄りの駅でお社中の若手さんと待ち合わせて、いざっ

8時前に受付を済ませ、献茶式の参列券をGet
濃茶の整理券も10番台。(クローク札は一桁)
おかげさまで10時からの献茶の儀式前に濃茶席、薄茶席、立礼席の3席とも回ることができた。
(待ち時間ナシ)

おまけに3席とも道具やお点前がとてもよく見える位置。
受付時に会記をいただいたので、チラッと観て「この席の見どころのお道具はね~」と若手さんにレクチャー。

献茶式の奉賛茶会はお道具がいい。
ただ、ボーッと会記と実物を眺めるだけでは印象には残らない。
とくに、道具に詳しくない、茶会参加初心者にとっては。

なので、全部を見ようと思わずに、目玉の道具を1つか2つ、しっかり鑑賞して記憶に残しなさい。
とアドバイス

濃茶席は筒釜(初代浄林)と了入作の黒楽、それから、、、水指(加藤卓男作の三彩)、かな。
果たして、席主さんの説明を聴くと、やはり先生の勧めで初めて購入した水指を今回出した、とのこと。

次の薄茶席で、若手さんの方から「ここの見どころは?」
どれどれ~と会記をみて、「了入さんの赤楽茶碗と水指(旦入作)かなぁ」。

楽家歴代については「去年、講演会で聴いた内容を覚えてるかなぁ?」
たぶん、チンプンカンプンで覚えてないかなぁと思ったけど、「了入って、削ったヒトですよね」って。
そう、そうだよ よく覚えてたねっ

立礼席では「うーーーむ。坐忘斎お家元筆の扇面かなっ」。
後で聞いたら、今回のお席のためにご染筆いただいたもの、とのこと。
(当たり?)

拝殿の中のお席もとてもよく見える位置。
献茶の儀式を最初から最後までじっくり拝見したのは初めてで、興味深かった。
坐忘斎お家元のお点前はとても優雅で綺麗だった

特に帛紗捌き、天目台の扱いに注目して拝見した。

儀式の後は点心をいただく。(こちらも待ち時間ナシ)

美味しかった

クロークで荷物を受け取ったのが11:30。
社中の稽古場へ移動。

先生はまだ入院中で2泊の外泊許可を取って稽古に臨まれていた。
30分遅刻したので、初炭手前は終わっていたけれど、続いてのお点前(唐物)は見学できた。
課題は四箇伝。

ワタシは台天目を稽古させていただいた。
昨日、稽古日誌をチェックしたら去年一昨年と台天目を稽古していなかったのと、
直前にお献茶の儀式に参列するので、天目茶碗と台の扱いが見学できることを予想していたから。

お家元ほど綺麗にはいかなかったけど
心穏やかだったし、“なんちゃって着物”ではなく色無地の和服で点前できたので、いい感じ?
(でも、2箇所間違えちゃったけど)

若手さんは伸び盛りゆえの通過点(?)の真っ最中。
ワタシも先へと先へと気がせいて同じ失敗して、先生や姉弟子さんから何度も注意されたっけ
今は「ん?」と思いつつ、見てる。
姉弟子さんが修正するためのアドバイスをされているのを聞きつつ、「ナルホド」。
教えるって、難しい

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囲炉裏端で雛祭り茶会

2011年02月28日 00時00分25秒 | 茶会/茶事
春らしい暖かい日曜日。
横浜の郊外にある古民家にて催された雛祭り茶会のお手伝いに参加した。

こちらへ伺うのは昨年11月に続いて2度目。→前回のお手伝い
それにしても、重厚な門。内側には蔵もあって、中を覗いたら立派な雛飾り。
 

前回、お茶会の会場となった座敷もお雛様がいっぱい。吊るし雛も。
 
(親から雛人形を与えられなかったワタシは、段飾りのお雛様を見るとコンプレックスみたいな心持ちになる。
だけど、これだけ団体のお雛様を一堂に見ると、ただただ圧倒されてネガティブ心理になる余地なし、だなぁ)

お茶会は吊るし雛の前で囲炉裏端の一角に五徳を置き、釜をかける設え。
 
(注)点前座にいるのはワタシではありません

「お点前は台目切で~」と云われて、一瞬ギクッ
前の日、本勝手の八炉の稽古をサボって、茶道文化セミナーの聴講に行っちゃったバチが当たった?
位置と道具の扱いだけ打ち合わせてから、第1席目の点前をさせていただいた。

囲炉裏端での点前なんて初めてだし、人前で点前するのも昨秋以来といっても一組だけで実質は5年ぶりくらい。
加えて、当blogの案内を見てお越し下さった方もいらっしゃったので、キンチョーするかも~と思ったんだけど、
点前座に座ってしまえば、囲炉裏の感じがアットホームな“いい感じ”で落ち着いて出来た。

