昨日、除夜釜に参会した。
4年前の初参会以来の2度目。
思えば、あの時が初めて本格的なお茶事に触れた機会であり、
その体験をきっかけに茶の湯へのアプローチも方向を大きく変える契機になった。
そういう意味では、初心に返るような気持ち。
選んだを和服と帯も、奇しくも(?)今年1月に社中の初釜での装いと同じ。
1つ紋の色無地に干支を染め抜いた帯。
いろんな思いを逡巡しながら、待ち合わせ場所に向かった。
“本来”ならば、大晦日の23:45ぐらいに席入りするそうだ。
もちろん、実際よりも5日早く、時間も15:00過ぎでまだ外は明るいんだけど、
“気持ち”だけは大晦日の深夜のつもり
寄付では修行僧が描かれた画賛に迎えられ、白磁の汲み出しで白湯で口を清める。
冷たい風に震えながら外腰掛で待っていると、銅鑼が鳴り始めた。
“除夜の鐘”、108つ鳴る。
露地は雁行で。(ちなみに今回は三客、お客は六名)
初めて小間(四畳半)に席入りする。
にじり口も四畳半での歩き方もまだ稽古をしていなかったので、冷や汗もの。
本席の掛け物は『深雲小寺鐘』。
室内は長い(?)燭台のロウソク1本と暗く、本当に深夜のよう。
ご亭主は今年、茶事でお世話になった方なので、年の瀬のご挨拶も自然とできた。
そして、初炭は「埋もれ火」の趣向。
前の週の講義で教わったように、特殊な組まれ方をした炭取が出てきた。
組釜敷、そして縞梟の羽箒がシャープでカッコイイ。
縞柿の炉縁もシブい。
炉中の火柱が立つほど赤々とした炭を巴に上げて、その中から三炭を置いて、
夏に丹精して作った湿し灰をたっぷりと撒かれる。
サラサラ~とした音が心地いい。
聞いていると、皆で真夏の盛りに湿し灰作りに励んだ暑い日が思い出された。
そして、正客から順に炭を継ぐ。
1名につき1度、一度に2炭ずつがお約束。
ぎっちょと割ぎっちょで比較的“楽”なんだけど、ワタシはやっとのことで継げた。
(もともと利き手ではない右手は握力が弱く、不器用なので)
お釜をいったん水屋に引いて若水を汲んで入れて下さった。
(このあたりで銅鑼が108つ鳴り終わる)
炭取を引いた直後、美しい白鳥の右羽根での座掃きは圧巻
今年1年の塵が拭い去られたように、見事にご亭主が決めてくださった。
香合は大樋焼。
暗くて色合いははっきり見えないけれど、赤楽かと思うほど暖かい感触だった。
続いて、一の膳。
小ぶりの丸盆に小吸い物椀が出された。中身は“年越し蕎麦”。
すすっと吸い上げた。
一旦、露地に出て広間に席入りし直す。
(小間は座掃きを拝見するため? もちろん変則的だと思われる)
改めて“席入り”すると、広間の掛け物も改まっていた。
こちらは『歳月不待人』(=「歳月、人を待たず」)
小間から“移動”した炭も炉壇の中で赤々と熾っていた。
同じように移動してきた燭台の灯りの中で二の膳が出された。
暗くてよくわからなかったけれど、朱塗りの折敷に飯碗と汁椀。
向付は小ぶりの丸い皿。(古伊万里かなぁ?)
御飯は一文字。汁には具が2つ。わりと辛い味噌汁。
たしか、小ぶりで少し深い盃も折敷に載っていた?
煮物椀も出された。
蓋を開けて、まず一口を思った汁がない
どうやらお煮しめ、みたいな感じ。
(精進落とし、みたいな?)
