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いわき市・子年生まれの”オヤジ”

草莽崛起
日本人よ、歴史を取り戻せ!

敗戦直後、日本代表がロッカーに残したメッセージに世界が感動

2018年07月03日 15時07分06秒 | スポーツ
「真の勝者がいた」
 
 サッカーのワールドカップ・ロシア大会決勝トーナメント1回戦で、ベルギーに敗れた日本代表のロッカールームでの振る舞いに、世界から称賛の声が集まっている。

 写真で見る限り、ロッカールームはきれいに掃除され、美しい状態に保たれている。さらに、入り口側の棚の上にはロシア語で「スパシーバ(ありがとう)」のメッセージが書かれた紙も残されていた。

 プリシラ氏は「サポーターもスタジアムでゴミ拾いをした。すべてのチームにとって模範となります!」などのコメントとともに投稿。

 この投稿に対しては、返信やリツイートなどで、世界各国から「ありがとうのメッセージは桁違いだ」「arigato」「真の勝者がいた」などの声が寄せられていた。

 この試合で、日本は世界ランキング3位の強豪相手に善戦したが逆転され2ー3に終わり、惜しくも史上初のベスト8入りには届かなかった。ピッチ上では涙を見せ、うなだれる選手たちの姿も。悔しい結果となった直後の振る舞いとあって、感動を呼んだようだ。

世界卓球の理不尽な「合同コリア結成」はスポーツの本質をねじ曲げた

2018年05月07日 16時34分23秒 | スポーツ
「スポーツが求められているのは、政治からの自立です」

 国際卓球連盟(ITTF)の第3代会長を務め、小さなピンポン球で世界をつなごうとした荻村伊智朗(おぎむら・いちろう)さんの“遺言“は、現在のITTF関係者の記憶から消えてしまったのだろうか。

 スウェーデンのハルムスタッドで開催された第54回世界卓球選手権(団体戦)。女子の決勝トーナメント準々決勝で戦う予定だった韓国と北朝鮮が、急遽「南北合同チーム」を結成するというニュースを聞いた時、そう思わずにはいられなかった。

 すでにグループリーグを戦い終えた2つの国が合同チームとして決勝トーナメントの準決勝から参加し、戦わずしてメダル獲得が決まるという理不尽な事態が世界選手権の舞台で起こった波紋は決して小さくない。

 今年4月の南北首脳会談で発表された「板門店宣言」には国際競技への共同出場も盛り込まれたが、今回のITTFの対応はあまりに拙速で、スポーツが政治的な動きに飲み込まれた印象はぬぐえない。1991年の世界選手権幕張大会で荻村さんが結成に奔走した「統一コリア」とは、その経緯と実態がまったく違うからだ。



「ピンポン外交官」荻村伊智朗の情熱で生まれた1991年の統一コリア

 朝鮮戦争で分断された国家をスポーツでひとつにしようという動きは、1964年の東京五輪の前からあった。国際オリンピック委員会(IOC)が統一チームとして東京五輪に参加するよう勧告し、香港で南北の関係者が会談したが、チームの名称や選手の選抜方法などで意見が一致せず、そのまま協議は打ち切られた。

 その後も1988年のソウル五輪を前に南北共同開催も含めたプランが両国で協議されたが、競技の振り分けなどを巡って紛糾。北朝鮮はソウル五輪への不参加を表明した。そうした交渉のさなか、1987年にITTF会長に就任した荻村さんは、卓球競技だけでも北朝鮮がソウル五輪に参加できる道を探ったが、そのアプローチも苦難の連続だった。

 1988年5月に新潟で開催されたアジア卓球選手権では、大韓航空機爆破事件で国家公務員の日本への入国を禁止していた北朝鮮の選手団を、「政治的な活動を一切しない」という条件付きで参加させた。しかし、朝鮮総連などが主催するパーティーに北朝鮮選手団が参加したことが「政治的活動」とみなされたことに北朝鮮の選手団が反発、大会途中で帰国した。

 翌日の朝刊には『友好卓球 政治のネット』『つまずいた荻村構想』という見出しが躍ったが、荻村さんはあきらめなかった。スポーツをきっかけに、分断された2つの国を結びつけることができると信じていたのである。

 その最大のチャンスを1991年、千葉の幕張で開催される世界選手権に求めた荻村さんは、韓国に20回、北朝鮮にも15回足を運び、統一チーム結成を訴え続けた。

 当時、その理由を尋ねた新聞記者に荻村さんはこう答えている。

「もし、終戦後のヤルタ会談で日本の分断が決まっていたら、当時、中学1年生だった私も何とか日本をひとつにしようと頑張ったはずです。スポーツが政治を動かすことはできない。でも、援護射撃はできる。スポーツの本質を曲げずに、政治が歩み寄りやすい場を設定する。それがスポーツ側にいる人間の力量です」

