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美の五色 bino_gosiki ~ 美しい空間,モノ,コトをリスペクト

展覧会,美術,お寺,行事,遺産,観光スポット 美しい理由を背景,歴史,人間模様からブログします

見事な江戸風俗画を”発見”_東京 たばこと塩の博物館 5/12まで

2019年04月14日 | 美術館・展覧会

東京スカイツリーのすぐ近くにあるたばこと塩の博物館に行ってきました。浮世絵や江戸絵画の蒐集軌跡をたどる「実業と美術 たば塩コレクションの軌跡」展では、企業ミュージアムとして充実した名品をたっぷりと堪能できます。

  • 風俗画や浮世絵コレクションは定評通り、江戸時代の風俗画の流れをほぼ俯瞰できる
  • 国営ながらも宣伝に力を入れた専売事業の歴史は、”親方日の丸”を感じさせない
  • 世界のタバコと塩の歴史を学べる常設展も必見、充実した大人の社会科見学ができる


たばこは、現代では健康への影響からとても難しい事業運営に迫られていますが、嗜好品の花形として一時代を築いていたことがとてもよくわかります。そんな歴史を伝える展示はきちんと構成されています。


大阪のたばこ展覧会に出品された刻みたばこ(写真撮影OK)

たばこと塩の博物館、通称「たば塩」は、JT・日本たばこ産業株式会社が運営する企業ミュージアムです。1978(昭和53)年に渋谷で開設され、2015年に現在地に移転しました。公園通りの渋谷東武ホテルの前にあった煉瓦造りの建物を記憶している方もいらっしゃるでしょう。

日本たばこ産業は1985(昭和60)年に、国営企業であった日本専売公社が民営化される形で発足しました。昭和末期、国鉄や電電公社と共に民営化が進められていた時代です。日本では明治末から昭和末まで、たばこと塩の事業は国によって独占されていました。専売という用語は、現在30歳代までの若い世代の人にとってはすでに死後でしょう。「せんばい」とフリガナをつけた方がよいかとも思ったほどです。



JTの調査によると、日本の成人男性の喫煙率はピーク時の1966(昭和41)年に83%ありました。その後一貫して減少を続け、2018年には27%になっています。女性は1966年18%から2018年8%になっています。この数字から、たばこが嗜好品として昭和の高度経済成長期に一時代を築いていたことがわかります。

1998年にたばこのTVCMが中止になって以降は、たばこの存在感がさらに小さくなっています。企業ミュージアムは通常、最新の製品・サービスを前面に押し出してPRしますが、たばこ事業に関してはそれが事実上できません。そのため過去の活動に特化した特異な企業ミュージアムになっています。

国営企業と言うと、サービスは最悪というイメージが強いですが、たばこ事業は嗜好品を売るために宣伝にとても力を入れていました。お酒やコーヒーといった他の嗜好品と競争しないと売り上げが上がらず、国の税収にも貢献しないためです。競争原理が働いたことが国鉄や電電公社とは決定的に異なり、美術館に引けを取らない充実したコレクション形成につながります。


1933(昭和8)年の紀州徳川家の売立の様子

過去の喫煙具や喫煙風俗を描いた絵画の収集を始めたのは、1932(昭和7)年に専売公社の前身・大蔵省専売局長官に就任した佐々木謙一郎です。

キセルに詰めて喫煙する刻みたばこから紙巻たばこへと喫煙スタイルが変化する過渡期にあり、販促のためにたばこ製品や関連美術品の展覧会を頻繁に行っていたのです。当時は旧大名家からの所蔵美術品の売立ても相次いでおり、蒐集が行いやすかったという環境もコレクションの充実を後押ししました。

蒐集は日中戦争の勃発によりわずか5年ほどで終わりますが、短期間によくぞこれだけ集めた、という印象です。専売化される前にたばこ事業で巨万の富を築いた、村井吉兵衛の京都の別邸・長楽館を見た際も財力に驚かされました。たばこ事業はとてつもなく儲かる事業だったのでしょう。