さらに、お櫃が出てきたので、御飯を盛って取り回し、
続いて、引重(ひきじゅう=2段の重箱)が出てきて取り回す。
中身は香の物。
「あれ?」と思っていたら、湯桶が出てくる。
煮物椀がわりとすぐ引かれたので、清めるタイミングを逃してしまったので、
折敷のうちのものはさっさと食べて、清めた。
※一晩しか経ってないのに、記憶が曖昧なのだが、続いて、三の膳が出た。(と思う)
半月の朱塗の盆の真ん中に煮物椀、そして向付。
煮物は柚子の香りがして、百合根の味わいがするシンジョウだった。
盃台が回って、亭主から一献を受け、向付に手を出した。
鯛のお刺身が美味しかったなぁ。
珍味もいくつか出されて、食べる暇もなく次々取り回す。
思えば初めての頃は混乱したし、食べる速度がとろくて必死で、味わう余裕がなかった
今はもう要領を得て、取り回す量のタイミングも食べる速度もアップしたので、味わえる/m_0247/}
そして、和菓子が出された。
蓋付の平たい土鍋のような菓子器の中にはホカホカの杏餅。
(あとで別途お土産にもらったので、今朝も一服点てて写真撮影できた)
いただいた後に中立ち。
外は暗くなっていて、そして外腰掛は冷たく寒かった。
後座の席入り。
ロウソクの塔芯は短くなっていて、暗さは更に増していて、床の花も全く見えない。
点前座の立派な水指も備前焼で金重陶陽だったのだが、よく拝見できず
さらに、仮座に居る時、とうとう火が完全に消えて広間は真っ暗に。
でも、誰一人動揺ることなく、淡々を席入りは続き、最後に皆で立って定位置に座った。
(もう馴れた空間だけあって、残灯だけでもどうにか歩けるノダ)
その後、照明が入って濃茶点前。
ご亭主自らお持ちだしのオススメ濃茶、一保堂の『青雲』。
(有名なので知ってはいたけれど、喫したのは初めて)
スッキリとした味わいなのにコクがあって、美味しかった。
茶入は「茜茄子」。
「膨ら雀」を一回り大きくして膨らました形。へいし蓋が大きかった。
茶杓は忘れちゃったけど、仕服の柄はじっくり拝見できた。
「本能寺緞子」とのこと。帰ったら、本で確認しようと思った。(←まだしてないけど)
“メインエベント”が終わり、さらに照明が明るくなって、四の膳が出された。
半月盆の真ん中に小吸い物椀。
中身はお雑煮。
小さい、たぶん鶉肉の団子と三つ葉、お餅がすまし仕立てでスッキリと入ってる。
お雑煮もこれくらい小振りな方が逆にいいかも
ご亭主が八寸と燗鍋を持って登場。
ほんと、御酒が美味しくて(時々、金粉混じってたし)
八寸も山のものはチーズの干し柿巻き、海のものは田作りで酒の肴には最適
で、酒宴は楽しく盛り上がり、四の膳が下がったところで、お仕舞いの挨拶。
退出の折は床の花をじっくり、拝見した。
ピンクの玉のような椿の蕾。(花嵐って仰ってたっけ)
にじり口の主客挨拶を済ませ、雁行で寄付に戻った。
除夜釜は特別であり、特殊であり、趣向のパターンも1つではないとの事。
確かに、4年前の時と全然違うので、ちょっと戸惑いもした。
でも、この4年の間に茶事の幅広さに対する許容量は増えたので、
こなせる、こなせないは別として、なんとかついていけるようにはなった。
だから、ただ物珍しさだけではなく、学びながら楽しめたと思う。
もちろん、まだまだ未熟なんだけど
まずは、この茶事を以って平成22年の茶道行事も納めデス。
除夜釜が終わるまでは落ち着かなくて、今年を振り返ることが出来なかったのだけど、
残る4日間で反省も含めて(←ほとんど反省ばっかりになりそう)、