 当時、両国の関係者による南北スポーツ会談は統一チーム結成に向けて前向きな議論を続けたが、調印式の直前になってこれまでと同じように紛糾した。

「朝鮮戦争が休戦中なのに、どちらかが軍事境界線をまたいで合同合宿を行なうことはできない」「合宿でコンビネーションを高めないと、大会で勝てない。統一チームとして世界に恥をさらすわけにいかない」と、極めて現実的な難題が持ち上がると、荻村さんは日本の自治体関係者にすぐ連絡をとり、長野、長岡、千葉の3カ所で合同合宿をするプランを提示した。他の国の理解を得たうえでITTFの理事会にも議題をあげ、承認を得て統一チーム「コリア」の世界選手権参加を実現させたのだ。

「大会の前日までは、最大限の優遇をします。でも、大会が始まったら、あなたたちは(ITTFに加盟している)108協会のひとつです。いっさい優遇はしませんから」

 大会の開幕直前、荻村さんは南北の指導者や選手たちにそう告げるのも忘れなかった。

 そして世界選手権の舞台に登場した史上初の統一コリアチームは、まさにスポーツの力で世界を驚かせた。団体戦で9連覇を目指した中国を決勝で下し、世界の頂点に立ったのだ。朝鮮民族の唄「アリラン」の大合唱のなか、朝鮮半島を青く染めた統一旗がセンターポールに掲げられた光景が世界中に発信されたのである。

 米中国交正常化につながった1971年の世界選手権名古屋大会に続く“ピンポン外交“を成功させた後も、荻村さんがさらに南北が歩み寄る機会を作ろうとしたことはあまり知られていない。世界選手権での活躍を讃えた荻村さんは、南北の関係者に「4年後、南北で世界選手権を共催しましょう」と提案したのだ。

「前半の団体戦を平壌、後半の個人戦をソウルでやるのです。団体戦が終わったあと、世界各国の代表選手たちは平壌から板門店を通って韓国に入る。その様子を世界中のメデイアが伝えれば、朝鮮半島を取り巻く環境が大きく変わるかもしれません」

 このプランは実現しなかったが、ここで伝えたいのは、それほどまでの情熱とビジョンをもって国際社会と向き合ったスポーツリーダーが、卓球界に、日本にいたということである。



日本の女子選手たちが見せてくれたトップアスリートの矜持

 それに比べて、今回の合同コリアチームはどうだったか。現地からのレポートによると、今回の合同チーム結成は選手の入場行進の際に、突然、場内アナウンスで伝えられたという。

「和気あいあいとした雰囲気の中で、いきなり場内アナウンスで『北と南はお互いが戦うことを望んでいない。準々決勝で戦わずに、準決勝で統一チームで戦う。名称はコリア』と発表。それから5時間後には国際卓球連盟(ITTF)のトーマス・バイカート会長、IOCメンバーの柳承敏氏(韓国)が記者会見。『昨日のITTFでの新財団のレセプションで両チームと話し合いを決めた。アクシデント(偶然)のような出来事だった』と伝えた」(『卓球王国』のサイトから抜粋)

 突然の合同チーム結成に、グループリーグで韓国、北朝鮮と対戦したチームは感情の置き場に苦心しただろうし、何より、準決勝で対戦することになった日本チームには大きな動揺が走っただろう。

 バイカート会長は「これはルールを超えた出来事だ」と語ったというが、世界選手権を主催する立場の組織や人間が、ルールを超えて尊重すべきものが存在するのだろうか。南北会談での決定に配慮するのであれば、3カ月後にジャカルタで開催されるアジア競技大会に向けて準備を進めるべきである。事前にしっかりとしたビジョンを描き、必要な調整をしっかりとすれば、南北の融和ムードを盛り上げる大会になるかもしれない。

 明らかに「スポーツの本質」を曲げた今回のITTFの判断を批判の対象から救ってくれたのは、日本女子の素晴らしい振る舞いとプレーである。

「歴史的な一戦」と政治主導的なアナウンスが流れるなか、1番手に抜擢された伊藤美誠はさまざまなプレッシャーをはねのけ、初対戦となる韓国のチョン・ジヒを3-0で一蹴した。2番手の石川佳純は、リオデジャネイロ五輪の女子シングルス3回戦で敗れた北朝鮮のキム・ソンイをフルゲームの死闘の末に下した。

