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いわき市・子年生まれの”オヤジ”

草莽崛起
日本人よ、歴史を取り戻せ!

習主席アジア外交は惨敗 韓国までもが… 

2015年12月17日 12時41分16秒 | 国際・政治
 11月19日掲載の本欄で、南シナ海での中国の軍事拡張を封じ込めるために日米同盟を基軸とした「合従連衡」が形成される一方、中国はアジア諸国を個別に取り込む「連衡策」をもって対抗する、というアジア外交の構図を論じた。その前後の一連の動きを見れば、この「合従連衡」のゲームに敗れたのが中国の方であると分かる。

 11月5日から6日にかけての習近平主席のベトナム訪問はその一例である。5日にハノイに着いてから、習主席はベトナムの首脳たちと次から次へと会談をこなし、相手のことを「同志」とまで呼んで「関係の改善」を訴えた。

 しかし訪問中の6日、同じハノイにおいて、ベトナムのフン・クアン・タイン国防相は来訪中の日本の中谷元(げん)防衛相と会談し、南シナ海の要衝であるカムラン湾の海軍基地に海上自衛隊の艦船を寄港させることで合意した。

 習主席を貴賓として迎えている最中に、ベトナムは中国に対抗するための日越軍事連携を堂々と進めた。中国に対する「配慮」の気持ちはみじんもないやり方である。このベトナムに翻弄され、恥をかいて帰国の途に就いたのは習主席の方だった。

 そして11月21日からマレーシア首都のクアラルンプールで、東南アジア諸国連合(ASEAN)と日本、アメリカ、中国などの18カ国の首脳が一堂に会した「東アジアサミット」が開催されたが、それもまた、中国にとってのアジア外交惨敗の場となった。

 まずは21日、米国とASEAN諸国との首脳会議が開かれた。会議後の共同声明には「南シナ海における航行の自由を保障することの重要性」が明記された。22日の東アジア首脳会議では、「親中派」といわれるカンボジアとミャンマーを除く、すべての国々が、南シナ海における中国の埋め立て・人工島造成の問題を提起して、中国批判の声を次から次へと上げた。
 そして24日、東アジアサミットは首脳会議の結果を受けて議長声明を発表した。中国による人工島造成で緊張が続く南シナ海情勢について、声明は「航行の自由」の重要性を再確認するとともに、「一部首脳が表明した深刻な懸念に留意した」と中国の動きを強く牽制した。

 その結果、少なくとも南シナ海問題に関しては、アジアにおける中国の孤立は決定的なものとなった。今月に入ってからも、習政権にとっての衝撃的な出来事がアジアで次から次へと起きた。

 まずは7日、カーター米国防長官とシンガポールのウン・エンヘン国防相が会談し、防衛協力の拡大で合意した。同時に、米軍のP8対潜哨戒機を3カ月に1回程度の割合でシンガポールに配備することを決めた。

 米軍哨戒機の配備は当然、南シナ海における中国の動きを監視する目的である。中国からすれば、それは要するに、伝統的な友好国であったシンガポールが「寝返り」、アメリカの中国包囲網に加わることであった。習主席自身が11月にシンガポールを訪問したばかりなのに、中国政府の挫折感はさぞかし大きかったのではないか。

 そして8日、南シナ海問題とは関係がないが、韓国海軍が中国船に警告射撃を行う事件も起きた。今、中国ともっとも親密な関係にあるはずの韓国までが、習政権のメンツを丸潰れにする、このような行動を取ったのだ。

 ここまで来たら、アジアにおける中国の立場はもはや四面楚歌に近い状況であろう。それは、習政権が進めてきた覇権主義的拡張戦略の必然的な結果だ。

 中国の古典には、「得道多助、失道寡助=道義にかなった者には助けが多く、道義を失った者には支持が少ない」という有名な言葉がある。習主席はそれを暗唱でもしながら自らの行いを反省してみるべきではないか。

習近平の軍制改革は、成否問わず世界のリスク

2015年12月12日 11時20分47秒 | 国際・政治
権力闘争で不安定化、改革推進で強軍化

 2013年の三中全会で予告されていた通り、習近平の軍制改革がいよいよ始まった。かなり前倒しの感がある。11月24日から26日までに北京で中央軍事委員会改革工作工作会議が開かれ、そこで「軍制改革方案」が決定された。2020年までに今の陸軍中心の軍区制から空海軍中心の戦略区制に改編、軍令と軍政を分離させる。また9月3日の軍事パレードで宣言したように30万人の兵力を削減し、巨大な政治体であり腐敗の温床であった解放軍を高度に情報化した先進国並みにプロフェッショナルな近現代軍に作りかえるのが目標だ。

