いわき市・子年生まれの”オヤジ”

草莽崛起
日本人よ、歴史を取り戻せ!

韓国を冷静に突き放す10億円 後はどうなろうと「全て韓国側の問題」だ

2016年07月29日 11時34分33秒 | 国際・社会
 昨年12月の日韓合意に基づき、韓国政府が28日に設立する元慰安婦の支援財団に対し、日本政府が近く10億円を拠出する運びとなっていることに、主に保守派から異論や批判が噴出している。いわく「お人よしすぎる」「また韓国にただ取りされる」「善意は通用しない」…などの意見である。そうした懸念が表明されるのも当然だろう。

 自民党側からも、6月1日の外交・経済連携本部などの会合では、ソウルの日本大使館前に不法に建てられた慰安婦像の撤去前に、10億円を出すことへの疑問や不満の声が相次いだ。

 日韓合意履行に向けて、韓国側にさしたる動きが見えないのに、日本側ばかりがことを進めることに不安を覚えるのも、これまたごく自然なことである。

 ただ、その気持ちはよく分かるものの、筆者の見解は異なる。安倍晋三内閣はお人よしの善意に基づいて10億円を拠出しようとしているのではなく、むしろ、冷静に韓国を突き放そうという狙いがあるからこそ、さっさと10億円を韓国側に渡してしまおうとしているのではないか。

 筆者は月刊「正論」3月号での現代史家の秦郁彦氏との対談で、日韓合意の意義について「日韓間の政治問題だった慰安婦問題が、日韓合意によって韓国の国内問題になったことだ」と述べ、こう続けた。

 「合意によってこれで例えば韓国が国内の(韓国挺身隊問題対策協議会などの)反対勢力の説得に失敗しようが、新しく立ち上がるはずの基金(財団)が頓挫しようが、もうそれは全て韓国の問題なのです」

 この見方は現在も変わらない。一方、インターネット上などでは韓国政府が設立する財団がかつてのアジア女性基金の二の舞になり、カネを食うだけで問題解決にはつながらず、失敗に終わるのではないかという危惧も示されている。

 だが、今回の財団は以前の基金とはまるで性質が違う。アジア女性基金は日本側が日本国内でつくったものだが、今度は韓国側が韓国内に設置するのであり、その成否や運営に責任を持たざるを得ないのは、あくまで韓国政府なのである。

 それでは、日本大使館前の目障りな慰安婦像はどうなのか。確かに日韓合意ではこの点に関して、「関係団体(挺対協など)との協議を行う等を通じ、適切に解決されるよう努力する」と明示されている。

 とはいえ、政権基盤が弱体化している朴槿恵政権が韓国政府の政策に「拒否権を持つ」(元韓国外務省幹部)とまでいわれた圧力団体、挺対協をそう簡単に説得できるとは、日本側もはなから思ってはいまい。

 本当に慰安婦像の撤去・移転が実現すれば歓迎するが、現状の韓国政府の不作為にしても、日本側にとっては当初から半ば織り込み済みのことだろう。それならばこっちは素早く10億円を拠出してしまい、あとは韓国側の合意不履行を責めて、道徳的優位に立った外交を行えばよかろう。

 日韓合意があるにもかかわらず、公館の威厳の侵害を禁止した国際法(ウィーン条約)に抵触する慰安婦像を放置し続ける韓国のありようを、国際会議などの場で取り上げるのもいい。

 特定非営利活動法人「言論NPO」などの発表によると、日韓合意を「評価する」人は日本では47.9%なのに対し、韓国では28.1%にとどまっている。韓国側がより多く不満に感じてることが、この合意の持つ意味を表していよう。


「九段線」とは中国が地図上に引いた線にすぎない 「世界は中華帝国の所有物」は妄想

2016年07月29日 11時24分16秒 | 国際・社会
 今月12日、オランダ・ハーグの仲裁裁判所は南シナ海領有権問題に関する裁定を下した。最大のポイントは、中国が南シナ海の広い範囲に独自に設定した「九段線」なるものに「法的根拠はない」とし、この海域に対する中国の「歴史的権利」を完全に否定したことにある。

 世界主要国の大半が裁定の正当性を認めていることからも、裁定はまったく適切なものであると思う。問題はむしろ、中国政府が今までどうやって、南シナ海に対する自らの「歴史的権利」を主張できたのか、である。