総括をしてみたいと思ってます。
来年への課題と抱負も考えられたらいいなぁ。
(たぶん、イチビリなワタシのことだから、来年やりたいことから入ると思う)
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現在、かなり落ちた2位なので、応援ヨロシク致しマス
4年前の初参会以来の2度目。
思えば、あの時が初めて本格的なお茶事に触れた機会であり、
その体験をきっかけに茶の湯へのアプローチも方向を大きく変える契機になった。
そういう意味では、初心に返るような気持ち。
選んだを和服と帯も、奇しくも(?)今年1月に社中の初釜での装いと同じ。
1つ紋の色無地に干支を染め抜いた帯。
いろんな思いを逡巡しながら、待ち合わせ場所に向かった。
“本来”ならば、大晦日の23:45ぐらいに席入りするそうだ。
もちろん、実際よりも5日早く、時間も15:00過ぎでまだ外は明るいんだけど、
“気持ち”だけは大晦日の深夜のつもり
寄付では修行僧が描かれた画賛に迎えられ、白磁の汲み出しで白湯で口を清める。
冷たい風に震えながら外腰掛で待っていると、銅鑼が鳴り始めた。
“除夜の鐘”、108つ鳴る。
露地は雁行で。(ちなみに今回は三客、お客は六名)
初めて小間(四畳半)に席入りする。
にじり口も四畳半での歩き方もまだ稽古をしていなかったので、冷や汗もの。
本席の掛け物は『深雲小寺鐘』。
室内は長い(?)燭台のロウソク1本と暗く、本当に深夜のよう。
ご亭主は今年、茶事でお世話になった方なので、年の瀬のご挨拶も自然とできた。
そして、初炭は「埋もれ火」の趣向。
前の週の講義で教わったように、特殊な組まれ方をした炭取が出てきた。
組釜敷、そして縞梟の羽箒がシャープでカッコイイ。
縞柿の炉縁もシブい。
炉中の火柱が立つほど赤々とした炭を巴に上げて、その中から三炭を置いて、
夏に丹精して作った湿し灰をたっぷりと撒かれる。
サラサラ~とした音が心地いい。
聞いていると、皆で真夏の盛りに湿し灰作りに励んだ暑い日が思い出された。
そして、正客から順に炭を継ぐ。
1名につき1度、一度に2炭ずつがお約束。
ぎっちょと割ぎっちょで比較的“楽”なんだけど、ワタシはやっとのことで継げた。
(もともと利き手ではない右手は握力が弱く、不器用なので)
お釜をいったん水屋に引いて若水を汲んで入れて下さった。
(このあたりで銅鑼が108つ鳴り終わる)
炭取を引いた直後、美しい白鳥の右羽根での座掃きは圧巻
今年1年の塵が拭い去られたように、見事にご亭主が決めてくださった。
香合は大樋焼。
暗くて色合いははっきり見えないけれど、赤楽かと思うほど暖かい感触だった。
続いて、一の膳。
小ぶりの丸盆に小吸い物椀が出された。中身は“年越し蕎麦”。
すすっと吸い上げた。
一旦、露地に出て広間に席入りし直す。
(小間は座掃きを拝見するため? もちろん変則的だと思われる)
改めて“席入り”すると、広間の掛け物も改まっていた。
こちらは『歳月不待人』(=「歳月、人を待たず」)
小間から“移動”した炭も炉壇の中で赤々と熾っていた。
同じように移動してきた燭台の灯りの中で二の膳が出された。
暗くてよくわからなかったけれど、朱塗りの折敷に飯碗と汁椀。
向付は小ぶりの丸い皿。(古伊万里かなぁ?)
御飯は一文字。汁には具が2つ。わりと辛い味噌汁。
たしか、小ぶりで少し深い盃も折敷に載っていた?
煮物椀も出された。
蓋を開けて、まず一口を思った汁がない
どうやらお煮しめ、みたいな感じ。
(精進落とし、みたいな?)
