いわき市・子年生まれの”オヤジ”

草莽崛起
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韓国、旅客船沈没で「日本見習え」…最後までとどまった船長、救助率96%、番組対応まで称賛

2014年04月28日 14時31分51秒 | 国際・政治

 沈没で高校生ら約300人の死亡・行方不明者を出した韓国旅客船「セウォル号」が日本で製造されたことは韓国で大きく報じられた。だが、製造責任を問う声はなく、逆に同型船の事故で、最後まで船にとどまった日本人船長らの行動に注目。日韓の救難体制の差も盛んに論じられ、「日本を見習え」との指摘が出ている。今回の事故は、はからずも歴史問題での「反日」とは違う韓国人の対日観を浮き上がらせている。

「日本ならこんな事態には…」番組延期に謝意

 「日本なら今回の事態は起きず、高校生たちもきっと生きていたのに…ああ、恥ずかしい」

 「やっぱり日本! 本物の海洋先進国らしい。韓国より数十年先を行く理由がある」

 韓国のウェブサイトにアップされた動画について、ネットユーザーからのこんな韓国語のコメントが並んだ。日本の報道番組で放映された、客船を模した模型をプールに浮かべ、過積載で急旋回すれば、転覆する様子を実験した動画だ。

 ネットユーザーらは「こんな科学的な実験を放映するのも日本ならではだ」と称賛した上で、「認めたくはないが、わが国も海難対策について日本から学ぶべきなのは確かだ」などと書き込んだ。

 番組対応についての意外な反応もあった。テレビ東京がアニメ番組「ポケットモンスターXY」の24日の放映を「沈没した客船の場面がある」として延期したことを伝えるニュースに関し、「配慮に感謝する」というコメントに続いて「わが国のテレビ局も見習うべきだ」という書き込みが見られた。

 セウォル号が日本で製造された「中古船」だったことは、韓国で繰り返し報じられた。

 ただ、製造過程に問題があったと詮索する報道はほとんど見当たらず、「造船大国」といわれながら、効率性から商船ばかりに傾注してきた韓国の造船業界を問題視。韓国紙の朝鮮日報はコラムで「乗客が安心して乗船できる旅客船を開発できなければ、本当の造船大国とはいえない」と批判した。

最後に海に飛び込んだ船長、犠牲者「ゼロ」

 日本との比較で、韓国メディアが注目したのが、2009年11月に三重県沖で転覆したフェリー「ありあけ」の事故だ。セウォル号をかつて日本の定期船に使っていた会社が運航し、造船所も同じだった。

 ありあけの転覆は、高波が原因で、操船ミスが最大の要因とされるセウォル号とは異なるが、積み込んだコンテナが荷崩れを起こして横倒しになった経緯は重なる部分がある。だが、韓国メディアが最も注目したのは、船長ら乗組員の対応の差だ。

 閑散期で事故当時、ありあけの乗客は7人だったが、船が傾くと、船長はマニュアルに従って救助を要請するとともに、乗組員は即座に客室に向かい、扉が開かなくなる恐れがあるとして、客室から乗客を退避させた。

 沈没前のセウォル号のように船体の傾きが急になると、消防用のホースで乗客らを甲板に引き上げた。約2時間後に乗客全員がヘリコプターで救出されるのを見届けた後、船長らは救命ボートを下ろして海に飛び込んだ。

 韓国メディアは、ありあけの事故で犠牲者が「ゼロ」だった点を、乗客を残して真っ先に脱出したセウォル号の船長らとの違いを強調しながら繰り返し報じた。日本政府が事故後、客船にコンテナの固定装置の設置を義務付けるなど、事故対策が進んだ点にも着目した。

“海猿”がいて「118番通報があれば…」

 日韓の救難体制の格差も盛んに論じられ、映画「海猿」で有名になった海上保安庁の潜水士の能力の高さを取り上げるメディアもあった。

 ハンギョレ新聞は、海保が専門の訓練を積み、水深40メートルまでの潜水能力がある潜水士約120人を擁すると報道。ヘリで事故海域に駆け付ける特殊救難隊36人が24時間体制で待機している体制にも触れ、日本の報道をもとに昨年、通報があった海難事故の救助率が96%に上ったと伝えた。