意外だったのが、お釜の煮えがあまりつかなかったこと。
囲炉裏の大きさゆえに沸く沸くかと思いきや、その逆
熱が周囲に分散して、真上の釜に上がっていかないのよね。(五徳の高さがネック?)
炉の場合は小さい、というか茶釜も炉の大きさに作ってあるから、燃えた炭の熱は真上に上がらずを得ないワケで
それで釜の湯は沸く。
ナルホド 炉って、効率的に作られているんだなぁって、妙なことに感心した。

もう一つ感心したのは板の間。
初回は途中から参会されたお客様もいらっしゃったので、数服点てさせていただいたし、
2席めと3席めは半東で控えていたので、けっこうな時間板の間に正座していたにも関わらず痺れが来なかった。
お手伝いに参加された他の方も「全然しびれなかったワ」とのこと。

同じ板の間でも、自宅のフローリングは下がコンクリート。古民家は板の下は板?だから~?
木造家屋の柔軟さに感心した。
写真は撮らなかったかも天井も高くて、侘びた感じだった。

土間から縁側から開け放されていたので、お客様とも「野点のようですネ」と話していた。
お天気もよかったし、1ヶ月先くらいの陽気だったしねぇ。

お菓子もお雛様。(黒文字の楊枝は長屋門公園のボランティアスタッフの方々が削られたものらしい)


何分、“公の広報”は一週間前から門の前に設置されていた看板のみ。
前回は2組だけだったので、今回も「誰も入ってくれなかったらどうしよう」と半信半疑。
終わったみれば、大人用の茶券が14枚、子ども茶券が5枚とまずまず
お手伝いの方々とも2回めだったので、コミュニケーションもスムーズにいって、ヨカッタ

公園自体は地元の市民の憩いの場だし、こういう茶会も少しずつ浸透していったらいいナと思った。

久しぶりに楽しいひとときが過ごせて、よかった。

もっとも、たまーにだから出来るお手伝い
昔のペースはもう無理っ
これからもマイペースでお茶席も機会があれば、、、くらいかな

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茶券ができた☆

2011年02月25日 00時00分27秒 | 茶会/茶事
ひな祭り茶会の茶券が出来た。

流れを考えて、茶席の時間の記載があるパターンとないパターンのの2種類。
ついでに、子ども券も
「所詮はチケットだから~」と開き直ってたら、ホントに切符サイズ

出来上がった後、どう使うかについて考えてみた。
やっぱ、お金をいただく際に茶券を渡す→茶席でお菓子を出した時に回収する。
って、流れになりそう。
数を把握するため、茶券のナンバリングは必要だし、販売した茶券は1回のみ必要だから、
番号の茶券が未販売なのか、販売済なのか、使用済になったのかを把握するためのチェック表も必要だね

結局、“記念品”というよりか“整理券”の役割が強くなるなぁ。
(なんだ、栞とかカワイイデザインなんて、必要ないじゃん
半券式にすれば、回収しない部分は“栞”みたく~もありかもしれないけど、
紙も余分にかかるし、ミシン目入れたりと手間かかるかな

そもそも、茶券が必要なほど人が集まるかどうかはビミョーだし。

そうそう、「みほん」の時は勝手に宣伝するのはマズいかなと思って書かなかったのだけど、
担当者さんも「どうぞブログで積極的?に宣伝してくださいませ」と仰ってくれているので、
お知らせさせていだきます。

長屋門公園ひな祭り茶会
日時:2011年2月27日(日) 10:00~12:00
会場:長屋門公園内の古民家(母屋)
   ※横浜市瀬谷区にあります。最寄り駅は相鉄本線の三ツ境駅でちょっと距離あります。→サイト
会費:500円
備考:お点前は10:00、10:45、11:30の3回です。

地区の広報には掲載されているようですが、サイトは全く記載がないので、不安
聞くところによれば先着25名らしいっす。(後は干菓子でよければ~)
殺到されても困るけど、全然ヒトが来ないのも悲しいデス

ちなみに、たぶんトップバッターでお点前をすることになると思う。
なので、Akatsukiを見物したい方はお早めに
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初めて茶券みほん作ってみた

2011年02月23日 00時00分27秒 | 茶会/茶事
「2月は逃げる」と申しますが、確かに時の流れが早く感じます
来週はもう3月
弥生になれば3月3日の雛祭り~。おっと、検定的には「上巳の節句」というんでしたっけ

てなことで、茶の湯の世界でも雛祭りの趣向でお茶会やら茶事やらがあちらこちら催されることでしょう。
かくいうワタシも久しぶりにお手伝いをさせていただくことになりました。

担当の方に「事前に何かお役に立てることはありませんかぁ」ってお伺いしたところ、
「お茶券(の作成を)お願いできますか?」と返信がきたので、試しに作ってみました。

「茶会」という名称でも内容は呈茶なので、その場での整理券&領収書みたいなもの。
3席(=3回)やるということなので、時間ごと色違いの紙で~。
ここで文房具屋へ紙を買うと何かと面倒なので、コストをかけずに作っちゃいたい
はてさて、どうしましょ、、、か。
と、その辺をキョロキョロしつつ、頭の中身をクルクルしつつ、ぐるっと一周歩いて、しばし考え、
全然違う作業をしながら午前中を過ごし、昼食を摂って戻ってきたところで、「あっ