 中国側の主張をつぶさに見れば、証拠という証拠の提示はほとんどなく、ひたすら「権利」を主張するだけのいいかげんなものであることが分かる。「九段線」というのは中国が地図の上で勝手に9つの破線を引いて、フィリピンやベトナム近海までを含む広大な海域を「中国のもの」にしてしまった話だ。

 国際法の視点からすれば、このような「領有権主張」はまさに乱暴というしかないが、実は現在の中国政府が主張する「九段線」は、かつて中国大陸を統治した国民党政権が設定した「十一段線」から受け継いだものだ。つまり、「国際法無視の領有権主張」に関していえば、今の中国共産党政権も昔の国民党政権も「同じ穴のむじな」なのである。

 2つの政権は両方とも、自国の国名に「中華」を冠したことからも分かるように、対外意識の根底にあるのは、やはり、中国伝統の「中華思想」である。

 昔ながらの中華思想は、外部世界に対する「中華」の絶対的優位性を主張するのと同時に、いわゆる「王土思想」を世界観の基軸としている。

 中国古典の《詩経》小雅(しょうが)に、「普天(ふてん)之(の)下(もと)、王土に非(あら)ざるは莫(な)く、率土(そつど)之(の)浜(ひん)、王臣に非ざるは莫し」というのがある。現代語に訳すれば、「天の下に広がる土地は全て天の命を受けた帝王の領土であり、その土地に住む人民はことごとく帝王の支配を受(う)くべきもの」という意味だ。漢王朝以降の中国歴代王朝においては、そのまま中華帝国の政治原理となっている。

 要するに中華帝国の人々からすれば、天命を受けた「天子」としての中国皇帝こそが「天下」と呼ばれるこの世界の唯一の主であるから、世界の土地と人民の全ては中国皇帝、すなわち中華帝国の所有物となっているのだ。

 このような世界観において「領土」と「国境」の概念は存在しない。全ての土地は最初から中国皇帝の所有物であるから、それをあえて「領土」と呼ぶ必要もないし、「国境」を設定する必要もない。世界全体が中国皇帝を中心にして無限に広がっていく一つの同心円なのである。

 現代の国際感覚からすれば、このような世界観は笑うべき「妄想」というしかないが、近代までの中国人は本気でそう信じていたし、その残滓(ざんし)たるものが今でも、中国の指導者やエリートたちの意識の根底に根強く染み込んでいるのだ。

 だからこそ、以前の国民党政権は何のためらいもなく南シナ海の広範囲で勝手な「十一段線」を引くことができたし、今の中国政府はこの海域に対する「歴史的権利」を堂々と主張することができる。要するに彼らの潜在的意識には、南シナ海であろうと何々海であろうと、最初から中華中心の「同心円」の中にあるものだから、おのずと「中国のもの」なのである。

 これは冗談として済ませる話ではない。1人か2人の中国人がこのような妄想を抱くなら一笑に付する程度の話だが、核兵器を含む巨大な軍事力をもつ大国の中国がこうした時代錯誤の妄想に基づいて実際に行動しているから大問題なのである。

噂を扇動・蒸し返してバッシング そうかと思えば「日本に学べ」の大合唱…

2016年07月23日 19時54分22秒 | 国際・社会
韓国人はなぜこれほど騒々しい?

 安倍晋三首相への猛バッシングや、5月末のオバマ米大統領の広島訪問への過剰な干渉など、「日本!日本!」と日々、騒々しかった韓国。現在は北朝鮮の核・ミサイルに対処する「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の配備や、これに反発する中国との問題に関心が集中している。“つかの間の日本離れ”の一方で、核をちらつかせる北朝鮮の脅威もよそに、世論の分裂、政権批判、内紛はつづいている。相変わらずの“韓国らしい”騒がしさと同時に、不安感も漂っている。

噂の流布、噂の利用

 韓国で最近、世間が騒いでいるのは、THAADが米韓の合意に基づき、南部の慶尚北道・星州に配備されること。北朝鮮のミサイルから韓国の国民はもちろん、原発や石油貯蔵施設を守る防衛手段だ。

 ところが、ミサイルを捕捉するレーダーが人体や農作物に被害を与えるとの噂がすぐに広まり、地元の星州では「主要な農産物であるマクワウリが被害を受ける!」などと騒ぎになった。