 さらに、日本では、海難事故の緊急通報「118」番がある点にも言及。セウォル号事故でも、このようなシステムがあれば、「救助が速められたかもしれない」と指摘した。

 同紙は、セウォル号沈没で「事故対応から救助まで日本のような体系的準備やマニュアルが全く見当たらず、残念でならない」と締めくくった。

 長く東京特派員を務めた韓国紙記者はコラムで、セウォル号沈没に絡め、ゆっくり走る東京やニューヨークのバスと猛スピードで疾走する韓国のバスを比較した。

 東京のバスは「スピードを出すことも急ブレーキをかけることもなく、歩いた方が早いといわれる」としつつ、「急発進して転倒するという不安もない」と、日韓での安全に対する認識の差を強調した。

 その上で、「国民が安全な環境の下、自由で健康な生活を送れる国」が「先進国」の定義なら「韓国は依然、途上国のままだ」と断じた。

 極端な「反日」に嫌気が差してか、こと韓国人の態度について、最近の日本では、何かにつけて否定的に取り上げる向きもある。セウォル号事故では、日本の常識では考えにくい船長らの無責任すぎる行動が惨事を拡大させたことは確かだろう。

 ただ、一度、大惨事となれば、これまでの自国の安全体制を真摯(しんし)に顧みて、憎まれ役の日本からも学ぼうとする謙虚な姿勢は評価されこそすれ、非難されるべきものではない。国民を挙げたこうした姿勢が、二度とこのような事故が起きないためのシステム作りに役立っていくと信じたい。

 一方で、これまで沈没事故一色だった韓国の報道にも、靖国神社への安倍晋三首相らによる供物奉納に続き、22日に国会議員147人が一斉参拝したことをきっかけに、おなじみの日本非難が登場し始めた。

 「これはこれ、あれはあれ」という是々非々の日本観もまた、紛れもない韓国の対日観といえるのかもしれない。


「すし外交」しゃり噛む音も「ジツリ、ジツリ」 同盟強化もビジネスライク

2014年04月24日 15時53分36秒 | 国際・政治

 安倍晋三首相が23日夜、米国のドキュメンタリー映画の舞台ともなった東京・銀座のすし店「すきやばし次郎」にオバマ大統領を招いたのは、万事にビジネスライク(事務的・実務的)なオバマ氏を夜の街に引っ張り出すことで、首脳同士の良好な関係を内外にアピールする狙いがある。

 ただ、それが両首脳の個人的な信頼関係構築につながったかというと「初めからそこまで期待していない」(外務省幹部)のが本音だ。日本側もそこはあくまでビジネスライクに割り切り、すし店での夕食会で両首脳は実利的に北朝鮮や中国など東アジア情勢などについて意見交換した。

 オバマ氏は外交辞令や会談でのジョークなどを好まず、本題だけを話したがることで知られる。昨年2月に訪米した安倍首相との昼食会でも、バイデン副大統領らがワイングラスを傾ける中で、オバマ氏の前にはミネラルウオーターの瓶だけが置かれていた。

 「彼はビジネスライクだけど、それは仕事をするという意味では別にいい」

 安倍首相は最近、周囲に淡々とこう漏らした。そこには米大統領を18年ぶりに国賓として日本に迎える高揚感はない。昨年2月のオバマ氏との初会談前日に「明日はがちんこ勝負になる」と意気込んでいたのとは対照的なぐらいだ。

 それもそのはず、安倍首相はもうオバマ氏に対し、小泉純一郎元首相とブッシュ前大統領のようにケミストリー(相性)が合い、肝胆相照らす間柄となることは望んでいない。

 もともと市民運動家(人権派弁護士)出身でリベラル色の濃いオバマ氏と、名門政治家の家系に生まれて帝王学を学んできた安倍首相とでは共通項が少ない。

 ただそれだけでなく、安倍首相が距離を置く背景には、キャメロン英首相、メルケル独首相をはじめ「世界中でオバマ氏とケミストリーが合う首脳はいない」(政府高官)との認識がある。それどころか「オバマ政権自体がイスラエル、サウジアラビア、インド…と同盟国や友好国と全部関係が悪い」(外務省幹部)というのが実態だ。

