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愛なる日常

大阪府枚方市に住んでいます。
地球でのお仕事は、茶道教授&ピアノ講師。
目に見えない世界のお話が好きです。天秤座。

多様な世界だから

2014年02月06日 | 愛のメッセージ
毎朝受け取っている
「毎日が引き寄せ」というメルマガからの引用です




いやだと思ったことは

よいと感じるものを見つけるチャンス



この多様な世界では

いやだと感じるものが現れるのは避けられないよ



そこから自分が好む物を見つけ

選び 現実化させてゆくのが

この世界に生きている意味





なんだか
ほっとしましたmeromero2


2013年の気づき

2013年12月02日 | 愛のメッセージ


2013年も
残すところあと1か月となりました

毎年父が
お世話になっているお寺からいただいて
私にも分けてくれるカレンダー

最後の1枚に


「念仏者とは 
一切衆生を
『御同朋』として
見出していく存在」


と書かれているのを見て
私はハッとしました


今年一年を通して
私が少し成長できたとしたら
もしかすると
この言葉が言わんとしていることを
一年前より深く
味わうことができるようになったことかもしれないと
感じたのです




「人人(にんにん) 悉く 道器なり」

今年の初めに
ヴォイス社から送られてきたメッセージカードです

私はこのカードを
冷蔵庫に貼って
一年間眺めてきました


人は誰でも道を極める可能性がある

人は皆 悟りに至るための乗り物である



どちらの意味にしても

「人は誰でも」「人は皆」



「人人悉く」



というところに
大切な意味があることに
一年の終わりになって
あらためて気づきました




気の合うあの人も

なんとなく気の合わないあの人も


優しいあの人も

自分勝手なあの人も


愛しいあの人も

好きにはなれないあの人も


尊敬できるあの人も

許せないあの人も


がんばっているあの人も

いいかげんなあの人も



年老いたあの人も

幼いあの人も



有名人のあの人も

身近にいるあの人も



強いあの人も

弱いあの人も


そして

強い自分も

弱い自分も




みんなみんな

同じように

喜びや苦しみの中で
悟りにむかって進んでいるのだ





言葉にしてしまうと
いかにも陳腐になってしまうかもしれないけれど

自分の感情と素直に向き合いながら


あらゆる人は

皆 悉く

悟りにむかって歩んでいる


ということを
心から受け入れると

全ての人が
一人残らず
愛しい存在に感じられます




そして
そう感じられることは
なんと 幸せなことかと気づきました




昨日は
大阪城ホールで
「一万人の第九」を聴きました


会場を埋め尽くす人・人・人の中で
自分もまたその小さな一人であることを感じつつ

みんなそれぞれの個性は違い
たとえ見知らぬ人たちであっても

皆と心が一つに共振しているということを
実感することができました


プログラムから
指揮者・佐渡裕さんのメッセージを
書かせていただきます

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


辛い試練に遭っても 
光を見出し
ポジティブに生きていく力が
人にはあります


幸せの感じ方は
人それぞれ


日々の小さな幸せを見つけながら
暮らす人も

大きな目標に向かって
試練を繰り返す人も

どん底から這い上がろうと
歯をくいしばっている人も

それぞれの「フロイデ」(歓喜)を胸に
手をとりあって
生きていける世の中を創っていきましょう



1万人の人生と隣りあわせに第九を歌うこと

それは

さまざまな考え方 
さまざまな生き方
さまざまな幸せのあり方と
いっしょに生きているんだ

ということを実感し

そのことに感謝すること

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。






どうやらアセンションしたみたいですよ

2013年08月07日 | 愛のメッセージ

アセンション(次元上昇)が
起こると言われていた2013年が始まり
半年が過ぎたころ

本当に地球は「アセンション」したのかしらん?
という思いが頭をよぎりました

周りを見回しても
何も変わらないどころか
ニュースを見れば
耳をおおいたくなるような話題が
次々に報道されている現実

アセンションの意味が
私自身の魂の上昇であったとしても
数年前の私よりは
少しましにはなっているかもしれないけれど
2013年になってからは
特に何も変わっていない・・・


そんなことを考えて過ごしていたら
13の月の暦が最後の1週間を残して
1年を終えようとしていた
13の月の22日(グレゴリオ暦7月18日)

久々に自分の波動がドンと下がるような
出来事に出合い
その状態からなかなか抜け出せずにいました


そんな中
この本に出会いました


「問題は解決するな」
(Kan.著 voice)