 この大規模軍制改革とは具体的にどのようなものか、習近平の狙いはどこにあるのか、そして軍制改革が国際社会にどんな影響をもたらすのか、今現在出ている情報を整理してみたい。


強軍興軍の通らねばならない道

 この決定によって、全面的な強軍化戦略の実施の堅持が明確化されたという。中央軍事委国防と軍隊改革深化指導小組長の習近平は、会議の席で「国防と軍隊改革の深化こそ中国の夢、強軍の夢の時代的要求に合致しており、これは強軍興軍の通らねばならない道であり、また軍隊の未来を決定する鍵でもある」と強調した。

 具体的にどのような改革が実施されるのかを見てみよう。

 まず、なぜ今、軍制改革をやろうとしているのか。

 公式には、習近平の掲げる「二つの百年」目標実現のためという。つまり①共産党成立100年(2021年)までに中国で全面的なゆとりある社会(小康社会)を打ち立てること、②中華人民共和国設立100年(2049年)までに社会主義現代国家を打ち立てること、を実現するためである。国際社会の複雑な変化に対応し、中国の特色ある社会主義を堅持、発展させ、"四つの全面"(習近平の国家統治のための戦略布石、全面的小康社会の建設、全面的改革の深化、全面的法治国家の推進、全面的党治の厳格化)の協調的推進に、必ず必要なのが軍制改革による強軍興軍化である、という。
 軍制改革の骨子は主に四つ。①今の軍区制を廃止して戦区制(戦略区制)にする。②軍令と軍政を分離し、軍の司法機構を一新する。③30万兵力を削減し200万兵力とする。④軍の"有償サービス"の全面的廃止。


旧ソ連式の軍区制から米軍式の戦区制へ

 まず、①から解説しよう。軍区制から戦略区制に代わると、どうなるのか。

 従来の解放軍の軍区制とは、旧ソ連の軍管区制度にならったもので、中国が国境から敵に侵略されることを想定して陸軍を七つの地域に密着した軍事組織・軍区に分けている。例えば瀋陽軍区は北朝鮮、成都軍区はインド(チベット独立派)、北京軍区はモンゴル、南京軍区は台湾(日本)、蘭州軍区はロシアやウイグル独立派、済南軍区は対外敵が想定されていない予備軍区というふうに。軍区の司令にその地域の作戦を実施する上でのかなり強固な指揮権があり、そこに所属する海軍、空軍、第二砲兵(ミサイル部隊)の指揮権も、兵站や兵力の配置なども軍区の指令が基本的に担う。また軍区には政治委員も設置され、軍政権も軍区ごとに強い。地域の密着型の極めて政治性の強い軍組織であることから、利権の温床ともなりやすく、軍閥化もしやすい。軍内派閥もだいたいこの軍区の出身によって形成されてきた。49年に軍区制が導入されて以来統廃合はあっても、軍区制自体が変えられることはなかった。

 一方、戦区制とは、米軍の統合軍がモデルのようで、戦略・作戦目的ごとに陸、海、空軍の統合軍が設置され、指揮系統も統合作戦指揮系統が置かれる。中国が今現在想定する戦争は国境から外敵の侵略に対応するものではすでになく、南シナ海・東シナでの空海軍やミサイル部隊を主力とした紛争だ。あるいはテロや内乱といった非対称戦闘だ。そう考えると陸軍の地域密着型軍区の強い指揮権は意味をなさないうえ、その強い政治性は中央にとって脅威でしかない。軍区制はかなり前から時代遅れと言われ胡錦濤も廃止しようとあがいたが、軍区=陸軍の利権でもあり、強い抵抗にあってとん挫していた。今のところは七大軍区が四大戦区(北京、南京、成都、広州)に改編される見通しだ。
 ②について。従来、解放軍の実権は四大総部(総参謀部、総政治部、総装備部、総後勤部)が握っており、中央軍事委主席の統帥権など名目でしかなかった。だが改革では「軍政と軍令の切り離し」を進め、軍令権を統合作戦指揮系統に置くという。統合作戦指揮系統は中央軍事委直轄となる。つまり最高軍令権を名実とも習近平が掌握することになる。