すぐに心当たりのところに行ったら、あった、あった。
タダで手に入る画用紙素材の色違いの紙が
エクセルでちょちょっと台紙作って、「この紙がプリンター通るかしらん」とお試しプリント。
なかなか、いいんじゃない?
(これで担当の方と調整が取れたら、改めて本番用に印刷して、カッターで切り揃えて出来上がり)

考えてみれば、お茶会の茶券作るの、初めてだ

しかし、それにしても、、、
シンプルだなぁてゆーか、愛想なしというか、まんまやなー

子ども相手のイベントだし、ワタシに絵心があったらお雛様のイラストを描いたり、とか
キレイでカワイイ柄入りの千代紙にしたり~とか?(←後で栞に使ってもらえるような)
そーゆー小洒落た茶券が作れるんだけどねぇ

そーゆーとこはとても実務的なヒトだから
(所詮、目的が伝わればよいチケットだし)

もともと、柄ものとかニガテで普段着るのも無地、和服も大抵は色無地。(客でも色無地)
キャラクターものにも固執しないしねぇ
なんて、妙に開き直る夜
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茶事の代わりに割稽古スペシャル

2011年02月21日 00時00分30秒 | 茶会/茶事
灰形&茶事教室前の水仙。
「なんで折れてるのかなぁ」と呟いたら、「それは花が重たいからヨ」。
社中稽古の先生宅もだけど、お茶人さんのおうちって茶花がさりげないところにも咲いているのがステキだなぁ。

さて、ワタシの第3日曜日。
通常の灰形&茶事稽古の場合、10:30に教室に入り準備をして11:00スタートして、まず灰形稽古。
30分弱の昼食休憩をはさんで講評があり、13:30くらいから15:00まで茶事の割稽古。
拭き掃除をして15:30に教室を出る。
というパターン。

本番の茶事がある場合は13:30スタートで茶事の割稽古。(本番に向けてリハーサルみたいな感じ)
15:30くらいで一段落して、16:00から20:00過ぎまで本番の茶事。
質疑応答をして、20:30~21:00くらいに解散。
ってな流れ。

しかし、今回はどちらでもない異例パターン。
13:30スタートで17:00まで茶事の割稽古。
それも、いつもとは違う基本の「き」から。

濃茶の飲んだあとの所作は小茶巾の折り方から小茶巾入れをどう取り出して、どの位置で小茶巾を出し、
小茶巾をどこに置き、そして濃茶をどういう風に飲み、後をどう清めるか。あとの小茶巾をどう始末するか。
次のお客との所作もどのタイミングで「お先に」をして、どう手渡していくか。
他にも正座する際の注意、16目23目とか、座布団の出し方も実技を交えて勉強したし、
水屋から薄茶を出し、また下げる際に気をつけなければならないこともやった。
     古帛紗の扱いは初釜後に復習していたので、「違う」とはならなくてホッ
     でも、他は「違う」の連続で目からウロコが落ちまくり~
薄茶の飲み方のコツまで教えていただいた。

「じゃあ、濃茶を飲んだ後の清め方って、どう教わったの?」と聞かれてもねぇ
「3回で拭きなさい、としか言われてないデス」と恐る恐る答えると、周囲もウンウンと

教室では懐紙をクシャクシャっとしたのでやったので、帰宅後に紙小茶巾を湿らせて楽茶碗で縁を清めて復習。
ウーーム。指が先生みたいに器用に動かない
練習あるのみ、ですねぇ

「円草とか茶通箱みたいに1席で2回濃茶をいただく場合に小茶巾入れはどーするんですかぁ」と質問したら、
飲む回数分だけ小茶巾入れを用意しておくのよ

そーだったのかぁ
(今まで、1つの小茶巾入れに2枚の折り畳んだ懐紙入れてたヨ)
だから、去年、あんなに小茶巾入れをプレゼントされたのかぁ
(暮れに計3つもいただいちゃって、「これらはどう使ったものか」と思ってたけど、
小茶巾入れは複数個持ってなきゃいけないものだったのねぇ

と、なんか濃密な3時間半を過ごし、夕食後にクラクラしながらノートに書きなぐった夜

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除夜釜で今年の茶道納め

2010年12月27日 10時17分55秒 | 茶会/茶事
昨日、除夜釜に参会した。
4年前の初参会以来の2度目。
思えば、あの時が初めて本格的なお茶事に触れた機会であり、
その体験をきっかけに茶の湯へのアプローチも方向を大きく変える契機になった。