 一方、日米関係は昨年12月の安倍首相の靖国神社参拝以降、多少ギクシャクしたが、最近は「かなりよくなった」(日米外交筋)。オバマ氏自身の仲介で首相と韓国の朴槿恵(パククネ)大統領との初会談も実現し、「米側も日韓の歴史問題を取り上げる必要がなくなった」(同)こともあり、関係修復段階はほぼ過ぎ去った。

 むしろ、米国が靖国参拝に「失望」を表明したことで、安倍政権側がオバマ政権を見切った部分がある。

 失望表明は米国が求めたTPP交渉への参加を決断し、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾(ぎのわん)市)移設問題を動かすなど「短期間にこれだけ日米関係を進めた政権はない」(外務省筋)という安倍政権を傷つけた。しかもそれは中国、韓国の反日攻勢を勢いづかせただけで東アジアの緊張緩和に何らつながらず「全く戦略的でない」(政府高官)からだ。

 日米韓3カ国首脳会談の際にもこんなことがあった。

 安倍首相は自身のアイデアで朴氏に韓国語で「お会いできてうれしい」と呼び掛け、日韓対話に前向きで友好的な日本を世界に印象付けた。米側はラッセル国務次官補もライス大統領補佐官も好意的だったが、オバマ氏はやはりビジネスライクだった。首相は周囲にこう振り返った。

 「オバマ氏の態度は特に変わらなかった。彼の関心事項はTPPだね」

 日米同盟は日本にとって死活的に重要だ。ただ、安倍首相としては、オバマ氏との信頼関係よりもTPPをはじめ日米間の諸課題の実務的な前進によって、同盟強化を図ろうと実利的に判断したのだろう。


マレーシア機捜索でも浮かび上がった中国政府と国民の「非常識」

2014年04月22日 14時35分46秒 | 国際・政治

 マレーシア航空機の行方不明から1カ月以上が経過し捜索が長期化する中、中国政府や中国人乗客の家族の対応が、各国メディアの批判の目にさらされ始めた。捜索に参加する中国当局の協調性の低さや怒りにまかせた家族の対応が、国際的な常識を逸脱しているとみられているようだ。

 だが、中国メディアは、こうした報道自体が西側諸国の陰謀であるかのように反論している。

「助けになるより障害」

 米紙ニューヨーク・タイムズ傘下の国際紙インターナショナル・ニューヨーク・タイムズは16日、「航空機捜索で中国は助けになるより障害だとみられている」と題する記事を掲載した。記事が問題視したのは、中国の巡視船「海巡01」が4、5の両日、不明機の「ブラックボックス」の可能性がある電子信号を探知したとする出来事だ。この事実は5日、中国国営新華社通信の報道で明らかになった。捜索を主導するデビッド・ジョンストン豪国防相(58)は5日、「(中国側から)報告は受けていない」と述べた。

 記事は、中国の巡視船が捜索していた海域は、調整役の豪州当局が設定した捜索区域の外側だったと指摘。新華社が配信した写真で、巡視船の乗組員が使用していた機材が、水深4000メートル超とされる現場海域では役に立たない浅い海域用の水中聴音器だったことも「(中国の)主張の価値に疑念を投げかけた」としている。

 さらに、この情報を確認するため英海軍の海洋調査艦が現場に向かったことで、より有力な情報があった海域での捜索に「数日間」加われず、「捜索範囲を狭める機会を犠牲にした」としている。混乱の時期が、ブラックボックスの電波発信寿命とされる水没後約30日の目前だったことも、関係者のいらだちを強めたようだ。記事は、中国の捜索活動自体が「中国政府の決断力と技術力を国内の聴衆に示す絶好の機会だった」として、中国当局のスタンドプレーに厳しい視線を投げかけた。

家族の対応も常識外

 米紙ウォールストリート・ジャーナル(アジア版)も16日付の記事で、海巡01が、探知情報を周囲で捜索中の他国の艦船や航空機ではなく、約8000キロも離れた北京に報告していたことを疑問視する「西側の軍高官」の話を伝えている。この記事は、北京のマレーシア大使館へのデモで、乗客の家族が説明に現れた大使を罵倒したり、ひざまずいて謝罪するよう怒鳴ったりするのを、同行した中国の警察官が黙認していた様子を批判的に取り上げた。