最高軍令権を習近平が掌握、軍縮という名の粛清

 また、これまでは中国の軍は軍政権を握るものが軍令権も動かしている部分があった。軍事は軍政権(軍事行政、装備、兵站など軍隊建設に関わる政治)と軍令権(作戦統帥権など軍事力の直接的使用に関わる権力)からなっている。平和時、軍令権はあまり存在感がない。むしろ軍政を握るものが軍の権力の中枢を握ることになる。逆にいえば、それが平時の軍の常態である。だが、習近平が軍令権と軍政権を分離し、軍令権については自らが掌握することにした。これは、平時から戦時体制に変わる準備ともいえる。軍令権の中には仮想敵国の想定や戦術戦略研究の方針も含まれるという。

 この改革が進めば、これまで軍の実権を握っていた四大総部は、中央軍事委の決定に従って実務に専念する職能機関に格下げになる見通しだ。中でも総政治部の権限は大幅に弱体化する。

 さらに、軍中の司法機構が一新されるという。

 中央軍事規律委員会は軍の腐敗を摘発、裁く機関である。だが、今の状況では、この軍司法機構は身内意識が優先して厳しい裁きはあまりできなかった。長らく軍政を握っていた習近平の政敵・徐才厚(失脚、すでに死亡)の人事、影響力が強く残っており、徐才厚残党一層のためには、現行の軍司法機関では甘い、というわけだ。軍事中央規律委の独立性を確立し 新たに軍事政法委を作るなど、大幅な軍の司法機構改革するもようだ。

 ③について。30万人削減は9月3日の大閲兵式での演説で、習近平があたかも軍縮が目的のようなかっこうで発表したことだが、これは軍縮ではない。軍のスリム化による強軍化であると同時に、軍の徐才厚、郭伯雄(ともに習近平の政敵として粛正された)の残党の粛正発表と受け止められている。七大軍区の改変も、徐才厚派閥の多い瀋陽と郭伯雄派閥の多い蘭州の軍区おとり潰しが裏目的と見られている。

 また、この30万人の内訳は多くが「非戦闘員」と言われている。汚職の温床化している装備部の圧縮が真っ先に挙げられている。また30万人中17万人は、陸軍の江沢民系、徐才厚系、郭伯雄系ら将校クラスともいわれている。習近平夫人の彭麗媛の出身母体である総政治部歌舞団はじめ文藝工作関係者や八一映画フィルム製作所などの宣伝工作要員ら1万人も対象になるようだ。この軍のスリム化は2017年までに完了させるという。

 ちなみにリストラされた兵員がどこに行くかは、不明。新疆方面の武装警察に対テロ要員として編入されるという説もあるが、将校クラスともなれば、そうした再就職は難しい。それなりに軍内実権ももっていた彼らが大人しくリストラされるかどうかも、習近平の力量が試されるところだろう。
 最後に④について。軍の有償サービスとは、軍が経営する民間向けの商業活動である。1998年、江沢民政権下では一応、軍の商業活動は表向き禁止となったが、実際のところは暗黙裡に認められている分野は多々あった。また軍病院や軍事学院、軍の倉庫の民間開放や軍所属の歌舞団や文藝工作団のテレビ番組出演なども認められてきた。軍の土地の使用権が商業マンション用に譲渡されたりもした。これらは軍の利権・腐敗の温床となっているということで、これらを一切認めない方針に切り替わる。この軍の利権を徹底摘発する過程で、おそらくは政敵排除を進めていくと思われる。


やってもやらなくてもリスク

 習近平が会議席上、「軍民融合」を訴えているが、これはこれまで軍部の握っていた商業サービス部門を民間に任せていくという考えも含まれているようだ。こうした刺激が、軍事産業系企業などの活性化につながるとの期待もある。

 こうした軍制改革を実際2020年までに行うとなると、かなりの力技が必要であり、またリスクもある。リスクとは軍内部にくすぶっている不満が、何かの形で表面化することだ。

 今のところは、苛烈な粛正による恐怖で軍内部の不満を抑え込んでいるが、30万のリストラによって生活の糧を奪われる者や、有償サービス全面禁止によって利権を奪われる者の恨みの深さを想像すると、たとえばクーデターが起こっても不思議ではない。徐才厚の出身軍区である遼寧軍区など、まるごと消滅するかもしれないのだから、窮鼠猫を噛むではないが、一か八かの勝負に出ることもあるかもしれない。なにせ、軍というのは、大量の武器を所持している、最も実行力のある組織なのだ。実際、習近平が、徐才厚残党の反撃を非常に警戒していることは今年の北大河会議でも口に出している。

