台湾出身の韓流アイドルが「国旗」(青天白日満地紅旗)を振ったことで中国から「独立派」と攻撃され、謝罪に追い込まれた問題は、韓国で大きな波紋を呼んだ。謝罪を強いた芸能事務所には「未成年者虐待だ」と非難が殺到。リスクを考えずに13億人の中国市場に前のめりになる韓流ビジネスの危うさも浮き彫りにされた。朴槿恵(パク・クネ)大統領が中韓蜜月を演じながら、核実験を強行した北朝鮮への対応では袖にされたことも相まって、中国に翻弄される自国を“か弱きアイドル”の境遇に重ねる自虐論も登場した。
「中国に魂売った」屈服した事務所に自国からも非難の嵐
「間違った行動で、両岸(中台)のネットユーザーの感情を傷つけました。真剣に反省しています。もう一度、もう一度、皆さんに謝ります。ごめんなさい」
1月15日深夜にアップされた動画で、青ざめた表情で深々と頭を下げたのは、韓国の女性グループ「TWICE」の台湾出身メンバー、周子瑜さん(16)。愛称は「ツウィ」だ。
産経ニュースでも詳しく伝えられたため、詳細な経緯は省略するが、発端は、韓国のテレビ番組に関連したインターネット中継で、韓国旗と一緒に、中華民国(台湾)の「国旗」として扱われる青天白日満地紅旗を振った場面が映し出されたことだ。昨年11月に流れたものが、台湾出身の男性歌手の告げ口により、中国本土のネットユーザーの間で「台湾独立派だ」とのバッシングが巻き起こった。
所属する韓国の大手芸能事務所、JYPエンターテインメントの釈明でも騒動は収まらず、別の所属芸能人の中国での活動キャンセルも伝えられた。結局、本人が謝罪の場に引き出された。
「中国はただ1つ。私は自分が中国人であることを誇りに感じています」と、明らかに“言わされた”彼女の言葉に台湾側が猛反発。「台湾人アイデンティティー」を大いに刺激する“事件”に翌日の総統選での野党候補優位に拍車を掛けたともいわれる。
だが、謝罪に反発が起きたのは台湾だけではなかった。韓国人ネットユーザーからも「中国での活動や収益を考慮した屈辱的な謝罪だ」「中国に魂を売った」と、中国の顔色だけをうかがうJYPの卑屈な火消しに非難が殺到した。同事務所のホームページはサイバー攻撃を受け、一時つながらなくなった。
テレビ局側が用意した旗を振っただけなのに、その16歳の少女を政治問題の矢面に立たせたことで、JYPに対しては、「児童虐待」や「人種差別」、「人権弾圧」といった批判も浴びせられた。韓国の人権団体は、韓国の国家人権委員会に調査を求めるとともに、検察への告発も辞さない構えを見せた。
政治・経済超え、韓流にのしかかる中国の重み
「JYPの対応には、幼い歌手の人権に対する感受性も、中国と台湾の政治・社会に対する理解もなかった」。韓国左派系紙のハンギョレはコラムで、こう事務所側の対応を批判した。
「利益が大きい中国市場で、少しでも早く事態を沈静化すべきだという焦りだけが募り、無理な対応で四面楚歌(そか)に陥った」とも苦言を呈した。
韓流が低調な日本とは違い、韓流芸能人の中国進出は、隆盛を極めている。韓国の番組もどんどん中国に輸出されているという。
だが、同紙は「このような『共生関係』がいつまで続くだろうか?」と韓流ビジネスの現状を疑問視する。
「市場はバラ色に見えるが、政治がいつでも市場を制御できる中国で、利益だけを見て動く韓流の現実は、いかに危険か」
こう問題提起した上で、「中国市場の利益のために、他の地域のファンたちの気持ちや、芸能人の人権が無視される韓流モデルは、持続可能か。ツウィ事件は、多くの問いと警告を投げかけている」と警鐘を鳴らす。
大手紙、中央日報もコラムで、旗を持たせたテレビ局側に対し、「制作スタッフは中国をあまりにも知らなすぎた」とし、「中国市場の力を恐れたJYPは、ツウィに光のようなスピードで謝罪させた。中国に対する無知と中国市場に対する恐怖がみせた結果がツウィ問題だった」と指摘した。