【たば塩公式サイトの画像】ポスター「みのり」杉浦非水デザイン

佐々木は並行して製品の宣伝にも力を入れます。パッケージのデザインを三越の広告で名を馳せたデザイナー・杉浦非水に依頼し、斬新な商品イメージを形成することに成功します。


展示室の様子

蒐集した風俗画は江戸時代全般に渡っており、多色刷りの錦絵に至る絵画としての変遷も確認することができます。

【展覧会公式サイトの画像】 作者不詳「男女遊楽図屏風」

浮世絵が登場する以前の江戸時代前半の風俗画にも名品が揃っています。「男女遊楽図屏風」は、洛中洛外図のように生き生きとした人々の暮らしぶりが描かれています。喫煙が洒落た娯楽だったことがうかがえます。

【展覧会公式サイトの画像】 山崎龍女「縁台美人喫煙図」

山崎龍女(やまざきりゅうじょ)は、江戸時代半ばの女流絵師で、肉筆の美人画を多くのこしています。「縁台美人喫煙図」は美女が優雅にキセルを手に持つ姿を描いています。とてもかっこよく見えます。

【展覧会公式サイトの画像】 東洲斎写楽「肴屋五郎兵衛」

五郎兵衛を演じる役者は松本幸四郎です。写楽作品にしては落ち着いた印象です。幸四郎の一瞬の表情をリアルに描いたように見受けられます。

【展覧会公式サイトの画像】 風覆付き九曜文蒔絵手付たばこ盆

「風覆付き九曜文蒔絵手付たばこ盆」は、豪商が喫煙を楽しんでいた姿が目に浮かんでくるような豪華な蒔絵が目を引きます。中に置かれた磁器製の灰皿の文様とも見事に調和しています。



常設展示室「塩の世界」

たばこと塩に分けられた常設展示室もお忘れなく。塩については製法から用途まで驚きの連続でした。人間だけでなくすべての動物に塩が必要ということも知りませんでした。子供より大人の方が、”へぇ~”を連発すること間違いなしです。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



風俗画の舞台、江戸の暮らしを垣間見る

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<東京都墨田区>
たばこと塩の博物館
特別展
実業と美術 ~たば塩コレクションの軌跡~
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:たばこと塩の博物館
会場:2F特別展示室
会期:2019年3月23日(土)~5月12日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~17:30

※この展覧会は、撮影禁止作品以外の会場内の写真撮影が可能です。
※4/23以降の展示で一部作品/場面が入れ替えされます。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っています。



◆おすすめ交通機関◆

東京メトロ半蔵門/都営浅草線/京成線/東武スカイツリーライン「押上(スカイツリー前)」駅下車、 B2出口から徒歩12分
都営浅草線「本所吾妻橋」駅下車、A4出口から徒歩10分
東武スカイツリーライン「とうきょうスカイツリー」駅下車、正面口から徒歩8分
JR総武線「錦糸町」駅下車、北口から徒歩20分

JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:40分
JR東京駅(大手町駅)→メトロ東西線→日本橋駅→都営浅草線→本所吾妻橋駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には駐車場はありません。
※渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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東京 府中市美術館へ行こう!_へそまがり日本美術展 5/12まで

2019年04月13日 | 美術館・展覧会

東京・府中市美術館ですっかり恒例となった「春の江戸絵画まつり」。今年のタイトルは「へそまがり日本美術」です。”変なホテル”が話題を呼んだ平成ラストの時代において、美術展でもヘタウマな”変な絵”と言われると、本当に見たくなります。

  • 一年前の春の江戸絵画まつりのタイトルは「リアル」、今年はその究極の真逆の設定が面白い
  • 企画力では定評のある府中市美術館、ほとんどの出展作を他所から集めた今回の展示もお見事
  • ”変な絵”を通じて、江戸時代の日本美術の多様性を強く実感させる構成は晴らしい


”変な絵”は、江戸時代の日本絵画だけではありません。西洋絵画や近代洋画も出展されています。古今東西、芸術表現はとにかく奥深いのです。



”ヘタウマ”は、展覧会のサブタイトルになっていて、展示内容を物語るキーワードでもあります。語源はサブカルチャーや女子高生の世界でしょうが、今ではすっかり定着した形容表現になりました。平成では”ブサカワ”、”キモカワ”と同様の表現がいくつも登場しましたが、令和になってどんな言葉が登場するのでしょうか。表現が豊かになるので楽しみです。