 それでも、そのリスクを承知で、軍制改革を進めようとするにも、当然の理由はある。

 軍の今の状況を放っておいてもリスクなのだ。すでに徐才厚、郭伯雄という軍の制服組の二大派閥の親玉が粛正され、軍の動揺ははかりしれない。その粛正を徹底し、習近平が新たな親玉として実力を兼ね備えなければ、軍が習近平の敵となる可能性がある。またドイツの華字メディア・ドイチェヴェレはメルカトル中国問題研究所の専門家の言葉を引用してこの軍改革が「解放軍のバルカニゼーション(互いに対立する小単位に分裂すること)を避けるため」という見方を示していた。
 もう一つの理由は、軍制改革をやり遂げねば習近平政権が政権の座に安穏とできない、ということ。江沢民、胡錦濤の両政権と大きく違うのは、毛沢東に続く中国の強人政治家・小平の欽定であるかないか、だ。小平の欽定でない習近平は、小平に匹敵するような軍の掌握ができて、初めて「銃口から生まれた政権」共産党のリーダーとして認められるのだ。


中国は、どう転んでもリスクであり脅威

 そう考えると、この軍制改革は極めて内政的な要因、つまり権力闘争的要因で行われるものと見て間違いない。だが、軍制改革の内容が国土防御を中心とした軍区制から対外戦略を中心とした戦区制に転換するというものである以上、日本のように対立する利害もある隣国にしてみれば、これは中国の軍事的脅威の質的増大に他ならない。しかも、中国は内政があって外交がない、あるいは内政のために外交を行うような面は多々あり、非常に内政的理由で、中国が良好な隣国関係や国際社会での評価や信頼を犠牲にすることも過去にあった。

 解放軍のバルカニゼーションも、クーデターも、国際社会にとっては当然大きなリスクなのだが、習近平が軍制改革を成功させ強軍化を実現すれば、南シナ海や東シナ海の紛争リスクも上昇する。つまり、今の中国はどう転んでも、リスクであり脅威なのだ。

 その様々なリスクと脅威に、日本はどう対応していくのか。何度も問いかけてきたことを、今一度、問いかけたい。





分断後初の中台首脳会談、意義見えず

2015年11月14日 06時08分01秒 | 国際・政治
名を残すために台湾を売る馬英九の愚

 来年1月に台湾の総統選挙が迫るなか、馬英九総統が、いきなり今月7日、シンガポールで中国共産党中央総書記の習近平国家主席と会談した。1949年の中台分断後、初めて中台の最高指導者が会談するという歴史的事件ではあるし、メディア関係者は当然大騒ぎなのだが、台湾世論も中国国内も国際社会も何か白けた空気である。

 支持率一桁の超絶不人気の、引退間際の、しかも国民党主席でもない馬英九が、習近平と会って互角に渡り合えるはずもない。一方、習近平は国内では権力闘争の真っ最中、党内でも国際社会でも政敵に足をすくわれないよう、細心の注意を払わなければならない時期だ。CCTVは馬英九の肉声を伝えず、襟の青天白日バッジにまでモザイクをかける小心ぶり。彼らは、いったい、何のためにこんな会談を今の時期に、急に開いたのか。


馬英九、ロスタイムの個人プレー

 オンラインで、この世紀の瞬間(?)を私も見たのだが、習近平も馬英九も非常にぎこちない笑顔で、まるで機械仕掛けの人形のように80秒以上握手し続け、シャングリラホテルの会見場につめかけた約600人のメディアの要請を受けて、あっちを向いたり、こっちを向いたりして、しっかり握りしめたお互いの手を見せつけた。次に、やはり機械人形のように30秒間、手を振り続けた。会場の記者たちはそれなりに興奮して、手を振った姿に、おーっ!と歓声を上げながら、フラッシュを浴びせかけていた。

 しかしながら、個人的な印象を言えば、2005年に野党時代の国民党現役主席であった連戦が初訪中して総書記の胡錦濤と初会談したときの方が感慨は強かった。あるいは、今年5月、与党の立場で国民党主席の朱立倫が北京の人民大会堂で習近平と会談したことの方が、国民党にとっては実質的な政治的意味はあったかもしれない。