そういう意味では、初心に返るような気持ち。
選んだを和服と帯も、奇しくも(?)今年1月に社中の初釜での装いと同じ。
1つ紋の色無地に干支を染め抜いた帯。
いろんな思いを逡巡しながら、待ち合わせ場所に向かった。

“本来”ならば、大晦日の23:45ぐらいに席入りするそうだ。
もちろん、実際よりも5日早く、時間も15:00過ぎでまだ外は明るいんだけど、
“気持ち”だけは大晦日の深夜のつもり

寄付では修行僧が描かれた画賛に迎えられ、白磁の汲み出しで白湯で口を清める。
冷たい風に震えながら外腰掛で待っていると、銅鑼が鳴り始めた。
“除夜の鐘”、108つ鳴る。

露地は雁行で。(ちなみに今回は三客、お客は六名)

初めて小間(四畳半)に席入りする。
にじり口も四畳半での歩き方もまだ稽古をしていなかったので、冷や汗もの。
本席の掛け物は『深雲小寺鐘』。
室内は長い(?)燭台のロウソク1本と暗く、本当に深夜のよう。

ご亭主は今年、茶事でお世話になった方なので、年の瀬のご挨拶も自然とできた。
そして、初炭は「埋もれ火」の趣向。
前の週の講義で教わったように、特殊な組まれ方をした炭取が出てきた。
組釜敷、そして縞梟の羽箒がシャープでカッコイイ。
縞柿の炉縁もシブい。

炉中の火柱が立つほど赤々とした炭を巴に上げて、その中から三炭を置いて、
夏に丹精して作った湿し灰をたっぷりと撒かれる。
サラサラ~とした音が心地いい。
聞いていると、皆で真夏の盛りに湿し灰作りに励んだ暑い日が思い出された。

そして、正客から順に炭を継ぐ。
1名につき1度、一度に2炭ずつがお約束。
ぎっちょと割ぎっちょで比較的“楽”なんだけど、ワタシはやっとのことで継げた。
(もともと利き手ではない右手は握力が弱く、不器用なので

お釜をいったん水屋に引いて若水を汲んで入れて下さった。
(このあたりで銅鑼が108つ鳴り終わる)
炭取を引いた直後、美しい白鳥の右羽根での座掃きは圧巻
今年1年の塵が拭い去られたように、見事にご亭主が決めてくださった。

香合は大樋焼。
暗くて色合いははっきり見えないけれど、赤楽かと思うほど暖かい感触だった。

続いて、一の膳。
小ぶりの丸盆に小吸い物椀が出された。中身は“年越し蕎麦”。
すすっと吸い上げた。

一旦、露地に出て広間に席入りし直す。
(小間は座掃きを拝見するため? もちろん変則的だと思われる)

改めて“席入り”すると、広間の掛け物も改まっていた。
こちらは『歳月不待人』(=「歳月、人を待たず」)
小間から“移動”した炭も炉壇の中で赤々と熾っていた。
同じように移動してきた燭台の灯りの中で二の膳が出された。

暗くてよくわからなかったけれど、朱塗りの折敷に飯碗と汁椀。
向付は小ぶりの丸い皿。(古伊万里かなぁ?)

御飯は一文字。汁には具が2つ。わりと辛い味噌汁。
たしか、小ぶりで少し深い盃も折敷に載っていた? 
煮物椀も出された。
蓋を開けて、まず一口を思った汁がない
どうやらお煮しめ、みたいな感じ。
(精進落とし、みたいな?)

さらに、お櫃が出てきたので、御飯を盛って取り回し、
続いて、引重(ひきじゅう=2段の重箱)が出てきて取り回す。
中身は香の物。
「あれ?」と思っていたら、湯桶が出てくる。

煮物椀がわりとすぐ引かれたので、清めるタイミングを逃してしまったので、
折敷のうちのものはさっさと食べて、清めた。

※一晩しか経ってないのに、記憶が曖昧なのだが、続いて、三の膳が出た。(と思う)
半月の朱塗の盆の真ん中に煮物椀、そして向付。
煮物は柚子の香りがして、百合根の味わいがするシンジョウだった。

盃台が回って、亭主から一献を受け、向付に手を出した。
鯛のお刺身が美味しかったなぁ。
珍味もいくつか出されて、食べる暇もなく次々取り回す。

思えば初めての頃は混乱したし、食べる速度がとろくて必死で、味わう余裕がなかった
今はもう要領を得て、取り回す量のタイミングも食べる速度もアップしたので、味わえる/m_0247/}

そして、和菓子が出された。
蓋付の平たい土鍋のような菓子器の中にはホカホカの杏餅。
(あとで別途お土産にもらったので、今朝も一服点てて写真撮影できた

いただいた後に中立ち。

外は暗くなっていて、そして外腰掛は冷たく寒かった。
後座の席入り。
ロウソクの塔芯は短くなっていて、暗さは更に増していて、床の花も全く見えない。
点前座の立派な水指も備前焼で金重陶陽だったのだが、よく拝見できず

