ブログ随筆「ちょっと、散歩へ」

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「奇跡のサロン」

2023年12月21日 14時54分34秒 | 日記
暫らく振りに自分のブログを開いてみたら、「60日間投稿の無い場合は…」などの字幕が貼られていた。情けないもので創作力? は頓に減じて、毎週、新聞に投稿している短歌、俳句も四苦八苦の末の投函となっている。これもそれも歳の所為にして置こうか。読書も確かに減った。大体が寝床の中が読書の場なのだが、すぐに寝てしまう。それに重い本では手が疲れるので、小型で軽い本に限定されるから、内容も軽いものが殆どとなる。今は「江戸問答」を読んでいる。

この本が軽い(内容が)と思ったら、田中優子と松岡正剛の対談で、かなり難しい。と云うよりも〈博覧強記〉の2人が丁々発止しているので、内容が多岐にわたり知識が追いつかない。我ながら情けないものである。松岡が論客なのは承知していたが、田中も負けず。江戸は彼女の専門だが、その知識は広く、深そう。対談の中に「木村蒹葭堂」のことが出てきて、中村真一郎の『木村蒹葭堂のサロン』に及んだので、早速、図書館から借りて来た。758頁と分厚い。とても寝床では読めまい。

平成12年発行(新潮社)と大分古く、図書館の書庫に収納されていたものだが、果たして読んだ人がいたのだろうか。木村蒹葭堂は元文元(1736)年生まれ、通称は吉右衛門。〈浪速の知の巨人〉と云われ、本草学・文学・物産学に通じ、また書画・骨董・書籍・地図・鉱物標本・動植物標本・器物などの大コレクター。その知識や収蔵品を求めて諸国から様々な文人墨客が訪れた。つまり、それが『サロン』である。日本にそういう「場」があったのが驚き。

蒹葭堂の家は酒屋などを営む富商で、彼は生まれつき〈蒲柳の質〉のため、父から草木を植えて心を癒すことを許され、やがて植物や物産への興味に繋がっていく。早くに隠居身分になり、好きな道に進んだらしい。人々の往来を記録した『蒹葭堂日記』には延べ9万人の来訪者が著されている。また、彼の蔵書は死後、幕命により大部分は昌平坂学問所に納められたが、帝室博物館(現国立博物館)書目に昌平坂学問所の蔵書印が押された蒹葭堂蔵書の一部が確認できると云う。

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