 この会談がなぜ、急遽、今のタイミングで開かれたのか。

 個人的な憶測を言えば、馬英九にとっては、負け試合終了間際のロスタイムに、少しでも見せ場をつくっておきたくて個人プレーに走った、というところではないか。蒋介石、蒋経国、李登輝、陳水扁と歴代台湾の指導者は、いずれも何かしら偉業を成し遂げ、歴史に名を刻んだ。

 蒋介石は初代中華民国総統、蒋経国は戒厳令を解除し中華民国の台湾化を進めた。李登輝は台湾の民主化の立役者であり、陳水扁は最初の国民党以外の政権を台湾に樹立した。馬英九のやったことは台湾の中国化であるが、それをポジティブに語る台湾人は少ない。

 早い話が馬英九の政治に歴史的意義のある評価はひとつもなかった。それどころか、執政のまずさを酷評され続け、学生に立法院を占拠されるという前代未聞の事件も起きた。だが習近平と会談すれば、分断後、初の中台首脳会談を実現した総統、という箔はつく。実際、それぐらいしか、この会談の意義というのが、私には見いだせないのだ。
 一部中国紙の論評では、この会談によって1月の台湾総統選および立法院選挙において国民党の追い風になる、というものがあったが、それは台湾民意に対する中国人識者の無知ゆえの過ったヨミであると思う。この馬英九政権7年半の間に、中国経済は台湾を侵食し、大手メディアのほとんどのスポンサーに中国が関わるようになったため、台湾の報道は中国ほどではないにしろ、中国批判を抑えるようになった。このため、メディアを通じてでは、台湾人がいかに中台接近、あるいは習近平政権の「中国の夢」に警戒心と拒否感を持っているかを分かっていない。


「自由時報がスクープ」の意味

 そもそも、この「歴史的会談」の一報を抜いたのは、自由時報である。アンチ国民党アンチ中国を旗印にしている新聞社だ。本来なら、この種のネタは親国民党の新聞の方がスクープしやすい。安倍政権のスクープを読売や産経が抜きやすいのと同じで理屈である。

 だが、この急な中台首脳会談のニュースは、台湾人にとってネガティブな情報として、アンチ国民党の自由時報がスクープした。単純に考えれば、ネタ元は国民党幹部筋であろう。あえて自由時報にリークしてネガティブ報道させたのは、国民党にとっても、この会談を忌々しく思う派が存在するということではないか。

 2014年3月の学生らによる立法院占拠から始まったひまわり運動を振り返っても、2014年11月の台湾統一地方選の結果を見ても、今の台湾民意はアンチ馬英九であり、アンチ中国である。国民党が公認の女性候補だった洪秀柱を突然、新北市長を休職した国民党主席の朱立倫に挿げ替えたのも、親中派を公言する洪秀柱では、立法院選挙まで惨敗するのが目に見えているからだった。今の国民党が受けている逆風は、すべて馬英九政権になってからの急激な台湾の中国化に対する台湾民意の抵抗から始まったのだから、この時期の中台首脳会談など、総統選・立法院選の足を引っ張る以外の何物でもない。

 参考までに三立テレビ(アンチ国民党派)の中台首脳会談を受けての民意調査では、民進党候補・蔡英文の支持率は会談前よりも5ポイント上昇して46.7%、国民党候補朱立倫の支持率は1.7ポイント下落し19%と、もともと開いていた支持率の差がさらに開いてしまった。一応、朱立倫は国民党主席としてこの会談について、台湾の国際的地位を上昇させ、両岸(中台)の未来の平和発展に貢献したとしてポジティブな評価をしてはいるが、総統選挙への影響力という点では、10日から16日の日程で組まれている朱立倫の国民党主席としての初訪米の方がよっぽど意味があるのは当然だろう。
 では、中国サイド、習近平側はどのような思惑で、この馬英九の晴れ舞台に付き合ったのだろうか。習近平の会談冒頭のスピーチを少し見てみよう。


習近平、かく語りき

 「尊敬する馬先生、みなさん、こんにちは。きょうは非常に特別な日です。両岸の指導者が一堂に会し、歴史の一ページをめくりました。歴史は今日のことを記録するでしょう。

 かつて両岸が海を隔てて軍事的に対峙し、親族も分断され、無数の家庭に骨身に染みる痛みを刻みました。その遺憾を補う方法はありません。そうして、海峡を隔てても、兄弟の情を断ち切れることはなく、故郷の父母への思念、家族が寄り添いたいという渇望、同胞の血縁の情の力を遮ることもできませんでした。前世紀の80年代に、ついに両岸は閉じていた門戸を開いたのです。