さらに、仮座に居る時、とうとう火が完全に消えて広間は真っ暗に。
でも、誰一人動揺ることなく、淡々を席入りは続き、最後に皆で立って定位置に座った。
(もう馴れた空間だけあって、残灯だけでもどうにか歩けるノダ)

その後、照明が入って濃茶点前。
ご亭主自らお持ちだしのオススメ濃茶、一保堂の『青雲』。
(有名なので知ってはいたけれど、喫したのは初めて)
スッキリとした味わいなのにコクがあって、美味しかった。

茶入は「茜茄子」。
「膨ら雀」を一回り大きくして膨らました形。へいし蓋が大きかった。
茶杓は忘れちゃったけど、仕服の柄はじっくり拝見できた。
「本能寺緞子」とのこと。帰ったら、本で確認しようと思った。(←まだしてないけど

“メインエベント”が終わり、さらに照明が明るくなって、四の膳が出された。

半月盆の真ん中に小吸い物椀。
中身はお雑煮。
小さい、たぶん鶉肉の団子と三つ葉、お餅がすまし仕立てでスッキリと入ってる。

お雑煮もこれくらい小振りな方が逆にいいかも

ご亭主が八寸と燗鍋を持って登場。
ほんと、御酒が美味しくて(時々、金粉混じってたし)

八寸も山のものはチーズの干し柿巻き、海のものは田作りで酒の肴には最適

で、酒宴は楽しく盛り上がり、四の膳が下がったところで、お仕舞いの挨拶。

退出の折は床の花をじっくり、拝見した。
ピンクの玉のような椿の蕾。(花嵐って仰ってたっけ)

にじり口の主客挨拶を済ませ、雁行で寄付に戻った。

除夜釜は特別であり、特殊であり、趣向のパターンも1つではないとの事。
確かに、4年前の時と全然違うので、ちょっと戸惑いもした。

でも、この4年の間に茶事の幅広さに対する許容量は増えたので、
こなせる、こなせないは別として、なんとかついていけるようにはなった。
だから、ただ物珍しさだけではなく、学びながら楽しめたと思う。

もちろん、まだまだ未熟なんだけど

まずは、この茶事を以って平成22年の茶道行事も納めデス。

除夜釜が終わるまでは落ち着かなくて、今年を振り返ることが出来なかったのだけど、
残る4日間で反省も含めて(←ほとんど反省ばっかりになりそう)、
総括をしてみたいと思ってます。
来年への課題と抱負も考えられたらいいなぁ。
(たぶん、イチビリなワタシのことだから、来年やりたいことから入ると思う
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「御馳走になりました」の名残りの茶事

2010年11月22日 00時01分11秒 | 茶会/茶事
“月イチの方”で稽古茶事があった。
3年連続で名残りの茶事。(参考:去年 一昨年

同じ趣向なんどけど、いや同じ趣向であるが故に内容が年々パワーアップしている。
御亭主は稲の品種から研究なさって、藁灰にしやすい稲を自ら育て、藁灰をあげられた。
年より更に太い、真っ直ぐなな藁が、やつれ風炉にビッシリと入ってる“黒”と
その真ん中に炭火の“赤”のコントラストが本当に見事だった。

風炉前に拝見しに行く度に見とれた。
(角谷一圭の筒釜も見事だった)

風炉中だけではない。
外腰掛で見上げた露地の紅葉の見事さと言ったら

今年、モミジの紅葉を見たのは初めて。
色づき方が木々一本ごとに違って、それが奥に行くほど赤くなっていて、まさに紅葉の錦。
わずかな空間の中の紅葉だからこそ、立体的な日本画みたい。

その下を歩いて席入り。床の掛け物は「紅葉満山川」。

懐石になり、一文字の御飯を口にして「美味しいなぁ」と思ったら、
これも御亭主が魚沼の棚田で自ら育てたコシヒカリ。
(5kgで300袋分しか収穫できなかったという。8,000円もするのに既に完売とか)

名残だから、寄付の汲み出しから、懐石の向付、煮物椀まで全て一人ひとり違う。
ワタシの向付は織部焼。

後座の花も、なんと表現してよいのか言葉が見つからないくらいの趣向で。

水指は“破れ袋”(←信楽?)みたいな形で、魯山人作だって。
茶入は黄瀬戸。珍しいなぁ。小さい耳がカワイイ。
茶杓は円能斎。こんな感じの、9月に京都で見たなぁ。

八寸の時に御正客がお米を褒めたら、「米作りはまだ未熟なので、袋を工夫しました」と。
会話の流れで、御正客が「では袋も見たいです」と所望された。
すると、薄茶の時に米袋(米が入ったまま)が登場

「わー。半東さん、重たそう」と他人事のように思っていたら、
席中、拝見に回ってきて、最後はワタシの前に
そう、今回はワタシ、詰客だったんです
(実は、お詰客デビュー)

で、その米袋を床の間まで運んで荘るようにと云われて
茶事用に炊いた残りだから、5キロはないだろうけど、3キロはあるだろう米袋。
米袋を受ける茶上戸の底が重さで抜けちゃったら、どーしましょー
と心配しながら、底からしっかり持って立ち上がり、捧げ持ってヨチヨチ歩き。
(のろい茶運び人形みたい?)