 中国側のマレーシア当局に対する批判は、3月8日の行方不明直後から続き、今月12日には、5月末の両国の国交樹立40周年を記念するパンダの貸与が延期されたことが報じられた。これに対し、マレーシア側はひたすら隠忍自重のようだ。

 マレーシアの英字紙ニュー・ストレーツ・タイムズ(電子版)は17日付社説で、数々の非難にも関わらず「中国は敵に回せない友人だ」と世論に自制を求めた。社説はその理由として、中国が核兵器を保有する軍事大国であることや、最大の貿易相手国としてマレーシア経済の浮沈を左右することを強調し、自国の対応に問題があることも認めた。ただ、こうした不手際も「中国人家族がマレーシア当局を殺人者呼ばわりする口実にはならない。同情は無限ではない」と不快感をにじませた。

「陰謀論」すら展開

 一方、中国共産党機関紙、人民日報傘下の国際情報紙、環球時報(電子版)は10日、「マレーシア航空機報道、西側メディアは自国の利益のために尽力」とする社説を掲載。「ある西側の在中国大使館が、意図的にメディアに中国人家族の状況を報道するよう仕向けているとの情報がある」と“陰謀論”を展開し、事件を機に中国とマレーシアの関係が悪化すれば「フィリピンと日本が大喜びすることは言を俟(ま)たず、戦略的再均衡に尽力する米国もひそかに喜ぶだろう」と述べた。さらに、西側メディアは家族や世論の不満が中国政府に向かうことを楽しんでいる-などと主張し、自国民や政府に対応改善を求めるそぶりすら見せていない


インドネシアの華人虐殺930事件 「アクト・オブ・キリング」が語るもの

2014年04月18日 16時32分11秒 | 国際・政治

 話題の「アクト・オブ・キリング」というドキュメンタリー映画を観た。ジョシュア・オッペンハイマーという米国人監督の作品で、1965年9月30日のインドネシアの軍事クーデター(未遂)とその後に展開されるスハルト軍事独裁体制での共産主義者、華僑らへの虐殺(9月30日事件、930事件)の加害者側、つまり「虐殺者」に「自らを主人公にした映画を創らせ、そのメイキングをドキュメンタリーとして撮影する」という奇抜な手法で歴史を振り返る。

虐殺とは?正義とは?英雄とは?

 この奇抜な取材法が、監督すら予期せぬ化学反応のような結末を生み、虐殺とは何か、正義とは何か、英雄とは何か、国際政治とは何か、そしてジャーナリズムとは何かを深く考えさせ、エンタメ性も備えた傑作となった。アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門は惜しくも逃したが、世界各国のドキュメンタリー賞を総なめにしたこともあって、日本でも映画館に立ち見が出るほど観客が殺到している。

 先日、友人から、中国人はこの映画を見てどう感じているだろうか、中国政府はインドネシア政府にどうして抗議しないのか、日本の南京大事件はあんなに非難しているのに、といった質問を受けた。なるほど事件当時、毛沢東はスハルトファシスト軍事政権を粉砕せよ!と、すわ人民戦争だ!というほどの勢いでインドネシアを非難し、国交を断絶した。

 だが1990年に国交が回復したのちは、ほとんどこの歴史事件は振り返られない。1998年の華人排斥暴動(5月暴動)で、女性・子供も含めた1200人以上の中国系インドネシア人が虐殺された。これも当時から報道が抑制され、2013年の事件15周年も、追悼報道などほとんどなく、ネット上では事件のキーワードが削除対象になった。今なお、インドネシアには華人蔑視が根強い。なのに、最近のインドネシアの華字新聞「千島日報」では、インドネシア政府への批判ではなく、「日本の占領時代の虐殺の歴史を忘れるな」といった記事が掲載される。

 これはなぜなのか。「アクト・オブ・キリング」は中国でも、ネットでそれなりにダウンロードされて観られているようだが、なぜ華僑同胞のために、インドネシア政府に賠償責任を、といった世論が起きないのか。今回は、そういうことを少し考えてみたい。