 2008年以来、両岸関係は平和発展の道をたどってきました。過去7年、台湾海峡情勢は安定し、両岸の平和発展の成果は実りあるものでした。両岸双方の広範な同胞が大量の心血を注ぎ、まさに7年の積み重ねによって、今日の歴史的一歩を踏み出すことができたのです。ここに私はすべての両岸発展推進に貢献してきた同胞、友人たちに心よりの感謝を示したい。66年の両岸発展の道のりにおいて、多少の風雨と長年の断絶があったとしても、いかなる力も我々をわかつことはできないのです。なぜなら、我々は骨を断たれても心はつながっている同胞であり、濃い血で結ばれた家族なのだから。

 今日、両岸発展の内容は、その方向性の選択に直面しています。我々が今日ともに会したのは、歴史の悲劇を繰り返さず、両岸関係の発展成果を二度と失うことなく、同胞が継続して平和で安定した生活を送り、子孫に美しい未来を共有するためです。両岸双方がこの発展の道のりの中で啓発を得て、民族の責任、歴史的責任を担い、歴史経験に基づいた正しい選択を行わなければなりません。

 我々は世の人々に行動でもって、両岸中国人が自分たちの問題を解決する完全なる能力と智慧をもっていることを表明し、共に世界と地域の平和発展の繁栄にさらなる大きな貢献をしていくのだと表明せねばなりません。私は、両岸双方がともに努力し、両岸同胞が手を取り合って奮闘し、92年コンセンサスを堅持し、共同の政治基礎を固め、両岸の和平発展の道をしっかり定めて、両岸関係の発展の正しい方向性を維持し、両岸の協力を深め、両岸同胞の福祉を増進し、共に中華民族の偉大な復興をはかり、民族の復興の偉大なる躍進を享受してほしいと思います」
 中国と台湾は濃い血で結ばれた家族である、と強調し、台湾に未来の選択を間違わぬようにと訴え、中台問題について国際社会の介入を牽制し、台湾人民に中華民族の復興の果実をともに享受しようと呼びかけている。

 また、「歴史」と言う言葉を繰り返した。台湾紙・聯合報によれば、晩餐会では抗日戦争時の話題で盛り上がったらしく、馬英九が「総統府はかつて爆撃された」というと、習近平から「あなたがたの総統府とは、日本時代の総督府のことか」との質問があったとも。7月に提案されていた、抗日史を盛り込んだ共同歴史書作りに関しても一致したという報道もある。馬英九は9月3日の中国の抗日ファシスト戦争勝利70周年記念日に、習近平が、あたかも共産党が日本に勝利したように喧伝したことについて、さすがに当時は「遺憾」の意を示していたが、そういう国民党員としてのプライドはここにきて捨てたようである。


中国の成果は「都合の良い歴史」

 馬英九は国民党内でもかなり孤立しており、引退後の政治的影響力はゼロだろう。台湾民意は今のところ中国に対する警戒感が強く、台湾海峡に向けたミサイルを配備した状況での習近平の平和メッセージなど心に響かない。このメッセージはむしろ、中国人民に向けて、そして国際社会に向けてのものと考える方がいい。

 選挙で選ばれていない共産党政権は「中国共産党は日本軍から中国を守った」という歴史が、執政党としての正統性の根拠である。現実の歴史は、国民党軍が米国の支援を受けて日本軍を破ったのだが、続く内戦で既に疲弊していた国民党軍は共産党軍に敗れるのだ。国民党軍が日本と激戦を展開している間、共産党は延安での拠点づくりに勤しんでいた。日本軍とは極力戦うなという毛沢東の意向に背いて、百団大戦を指揮した彭徳懐は、後に失脚させられた。

 毛沢東が半分冗談めかしてだが社会党委員長・佐々木更三に「皇軍(旧日本軍)のおかげで政権がとれた」と語ったというエピソードも伝えられている。共産党は国民党とともに戦い日本軍に勝利したという中国に都合のよい歴史を総統に認めさせたというのが、中国にとっての会談成果かもしれない。
 もちろん習近平にとって任期中に中台統一を実現させることは悲願であり、中国に従順な馬英九の総統任期中に、中台首脳会談を行い、少しでも有利な状況を作っておきたいという希望はあった。南シナ海の問題が先鋭化し、中国にとっては対米戦略上も、また尖閣諸島をめぐる問題を含めた対日戦略上も台湾を抱き込むことは一層重要である。