和服でこんなに重たいものを持ったのは初めて

それでなくても、体調がとてもシビアな日で立ったり座ったりはとてもツラくて
でも、事前に交替を言い出すのは恥ずかしくて、それに詰客のチャンスを逃したくなかった。

いい加減に着ちゃった和服は練習の時から着崩れて、ボロボロ
ただ立つのだって、ワタシにとってはキビシイのに、詰客って道具持って立つ回数が多い

今まで連客として、詰客の役割は見ていて“わかったつもり”でいたものの、
こんなに頻繁に立ったり座ったりが多いなんて

着物の着方がダメダメで、とても恥ずかしかった。
ここのところ、社中稽古でウールや大島紬のお古着物で行って、前が大変だった。
「これは茶道用のじゃないから、前幅が足らないんだ」と言い訳していたけれど、
根本的にワタシの着付けが座った場合の考慮が足りてなかったのかもしれない
(だって、茶道用に仕立てた着物でもヒサンだったから

帰る時は座るのもつらいし、裾を引き上げながら歩行しなきゃならないほど情けない状態だったけど、
やっぱ、体調がキツい時ほど油断は禁物だなぁと反省した。

詰客として、学ぶ課題はたくさんあるし、名残りの趣向も勉強になった。
すごく楽しかった思いと、落ち込む思いが頭の中でゴチャゴチャ~になってるけど、
今年の名残りいい茶事だった。
(茶事のお仲間、1級に受かってたしね こんな身近な知り合いが9.7%に入ってたなんて~)

帰宅したら、足袋に穴あいてるし。

体がつらかったから、足に力を入れてたからなぁ。

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天平茶会

2010年11月08日 00時00分17秒 | 茶会/茶事
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とうとう平城京遷都1300年祭も閉幕しちゃいましたねぇ
来場者数は当初の予想(250万人)をかなり上回ったって、350万人とか360万人と聞いている。
かくいうワタシも結局3度来場。(しっかり、リピーター

それにしても、平城京跡は広い。

ホントに広い。

そして、東院庭園跡までの道のりは更に遠かった。

(「このルートでいいのかなぁ?」と不安になっちゃった)

だから、やっと着いた時は嬉しかった。
あれに見えるは奈良そごう跡、もとい長屋王の邸宅跡に建つイトーヨーカ堂。


無事、10時の茶券を購入し、まずは見物。
 

再現された点前座。



水屋前のパイプ椅子に座って待つ。
香ばしい、日本茶とも中国茶とも違う「お茶」の香りが漂ってくる。
同時にトントンと何かを叩く音も。

そして、時間が来て席についた。
目の前に「餅茶(へいちゃ)」がっ

天平時代に聖武天皇がお茶を喫した記録はあるものの、その内容は謎。
ただ、そのお茶は唐から将来したものだから、当時の中国のお茶を再現すれば、それが天平茶。
ということで、陸羽の「茶経」を読み解いて、そこに書かれている通り再現されたとのこと。
(詳細は煎茶美風流のサイトで→こちら

美風流のお家元の説明、とてもわかりやすかったデス。

衣装もお盆や器も唐代のものを再現、お菓子も奈良時代に食べていたと思われるものを用意。

干し柿(でも中央の柚子はオーパーツ)と蘇。

前から食べてみたかった蘇を初賞味
ホントにチーズみたいだった

天平衣装もキレイだなぁ。

やっと目の前に「天平茶」が

まぁ、煎茶なんですけど、素朴な味わいでスッキリした素朴なお茶でした。
餅茶を炭火で20分かけて炙って、薬げんみたいなものですり潰して煮出して淹れたお茶。
お水も水道水じゃなくて、どこかの山へ湧き水を汲んできたもの。
(かなり、再現にこだわってらっしゃる)

茶碗と台もね

青磁もね、砧青磁みたいな精度のよいものが完成されたのは後の時代。(宋)
唐代の青磁も再現。

台も後の天目台に比べると稚拙。木地まんまだし。
でも、ちゃんと納まってる。
これも山桜で作られているんですって。

徹底ぶりに感動

こういう古い唐のお茶のことについて、検定のテキスト程度の知識しかなかった。
いわゆるペーパーな知識にすぎない。
忠実に再現されたものに触れて、自分の舌で体験するという貴重な機会が出来てヨカッタ
(初めてであり、これっきりのプレミアな機会だもんね

三度目の正直?で四苦八苦しながら予定を組んで駆けつけた天平茶会。
ホント、無理をしてでも行ってよかった~。
参考ブログ→こちら こちら

(旅アーカイブ 続き)