「JYPが取った性急な低姿勢は、中国の重さが国際政治だけでなく、大衆文化にまで入り込んでいたことを自覚させた」ともし、中国に翻弄される朴槿恵政権にも議論の水を向けた。
中韓蜜月はどこに? 米中のはざまで身動き取れず…
朴槿恵大統領は、米国という安全保障上の頼みの綱である同盟国の反対を押し切ってまで、昨年9月に北京で行われた抗日戦勝70年の軍事パレードに出席し、中国の習近平国家主席との親密ぶりをアピールしてきた。
これに対し、コラムは「『歴代最高の韓中関係』を自慢していた政府は苦しい思いをしている。いま、必要なのは、親中でも反中でもない用中なのに、中国を利用する術がない」と皮肉った。
核実験を強行した北朝鮮への圧力を求める朴政権の働きかけに、習政権は振り向こうともせず、首脳間のホットラインも機能していないとされる。
このような“冷遇”に対しては、「ツウィ問題が当選の助けになったという台湾の蔡英文・次期総統に祝意を伝えることも方法ではないか」と中国へのこの上ない“当てつけ”まで提案する。その上で、朴政権に「これまで韓国が中国に関して身動きの幅を、自ら狭めた面はないのか、振り返るときだ」と対中接近の見直しを迫った。
《アイドル歌手「ツウィ」が北の核を解決するには》
同紙は、論説委員によるこんな見出しのコラムも掲載した。
「中国ネットユーザーの反応を見て、無理して機嫌を取る。市場のためだ。『ツウィ』はガールズグループに限らない。経済、安保、環境、ほとんど全ての分野で、中国の重みを感じる時代だ」と記す。何のことか分かりにくいが、経済など多方面で中国に押し込められている韓国の置かれた立場を、中国に頭を下げさせられたツウィになぞらえているのだ。
「核問題も同じだ」とし、遅々として進まない国連安全保障理事会の制裁決議案の準備についても、「やはり、中国が障害物だ」と嘆く。つまり、上記の見出しの真意は《韓国が北の核を解決するには》ということだろう。そのためには、中国の影響力を抜きにはできないが、いまのところ、米中の対立ばかりが際立っている。
中国に対する経済依存を深める韓国の現状からいって、「米中葛藤が現実化すれば、われわれが耐えられるかも疑問だ」とし、米中のはざまで身動きできない自国を、中台の溝にはまり込んだアイドルの姿に照らして、「かわいそうな『ツウィ』の姿だ」とも自嘲した。
ツウィの例でいうと、韓国が中国に屈服する結末になってしまうが、16歳のアイドルと同じとはいわないまでも、対北問題解決に向け、韓国が独力で選択できる余地は限られていることは間違いなさそうだ。
ナショナリズムで芸能人をいじめてきたのはどの国?
ツウィの今回の謝罪問題では、韓国人の間で「中台のナショナリズムに巻き込まれた」といった“もらい事故”だとの認識も少なくなかったようだ。
だが、芸能人に対して、さんざんナショナリズムを振りかざしてきたのが、ほかでもない韓国社会だ。
過去には、韓国系米国籍の人気アイドルグループの男性メンバーが、「韓国人が嫌い」とネットに書き込んだところ、大バッシングを受け、事実上、国外追放の憂き目に遭った。
日本で活躍する韓流スターに対しても、韓国で「独島」と呼ぶ竹島に関する認識をしつこく問いただしもしてきた。
歴史・文化に関わる問題では、何でも「わが国発祥だ」とのトンデモ歴史観を持ち出し、日本人や中国人をあきれさせてきた。
「反日」の材料とされる歴史問題の多くも本来、韓国国内の左右対立に根ざしているケースが多い。慰安婦問題をめぐる昨年12月の日韓合意以降、朴政権に対する批判のトーンを高める韓国の左派団体や野党の動きを見ても、根っこの部分には、韓国国内のナショナリズム対立があることが浮き彫りになった。いわばスケープゴートとして責任を日本に押し付けてきたのが現実だ。
民族的な多様性に乏しい韓国では、自国の民族主義に甘く、異論を許さないという社会風土が指摘されている。