 そして3番手の平野美宇も、アジアを制した高速卓球で韓国のヤン・ハワンを3-1で撃破した。1試合も落とさずに決勝進出を決めた彼女たちのプレーは、世界最高峰のコートを政治ショーの舞台からスポーツの舞台に引き戻してくれた。

 強い精神力と卓越した技術、そして卓球という競技に人生をかけて打ち込んできたトップアスリートとしての矜持(きょうじ)を世界中の人たちに伝えたのである。あえて逆説的な言い方をすれば、彼女たちのプレーこそ、過去のピンポン外交の系譜につなげてもいい功績ではないだろうか。



日本のスポーツは、政治から自立できているのか

 スポーツと政治の関係について振り返る時、日本には苦い記憶がある。

 1980年のモスクワ五輪ボイコットである。当時のソ連のアフガニスタン侵攻を非難したアメリカのカーター政権がボイコットを表明。西側諸国にもボイコットを呼びかけ、日本はそれに従った。だが、この時、西側諸国といわれる国のすべてがボイコットしたわけではない。イギリスやフランスはそれぞれの政権がボイコットを表明したものの、国内のオリンピック委員会がスポーツの権限と責任でモスクワ五輪に参加したのだ。

 冒頭で紹介した荻村さんの言葉は、日本のモスクワ五輪ボイコットについて言及したコメントの一部である。荻村さんはそのインタビューのなかで、こうも言及している。

「日本のモスクワ五輪ボイコットがよかったのか。今考えると、ボイコットの意義はなかったと思う。もし参加していたら、日本はソ連に対してもっとはっきりモノを言えたのではないですか。今の日本にとって対米協調が国是であることは認めますが、スポーツまで米国の意向に従う必要があったか。三権分立並みとはいわないが、スポーツをもっとのびのび、おおらかにやらせたらどうですか」

 今回の南北合同チーム結成は、スポーツが政治とどう向き合うべきか、その距離感のとり方の難しさを改めて露呈した。こうした問題に直面した今だからこそ、2020年に東京で2度目のオリンピック・パラリンピック開催を迎える私たちは、荻村さんが遺してくれたメッセージをあらためて胸に刻むべきではないだろうか。40年近く前、私たちの国のスポーツが政治に屈した過去を忘れてはいけない。

競技場観戦5.1%なのに成功予想70%の驚愕 聖火リレー走者が来ないのは当たり前!?

2018年01月12日 16時16分07秒 | スポーツ
 韓国・文化体育観光省が2017年12月20日に発表した平昌五輪に対する第5回世論調査で、韓国国民が直接スタジアムに足を運んで競技を観戦すると答えたのが5.1%にとどまり、過去4回で最低だった前回調査の7.1%を2ポイントも下回った。それなのに、平昌五輪が興行的に成功する可能性に関して70%以上を上回る不思議さ。この実態を示すように、開幕までまもなくカウントダウンに入ろうとしているのにチケット販売率は12月21日時点で61%と決して高くない。さらに、聖火リレーの走者やボランティアが連絡なしで現場に来ず、イベント現場は常に緊張感が漂っているという。

 韓国メディアもどことなく世論調査の結果に首を傾げているようだ。中央日報は12月20日、「韓国人の71%、総合4位を期待…直接競技観覧は5.1%」と題した記事に表れている。文化体育観光省は今回初めて、世論調査専門機関に依頼して調査。韓国は自国開催の平昌五輪で金メダル8個、銀4個、銅8個の獲得を目標に設定し、総合順位で4位を目指している。冬季五輪では歴代で最高成績になるが、「可能」と答えたのが71.4%に上った。「不可能」は7.8%だけだったと伝える。

 スピードスケートで五輪3連覇を狙う「氷上女帝」と称される李相花(28)は日本の小平奈緒(31)に勝てていない。フィギュアスケートで五輪2大会で金、銀メダルを獲得したキム・ヨナは前回のソチ五輪限りで引退。スキー系は韓国内で人気の低い競技であり、メダルが期待できる顕著な選手は不在のようだ。「金メダル8個は欲張りすぎ」という国民の批判が聞こえる始末だ。

 そのうえ、五輪のチケット販売は完売予定の107万枚のうち、12月14日時点で59万9000枚(56.1%)、パラリンピックは22万枚中、10.5%の2万3000枚にとどまる。組織委員会が12月24日に発表した21日時点の販売状況では、61%と微増した。