 ただ、習近平のパートナーとなるべきは、台湾民意も国民党内の支持もついていない馬英九ではお話にならない。馬英九は半年後には何の権力も持たなくなる。今の習近平にとって重要なのは、馬英九との会談よりも、次の政権との関係性である。特に民進党政権になれば、中国の対台湾戦略は大幅な調整が強いられる。この会談でたとえ、何か密約めいたものが決められても、実際意味をなすとは考えにくい。


台湾を中国に売り渡した総統

 それでも、馬英九の最後の花道に習近平も付き合ったのは、中国国家主席としてのねぎらい、感謝の気持ちからではないか。中国が台湾をここまで経済的に支配でき、メディアコントロールを強化し、中国化を進めてこられたのは、馬英九政権7年半の積極的な協力があったからこそなのだ。

 李登輝政権後期から民進党政権樹立にかけてのころ、台湾アイデンティティと言う言葉がはやり、「一つの中国」というコンセンサスから、「一辺一国(中国と台湾は別の国)」に変わりかけたことがあった。この流れを馬英九政権が完全に止めて、中台急接近に動いてくれたのだから、中国にとっては大恩人だ。

 振り返れば、馬英九政権が行った政治の歴史的意味は小さくなかった。台湾独立の最初の芽を完全に摘んだのだ。馬英九の名前は、やはり歴史に残るかもしれない。だが、それは中台分断後「初の首脳会談に臨んだ総統」ではなく「台湾を中国に売り渡した総統」という評価にはなるが。





馬総統の「危うい」対中首脳外交

2015年11月13日 12時17分52秒 | 国際・政治
 来年5月に退任する馬英九総統の性急な要請に習近平国家主席が応じて、後者に有利な形で終始したのが今回の中台首脳会談だった-。これが私の見立てである。

 ≪「幻の合意」を利用する中国≫

 馬氏が依拠したものは「92年コンセンサス」である。これは、台湾側窓口機関「海峡交流基金会」と中国側窓口機関「海峡両岸関係協会」の双方が、1992年の香港での協議において口頭で交わした合意であり、台湾・行政院大陸委員会の蘇起主任委員(当時)により「九二共識」として2000年に公表されたものである。

 台湾側はこの合意の内容を「双方が『一つの中国』を堅持するものの、その解釈は各自異なることを認める」(「一中各表」)ものだとし、中国側は「双方が『一つの中国』を堅持する」(「一中」)としており、中台の思惑には大きな懸隔がある。

 台湾においては、国民党が「一中各表」原則に立つ一方、民進党はそのような合意は存在しないと主張する。実際、当時の総統、李登輝氏はかかる合意がなされたとの報告は受けていないといい、香港協議に出席した当時の海峡交流基金会理事長の辜振甫氏自身が合意の存在を認めていない。蘇起主任委員の発言の趣旨は果たしてどこにあったのか。
 台湾統一工作の場を求める中国側はこの「幻の合意」を利用して中台交流を正当化してきたのだが、中国が「一中各表」を認めて「一中」原則を放棄することなどありえない。ただコンセンサスがあったふうに装って行動してきたというにすぎない。

 台湾統一は中国共産党の悲願であり、台湾は中国の「核心的利益」であり、「中華民族の偉大なる復興」を証す政治的結実でなければならない。首脳会談後に開かれた中国の台湾事務弁公室の張志軍主任の記者会見によれば、習氏は「大陸と台湾は『一つの中国』に属する。双方は国と国との関係ではない。主権と領土の分裂はない」と明言したという。


 ≪会談のペース握った習主席≫

 台湾の総統の面前でこう確言することにより、習氏は将来の台湾統一を自らの主導の下で実現するという意志を内外に顕示したのであろう。さらに習氏は「『台湾独立反対』を政治的土台とする」と主張して馬氏を牽制したのだが、これは馬氏に対してというよりは、次期の総統となる可能性が高い野党・民進党の蔡英文主席に対してのものだったとみていい。