 朴槿恵大統領はアジア欧州会議(ASEM)首脳会議への出席のためモンゴルにいて不在。地元に説明に行った黄教安首相は、生卵をぶつけられるわ、ペットボトルを投げつけられるわ、揚げ句の果てには韓民求国防相と6時間も車の中に事実上の“監禁状態”に置かれるわ、散々な目に遭った。知的でスマートなイメージがある黄首相の憔悴(しょうすい)しきった変わり果てた姿からは、騒ぎの激しさが嫌というほど伝わってきた。

 実はこの騒動。THAAD配備に反対する野党や、反米・親北朝鮮の左翼勢力が加勢、扇動していた。特に、親北政党で昨年、解散に追い込まれた統合進歩党勢力が加わっていたことが論議をかもした。

 国防省をはじめ韓国政府は「レーダーが人体に及ぼす影響は問題がない」と根拠を挙げて説明した。だが、反対勢力にはそんなことは関係ない。気に入らないもの(韓国政府や米軍)を攻撃できれば何だっていい。THAADはその格好の材料なわけだ。


蒸し返して大騒ぎ

 THAADの星州への配備発表を前に、別の騒動もあった。今月8日に米韓が配備(当時、配備先は未定)を発表した際、尹炳世外相がソウル市内のデパートでズボンを買っていたことに韓国メディアがかみついた。

 尹外相は「外務省庁舎で転び、ズボンが破れたために」などと釈明したそうだが、「こんな大事な時に!」とメディアは許しておかない。本人が言うように破れたのかどうかは分からない。でも、大韓民国の外相も人の子。ズボンの一つぐらい買いに行きますよ。知人の外交官(韓国人ではない)は「厳しいねえ。大変だねえ」としきりに驚いていた。

 尹外相のズボン騒動はともかく、国と国が決めたことは守って、粛々と履行しなければ困る。THAAD配備の無効化を訴える勢力は、明らかに決定を蒸し返そうと騒いでいた。現在開かれている韓国国会でも、THAAD配備は格好な政争の具にされている。

 国会の質疑で野党の有力議員が、こんなことを言って黄教安首相をしつこく攻撃していた。

 「THAADの韓国への配備を日本はどう見ていますか。日本は歓迎しているのではないですか?」「日本の国益にTHAAD配備が決定的に寄与します。韓国の国益は何ですか?」

 このように日本まで持ち出して、ネチネチと敵を攻撃する。「日本の利益になること」を悪いことのように指摘するのは、韓国では相手を追い詰めるための手軽な材料なのだ。日本そのものを非難するような発言ではなかったが、相変わらずの光景だった。


コロコロ変わる方針。180度転換も

 THAAD配備をめぐって、韓国、特にメディアが騒がしいのは中国の動向だ。

 朴槿恵大統領は昨年9月に北京で行われた「抗日戦勝70年」の記念式典に出席し、習近平国家主席とロシアのプーチン大統領と並んで天安門の楼上から軍事パレードを観閲した。当時、韓国国内でも是非が論議された、いろいろな意味で今も記憶に新しい“歴史的な場面”だった。

 あれからまだ1年もたっていない。北朝鮮の核実験や長距離弾道ミサイル発射といった、その後の現実を直視すれば仕方がないことなのだが、中国との関係で韓国は完全な方針転換をしたように映る。中国側に向かっていた韓国は、今は中国に尻を向けて真逆に走り始め、真逆に戻っている。

 気付いた時には戻れないものでも構わない。韓国は戻るのだ。ただ、朴大統領は当時、国内の保守派が懸念していたように、北京にまで出かけ、中露の両首脳と“歴史的”な場面に同席した。その事実は歴史に刻み込まれてしまったのだ。

 尹炳世外相も当時、「米中双方が韓国に歩み寄っている」などと自信たっぷりに語っていた。当時、「自画自賛だ」(韓国メディア)と批判された尹外相だったが、「あの盛り上がり、喜びようはいったい何だったのか」(韓国紙記者)と今となっては、「奇妙な出来事」との振り返り方が多い。


一喜一憂

 天安門の歴史的なイベントを韓国メディアは当時、「中朝関係の変化を象徴」(聯合ニュース)「朝鮮半島の南北に対する中国の比重が変化」(KBSテレビ)などと、中国の「変化」としてこぞって肯定的に強調した。

