昨日、肺癌、胃癌、大腸癌の検診を受けて来ました。
市の保健福祉センターの職員の方々は,どの方も、きびきびとカルテを持ち運んだり、検診を受ける人を誘導したりしておられました。
「立ち働く」という状態を目の当たりにして、自分は立っているより、すぐに座る、そして座り込んでいる生活を続けて来たことを反省。鍼灸医からも一日に何度も立って家の中で良いので散歩するように勧められています。こまめに家事をすることにしましょう。待合室ではこんなことを考えていました。
肺のレントゲンでは、撮った映像が見えるところに小さく映っていました。片肺の下の方が白くなっているのが見えたので、去年2回した肺炎の後遺症か、癌かも知れないと思いました。
私はコロナに罹ることはないだろうと思って、あまり心配していませんでした。もし罹ったら教会に与える影響があまりにも大きいから神様はきっと教会も教会員も守ってくださることだろうと、何となく信じていたのです。
でも、肺癌かも知れないと思った時には、具体的にちょっと心配になりました。家の中でもよく動いて、散歩もしっかりして体力をつけよう💛とか、夫が受けた当時は最新治療だったラジオ波による手術は今は一般的になってどこの病院でもやっているのか調べてみよう💛などと考えました。
でも、結果を受け取るのは来年になってからだから、今は何が起こっても良いように信仰の備えをすることの方が大切だと思い直しました。
Ⅰテモテへの手紙 4:7 俗悪で愚にもつかぬ空想話を避けなさい。むしろ、敬虔のために自分を鍛練しなさい。
4:8 肉体の鍛練もいくらかは有益ですが、今のいのちと未来のいのちが約束されている敬虔は、すべてに有益です。
神様がサタンを用いて病気になることをゆるしたとしたら、それは私の信仰を純化させるために賜った機会として喜んで受け入れよう。そこには深い意味・目的があるはずだからと考え直しました。
Ⅰテモテ4:3 結婚することを禁じたり、食物を断つことを命じたりします。しかし食物は、信仰があり、真理を知っている人が感謝して受けるようにと、神が造られた物です。 4:4 神が造られた物はみな良い物で、感謝して受けるとき、捨てるべき物は何一つありません。 4:5 神のことばと祈りとによって、聖められるからです。
昨日から鼻水が止まらないので、今日のキッズスタッフの奉仕を休みました。与えられた時間で、台所で立ち働いて、冷蔵庫の掃除や片付け、保存食の料理、お掃除をすることにします。テモテへの手紙の朗読を聞きながら。