さらに、お櫃が出てきたので、御飯を盛って取り回し、
続いて、引重(ひきじゅう=2段の重箱)が出てきて取り回す。
中身は香の物。
「あれ?」と思っていたら、湯桶が出てくる。
煮物椀がわりとすぐ引かれたので、清めるタイミングを逃してしまったので、
折敷のうちのものはさっさと食べて、清めた。
※一晩しか経ってないのに、記憶が曖昧なのだが、続いて、三の膳が出た。(と思う)
半月の朱塗の盆の真ん中に煮物椀、そして向付。
煮物は柚子の香りがして、百合根の味わいがするシンジョウだった。
盃台が回って、亭主から一献を受け、向付に手を出した。
鯛のお刺身が美味しかったなぁ。
珍味もいくつか出されて、食べる暇もなく次々取り回す。
思えば初めての頃は混乱したし、食べる速度がとろくて必死で、味わう余裕がなかった
今はもう要領を得て、取り回す量のタイミングも食べる速度もアップしたので、味わえる/m_0247/}
そして、和菓子が出された。
蓋付の平たい土鍋のような菓子器の中にはホカホカの杏餅。
(あとで別途お土産にもらったので、今朝も一服点てて写真撮影できた)
いただいた後に中立ち。
外は暗くなっていて、そして外腰掛は冷たく寒かった。
後座の席入り。
ロウソクの塔芯は短くなっていて、暗さは更に増していて、床の花も全く見えない。
点前座の立派な水指も備前焼で金重陶陽だったのだが、よく拝見できず
さらに、仮座に居る時、とうとう火が完全に消えて広間は真っ暗に。
でも、誰一人動揺ることなく、淡々を席入りは続き、最後に皆で立って定位置に座った。
(もう馴れた空間だけあって、残灯だけでもどうにか歩けるノダ)
その後、照明が入って濃茶点前。
ご亭主自らお持ちだしのオススメ濃茶、一保堂の『青雲』。
(有名なので知ってはいたけれど、喫したのは初めて)
スッキリとした味わいなのにコクがあって、美味しかった。
茶入は「茜茄子」。
「膨ら雀」を一回り大きくして膨らました形。へいし蓋が大きかった。
茶杓は忘れちゃったけど、仕服の柄はじっくり拝見できた。
「本能寺緞子」とのこと。帰ったら、本で確認しようと思った。(←まだしてないけど)
“メインエベント”が終わり、さらに照明が明るくなって、四の膳が出された。
半月盆の真ん中に小吸い物椀。
中身はお雑煮。
小さい、たぶん鶉肉の団子と三つ葉、お餅がすまし仕立てでスッキリと入ってる。
お雑煮もこれくらい小振りな方が逆にいいかも
ご亭主が八寸と燗鍋を持って登場。
ほんと、御酒が美味しくて(時々、金粉混じってたし)
八寸も山のものはチーズの干し柿巻き、海のものは田作りで酒の肴には最適
で、酒宴は楽しく盛り上がり、四の膳が下がったところで、お仕舞いの挨拶。
退出の折は床の花をじっくり、拝見した。
ピンクの玉のような椿の蕾。(花嵐って仰ってたっけ)
にじり口の主客挨拶を済ませ、雁行で寄付に戻った。
除夜釜は特別であり、特殊であり、趣向のパターンも1つではないとの事。
確かに、4年前の時と全然違うので、ちょっと戸惑いもした。
でも、この4年の間に茶事の幅広さに対する許容量は増えたので、
こなせる、こなせないは別として、なんとかついていけるようにはなった。
だから、ただ物珍しさだけではなく、学びながら楽しめたと思う。
もちろん、まだまだ未熟なんだけど
まずは、この茶事を以って平成22年の茶道行事も納めデス。
除夜釜が終わるまでは落ち着かなくて、今年を振り返ることが出来なかったのだけど、
残る4日間で反省も含めて(←ほとんど反省ばっかりになりそう)、
総括をしてみたいと思ってます。
来年への課題と抱負も考えられたらいいなぁ。
(たぶん、イチビリなワタシのことだから、来年やりたいことから入ると思う)
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