 朝鮮日報は、大会組織委員会のチケット販売率に関する発表に疑問を呈している。2017年2月9日から始まった前売り販売率は10月末で31%にとどまっていたのが、わずか1カ月後の11月末に突然53%に跳ね上がったからだ。地方自治体や民間企業、各種学校などが年末を前に買い占めに乗り出してくれたおかげだと朝鮮日報は指摘。国内で大規模な国際スポーツイベントが開催されるたびに空席を埋めてきた「『救援投手』が今回も登場したことになる」と解説した。

 ここで危惧されるのが、自らの懐を痛めずに手に入れたチケットを利用して観戦に訪れるかということだ。平昌五輪をめぐっては現在、2018キロにわたる聖火リレーが実施されている。1日100人前後がリレーにかかわっているが、走者の中には連絡なしで現場に現れない人がいるというのだ。そのため常に約10%の予備走者を待機させなければならないと朝鮮日報は報じる。走者だけでなく、ボランティアも同じ実態で、運営に支障を来しているという。

 この状況は、今回に始まったことではなく、2017年5月に開催されたサッカーのU-20(20歳以下)ワールドカップ(W杯)でもボランティアの13%が無断で欠席したと伝えられる。

 このような無責任体質の中で、自治体などが買い占めたチケットを利用してわざわざスタジアムを訪れるだろうか。五輪を放映する米NBCテレビは組織委を訪れるたびに空席がないことを求めたという。数億人が見るテレビ画面に空席が目立てば、五輪ムードに水を差すばかりでなく、広告収入に影響を及ぼす可能性があるからだ。中央日報によると、リオデジャネイロ五輪では、NBCは視聴率がロンドン五輪より18%低下したが、広告売上高は12億ドルを超えたという。

球場はごみの山、WBC敗退の韓国で起きていた「とても恥ずかしい」舞台裏

2017年03月21日 11時17分56秒 | スポーツ
 野球の国際大会、第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、韓国代表は自国開催のメリットを生かせず、1次リーグで敗退した。韓国メディアからは「井の中の韓国野球」などと批判され、世代交代と選手育成などの課題ばかりが浮かび上がる格好となった。

 さらに恥の上塗りとしか思えない惨状が、韓国開催地のドーム球場、高尺(コチョク)スカイドーム(ソウル市)で繰り広げられていたと韓国メディアが報じた。観客が食べ残しや飲み物のカップなどの大量のゴミを置き去りにし、喫煙場所以外で喫煙したうえ吸い殻をポイ捨てするなどの“マナー違反”が目に余ったというのだ。韓国で初めて行われたプロ級の国際大会だっただけに未熟な観戦文化を「とても恥ずかしい」と嘆いた。

 韓国は自国開催となった1次リーグA組で、初戦のイスラエルに延長十回の末に1-2で敗れると、続くオランダ戦では0-5で完敗。台湾との最終戦を残して早々と1次リーグ敗退が決定。しかも台湾に敗れれば、次回大会では予選リーグを戦わなければならない屈辱的な状況に陥るところだった。乱打戦となった台湾戦を11-8で辛うじて打ち勝ったものの、3試合で12得点、打率.287はA組で最下位。4.82の防御率は、イスラエルの2.25、オランダの2.77と1、2位に後れを取った。

 朝鮮日報によると、代表監督を延べ15年間務め「国民監督」と称される金寅植監督は相手に脅威を与える投手、打者が育っておらず、世代交代の必要性を強調した。しかし、野球関係者は「小中高校の指導者が勝敗より将来有望な若い芽を育てることに力を入れるべきだ」とし、現在の勝利至上主義を皮肉った。

 それだけでない。韓国メディアは選手らが高い年俸をもらい「ハングリー精神」を求めるのは難しいとし「選手らはまるでトップスターであるかのような勘違いをしている」と指摘。負けていてもダグアウトで笑い、使命感を持って代表チームを率いた精神的リーダーの不在を嘆いた。

 この惨状は興行にも影響。中央日報は定員1万6800人の高尺スカイドームが「一度も満員にならず」、1次リーグ6試合の平均観客数は8714人で、1次リーグで過去最少だった2013年の台湾の球場の平均1万1639人を下回ったと報じた。そして「ソウルラウンドは韓国の早期敗退とともに歴代最少観客数という不名誉な結果で終了した」と論評した。

 これだけでも、いかに韓国にとってWBCが悲惨な結果だったかが分かるが、国際的に恥の上塗りの事態があったことに驚く。韓国では昨シーズン、プロ野球で歴代最多となる833万9577人を動員。初の800万人突破となったと騒いでいたが、観戦マナーの醸成が忘れ去られていた。