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嵐の中の茶会

2010年10月31日 00時00分30秒 | 茶会/茶事
結局、検定の結果は10/30には届きませんでした。
代わり(?)に、淡交タイムスと支部から来年度の会費の振込用紙は届いたんですけど

週末かつ月曜日の土曜日。
社中稽古はお休みで他に用事も入っていなかったので、先週のうちに茶会参加の予約をした。
気楽なイベントに対しての予約って、好きじゃない
今回もいきなり台風で朝から雨脚激しく
予約してなきゃ、行かなかったかも~

と思いながら向かった先は横浜の都筑民家園


存在は以前から把握していたけれど、お茶室があることを知ったのは最近のこと。
(平成22年3月竣工だから、ほんと新しい茶室みたいネ)


新しいだけあって、今回のイベントも初めての試みというのに、
なんせ台風による風雨が激しいからスタッフさんも準備が大変なようで。
集合時間の30分前に到着したら、まだ受け入れ態勢が整っておらず、母屋で腰掛けて待った。

母屋の中からはケーナの練習中、心地よいメロディーが聞こえる。
日本家屋だけあって、雨音も一緒に聞きつつ、しばしボーッ。

茅葺の屋根から落ちる水玉がとてもキレイだった

ただ、茶室やその周辺は雨仕様になってないようで。

整備された池も水没状態。

当初は蹲を使って席入りする予定だったけど、この天候じゃ無理だね~

で、お茶会。
都筑アートプロジェクトの一つで、その名も「アート茶会」。
アートな床荘りとアートな茶碗で一服いただいた後、アーティストの方とお話し。

アーティストの方も地元のニュータウンの方々なら、お茶会に参加されてる方もニュータウンの方々。
このあたりは港北ニュータウンといって、地域活動が活発なところだからねぇ
(この茶室もその中から出来上がったものみたい)
正式なお茶会ではないので、気楽にNTの雰囲気が楽しめた。

ニュータウンの中にも昔懐かしい地域が残っていることにビックリしたけど、
その地域を大事にコミュニティの活性化に繋げているところにも感心した。

お茶室は八畳の輪亭と三畳台目・下座床で道安囲がある鶴雲庵からなる。
貸し茶室ではないみたい。
月釜(第4火曜、予約制)や初心者向けの茶道講座もあるようだ。

ただ、お客様は外からしか茶室に入れないというのは、やはり悪天候の際はキツいなぁ

★銀茶会、台風一過で晴れて盛況だといいですねー。(ワタシは行けそうにないのですが)
 ランキングへのご協力を宜しく致します。
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ふじみてぇ~ぃ!

2010年10月12日 00時01分04秒 | 茶会/茶事
連休最終日はそれまでの雨がウソのような晴天
まさに「体育の日」に相応しい。

着物のコーディネートが悩ましかったけれど、天気予報で27度まで上がると知り、単衣にした。
↑偉そうな事を言っても、一枚しかないから前回(5月末)と同じ。

今回はオトモダチの社中のお茶会。
目的は我が社中の若手さん方の経験を積んでいただくため。
会場が五島美術館の茶室だしね。

同行者は今春、社会人になったOLサンと来春卒業予定の学生クン。
学生クンは東京での茶会デビュー

まず、古径楼の茶室の本席。
大亀老師の「明歴々露堂々」、点前座は長板二つ置。
「あら、次のお稽古の予習になるネ

待ち時間は展示室に移動し、『茶道具の精華』の後期展示を鑑賞。

で、また庭園の冨士見亭。
中置の設え、立礼席に座ると窓が開け放たれた外の景色が清々しい。
紅葉してたら、見事なんだろうなぁ
昔は借景に富士山が見えたから「富士見亭」。
でも、今は高層マンションに遮られてしまった

富士が見たい、冨士見てー、富士見て~ぃ
なんだって →参考

茶席の方は初々しいというか清々しい印象。
南米の瓢箪で作った茶器がヒット

それから、点心

美濃吉だったかな。他にお酒が少し、プロによる煮物椀がついた。

お茶会の後は展示室へ戻って、残りを鑑賞。
前期は展示は先日見た→こちら
後期で印象に残ったのは、瀬戸黒茶碗「武蔵坊」、本能寺文琳、瀬戸肩衝茶入3つ。
それと高砂地紋釜

あ、コレと同じような茶釜を先日、藤田美術館で見たこちら
翁とおうな、環付は亀。
こっちの方が保存状態がよくて、柄くっきり
桃山時代の作だから、同じくらいだなぁ。
オリジナルじゃなくて高砂の“型”デザインだったのねぇ。

また一つ勉強になった

若人2人は茶道具の展示もまだ慣れていないから、目が白黒
「これはアノ点前に用いるでしょ、あっちはアノ点前」
ということから解説しつつ、茶室の起こし図や裂地とか興味を持てるようにレクチャー。