 930事件とはどういう事件だったか。

 オランダの植民地支配からインドネシアを解放した建国の父・スカルノ政権下で、主要な政治勢力は3つあった。スカルノ大統領、インドネシア陸軍、そしてインドネシア共産党だ。

 スカルノ政権は独立後、植民地時代の遺産否定の立場から、外資排除を徹底し、農村改革を行い、民族資本の発展を目指した。だが、この経済政策は失敗、厳しいインフレと食料不足に見舞われた。こういう状態で、国民の団結を誘い、不満を外部にそらすために、外交上は対外強硬姿勢をアピール。隣国にできた親英国・マレーシア連邦を相手に「コンフロンタシ」(対立)と呼ばれる軍事・外交衝突を繰り返し、ついには国連を脱退した。インドネシア国内ではエコノミストや右派政治家、特に軍主流派の間でスカルノ政権の迷走に危機感を募らせていた。

 内政が不安定化する中、スカルノはインドネシア共産党(PKI)勢力の支持に全面的に頼る。最盛期、PKIは党員500万人、共産主義青年団300万人、支持者1000万人と、非社会主義国中で最大規模の共産党に成長していた。中ソ対立後は中国側に立ち、当時のインドネシア共産党書記アイディットは5回も毛沢東と直接面会し、自らを「毛沢東の小学生」と名乗った。スカルノとしては、共産党の力を借りて陸軍勢力を牽制して政権の安定を探ろうとしていたのだろうが、当然中国側にはジャカルタを拠点に紅色革命を輸出し、東南アジアに共産主義政権を樹立したい思惑はあった。

クーデター未遂後、犠牲者300万人

 そういう状況下で事件は起きた。インドネシア政府の公式見解によれば、1965年9月30日深夜、大統領親衛隊第一大隊長のウントゥン・ビン・シャムスリ中佐率いる国軍左派部隊が陸軍トップ6人を殺害し、革命評議会設置を宣言。だがこのクーデターを、戦略予備軍司令官スハルト少将が速やかに制圧し、クーデターは未遂に終わった。

 この事件の関与を疑われたスカルノはスハルトに治安秩序回復の全権を委譲、スハルトは革命評議会と呼応した共産党勢力の一掃をはかる。このとき、「赤狩り」に動員されたのは兵士ではなく、一般市民から構成される民兵集団だった。特にプレマンと呼ばれる親米のチンピラたちの虐殺手法は凄惨を極めた。100万人規模とも300万人規模ともいわれた、この時の虐殺犠牲者の中には推計30万~40万人の華僑が含まれる。だが華僑たちの少なからずが、実は共産主義者ではなく、親中華民国の商人たちだったといわれている。貧困にあえぐ市民たちが、裕福な華僑商人を妬んでいたことが背景にあった。

 クーデターを制圧し「共産主義の脅威から国を守った」スハルトは1966年にスカルノから大統領権限を委譲され、スカルノは軟禁される。プレマンら「虐殺者」たちもインドネシア政府にとっては国を守った英雄だ。今も彼らは共産主義者をいかにやっつけたかを正義として語る。その現実が映画に映し出されている。

 この事件は謎が多いといわれるが、ゴシップ的にいえば、クーデターを裏で指揮していたのは中国共産党だ、いや米国中央情報局(CIA)がスカルノを失脚させるために仕組んだシナリオだ、といった陰謀説が多々ある。いずれも具体的な証拠があるのではなく、国際情勢の分析が根拠となっている。

仕組んだのは中国か米国か

 CIA工作説については、1990年に米退職外交官やCIAオフィサーが、インドネシア軍に共産党指導者名簿を提供して、その名簿をもとに虐殺が行われたという証言や、インドネシアが旧ソ連からロシア製ミサイルを購入し照準をオーストラリアに据えているとの情報を、CIAがインドネシア軍内に潜伏するスパイからつかんでいた、といった米国報道があり、それが事件への米国の関与があったとされる根拠となっている。

 当時のCIAはキューバやイラクでクーデターや政権転覆支援(未遂も含む)を行っていたので、十分ありえる話ではある。いずれにしろインドネシア軍内は米中対立の縮図のような内部分裂がもともとあり、9月30日事件は、インドネシア内政の事件というよりは、アジアにおける米国西側自由陣営VS中国社会主義陣営の構図で起きた国際事件という解釈だ。この結果、東南アジアはASEANという西側反共自由主義同盟の名のもと結束し、アジアに大きな転換をもたらした。スハルト政権は32年に及ぶ開発独裁でインドネシア経済を成長させ、日本などもこの恩恵にあずかった。