中台のナショナリズムに絡んだ今回の騒動を「もらい事故」とやり過ごさず、他国を巻き込む韓国のナショナリズムの迷惑さを自覚するきっかけになればと願いたいところだが、そのような機運は、いまのところ韓国世論に見当たらない。
「中国に魂売った」屈服した事務所に自国からも非難の嵐
「間違った行動で、両岸(中台)のネットユーザーの感情を傷つけました。真剣に反省しています。もう一度、もう一度、皆さんに謝ります。ごめんなさい」
1月15日深夜にアップされた動画で、青ざめた表情で深々と頭を下げたのは、韓国の女性グループ「TWICE」の台湾出身メンバー、周子瑜さん(16)。愛称は「ツウィ」だ。
産経ニュースでも詳しく伝えられたため、詳細な経緯は省略するが、発端は、韓国のテレビ番組に関連したインターネット中継で、韓国旗と一緒に、中華民国(台湾)の「国旗」として扱われる青天白日満地紅旗を振った場面が映し出されたことだ。昨年11月に流れたものが、台湾出身の男性歌手の告げ口により、中国本土のネットユーザーの間で「台湾独立派だ」とのバッシングが巻き起こった。
所属する韓国の大手芸能事務所、JYPエンターテインメントの釈明でも騒動は収まらず、別の所属芸能人の中国での活動キャンセルも伝えられた。結局、本人が謝罪の場に引き出された。
「中国はただ1つ。私は自分が中国人であることを誇りに感じています」と、明らかに“言わされた”彼女の言葉に台湾側が猛反発。「台湾人アイデンティティー」を大いに刺激する“事件”に翌日の総統選での野党候補優位に拍車を掛けたともいわれる。
だが、謝罪に反発が起きたのは台湾だけではなかった。韓国人ネットユーザーからも「中国での活動や収益を考慮した屈辱的な謝罪だ」「中国に魂を売った」と、中国の顔色だけをうかがうJYPの卑屈な火消しに非難が殺到した。同事務所のホームページはサイバー攻撃を受け、一時つながらなくなった。
テレビ局側が用意した旗を振っただけなのに、その16歳の少女を政治問題の矢面に立たせたことで、JYPに対しては、「児童虐待」や「人種差別」、「人権弾圧」といった批判も浴びせられた。韓国の人権団体は、韓国の国家人権委員会に調査を求めるとともに、検察への告発も辞さない構えを見せた。
政治・経済超え、韓流にのしかかる中国の重み
「JYPの対応には、幼い歌手の人権に対する感受性も、中国と台湾の政治・社会に対する理解もなかった」。韓国左派系紙のハンギョレはコラムで、こう事務所側の対応を批判した。
「利益が大きい中国市場で、少しでも早く事態を沈静化すべきだという焦りだけが募り、無理な対応で四面楚歌(そか)に陥った」とも苦言を呈した。
韓流が低調な日本とは違い、韓流芸能人の中国進出は、隆盛を極めている。韓国の番組もどんどん中国に輸出されているという。
だが、同紙は「このような『共生関係』がいつまで続くだろうか?」と韓流ビジネスの現状を疑問視する。
「市場はバラ色に見えるが、政治がいつでも市場を制御できる中国で、利益だけを見て動く韓流の現実は、いかに危険か」
こう問題提起した上で、「中国市場の利益のために、他の地域のファンたちの気持ちや、芸能人の人権が無視される韓流モデルは、持続可能か。ツウィ事件は、多くの問いと警告を投げかけている」と警鐘を鳴らす。
大手紙、中央日報もコラムで、旗を持たせたテレビ局側に対し、「制作スタッフは中国をあまりにも知らなすぎた」とし、「中国市場の力を恐れたJYPは、ツウィに光のようなスピードで謝罪させた。中国に対する無知と中国市場に対する恐怖がみせた結果がツウィ問題だった」と指摘した。
「JYPが取った性急な低姿勢は、中国の重さが国際政治だけでなく、大衆文化にまで入り込んでいたことを自覚させた」ともし、中国に翻弄される朴槿恵政権にも議論の水を向けた。
中韓蜜月はどこに? 米中のはざまで身動き取れず…