 台湾統一を念頭においてのことであろう、「『中華民族の偉大なる復興』を双方で実現しようではないか」と習氏が呼すれば、馬氏は「中華民族のために平和で輝く未来を開きたい」と応じる。ペースは明らかに習氏の手に握られていたのである。
 習氏とて空手で臨んだのではない。馬氏が「東アジア地域包括的経済連携」(RCEP)交渉への参加の意向を訴えれば習氏はこれに前向きの姿勢を示しはした。しかし、習氏はそれと引き換えに中国主導の「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)と「一帯一路」建設への台湾加盟を歓迎する旨を表明した。

 馬氏は台湾に向けて中国が配備するミサイル撤去を求めた。しかし習氏は「台湾住民に向けられたものではない」とそっけなく答えただけだという。台湾も領有権を主張する南沙諸島を擁する南シナ海問題については、馬氏はこれを協議のテーマに取り上げることさえせず、中台首脳会談に寄せる周辺諸国のせめてもの期待に応えることもできなかった。


 ≪台湾住民に流動するマグマ≫

 かくして中台首脳会談は台湾をほとんど利することなく終わった。だが、中国が味を占めて「現状維持」を求める台湾住民の民意の在りかを見誤れば、これが禍根へと転じて、代償を支払わせられるのが習氏となりうるところに中台問題の難しさがある。

 昨年3月、「両岸サービス貿易協定」に反対する大学生が大挙して立法院(国会)を24日間にわたり占拠したという事実は記憶に新しい。同協定が成立してしまえば台湾の中国依存が一段と深まり、政治的にも中国にのみ込まれてしまいかねないという恐怖にも似た感覚が、「ひまわり学生運動」によって台湾住民の中に鮮やかに呼び覚まされたのである。
 中国へと一方的に傾斜していく台湾の現状に対する大きなアンチフィーリングのエネルギーが、次代を担う台湾住民の中にマグマのように流動していることを中国は認識しておいた方がいい。ひまわり学生運動に対する台湾住民の広範な支持は、中国指導部をして台湾の民意を斟酌しない台湾統一工作など至難なことだと認識されねばならない。

 習氏はさしたる譲歩をみせることなく台湾首脳との「歴史的」会談を実現することに成功した。だが、これが中台統一の一里塚となるかどうかは、次代の執権政党となる可能性が高い、「台湾独立」を掲げる民進党と、いかに寛容に対話できるかにかかっているといわなければなるまい。


中韓「蜜月」のはずが“激突”…「東シナ海」海洋権益、双方譲る気配なし

2015年11月08日 17時58分34秒 | 国際・政治
 韓国・ソウルで行われた日本、中国、韓国による首脳会談では、日本を牽制(けんせい)するために歴史問題で共闘するのではないかという中韓両国の姿勢に注目が集まった。しかし、そんな中韓両国の間にも簡単には抜けそうにもないトゲが刺さっているようだ。その一つが、東シナ海における排他的経済水域(EEZ)の境界線画定問題だ。中韓両国はこれまでも境界線画定交渉を行ってきたが、双方の主張は対立したままで、成果は挙がっていない。

「欠落」した発表

 朝鮮日報日本語版(電子版)によると、中国外務省の発表では10月31日の中韓首脳会談で、中国の李克強首相がEEZの境界線を画定するための会談を早期に開くように求め、中国側メディアはこのことを盛んに伝えたが、韓国側の発表にはその部分が欠落していたという。

 中韓両国のEEZの境界線画定問題は、済州島の南にある離於島(イオド、中国名・蘇岩礁)をめぐる問題に起因する。韓国は中韓両国のEEZが重なる部分の中間線を境界線とすべきだとしている。しかし、中国は離於島は国際法上、島ではなく岩礁であると主張。国連海洋法条約では島であればEEZを設定できるが、岩礁の場合はできない。


東シナ海“全域”の独占狙う

 もともと大陸棚延長論を唱え、東シナ海ほぼ全域の海洋権益を独占しようとしていた中国は離於島周辺の管轄権も自らにあると主張し、韓国側と対立していた。
 中韓両国は1996年から2008年まで14回にわたってEEZの境界線画定交渉を続けてきたが、お互いの主張は平行線のままで中断している。昨年7月の首脳会談でも今年中に協議を再開することで合意していたが、10月31日に開かれた李首相と朴大統領との首脳会談に関する発表内容の違いに双方の対立の根深さがうかがえるともいえる。

 韓国のKBSによると、近く高官級会談が開かれて協議が再開される見通しだというが、過去の経緯をみると、そう簡単に着地点が見いだされそうにない。