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ハレルヤ!  喜び、喜びおどろう

聖書のことばを中心に、2019年12月から、あふれる思いをまとめています

クリスチャンのゴール・プロセス・プロダクト

2025-02-04 | 旧約聖書

私はクリスチャンになって26年ですが、振り返って見ると、滅入ってどうしようもないという時はほとんどなかったと思う。自分の体調が悪いとか、ストレスが重なって疲れていた時は滅入ることもあったが、長く続いて、なすべきことができなくて困ることはなかった。

 

夫の病気、死亡とその後の生活の大きな変化する時には、深く考え決断するべき時があったが、確信もなく平安だ、安全だと、安易にすり抜けようとしなかった。他の事で気を紛らわすこともあったが、いつも神に立ち返るように導かれた。

その結果、神が恵みによって与えてくださっていた霊的訓練の場を自ら放棄したことをしなかったことは、今に至るまで祝福です。

 

神が与えたプロセスの中に置かれている時は、目先の事に目が奪われることなく、聖霊の導きによってバードビューで最終的な「ゴール」まで見通さなくてはならない。

その「プロセス」の中で育まれるべきもの、「プロダクト」が存在するというのであるなら、問題の一つ一つに真剣にチャレンジをして忍耐して、主にある喜び、平和、感謝、讃美の中を一歩一歩進んで行かなくてはならない。

 

「プロダクト」とは私にとって何だろう。主にある霊的な一致、教会成長、献身、聖霊の実、救霊の実でしょうか。人間関係の中で一喜一憂しているような兄姉が多い中、自ら進んで神の訓練に身をゆだねて、日々の主との個人的な交わりほ喜び感謝して、さらに、教会の中において讃美と喜びの声が湧き上がるように、自ら献身しつつ、信仰を全うして最終的ゴールである天国に入れていただきたいと願っています。


思い上がりの失敗とお詫び

2025-01-29 | 旧約聖書

 

私の教会での奉仕はとてもユニークです
あちこちに分散しているお部屋に、いろんな訪問客に宿泊してもらえるように
布団やタオルなどを準備する係りです。

その人数はすごいのです 12月は9人。1月は最高の日は20人でした。
それ以外にも、1人、2人と来られ、教会員も宿泊します。

ローマ5:3-4"そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、 忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。"

足腰が弱って来て、計算も難しくなっている私です。
手伝ってくださる兄弟姉妹はたくさんいるのですが、その段取りがけっこうたいへんです


人数、男女比、その他の都合によって、宿泊する場所の設定を変更しなくてはならず
帰られた後も、お掃除や洗濯、備品の整備など、いろいろ用事があります。
洗った布団カバーを取り付けるのは、重労働なんです。

 

一つ一つの仕事に心を配って仕えることによって、もしや忍耐が生み出され
お粗末な品性ですが、それでも一回一回練られて行っているかと思うと希望が持てます。
天国での報いは積み上がっていることだろうなあと、単純に喜んでいます。
日々の生活の中でも、期待以上の報いがいろいろな形で与えられていますから、確認できます

 

こんな調子で上っ調子になっていて、思い上がっていたので、失敗しました。


一人の姉妹におもいやりのない言葉で厳しく言ってしまい、プライドを気づ付け、怒らせてしまいました。
暗くなっていたので、タクシーでお宅までお詫びに行きました。
ゆるしてくださって、翌日の今日の午後には、また一緒にご奉仕ができます。
主にある兄弟姉妹は、ともに天国に行くまで生きて行く、素晴らしい関係です

 

 


マリアの夫ヨハネを思う

2024-12-23 | 旧約聖書

ヨハネは、ダビデの家系であり血筋でもあったので、」とある。

➀家系、一族、家族の伝統・文化・地位の中にいた
➁血筋、血統、血縁関係の中にいた
ユダヤ人としての文化を大切に守って来た人だった。

 

ナザレに残っている人々の多くは、住民登録をする自分の町を持っていない、アイデンティティ意識の薄い男達ではなかったか。
そんな人々によって、未婚の母だからと、マリアが石打ちの刑にされることを心配して、ヨハネは敢えて連れて行ったのかも知れない。

 

ヨセフとマリアの旅の背景には、住民登録を初めてするという時代、ユダヤ人としての意識がある。さらに、神の支配、神の計画、預言を成就するみこころがはっきり存在し、偶然に起こったことは何もない。

 

同じ神の支配の中で、私も、聖霊による指し示しに敏感になり、イエス・キリストを救い主、主とするキリストの兵士として徴兵に従います。
神が背負ってともに歩むべき隣人が与えられているとわかったら、困難であっても、主の平安のうちに、聞き従い、隣人を未信者たちの攻撃から守りましょう。


喜びのいけにえをささげよう

2024-12-02 | 旧約聖書

詩篇27:8 私は、その幕屋で、「喜びのいけにえ」をささげ、歌うたい、主に、ほめ歌を歌おう

ヘブル 13:15 ですから、私たちはキリストを通して、「賛美のいけにえ」、すなわち御名をたたえる「くちびるの果実」を、神に絶えずささげようではありませんか。

 

待ち望め。主を。雄々しくあれ。心を強くせよ。待ち望め。主を。
私は恐れない。こわがらない。動じない。

私は願った。私は求めている。いのちの日の限り、主に家に住むことを。
主をもっと深く知りたいと求めるなら、主は必ず応じてくださると確信します。


夫が召された日の日記 その1

2024-11-08 | 旧約聖書

 

10年前の、夫のこの世での最後の日、7月31日はとても不思議に何もかもが行き届いてピタッピタッと神様に導かれる一日でした。

夜ずっと讃美を続けた後、ふとまどろんで、二人して目が覚めた朝、少し苦しそうな様子だったので訪問看護師にメールをしたところ、すぐに来てくださった。

そうそれだけで夫は「安心だ」と言って笑顔を見せました。

 

午前中には、孫が聖書を朗読をし、次に娘も読んで、みんなで讃美をしました。
その間、苦しそうな表情は見せず、落ち着いていました。

前日の夕方にも替えを見に来てくださったケアーマネージャーさんが、この日は小学生の娘さんも連れて来てくれて、夫は笑顔でお別れをしました。
このケアマネの子どもさんは、なぜか夫が好きで、家で家族ごっこをする時、お父さん役は私の夫、お母さん役は私として、遊んでいるのだと教えてくれました。ふふふっ、どんな様子でしょう。

 

呼吸を苦しくなりドクターを読んだ所、病院へ出勤する車中だったのですが、一時間後には家に来てくださいました。
痛み止めの薬の中でも最強のものを点滴しましたから、(夫は残宅医療ではそれまで注射も点滴もしていませんでした)、そのまま意識を失ってしまうのではないかと思ったのでした。

つづく