【展覧会公式サイト】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

展示は、そもそも奇抜な絵が少なくない禅画から始まります。「別世界への案内役 禅画」という章のタイトルであり、ウォームアップを意図したのでしょうが、最初からインパクトのある作品が目白押しです。

禅画と思しき作品は他の章でも展示されています。章が変わっても気付かないほど、内容の濃い展覧会です。展示順は気にせず、引き返したりながら”へそまがり”ワールドにたっぷり浸るのが良いと思います。



展示のトップバッター、仙厓義梵「豊干禅師・寒山拾得図屛風」幻住庵蔵は、現代のアニメクリエーターが屏風に水墨画で描いたような印象を受けます。モチーフの顔をデフォルメするように描いており、強いインパクトを与えています。賛には「屏風の仕立てが悪いので上手く描けなかった」と自ら書いています。

構図的には無背景を広くとってあるため、熱苦しい印象は受けません。仙厓ではあまり見かけない大画面の屏風作品ですが、仙厓らしく非常にスマートです。前期のみ展示です。

数ある日本の絵師の中でも”へそまがり”の元祖と言える、”ユキムラではなく”雪村(せっそん)の作品もたくさん登場しています。後期展示の「竹虎図」個人蔵は、図録に「やや気弱そうなトラ」と紹介されています。ぜひ見てみたい作品です。

円山応挙の写真のような子犬の絵と、長澤芦雪の”へそまがり”の子犬の絵も並んで展示されています。芦雪の人となりがよくわかります。

歌川国芳「荷宝蔵壁のむだ書」個人蔵は、歌舞伎役者の似顔絵を落書きのように描いた作品です。ガイコツの絵で知られるように国芳は超上手なのですが、わざと下手に描いているところにとても魅了されます。以降、”ヘタウマ”な作品がまとまって展示されています。最大の見せ場です。

【世田谷美術館公式サイトの画像】 アンリ・ルソー「フリュマンス・ビッシュの肖像」

絵が下手で有名なルソーの「フリュマンス・ビッシュの肖像」は世田谷美術館から”出張”してくれています。子供が描いたような単純な顔立ちで、奥行き感はなく、人物は地面から浮いているように見えます。

ルソーに刺激され、大正時代の日本の洋画界では、わざと下手に描くことが流行しました。三岸好太郎の”ヘタウマ”作品も面白く鑑賞することができます。

現代では”ヘタウマ”はわざとそうするのではなく、一つの表現手法として”普通”になっていると感じられます。その原点と思えるような作品も楽しめます。1970-80年代から登場し始めた湯村輝彦や蛭子能収の本の表紙やポスター、アニメ作品です。

「お殿様の絵」という章もあります。この展覧会のチラシに採用されている徳川家光「兎図」には大きな人だかりができていました。描き方の知識がない素人が大真面目に描いたものの、自信がないのでタッチが弱弱しくなっています。

「あの家光の自筆」という枕詞が付くことで、途端にものすごいオーラを放つようになります。この作品は伊予西条藩松平家で大切に伝えられてきました。人間の感受性は情報によって大きく変わってしまうのです。

お殿様作品では江戸時代後期の臼杵藩主・稲葉弘通「鶴図」が目を引きます。一見、伊藤若冲作品と見間違うような出来栄えです。鶴が首を曲げて羽縫いをしている絵はほとんどありませんが、奇をてらうどころか妙に落ち着いています。図録には床の間に掛けた写真も掲載されています。とても美しく、素人作品とは思えません。



伊藤若冲のようなスター絵師の”へそまがり”作品も充実しています。伊藤若冲「福禄寿図」個人蔵は、ヘチマのようにおでこが長く、「掛軸を広げる時に笑いが取れる」と解説されています。福禄寿の表情はどこか寂しげです。若冲の腕の良さをあらためて実感できる名品でもあります。

