早稲田大学女子ホッケー 「4年生部屋」

いよいよ最上級生!可愛い後輩達を従え最強の早稲田女子ホッケーを目指す熱血ど根性日記

4年間Play Back! Part4

2013-03-01 15:13:17 | 練習日記

みなさんこんにちは。

 

大変ご無沙汰しておりました。

私です。そうです。こいつです。↓

 

あ、まちがえた。

え、間違えてない?

熊ではないよ。よく熊って言われるけど。

 

すみません。おふざけはこの辺で・・・

卒業特集第4弾目は松本亜衣が担当させていただきます

 

引退試合である早慶戦からもう三か月もたってしまったのかと思うと

本当に時の流れの速さをひしひしと感じております。

 

ということで、私もこの4年間の思い出を写真を交えながら振り返ろうと思います

 

さかのぼること約4年前・・・

あれは3月17日。

私の大好きなお母さんの誕生日に、私は和歌山の田舎からはるばる東京にやってまいりました。

マンションが4月からしか入居できなかったのでそれまでの2週間はみさきとちひろの家に

お邪魔することになりました。

その節は本当にありがとうございました

そのころから私の巨大説は存在していたみたいで・・・

でも実際会うとそんなにでかくなかったみたいです私。(笑)

期待に応えられなくてすみませんでした

 

それから、早稲田大学ホッケー部として私の東京での生活が

始まったわけですが、最初は本当に大変でした。

自分の実力のなさに情けなくなり、試合にも出られない日々が続き、

正直なところ辞めたいと思った時も何回もありました。

家に帰っては泣きながらお母さんに連絡してました

しびれをきらしたお母さんに最後は怒られたんですけどね。

「あんた頑張ったんか?もう無理って言えるぐらい頑張ったんか?

頑張ってもないのに泣き言を言うな。」と。

いや~効きましたねこの言葉。笑

これがきっかけで、私は変われたと思います。

それから徐々に試合に出してもらうようになり、ホッケーも楽しくなってきた矢先の

2年生の夏、前十字靭帯損傷という大怪我をしてしまいました。

そして、みんなが広島遠征に行っている間に私は人生初の手術を行いました。

色々な経験しましたよ。か〇ちょうもされたし。(※お食事中の人すみません。)

手術中に夢も見ましたし。笑

夢の中では遊園地に行ってました。笑

広島遠征から戻ったみんながお見舞いに来てくれた時は

本当にうれしかったですよ

さみしい私のために何回も足を運んでくれました。

 

でも、自分がこうしている間にもみんなはどんどんホッケーうまくなって、

私はどんどん置いてけぼりにさせられるんだろうなと本当に不安でした。

グラウンドに行くのが怖かった本当に。

そこで登場したのが~トレーナーである西川志歩!

(笑)

彼女には本当にたくさん助けていただきましたね。

リハビリ本当に大変だったんです。なんてったって手術して、ほぼ筋肉皆無の状態でしたから。

わがままもたくさん言いました。でも志歩は私のために夜遅くにも、オフの日にもトレーニングに

付き合ってくれました。そのおかげで、約8か月を経て無事復帰することができました。

辛かったけれど、志歩だけでなく、本当に多くの人の支えがあって復帰できたと思っています。

ありがとうございました!

特に同期には本当に迷惑かけました。ごめんね。

でも私がこうやって、最後までホッケー続けられたのは、同期の存在があったからです。

本当にこの6人には感謝してもしきれません。

みんなきっと私への不満はいっぱいあったと思います。

それを隠さずにちゃんと言ってくれたこと、怒ってくれたこと、

本当にうれしかった。私のためを思って言いにくいことも包み隠さず

全部言ってくれました。同期愛を感じましたありがとう。

 

もう一緒にトレ室行って筋トレすることも

一緒にホッケーすることもなくなるのかって思うと本当にさみしいです。

どんなにしんどくても辛くても、みんながいたから頑張れました。

同期だけでなく、稲門会の皆様、OB・OGの皆様、監督・コーチ、保護者の皆様、そして後輩など

本当に多くの方々に応援してもらい、支えてもらいました。

この場をお借りして感謝の意を伝えたいと思います。本当にありがとうございました。

 

この4年間は私にとって最高の4年間でした。

ここで過ごした4年間は私の一生の宝物です。

本当に本当にありがとうございました。

チームPIYO。最高の仲間とともに卒業します。

ありがとう。

後輩たちの更なる活躍期待しています★

 

 

#2 松本亜衣