 こういったアジア情勢変化の中、中国も米国、日本と国交を回復。冷戦構造は崩れ、中国はグローバル経済の重要な一員となった。インドネシアとの関係も改善。1990年の国交回復前後から大型投資を続け、日本とアジアの盟主の座を争うまでになった。インドネシアというマラッカ海峡に面する資源大国との緊密な関係は、「世界革命」をあきらめた今なお、中国の野望、例えば大国として米国と対峙する、ための必須条件である。当然、930事件も1998年の5月暴動も、華人虐殺の歴史をほじくることはしない。中国にとっては、インドネシアの「虐殺」といえば、1940年代前半の旧日本軍による住民虐殺を指す。

 つまり、中国にとって「虐殺」とは規模の問題でも人道・人権の問題でもなく、政治・外交宣伝のカードである。そもそも「中国人を殺害した」という一点について考えれば、その規模において毛沢東の右に出る者はない。毛沢東は文化大革命の最中、インドネシアから中国に引き上げてきた「反動勢力と命がけで戦った愛国の華僑同胞」ですら反革命罪の名のもと、迫害したのだ。いや、中国を少し弁護すると、国際政治においては、どの国でも人道とか正義という言葉自体が、政治・外交宣伝のカードである。

虐殺は人道問題ではなく政治カード

 「アクト・オブ・キリング」という映画のすごさは、「インドネシアの大虐殺を告発し、虐殺者とインドネシア政府を糾弾する」といった薄っぺらな人道主義がテーマになっていないことだ。

 主人公の虐殺者、アンワル・コンゴへの取材者の接し方は極めてニュートラルで、素直に観れば、彼は好々爺で、悪人には見えない。孫をかわいがり、命を慈しむ。ふつうの人が、政治の潮流の中で殺戮者にさせられただけなのだ、と同情すらわく。虐殺者の一人が言う。「あれは虐殺じゃなく、共産主義との戦争だ。虐殺かそうでないかは、戦争に勝った方が決める」。「アメリカもフセインは核を持っているとウソをついてイラクを攻撃した」。930事件最大の受益者で勝利者が米国はじめ西側自由主義陣営であるから、この大虐殺事件が国際社会で糾弾されることもなく容認されてきた。ポルポトの虐殺が国際社会で語り継がれるのは共産主義が敗者だからである。虐殺者が英雄になることは、インドネシアだけの現象でも、中国だけの理でもない。虐殺が肯定され、虐殺者が英雄になる仕組み、国際政治が容認すれば虐殺も正義の戦争となる、そこが真に恐ろしいのだと気付かせる構成になっている。

 中国の知り合いの元愛国反日青年が「アクト・オブ・キリング」を観たというので、感想を聞いてみたのだが、最初の感想は「南京大虐殺に匹敵する大虐殺事件」だった。だが、スハルトけしからん、米国けしからんという話から途中で、インドネシア独立前の旧日本軍の蛮行、最後に南京事件の糾弾、それを認めない安倍政権批判へと話が変わっていく。

 なぜ、矛先が最後に日本に向かうのか。理由は聞かなくてもわかる。中国にとっての敗者が日本であり続けるからだ。あるいは日本を敗者と位置付けることが、中国共産党政権の正統性を主張するよりどころだからだ。60年代の自由主義と共産主義の戦いで敗者となり、のちの改革開放によって国際経済のけん引役のポジションに立ってからは自由主義陣営の「勝ち組」に準主役級で招き入れられている中国共産党にとって、唯一の共産主義としての勝利は抗日戦争だけだからだ。インドネシアの事件については、敗者としても勝ち組としても、糾弾することは難しい。だが、日本に対しては勝者として糾弾し続けなければ、中国共産党の存在意義すら揺らいでしまう。