中村芳中「十二ヶ月花卉図押絵貼屛風」個人蔵は、唯一ガラスケースなしで展示されており、通期展示です。”へそまがり”と言うよりも、芳中らしく絶妙に花や木をさりげなくデフォルメした作品に感じられます。ガラスがないので、”たらしこみ”表現の質感がとてもよくわかります。

最終章は「苦みとおとぼけ」。特に奇妙な絵が揃っています。岸駒「寒山拾得図」敦賀市立博物館蔵は強烈なインパクトがあります。寒山拾得はそもそも”キモカワいい”作品が多いのですが、岸駒はイモトアヤコのように眉毛をとても深く描いています。加えて二人がはいている靴は赤色と青色です。岸駒は現代でも通用するクリエーターだと確信できます。前期のみ展示です。

図録でしか見ていませんがいずれも後期展示の、長沢蘆雪が奇妙な猿を描いた「猿猴弄柿図」個人蔵、曽我蕭白が逃避行の一場面を如実に描いた「後醍醐天皇笠置潜逃図」個人蔵に、強い関心を持ちました。


20秒でできる「かけじくしおり」制作コーナー

展覧会の最後にも人だかりができていました。写真中央のオレンジ色の細長いしおり大の掛軸に、スタンプで用意された出展作品のモチーフを押し、持ち帰って記念にすることができます。ブックマークとして使うにもちょうどよい大きさです。赤い落款の極小スタンプも用意されています。すべて無料です。さほどコストもかからず、鑑賞者に楽しんでもらえる上手な企画です。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



公式図録。展覧会に行けない場合はお早めに。

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府中市美術館 <東京都府中市>
企画展
春の江戸絵画まつり へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで
【美術館による展覧会公式サイト1】
【美術館による展覧会公式サイト2】

主催:府中市美術館
会期:2019年3月16日(土)~5月12日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~16:30(金土曜~19:30)

※4/14までの前期展示、4/16以降の後期展示で展示作品/場面が大幅に入れ替えされます。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていますが、企画展開催時のみ鑑賞できます。



◆おすすめ交通機関◆

京王線「府中」駅下車、「ちゅうバス」乗り換え「府中市美術館」下車、徒歩1分
JR中央線「武蔵小金井」駅下車、「京王バス」乗り換え「一本木」下車、徒歩2分

JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:60分
東京駅→JR中央線快速→武蔵小金井駅→京王バス府中駅行(一本木経由、武71系統)→一本木

【公式サイト】 アクセス案内

※バスは本数が少ないため、事前にダイヤを確認の上、利用されることをおすすめします。
※この施設には無料の駐車場があります。
※渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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若冲「樹花鳥獣図」本拠地に登場_静岡県立美術館「屏風爛漫」展 5/6まで

2019年04月12日 | 美術館・展覧会

伊藤若冲の「樹花鳥獣図(じゅかちょうじゅうず)屏風」は、升目書きでカラフルに動物たちを描いた傑作としてとても著名な作品です。所蔵している静岡県立美術館で行われる展覧会でぜひ見たいと以前から思っていましたが、ようやく念願がかないました。「屏風爛漫」展の目玉作品として登場しています。

  • 樹花鳥獣図は本拠地・静岡県美でも公開機会は少ない、高精細複製品もあわせて展示される
  • 屏風作品に特化した珍しい展覧会、折り曲げた平面だからこそ感じる魅力を発見できる
  • 近世・近代絵画コレクションでは定評のある静岡県美、企画展でもすぐれた作品を他所から集めている


訪れた日はサクラが満開で混雑しているにもかかわらず、駐車場の空車案内情報盤が故障して渋滞を招いていました。展覧会の中身は素晴らしいものでしたので、残念でした。


綴プロジェクトによる高精細複製品は写真撮影OK

静岡県立美術館は、富士山や南アルプスをのぞむ景勝地として名高い日本平の北側の山麓にあります。日本平を挟んだ反対の南側には、徳川家康が駿府で生涯を終えた直後に葬られた久能山東照宮があります。美術館には県立中央図書館や県立大学が隣接しており、静岡市における県の一大文教エリアになっています。