「毎日が矛盾いっぱいだったら
人生が順調にいっている証拠!」

「起きていることを
味わいつくすと
『問題』は消えていく」


帯にも書かれている
こういった言葉にももちろん癒されましたが
私を大きく揺り動かしたのは


「人間には真逆のものが同居している」

「私たちはもともと
矛盾した世の中に生きる
矛盾した存在なのです

だから 問題は起きて当たり前

解決しようとしなくていい

ただ 生きるだけでいいのです」

というメッセージでした


次に
同じ著者のこの本を読みました



「時空を超えて生きる 潜象界と現象界をつなぐ」
(Kan.著 ナチュラルスピリット)

この本のエピローグに書かれていた
マザーテレサの最期のエピソードを読んだ時
私は

「物事には全て
その内側に真逆のものが存在している」

という事実がストンと腑に落ちました


この世は
太極図が表すように

真逆のものが内在しているからこそ

永遠に循環しながら
存在し続けることができるのだということに
あらためて気づかされました



そして
自分の中にも
自分の気づかない
真逆のものが存在している
ということを受け入れた時

今までどうしても解けなかった謎が
スルスルと解けたような気がしました



そして次に
この本に出会いました




「もっと あの世に聞いた、この世の仕組み」
(雲 黒斎著 サンマーク出版)

この本の第9章 アセンション後の新世界

を読み
私は本当に「アセンション」が起こったのだということを
ようやく確信し 認めることができました



ここでは
その一部のみ紹介させていただきます


(以下 抜粋)

「アセンション後の新世界」は、人間それぞれの意識が
「キャラクター」から「プレイヤー」に切り替わっている世界だ。

意識のシフトが起こったあとも、
実は目に見える世界そのものに変化はない。

それまでどおりの世界が目の前にある。

そこで諸問題がなくなっていることもない。

想定外のハプニングも相変わらずやってくる。

ただ、それにかかわる「自分」の側に変化があるんだ。

「プレイヤー」という俯瞰の視点を得たことによって、
「深刻さ」の中に埋没することがなくなる。 ・・・


(この続きは 是非 本を手に取って読んでみてください)


 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


マヤ暦を元にした
13の月の暦の新年が始まり
1週間がたった今
ようやく
私は「アセンション」が起こったことを
認めつつあります


そう思うと
これまでの色々なゴタゴタや悩みや
人との出会い 別れ すべてが
いとおしい宝物に感じられます

雲さんの本にもあるように

これからも色々な波はやってくるだろうけれど
波乗りを楽しむ「プレイヤー」として
この人生を
わくわくドキドキしながら
味わっていきたいと思いますniko



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(おまけ)



「もっとあの世に聞いた、この世の仕組み」より抜粋


第1ステージで活用されたモチベーションは「3G 」。

それは「義務」「犠牲」「我慢」の三つ。


それが第2ステージでは「LTE」に切り替わる。

これは「LOVE(愛)」 「 THANKS(感謝)」 「ENJOY(楽しむ・味わう)」の三つ。

通信業界だけでなく、精神世界においても

「時代は、3GからLTE」へ移行していく。

(以上 「もっとあの世で聞いた、この世の仕組み」p.174より )

雲悠々 水潺々

2013年06月13日 | 愛のメッセージ
「雲悠々 水潺々」

「くもゆうゆう みずせんせん」と読みます


この記事を読んでいるあなたは

「雲のようにゆったりと
水のようにサラサラと」
生きたいと思っているけれど

その一方では
「でも なかなかそんな風には生きられないよね・・・」
とも思っていらっしゃるのでないでしょうか?


私も そんなあなたと全く同じです


「悟った」わけでもないし
日々 色々なことに心を揺り動かされながら
なんとか生きています


そんな中で
本やインターネットなどから受け取る様々なメッセージや
自分自身の心に湧いてくる思いを整理したものを
ご縁のある方と共有して
周りの方も自分も共に心安らかに生きることを
私自身のこの上ない喜びとしていますniko