情緒を超えて、歴史に迫れ

 20世紀に行われた数多くの虐殺の中で、南京事件の規模がどの程度のものか、という精査はもはや必要とされなくなり、30万人という数字が事実のように国際社会に定着しつつある。それを許したのは、正直に思うところを言えば、「人道」を政治・外交カードではなく、情緒としてとらえがちの日本人の性質だと思う。犠牲者の規模に関わりなく、非道は非道であったと反省する。私自身もそういう情緒の人間だ。だが、政治家・外交官のレベルになると、そういう情緒の「人道」だけを唱えるだけではダメだろう。

 過去の虐殺・戦争犯罪について検証するジャーナリズムは日本にも多々あるが、たいていは、取材者が単純に悪行を断罪し、責任を糾弾するタイプの情緒的な構成になる。だが本当は、いくつもの国家の思惑、権力闘争、時代の潮流とタイミングが重なって起きる歴史事件に、善悪の色を付けること自体が難しい。

 米国も関与、利用した930事件について、こんな風にニュートラルに、虐殺の構造と心理に迫りながらエンタメ性の強いドキュメンタリー作品を作った米国のジャーナリズムの実力を見ると、日本のジャーナリズムになぜこういう取材ができないかと思う。虐殺のおぞましさへの吐き気を覚えながらも、虐殺者はなぜ虐殺者となったか、断罪ではなく、その背景と真理をとき明かそうとすることが、未来に起きるかもしれない虐殺を防ぐ有効な手立てだというのに。

 日本が過去の敗戦の歴史を心理的にきちんと清算できずに、いまだ敗者ポジションに甘んじ続ける状況にあるのは、日本のジャーナリズムの未熟さだといわれても仕方ないのか、という感想も持ったのも付け加えておく。


韓国領内に「中国軍基地」が出現する日

2014年04月14日 11時50分37秒 | 国際・政治

 東/南シナ海の安全保障について8日、米国のチャック・ヘーゲル米国防長官(67)と中国の常万全国防相(65)が激しく応酬した。常氏は安倍晋三政権を名指しし「歴史を逆行させ、地域の平和と安定に脅威を与えた。米国は日本を放任すべきでない」と、自らの行状を棚に上げて言ったが、趣味の悪い冗談にしか聞こえなかった。ただ「米国は日本を放任すべきでない」の件には、いささか緊張した。韓国は、歴史や領域問題で反日共闘を組む中国側のこの発言に共鳴したに違いない。結果、韓国が安全保障問題解決に向け、米中間の“架け橋”を装いながら、中国と反日共闘強化を謀ると厄介だ。米国内の親中・親韓ロビー活動が一層勢いづくだけではない。自国の実力を誤認する韓国が、米中間で《バランサー》を気取ると結局、中国にのみ込まれ、安全保障上の均衡を崩してしまう。韓国の国力・国際的地位に鑑みれば《バッファーゾーン=緩衝地帯》が相応で、北朝鮮をにらんだ抑止力に特化し、身に余る言行は慎むべきかと。それが東アジアの危機回避につながる。

完成迫る済州島基地

 バランサーといえば聞こえが良いが、胸中不満を秘めつつも、米中両大国にすり寄り、目先の利益追求だけに狂奔する《事大主義》に他ならない。中国には経済、米国には安全保障+経済と、それぞれ《三跪九叩頭(さんききゅうこうとう)の礼》をする分野を間違えなければ、まだしも「不安定な安定」は保たれる。しかし、置かれている安全保障環境を錯誤する彼の国の場合、跪き、頭を叩き付ける対象をはき違える愚を伴いかねない。

 経済の著しい鈍化にもかかわらず中国が軍事膨張を一定程度向上させ続ける一方、既に進行中の在韓米軍の密かな撤退など朝鮮半島離れと国防費削減が今以上に顕著になるのならば、国家経営を破綻させる歴史がまたも繰り返される可能性がある。中国には経済ではなく安全保障、米国には安全保障ではなく経済面で、主におもねる半ば倒錯した“戦略”も有り得る。例えば、完成が迫る済州島海軍基地に中国海軍艦艇の寄港を認める、日米にとっての悪夢…。

 済州島の韓国海軍基地は中国本土よりわずか480キロ。九州からはさらに近い。海域は、中国に海路運び込まれるエネルギーの8割が通る海上交通路に当たる。米国は有事の際、この航路を扼す要衝の島に基地を造営する韓国の計画を、強く支持したといわれる。