朴槿恵大統領は、米国という安全保障上の頼みの綱である同盟国の反対を押し切ってまで、昨年9月に北京で行われた抗日戦勝70年の軍事パレードに出席し、中国の習近平国家主席との親密ぶりをアピールしてきた。
これに対し、コラムは「『歴代最高の韓中関係』を自慢していた政府は苦しい思いをしている。いま、必要なのは、親中でも反中でもない用中なのに、中国を利用する術がない」と皮肉った。
核実験を強行した北朝鮮への圧力を求める朴政権の働きかけに、習政権は振り向こうともせず、首脳間のホットラインも機能していないとされる。
このような“冷遇”に対しては、「ツウィ問題が当選の助けになったという台湾の蔡英文・次期総統に祝意を伝えることも方法ではないか」と中国へのこの上ない“当てつけ”まで提案する。その上で、朴政権に「これまで韓国が中国に関して身動きの幅を、自ら狭めた面はないのか、振り返るときだ」と対中接近の見直しを迫った。
《アイドル歌手「ツウィ」が北の核を解決するには》
同紙は、論説委員によるこんな見出しのコラムも掲載した。
「中国ネットユーザーの反応を見て、無理して機嫌を取る。市場のためだ。『ツウィ』はガールズグループに限らない。経済、安保、環境、ほとんど全ての分野で、中国の重みを感じる時代だ」と記す。何のことか分かりにくいが、経済など多方面で中国に押し込められている韓国の置かれた立場を、中国に頭を下げさせられたツウィになぞらえているのだ。
「核問題も同じだ」とし、遅々として進まない国連安全保障理事会の制裁決議案の準備についても、「やはり、中国が障害物だ」と嘆く。つまり、上記の見出しの真意は《韓国が北の核を解決するには》ということだろう。そのためには、中国の影響力を抜きにはできないが、いまのところ、米中の対立ばかりが際立っている。
中国に対する経済依存を深める韓国の現状からいって、「米中葛藤が現実化すれば、われわれが耐えられるかも疑問だ」とし、米中のはざまで身動きできない自国を、中台の溝にはまり込んだアイドルの姿に照らして、「かわいそうな『ツウィ』の姿だ」とも自嘲した。
ツウィの例でいうと、韓国が中国に屈服する結末になってしまうが、16歳のアイドルと同じとはいわないまでも、対北問題解決に向け、韓国が独力で選択できる余地は限られていることは間違いなさそうだ。
ナショナリズムで芸能人をいじめてきたのはどの国?
ツウィの今回の謝罪問題では、韓国人の間で「中台のナショナリズムに巻き込まれた」といった“もらい事故”だとの認識も少なくなかったようだ。
だが、芸能人に対して、さんざんナショナリズムを振りかざしてきたのが、ほかでもない韓国社会だ。
過去には、韓国系米国籍の人気アイドルグループの男性メンバーが、「韓国人が嫌い」とネットに書き込んだところ、大バッシングを受け、事実上、国外追放の憂き目に遭った。
日本で活躍する韓流スターに対しても、韓国で「独島」と呼ぶ竹島に関する認識をしつこく問いただしもしてきた。
歴史・文化に関わる問題では、何でも「わが国発祥だ」とのトンデモ歴史観を持ち出し、日本人や中国人をあきれさせてきた。
「反日」の材料とされる歴史問題の多くも本来、韓国国内の左右対立に根ざしているケースが多い。慰安婦問題をめぐる昨年12月の日韓合意以降、朴政権に対する批判のトーンを高める韓国の左派団体や野党の動きを見ても、根っこの部分には、韓国国内のナショナリズム対立があることが浮き彫りになった。いわばスケープゴートとして責任を日本に押し付けてきたのが現実だ。
民族的な多様性に乏しい韓国では、自国の民族主義に甘く、異論を許さないという社会風土が指摘されている。
中台のナショナリズムに絡んだ今回の騒動を「もらい事故」とやり過ごさず、他国を巻き込む韓国のナショナリズムの迷惑さを自覚するきっかけになればと願いたいところだが、そのような機運は、いまのところ韓国世論に見当たらない。