 しかし、THAAD配備に中国が反発していることで、「喜び」は一転。今や「憂慮」に変わってしまった。「中国が韓国に経済制裁を加えてくる」「韓中関係が大きく後退」と、韓国メディアは連日、中韓関係に関して悲観的な論調を展開し、テレビのニュースや討論番組では「ああでもない。こうでもない」と論争ばかりが続いている。

 韓国政府の心中も似たような感じのようだ。南シナ海問題をめぐる仲裁裁判所の裁定(7月12日)について、韓国外務省は翌13日に、「仲裁裁判の裁定に留意しつつ、これを契機に南シナ海の紛争が平和的で創意的な外交努力を通して解決されることを期待する」との報道官声明を発表した。

 仲裁裁判所の裁定に強く反発する中国に対し、裁定履行を直接求めることは避けたわけだ。日本や米国とは違い、中国に対し神経を逆なでしないように気を使っているのだ。韓国らしい対応ではあるのだが、歓喜しまくっていたのが突然、うろたえと不安に陥る。このブレの激しさ、政策方針の転換、なりふり構わぬ変わり身の速さ。こうした韓国らしさが、ソウルでは日々、目に入ってくる。

気に入らないが、日本に見習おう

 韓国の政府、メディアが不機嫌そうな中国の顔色をうかがっているなか、主要韓国紙で驚くべきコラムを見た。

 尖閣諸島の領有をめぐり2012年に「自国領土」を主張する中国が軍事挑発し、中国国内で日本製品の不買運動や激しい反日デモが続発し、経済的な損失を受けたにもかかわらず、日本は中国の報復や脅しには動じなかった。韓国は日本を参考にして、度胸の座った対応をすべきだ-。要約すれば、こんな内容だ。

 どう見てもまともな主張である。驚いたのはその内容ではなく、コラムの筆者がかつては東京特派員を経験し、東京発で日本に対する批判的な記事を連発していた記者だったためだ。

 2014年に広島市で起きた土砂災害の際には、当局の手際の悪さを含め、自然災害ではどうにも仕方がないことをことさら批判しまくっていた。書くのは自由。ただ、日本が韓国よりも自然災害が多いが、一方で自然災害にも慣れていることを分かっていない-との印象を当時受けた。この記事だけでなく、日本の不幸や失敗への“喜び”が行間からにじみ出るような記事が目立っていた記憶がある。

 こうした報道に親韓国的な日本人記者も首をかしげていた。その日本嫌いであるとみられていた記者までが、「日本に学ぼう」と言い始めている。

 この日本バッシングから「日本に学べ」式の転向。韓国ではよく見られるものだ。だが、正直なところ、「ここまで変われるのか」と驚いている。


わが国も! わが国も!

 THAAD配備や中国との関係悪化に対する不安といった懸念材料の一方、韓国では最近、日本がからむ悪くはない社会現象が起きている。

 米国などで爆発的な人気の、任天堂などが開発したスマートフォン向けのゲーム「ポケモンGO(ゴー)」が、利用できないはずの韓国の一部地域で楽しめ、利用可能地域の北東部、束草などに若者が続々集結しているのだ。それも、日本国内での配信開始に何週間も先立って。

 報道によれば、釜山の高校でも、スマホの画面でキャラクターのポケットモンスターをつかまえた生徒がおり、注目されているという。

 大人がTHAAD配備で騒ぎ、中国の経済的報復にビクビクしている一方で、若者は黄色いピカチューとやらを追いかけて楽しんでいる。面白いものは面白い。楽しいものは楽しい。新しいモノ大好き。これも韓国らしい、実にほのぼのとした現象である。

 このポケモンGO現象について、韓国メディアは「一時は倒産の危機にあった任天堂が一気に蘇り、羽ばたいた」などと、一企業のことではあるが日本を高く評価している。さらに、「なぜ韓国にはできないのか」「わが国も遅れをとってはならない」といった主張も目立っている。歴史認識で日本をコキ降ろしまくっている韓国メディアなどの「日本に学べ!」「わが国の企業もやるべきだ!」との、これもおなじみの主張だ。


自己激励の末は

 「また日本と比べての“われわれも論”か」と韓国メディアの報道ぶりを見ていて思う。安易な“われわれも論”を戒める意見も含め、「あれもやれ、これもやれ」「こうするべき、そうあるべき」と韓国メディアは日々「べき論」や「ねばならない論」に相変わらずいそしんでいる。「勝手にやってちょうだい」といったところか。