さて

雲のように 水のように
こだわりなく 自由に生きる



そのヒントは
自分の中にあります



自分の中に
「ネガティブな感情」
が起こった時がチャンスです



「ムカツ」 
 
「イラッ」   

「シュン・・・」  

「ドヨ~ン」


こんな気分になった時がチャンスなんです


立ち止まって 
まわりの出来事や相手のことを
あれこれ考えるのを一旦やめて
自分の心の中をのぞいてみましょう




ちょっと見たくないものも
あるかもしれませんが・・・

「このネガティブな感情が沸き起こるということは
自分が何かにこだわっているサインだ

私が何かにこだわっていなければ
この感情は感じないはず

私はいったい何に執着しているのだろう?」



自分がこだわっているものを
発見してください



それを
無理に捨てる必要はありません

それは
ある意味
あなたの”個性”ですから


ただ
「ああ 私は これに執着していたんだな・・・」


と気づくだけでいいんです



「自分は こういうことにこだわる人なんだ」

と 素直に認めてあげてください


そういう自分を責めないで【ここ重要】
ただただ 認めてあげてください



それだけです




こんな心の使い方をしている時
あなたの心は
まわりに起こった出来事や相手を責めたり
自分自身を責めるという
ネガティブな作業から解放されているはずです


つまり
マイナスの波動が止まります


マイナスの波動は
マイナスの出来事をひきよせて
知らないうちに
どんどんマイナスのスパイラルに巻き込まれてしまいます


でも
マイナスの波動を出すことをやめ
ただ「自分自身を知る」
ということで心が穏やかになったとき

まわりの状況はたとえ何も変わっていなくても
あなた自身から
少しずつプラスの波動が出始めます


プラスの波動は
プラスの出来事を引き寄せます


こうなると
時には不思議なくらいに
プラスの波が向こうからおしよせてきます

とはいえ
マイナスの波が
完全に無くなるわけではありません



しかし

その都度 自分の中に湧いてくる感情をヒントに
自分の出す波動を修正していれば

いつの間にかあなたは

向こうからどんな人や出来事の波がやってこようと


「雲悠々 水潺々」


こだわりなく 自由に

波乗りを
楽しんでいることに気づくでしょう!  







さて さらに踏み込んで・・・

この禅語は


悠々として動かぬ雲と
一瞬も休まず流れる水

ということから

「静と動の大調和」


を表しているとも言われます


この言葉で
私がいつも思い出すのが


「回り続ける独楽」

のイメージです


独楽は止まったら倒れます

立っているためには
ずっと回り続けなければなりません


適度な速さでバランスよく回っている独楽は
一見 何もせず ぼーっと立っているだけのように見えます


でも実際には
空気や床との抵抗を最小限にしながら

静と動の絶妙なバランスを保って

一瞬も止まることなく動き続け
同時に
静止しているのです



マイナスの波動を極力減らし
プラスの回転を始めることができたなら

回りながら静かに立っている
独楽をお手本に
一瞬一瞬努力していったらいいのです


時々
ふらついたり
倒れそうになることがあっても
その都度
自分の心を点検・修正しながら
与えられた命がある限り
静かに回り続けたらいいのだと
私は思っています


私は
そんな生き方をしている人たちを
心より尊敬します

そして
そういう人たちと一緒に
人生の旅を楽しみたいと思いますmeromero2

映画を見るように

2013年05月31日 | 愛のメッセージ
映画やテレビドラマを見ていて
それが
映画やドラマとわかっていても
登場人物と同じように

うれしくなったり
悲しくなったりして
時には
涙があふれてくることもありますよね

たとえそれが大悲劇であっても
2時間ほどで終わることがわかっているから
どんなに涙が流れても
どこか冷静な自分がいて
見終わった途端
気分を変えて笑顔を取り戻すことができます

「いい映画だったね・・・
じゃ 次はおいしいもの食べにいこう!」



私たちが人生を生きているのも
ひょっとしたら
一つの映画を見ているようなものかもしれないと
思ったことはありませんか


それが
何十年も続く「長編映画」なので
私たちは
それが映画であることをすっかり忘れて
どっぷりとその世界に入り込んでいるのかもしれないと
想像してみてください


その映画の中で
私たちは皆
それぞれの役柄を
大真面目になって演じています


ある時は悲劇を
そして
ある時は喜劇を


悲劇なら
悲劇のヒロインを
思い切り演じてみるのも
いいかもしれません


ただし
悲劇の中でたくましく生きるヒロインか
ただただ可愛そうな哀れなヒロインか
どう演じるかは自由です


それは
自分で「選択」したらよいのです


演じ方しだいでは
悲劇を喜劇に変えることだって
できるかもしれません

忘れていけないのは
それがどのようなストーリーであっても
その映画の主人公は
他の誰でもない
自分自身である
ということです


あなたが「主人公」の今日の映画の一コマ


どのように演じますか?