県立美術館の開館は1986(昭和61)年で、バブル期に多く見られた地方美術館の開館ラッシュの典型です。多くの地方美術館はコレクションの充実に苦労し、「ハコもの行政」と揶揄されました。静岡県立美術館は、地方の都道府県立の美術館の中でもコレクションの充実ぶりが目立ちます。一例をあげると、昨年話題を呼んだ横山大観展でチラシに採用された「群青富士」も静岡県美の所蔵品です。

【静岡県立博物館公式サイトの画像】 横山大観「群青富士」

公式サイトに大口寄贈者の名前が掲載されていないためわかりませんが、県内を中心に質の高いコレクターからの寄贈もしくは購入が蓄積された賜でしょう。


美術館入口のある本館

今回の展覧会「屏風爛漫」は、全27点の屏風の内、11点が館蔵品です。館蔵品は伊藤若冲や石田幽汀をはじめ、無落款の作品も含めて非常に充実している印象を受けます。私は静岡県美を訪れるのは初めてでしたが、うわさに聞いていたコレクションの質の高さをこの目で確認できたような気がしました。

展覧会順路の最初のテーマは「祝祭の空間」、その入口正面に若冲の「樹花鳥獣図」が展示されています。目玉作品をトップバッターに持ってきたことから、後に続く作品の質の高さに学芸員は自信を持っていると感じられます。

【静岡県立博物館公式サイトの画像】 伊藤若冲「樹花鳥獣図屏風」

私は「樹花鳥獣図」の本物を見るのはこれが2回目です。最初に見たのは2016年春に滋賀県のMIHO MUSEUMで開催された「かざり」展です。「樹花鳥獣図」と同じく、モザイク模様のような升目書きで描かれたプライス・コレクションの「鳥獣花木図」が同時に展示されたことで、話題を呼んだ展覧会です。

比較して見た第一印象は、静岡県美の「樹花鳥獣図」の方が表面の剥げや彩色の劣化が目立ち、保存状態が良くないことです。「かざり」展では、両作品は横に並列ではなく対面するように展示されていましたが、それでも明らかにわかりました。プライス・コレクションの「鳥獣花木図」の方が明確に彩色や升目が美しく残っています。

静岡県美の「樹花鳥獣図」は、描かれた動物や植物の種類が多く、生き物の楽園としての華やかな情景がより伝わってきます。どちらが良いかという次元を超えてすぐれた作品同士であることだけは間違いありません。

今回の展覧会では、単独で見るので保存状態の問題は目立たなくなります。かえって若冲が到達した独自の世界観を幽玄に示しているように感じられます。絵は見せ方で本当に印象が変わってしまします。高精細複製品を順路の最後において状態を比較しにくいようにしたのは、本物しか発しないオーラに敬意を表したためでしょう。高精細複製品を写真撮影OKにするために分離したという理由もあると思われます。いずれにしろ心憎い演出です。



全体の2/3ほどが六曲一双(ろっきょくいっそう)で作品が大きく、一点一点かなりの迫力があります。

【静岡県立博物館公式サイトの画像】 石田幽汀「群鶴図屏風」

円山応挙の師として知られる石田幽汀「群鶴図屏風」は、おびただしい数の鶴の集団を描いた珍しい構図です。一羽ごとの描写はかなり精密で、屏風の中からはばたくように思わせるリアル感があります。江戸時代の写実表現の先陣を切ったような作品です。テーマ「祝祭の空間」にふさわしい名品です。

【静岡県立博物館公式サイトの画像】 小林清親「川中島合戦図屏風(裏:龍虎墨竹図)」

続くテーマは「屏風いろいろ」。屏風で表現されるモチーフや構図の多様性を味わえます。

明治初期の東京の街並みを抒情的に描いた”光線画”で知られる小林清親には珍しい、故実をモチーフにした作品です。裏にこれまた古典的な龍虎竹を描いているのも面白いところです。武田信玄を守る兵たちが上杉謙信の突進を前にして、どこかへっぴり腰に見えるのがユニークです。

続く「四季を愛でる」では、狩野山雪「四季花鳥図屏風」個人蔵が注目されます。山雪らしく、まっすぐ描いた岩場の間に雄大な空間を設け、その空間を取り囲むように木々や鳥をさりげなく配置しています。屏風で折り曲がった空間はより奥行きがあるように見えます。京都的なとても上質な印象を与える作品です。