 メディアは韓国らしい“自己叱咤(しった)激励”の主張を続けている。自国にハッパをかけ続けている韓国ではあるが、時間がたてば、騒いだ割に結局は何も変わっていない。この夏も、また、おなじみの韓国らしい一段落を見て終わりそうな気がする。


宮家邦彦のWorld Watch

2016年07月21日 16時23分19秒 | 国際・社会
南シナ海めぐる裁定、国際法の分かる常務委員がいなかった 中国の「音痴」ぶりは悲劇的だ

 先週は珍しく「国際法」に世間の耳目が集まった。13日付主要紙が1面トップで、オランダ・ハーグの仲裁裁判所が中国の主張を退けたことを詳しく報じたからだ。

 ●南シナ海中国支配認めず

 ●初の国際司法判断

 ●仲裁裁「九段線 根拠なし」

 こんな見出しで始まる記事には国連海洋法条約、領海、排他的経済水域、大陸棚、低潮高地といった専門用語が躍る。筆者の女房は、「今日の記事は最初の5行読んだだけで頭が痛くなった」とぼやいていた。今回の「判決文」は全体で500ページもあるが、結論は明快だ。

 中国は南シナ海の大半が「古代からの中国の領土」であり、そこに中国は「疑う余地のない主権」があると主張してきた。これにフィリピンが異を唱え国連海洋法条約に基づく仲裁手続きを始めたのは2013年1月。過去3年半に中国は南シナ海で実効支配する岩礁を埋め立てて「人工島」を造った。明らかに既成事実を積み重ねるためだ。

 それでも今回、仲裁裁判所の判断はフィリピン側主張をほぼ認めた。要するに「中国が南シナ海で主張する歴史的権利に法的根拠はない」ということだ。対する中国政府は「フィリピンが一方的に申し立てた仲裁は国際法違反であり、仲裁裁判所は管轄権を持たないので、中国はこれを受け入れず、認めない」と宣言した。外務省報道官も「判断は紙くずであり拘束力はなく無効だ」と強く反発した。

 今回の国際司法判断の是非や日米中など関係国の対応ぶりは既に詳しく報じられており繰り返さない。ここは「九段線」「歴史的権利」「紙くず」など、お粗末な反論しかできない中国外交「音痴」の理由について考えてみたい。

 最大の問題は中国共産党の政治局常務委員に国際法を理解する者がいないらしいことだ。南シナ海問題で中国が直面する国際司法環境の厳しさを誰が彼らに伝えるのか。外交担当トップの「国務委員」は政治局委員どころか、さらに格が下の中央委員でしかない。政策立案権限のない外務省は仲裁裁判所判断を「紙くず」と切り捨てた。担当する国際法に対し最低限の敬意すら払おうとしないのだ。

 彼らは現在の国際法が「西洋の産物」にすぎないと考えているのか。半世紀近くも国連に加盟し常任理事国の特権を享受しながら、常設仲裁裁判所の判断を否定する中国の態度は自己矛盾にしか見えない。そもそも中国には欧米型の「法の支配」という発想がない。そこは全知全能の神と被造物である不完全な人間との契約(法)に基づく一神教の世界ではない。

 中国・戦国時代に法家が説いた「法治」とは儒家の「徳治」に対する概念であり、法は権力者がつくるものだ。被統治者は法の支配ではなく「立法者の支配」を受けて当然と考える。その意味で今回の国際司法判断は、人権や法の支配など欧米的概念と中華的法秩序との相克の新局面と見ることも可能だろう。

 昭和7(1932)年、リットン調査団は、日本による中国主権の侵害と、満州に対する中華民国の主権を認める一方、日本の特殊権益をも認め、同地域に中国主権下の自治政府を建設する妥協案などを勧告した。この報告書を日本は「満蒙はわが国の生命線」として拒否する。文献によれば、当時は日本政府関係者でさえ、「国際連盟は遠い欧州の機関であり、アジアを知らない連中が規約一点張りで理不尽な判断を下した」と感じていたようだ。

 歴史は繰り返さない。だが、今の中国指導者や一般庶民も似たような感覚を抱く可能性は十分ある。戦前日本の外交・国際法「音痴」は悲劇的ですらあった。現在の中国がこれを繰り返すか否かは、北京の外交政策決定プロセス次第だろう。外交担当の政治局常務委員が生まれるのはいつの日のことだろうか。