今日は
梅雨の晴れ間

とても清々しい青空が広がっています


どんなドラマが始まるのでしょう・・・kirakira2













昨日の我に飽きたり

2013年05月28日 | 愛のメッセージ


今日は
家から車で10分ほどのところにある
八幡市の石清水八幡宮の
献茶式に出かけました

参道に
このようなメッセージがありました↓



「昨日の我に飽きたり」


なんだか
胸にグッと響いてきました


過去のしがらみは
きれいさっぱり捨て去って
新しい自分にどんどん変わっていきなさい

それでいいんだ!!


そんな風に力強く言われたような気がしました



実は今日 偶然 
以前にうちの稽古場に来られていた方に出会いました
(偶然は必然ですが・・・)

その方が稽古場を去っていった日
言おうと思いつつ言えなかったことを
やんわりとですが
今日お伝えすることができました


もっとも
その人に
その言葉の真意が伝わったかどうか
わかりませんでしたが
私自身は心がスッと軽くなりました



そのことが言えたのは
このメッセージが
あったおかげかもしれません


また
その方とは別に
以前にお世話になっていた稽古場のI先生とも
久しぶりにお目にかかりました


過去のわだかまりはいつしか解け去り
先生とにこやかにお話させていただける
今日があることも
感謝です(^人^)


新しい自分


それは
私にとって
昨日までの私よりも
少しわがままな自分

自分の心に素直な自分


そんな子供のような自分に
還りつつあるような気がしています





人人悉道器

2013年04月05日 | 愛のメッセージ

「にんにん ことごとく どうきなり」


これは
今年の年頭に
ヴォイスグループから届けられたメッセージカードです


以前 ヴォイスグループの商品を購入して以来
毎年 年頭にこのようなカードが送られてきます


この言葉の意味は

「ひとは誰でも道を極める可能性がある」

「だから 可能性を求めて努力しなさい」

と 一般的にには解釈されているそうです



でも
このカードの裏に書かれていた
もう一つの解釈が
私はとても気に入っているので
ここに紹介させていただきますね


「ひとは 悟りに至るための 乗り物」

つまり

「ひとを介して 
地球には悟りがもたらされる」

という意味だよと書いてありました



私は こう思います


私たち ひとりひとりは皆

魂が悟りにいたるために
器(肉体=乗り物)に入り

今 ここにやってきているのかもしれない


そしてその器を介して
まわりの人へ 地球全体へと
悟りが拡がってゆく


私たちはみな
悟りにいたるための 
乗り物に乗っている・・・

この考え
いいと思いませんか?






やっぱり感謝

2013年01月28日 | 愛のメッセージ
先日
実家の父との電話で父を怒らせてしまい・・・


そのストレスのせいか
胃が痛くなって
食欲がなくなってしまったところへ・・・


いつもだったらさほど気にならない
夫の態度に対して
不満の気持ちが起こってきて・・・



思わず枕元に置いてあった本をつかんで
「何かメッセージをくださいっ!」と
開いたら
こんな一文が・・・



家族のことで心乱されているより

その人がいてくれること

いろいろなことを教えてくれたことへの

感謝の祈りを唱えましょう



そうでした・・・

やっぱり

いてくれて ありがとう! niko

おばあちゃん ありがとう

2013年01月24日 | 愛のメッセージ
昨日のことです

私は 少し考え事をして車を運転していました

交通量の少ない住宅地の中の
小さな交差点にさしかかった時です

右方向から突然
黒いワンボックスカーが
びゅーんと目の前に出てきました

私は思わず急ブレーキを踏み
その車も右へハンドルを切って止まりました

なんとか
接触することなく
二台の車は停止しました


ワンボックスカーから降りてきた男性に
私は思わず
「すみません・・・でも 大丈夫です」
といいました

その男性は
「こっわ~」と
一言発した後
車に乗りあっという間に去っていきました


しばらく
放心状態でした

一瞬私の方が早く交差点に出ていたら
ぶつかっていたかもしれませんでした


でも
ほんの一瞬のことで
ぶつかることもなく
怪我をすることもなく
その場に私はぼつんと残されました


その瞬間 なぜか
もう40年も前に亡くなった
祖母のことを思い出しました


守ってくれた・・・



おばあちゃん  ありがとう・・・・