折角、ここまで来たのだからと静嘉堂文庫美術館へも足を延ばす
まぁ、こちらは中国陶磁(景徳鎮とか赤絵、祥瑞、染付)なので、茶道具は少ない。

でもでも、曜変天目があるから
これだけ見るだけでも価値があるんだよ~っ

やっぱり、国宝だし、お茶を習ってなくても価値は一目瞭然の茶碗だから、感心してた。
あと、青磁の水指も小ぶりの似た感じの写しが稽古場にあるよっ
まぁ、おいおいに茶会も茶道具展も楽しめるようになってくれるといいナ

帰りにグッズ売り場を覗いたら、ステキなグッズが
←以前はなかったと思う。即購入
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朝茶事日和

2010年07月20日 00時00分30秒 | 茶会/茶事
で、朝茶事の当日。
めざまし時計のアラームと同時に起床して、着付け。
絽の着物は久しぶり~
(ちなみに昨日の日の出はAM4:40。天気はもちろん朝から快晴

5時過ぎに自宅を出て、予定通りの電車に乗り、6時半に席入り。
今回は四客に入る。(お客様は6名)。
お部屋は広間も寄付も襖をすべて取り払ったオープン状態。
(水屋や荷物置き場など見えて支障があるところだけ水屋屏風で隠す)
そして、室内の照明はナシ。(あくまで自然光だけがたより

寄付では涼しげなガラスの汲み出しに入った果実酒(砕いた氷入り)をいただく。
お床は鮎の画賛、火入は六角形の染付。

露地は常緑樹が夏の光を遮るように繁っていて涼しげ。小鳥の鳴き声も聞こえる。
外腰掛で空を見上げれば青楓の間からの木漏れ日が清々しい。
三客に遅れをとらないようにと歩き、本席へ。
お軸は「滝(直下三千瀑?)」。

初座はご挨拶、初炭、風炉中拝見、懐石。
おっと、いつもと配置が違う(折敷には飯碗と向付のみ)
あ、コレが朝粥の懐石だ(淡々斎が~って、前日に聞いたっけ)
煮物椀は胡麻豆腐。(お吸い物って感じなかったなぁ)
早めに香の物が回ってきたり、お鍋に入ったお粥のおかわりが重たかったり、
焼き物はでないけど強肴な2鉢出てきたり、箸洗いはないけど、八寸は出てきて
(ど、どこに海のもの、山のものを入れるねんでしょ~
露地の木立に光が遮られているので、採光はほんのわずか。
暗くて、料理もよく見えない中を横目でお正客やお次客の様子をみながら倣う。
(ちゃんと見えてないから、後の質疑応答で確認すると間違いポロポロ
まぁ、前の日にヒントもらってたのと場数増えてきたせいか、オロオロせずにこなせた。
主菓子は予想通り(?)葛菓子 銘は「さざれ石」。

中立ちも短時間。銅鑼の音が涼を呼ぶ音のように聞こえた。
後座の花は木槿だったかなぁ。←よく見えなかった。
点前座には木地の釣瓶。
(しめ縄ないから名水点じゃなくて、ただの釣瓶の扱い。利斎さん)
濃茶の茶碗は了入さん。暗い中にもザラっと黒い釉薬の感触はよくわかった)
続き薄。
ワタシは替茶碗でいただいた。藤田喬平さん(故人)のガラスの茶碗。

拝見に回ってきたお道具も背後からの日光なので、自分の体が邪魔で見づらい
ちょっと横にずらして拝見する。
仕服はマジマジとみて「鶏頭かな?」と思ったら、当たった~
茶入は本切子。茶杓は円能斎。お棗は北斗七星?(蓋に星屑のような感じで描かれていた)

退出、送り礼を済ませて寄付に戻ったのは、たぶん9:20頃。
(3時間切ったけどね、「まだ最低15分は縮めないと」。ひょえ~

でも、楽しかった。
この夏も暑そうだけど、バテないで過ごせそうな清涼感をいただいた。

席中では撮影なんてできないので、苦し紛れのスナップを。

↑露地から撤収されてきた蚊取り線香入れ。


玄関脇から。この向うに露地が、外腰掛けが~。


薄茶では一服しかいただなかったので、2種とった干菓子の一つは持ち帰る。
帰宅後、余韻を楽しみながら陶漆茶碗で一服

今までは夕方4時半に席入りして、夜帰宅してバタンキューだった。
なので、帰宅してもまだ午前11時というのは、かなり変則的。
貴重な休みが朝茶事だけ~なんて、もったいない。
というわけで、帰宅後は汗を流して、洗える着物を洗濯機にかけ、他も洗濯して干して。
どうのこうの言って、朝茶事の懐石は腹八分だったので、昼食も食べた。
で、また支度し直して、午後は講演を聴くべく中野サンプラザへ。

というわけで、明日へつづく~
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