民進党が掲げる「専守防衛」とは「本土決戦・1億総玉砕」に等しい これぞ日本国憲法に反するではないか

2016年07月18日 07時51分22秒 | 社会・政治
 参議院選挙の結果、憲法改正発議に必要な3分の2勢力を衆参両院で得た。現実的論議をおし進め、専守防衛をめぐる度を超した自虐・自縛的解釈を転換する好機としたい。民進党は政策に《専守防衛》と《抑止力》を掲げる。《他国に脅威》を与えないとも。しかし、脅威の質にもよるが「他国に脅威を与えない」専守防衛では、抑止力が機能しない。それどころか、国土の幅が狭い日本列島では「本土決戦」につながる。そんな危険な戦略が「生命尊重」を定める憲法上、許されるはずがない。

 小欄がインタビューした退役英海軍大将は「危険思想」とまで断じている。封建時代において、いくさ上手の智将は勝利を目的とした場合、味方の来援が期待できない情勢下で「ろう城」策は採らなかった。基本的に、味方来援までの時間稼ぎに過ぎぬからだ。だが、日本の自主防衛をかつてないほど強く主張し始めた米国が米軍を急派する保障はない。全体、専守防衛に自虐・自縛的解釈をまぶし、「本土決戦」に追い込まれ、大日本帝國でさえ回避した「1億総玉砕」に突き進もうというのか。

 そういえば、内応した裏切り者が城門を開け、敵を迎え入れたろう城戦も歴史上、少なくない。中国共産党は、日本の専守防衛堅持を大歓迎するが、日本国内の内応者が誰か、見極める必要がある。


世界に向かい「ろう城宣言」した日本

《民進党政策集2016年》にはこうある。

《専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とならないとの基本理念を今後も堅持します》

 他の野党や政府・与党も文書や答弁で似たような表現を使うが、わが国が世界に向かって「ろう城宣言」した側面が懸念される。なぜか。古来、ろう城戦には(1)堅固な城塞(2)味方の来援(3)旺盛な戦意-が不可欠だ。現代版ろう城戦=専守防衛でも(4)明確な戦略性(5)国家防衛に適合する地形の縦深性(6)食料&武器・弾薬の補給=兵站の確保-などが問われる。

 結論を先に述べれば、日本はろう城=専守防衛に最低限必要な6要素をまったく満たしていない。専守防衛にもっとも不向きな国家だといえる。逐次説明しよう。

 (1)堅固な城塞 自衛隊の装備は優秀で、隊員の練度・士気も高い。反面、国防予算の不足で正面装備が優先され、正面装備を敵の攻撃より保護する地下壕や掩体壕(えんたいごう)が整備されていない。

 (2)味方の来援 共和党大統領候補の不動産王、ドナルド・トランプ氏(70)の主張に象徴されるが、内向きに傾斜している米国では、同盟国の自主的防衛を求める論調が強まっている。国内外の情勢次第で、日本を軍事支援しない可能性が、かつてなく高いのだ。この点、日本の防衛態勢は米軍来援もノリシロに構築されている。

 (3)旺盛な戦意 自衛官だけに国家防衛を押しつける風潮が国民に見られる。国民全員で国家を守り抜く意志・覚悟が弱い。冷戦時、ソ連軍が侵攻してきたら「戦うことはせずに、白旗と赤旗を掲げて降伏すればよい」と、真顔で放言した進歩的文化人たちの置き土産が、いまだ完全に廃棄処分されていない。

日本に焦土戦の覚悟はあるのか?

 (4)明確な戦略性 防衛白書は専守防衛をこう定義する。

 《相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神に則った受動的な防衛戦略の姿勢をいう》

 敵の先制攻撃で国土が焦土と化し、多くの国民の生命・財産が奪われる事態を覚悟しなければならない。敵の第一撃で壊滅的損害を被れば、反撃能力も奪われる。かくなる圧倒的な危険と不利を甘受する「本土決戦」戦略を、国民の前に明々白々に打ち出していない。本当に《憲法の精神に則った戦略》なのか、検証すべきだ。