 「最前線の米海軍基地」が「最前線の中国海軍基地」と化す戦略レベルの拙攻を促すのだが、韓国による日米の国益侵害は既に始まっている。2013年12月の韓国国会本会議において、わが国の集団的自衛権行使容認に向けた議論に対する《深刻な懸念表明》と《軍国主義化などの動きの即時中断を要求する》方針が決議された。

見境なき反日

 日韓軍事筋によれば「日本の集団的自衛権推進を支持する米国やASEAN(東南アジア諸国連合)加盟国を意識し、条文の文言を薄めた」というが、愚かな決議に変わりはない。ウクライナ情勢やイランの核開発、シリア内戦やパレスチナ和平など、米国は東アジア以外の安全保障問題に忙殺される。国防費も減り続け、安全保障上の「アジア重視」を公言したものの、どこまで実行できるか米国自身にも分からない。斯くなる状況下では、アジアにおける最強の同盟国・日本の極めて積極的な対米軍事支援=集団的自衛権行使が不可欠となる。ヘーゲル長官が日本の集団的自衛権への取り組みを、2013年10月の外務・防衛閣僚による日米安全保障協議委員会(2+2)に比べ踏み込み「歓迎し、努力を奨励し支持する」と明言したのは、こうした内実にも因る。

 大半のASEAN諸国も濃淡はあるものの、対中脅威の度を強める。ベトナム戦争(1960~75年)で、韓国軍におびただしい数の民間人を虐殺され、多くのライダイハン(韓国軍人との混血児)も抱えるベトナムは、主張する領域を中国に侵され続けているだけに、韓国の今決議をどう感じたか興味深い。

 そもそも、安倍政権が急ぐ集団的自衛権容認は中国/北朝鮮軍に対する抑止力担保。同時に、半島有事で日本に集積する米国を筆頭とする多国籍軍の海陸軍・海兵・航空戦力投射を、より容易・迅速にする最も軍事的合理性に富む手段で、韓国の国運を決める最大要素を成す。

 韓国の見境なき反日は、米中と誼を通じておけば「日本の安全を脅かしても、韓国の安全も経済も安泰」との事大主義の成れの果て。韓国の日本への「甘え」と、それを許す日本の「甘さ」が創る相乗効果が生み落とした「化け物」ではないか。

「臆病は残虐性の母」

 ところで、日本の集団的自衛権行使は半島有事で多国籍軍の戦力投射ばかりか、自衛隊が外国軍と実施する自国民保護→輸送にも資する。だが、任務には多くの困難が伴う。その一つが韓国軍の緒戦潰走。大混乱と劣勢の中での任務遂行を覚悟せねばならない。高麗や李朝時代に遡らずとも、潰走・逃亡は朝鮮半島文化であり続ける。

 朝鮮戦争(1950~53年休戦)では、軍紀弛緩もあり北朝鮮軍の奇襲を許した。初代大統領・李承晩(1875~1965年)はじめ韓国政府高官は逃げるため、漢江に架かる橋の爆破を命じた。橋上には避難民が大勢いて、500~800人が犠牲になった。対岸では、韓国軍主力の数師団が戦ってもいた。退路遮断を知った部隊も雪崩を打って戦線を放棄した。遺棄された大量の装甲車、火砲や弾薬を中国・北朝鮮両軍は接収し、継戦能力を高めた。

 北朝鮮の“英雄”のはずの後の国家主席・金日成(1912~94年)も米軍の猛反撃後、中国軍の将軍に指揮・統率を丸投げして中国領に逃亡。将軍にビンタを張られたとの説も残る。

 無慈悲はベトナムでの蛮行や漢江大橋爆破だけではない。朝鮮戦争では、恐怖におののく韓国軍も、狂気に走る北朝鮮軍も、ウン十万とも百数十万とも観測される無辜の民を殺した。フランスの哲学者ミシェルド・モンテーニュ(1533~92年)曰く-

 「臆病は残虐性の母である」

 自衛隊は韓国軍の文化を能く研究し、将来の集団的自衛権行使に備えねばならない。大儀な任務と思う。