 球場は当然、公共の場。なのに観客は持参した食べ物、飲み物のゴミを観客席の間などに置き去りにし、従業員は「いつものこと」とため息をついていたと韓国経済新聞が報じた。このマナーの悪さは、2014年のサッカー・ワールドカップ(W杯)ブラジル大会で、日本人サポーターがスタジアムのゴミを拾い、世界から称賛されたのとは対照的だ。

 同紙は韓国で初開催された国際大会でこの惨状は「とても恥ずかしい」と批評。スタジアムに応援に来ていたイスラエル、オランダ、台湾の観客が「記憶する韓国の球技場は通路にゴミがごろごろと転がる様子である」と伝えていた。

ピート・ローズよ!これ以上晩節を汚すな 

2016年06月26日 18時08分14秒 | スポーツ
イチローもポロリと本音「偉大な記録を残した人が偉大とは限らない…」

 マーリンズのイチロー外野手(42)が6月15日(日本時間16日)のパドレス戦で、ピート・ローズ(75)の持つメジャー最多記録の4256安打を日米通算ながら抜いた。その後もローズの記録を引き離しつつある。単純にヒットをここまで積み上げるだけでも尊敬に値するというのに、日米でこの記録に対する「温度差」は甚だしいものがあり、ついにはメディアを通した「終わりのない舌戦」に突入してしまった。

 発端はローズの方。記録達成がいよいよ直前になったタイミングで、メジャーのみで4256安打の偉業を果たしたローズが吠えた。米全国紙「USA TODAY」によると、記録にイチローが近づいてくるにつれて、ピート・ローズはいらだった。「みんなオレをヒット・クイーン(キングに続く2番目に)させたがっている」と報じた。

 「イチローの記録にとやかく言うつもりはない。彼は野球殿堂入りするような選手だ。だが、日本の記録とメジャーを足すことに意味はあるのか。高校時代の安打も加えることと同じだ」

 日本球界とメジャーの格差には、「誰でも知っているところでは、(元近鉄の)タフィー・ローズはメジャーではさっぱりだったが、日本では55本塁打を放ったが、これが真実だ」と切って捨てた。

 一方のイチローはどう考えていたのか。地元紙「マイアミ・ヘラルド」は「イチローは非公認の安打記録を追い求めていく」という見出しで、ローズの記録を超えることに対して、心情を語っていた。

 「何人かが記録ではない、2つのリーグを合わせることはできないと言っているのも分かる。でも僕がしてきたことを見て、2つ合わせてだけど達成したんだよねと思ってくれればうれしい。ローズほど楽しんで激しいプレーをした選手はいないと思う。なぜなら僕は彼が好きだから」

 イチローの思いをよそに、記録到達、そして追い越した瞬間までローズの気持ちは変わらなかった上、息子までイチローの記録に不快感を示した。米メディアも肯定派とを二分する。ローズはイチローと同じ42歳でレッズの選手兼任監督となったが、往年の輝きは消え、酒浸りと中年太り。さらには野球賭博で永久追放の身となれば、数字の上ではイチローの記録を認めなくても、心情的には否定するファンも多い。

 記録更新後の会見でイチローは、「日米通算という数字はどうしたってケチがつくことは分かっていた。ピート・ローズが喜んでくれれば(自分の気持ちも)全然違う。でも、そうではないと聞いていた。だから僕も興味がない」と語った。

 さらに、「偉大な数字を残した人がたくさんいますが、その人が偉大だとは限らない。むしろ反対の方が多い。人格者だったらできないともいえるけど、特別な人もいる。そういう人たちに、この記録を抜いてほしい」と続けた。

 それでもローズの気持ちが変わらないことを知り、その後の“記録更新”ごとに報道陣からローズのことを聞かれると、「もうその話はやめにしよう」と、自ら終止符を打とうとした。

 2人の仲を取り持とうとする人も現れた。最多本塁打762本のメジャー記録を持ち、日本で王貞治氏(現ソフトバンク球団会長)がマークした868本と何かと比較されたマーリンズのバリー・ボンズ打撃コーチは「2人が一度一緒に話し合いの機会を持つことができればいいのでは」と、火消しに乗り出したほどだった。

 安打に関してはイチローもローズも人一倍こだわりを持つ。落としどころはあるのか。それとも“遺恨”につながってしまうのか。

 USA TODAY紙は「イチローは50歳どころか60歳までプレーできるだろう」と伝えた。真にこの論争が解決を迎えるには、イチローがメジャーだけでローズの記録を抜くしかない。あと1200安打以上残っているが50歳まで一線でいれば年間150安打、60歳までなら年間70安打で到達する。