 スイスも「専守防衛的戦略」を採る数少ない国家の一つだが、イザというとき、全土の橋を落とし、トンネルを潰し、国土の焦土化をためらわぬ戦略を内外に宣言している。従って、スイス侵略には大きなリスクを伴う。抑止力効果は大きい。

 (5)国家防衛に適合する地形の縦深性 敵の海空軍戦力が沖縄本島などが連なる東シナ海・南西諸島を突破すれば、あとは阪神~中京~京浜(首都圏)といった産業集積地までまっしぐら。(4)で触れたが、国土幅の狭い日本列島は、敵の第一撃の規模によっては反撃力さえ無力化される。

 (6)食料&武器・弾薬の補給=兵站の確保 日本の食料自給率は低く、輸入依存率が高い。四方を海に囲まれた日本は、シーレーン(海上交通路)を遮断されれば干上がる。(1)でも言及したが、少ない国防予算は正面装備に回され、弾薬のストックは心許ない。自衛官が自嘲気味に詠む川柳をひとつ。

 「たまに撃つ 弾がないのが 玉にきず」


理解されぬ「日本流専守防衛」

 以上、わが国に最も不向きな専守防衛の正体を記したが、他の民主国家に「日本流専守防衛」を理解させるには、相当のエネルギーがいる。

 ロンドン勤務だった2001年秋、アフガニスタンで米中枢同時テロに端を発した対テロ戦争が勃発し、戦況を把握すべく英国の国防省や情報機関に日参した。その際、日本の参戦可能性を逆質問され、専守防衛を説明することが何と難しかったことか。自衛隊との接触経験のない欧州軍所属の米軍人も、一様にけげんな顔をした。

 ジョン・ウッドワード退役英海軍大将にインタビューした際も、専守防衛を理解してもらうのに、英国人助手の力を借りても1時間かかった。ウッドワード提督は、南大西洋上の英領フォークランド島がアルゼンチン軍に占領された紛争時、奪回作戦の総司令官だった。提督は開口一番こう語った。

 「英国の場合、外部の脅威にさらされたら、先制攻撃も含め軍事行動を起こさねばならない。迎撃は本土よりできる限り遠方で実施するのが、英戦略の基本を構成している」

“平和憲法”ではなく戦争誘発憲法

 そもそも島国の防衛線は隣接する大陸部の沿岸に引くことが軍事的合理性にかなう。大陸国家の侵攻意図を未然にくじき、海洋国家の存亡を決めるシーレーンの安全を確保する戦略が求められるためだ。英軍が大陸の主要港を制圧できる外征戦力を有しているのは、こうした明確な戦略を受けている。

 日本はまったく逆の方針を採る。専守防衛の自虐・自縛的解釈を続け、自衛隊は敵の敵策源地(基地)を攻撃できるミサイルや爆撃機、空母などを保有せずにきた。それゆえ、自衛隊の保有兵器に比べ長射程の兵器で日本を攻撃する《スタンドオフ攻撃》を敵が仕掛ければ、わが国はなすすべもなくいたぶられる。敵の兵器は日本国土に着弾し、自衛隊の迎撃兵器は届かない…滅亡のシナリオだ。

 敵策源地を攻撃するのは、敵の侵略が不可避になった時点であり、憲法も政府答弁も敵基地攻撃を認めている。にもかかわらず、敵基地攻撃の手段を講じない現状は、安全保障政策上の怠慢だ。敵基地攻撃兵器はあくまで「能力」であり、「能力」を行使するか否かは「意図」に基づいた国会の判断だ。自国の民主主義に自信を取り戻さないでいると、国民の生活を犠牲にし、軍事費を湯水のように注ぎ込む中国の脅威を、自ら引き込む結果を生み出す。

 敵策源地攻撃は米軍の役割だとする「盾は自衛隊 矛は米軍」論を引き、日米安全保障条約を持ち出す向きもあろうが、既述の通り確固たる保障がてい減している。

 本来の専守防衛とは、侵攻してくる敵に大損害を強要する戦略と大戦力を持たねばならぬのに、日本には専守防衛を完遂するだけの戦略も大戦力もない。代わりに掲げるのが日本国憲法だ。前文にはこうある。

 《平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した》

 国際社会は町内会ではない。こんなことを《決意》して何になるのだろう。日本国憲法は、戦争を回避する抑止力を著しく阻害する。“平和憲法”などでは決してなく、まさに戦争誘発憲法なのである。