【静岡県立博物館公式サイトの画像】 狩野永良「西王母・東方朔図屏風」

狩野永良(えいりょう)は、山雪から4代後の江戸時代半ばの京狩野の当主です。「西王母・東方朔図屏風」は主要クライアントである御所や公家好みを感じさせる一方で、文人画のような洒脱さもあります。とても不思議な作品です。

点数は27点とさほどではないですが、作品が大きいだけにとても濃厚な展覧会です。見終わった後は案外疲れを感じるかもしれませんが、リフレッシュできり空間もきちんと用意されています。ロダン作品を体育館のような巨大空間に点在させた展示室・ロダン館です。屏風を見た後に、180度雰囲気が異なる芸術作品を見ると、水を得た魚のようにどこかシャキッとしてきます。


ロダン館

若冲の升目書き作品はもう一点、個人蔵「白象群獣図」があります。静岡県美に寄託されているという話を聞いたことがありますので期待していましたが、今回の展覧会には出展されていませんでした。登場機会を楽しみに待ちたいところです。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



インテリアに面白い

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静岡県立美術館(静岡市駿河区)
企画展
屏風爛漫 ひらく、ひろがる、つつみこむ
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:静岡県立美術館
会期:2019年4月2日(火)〜5月6日(月)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~17:00(金土曜~19:30)

※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この会場で展示されない作品があります。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っています。



◆おすすめ交通機関◆

静岡鉄道「県立美術館前」駅下車、南口から徒歩15分
JR東海道線「草薙」駅下車、県大・美術館口から徒歩25分

JR静岡駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:35分
静岡駅→徒歩→新静岡駅→静岡鉄道→県立美術館前駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には無料の駐車場があります。


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愛知アート100年史 驚きの名品が登場_リニューアル愛知県美で6/23まで

2019年04月07日 | 美術館・展覧会

2017年秋から改修工事で休館していたが愛知県美術館がリニューアル・オープンしました。再開の晴れの舞台に選ばれたのは、愛知のアートの百年史を振り返る展覧会「アイチアートクロニクル1919-2019」です。

  • 公立美術館では日本有数の愛知県美コレクションから愛知にちなんだ近代洋画とモダンアートを厳選
  • 大沢鉦一郎ら、全国的には知名度が高くない愛知の画家の作品はどれも見応え
  • 自館だけでなく愛知県全体の所蔵品を集めた、定評ある愛知県美術館の企画力が注目される


新たな発見ができる展覧会です。トヨタ自動車や木村定三郎からの寄贈品の常設展示も必見です。いつ見てもうならせます。


10F展望台から見たテレビ塔と名駅の摩天楼

展示は、今からちょうど100年前の1919(大正8)年に愛知県の若者たちが洋画家グループ「愛美社」の紹介から始まります。愛美社の中心人物で、いずれも名古屋出身の大沢鉦一郎(おおさわせいいちろう)と宮脇晴(みやわきはる)の作品が存在感を放っています。

大沢の「大曽根風景」は原野で力強く生きる木々と青く澄んだ空気の描写が見事です。観る者をまるで原野の中を歩いているように錯覚させます。名古屋ドームの最寄り駅でもある大曽根が、大正時代にはこんな原野だったことにも驚きを隠せません。

宮脇の「自画像」は18歳の時に描いた若い情熱があふれる作品です、唇を引き締めて一点を見つめている表情が強く印象に残ります。

【愛知県美術館公式サイトの画像】黒田清輝「暖き日」
【愛知県美術館公式サイトの画像】岸田劉生「高須光治君之肖像」

同じ部屋には同世代の画家の作品も展示されています。黒田清輝「暖き日」は、印象派的な明るい光で日本の閑村を描いています。素朴な建物からは今にも子供が飛び出してきそうな生命感を感じさせます。

岸田劉生は、大沢と宮脇が愛美社を結成するきっかけとなった洋画家グループ「草土社」を率いていました。「高須光治君之肖像」は草土社のメンバーを描いています。高須光治の画業に対する強い意思を感じさせる作品です。



展示は時代を追って進んで行きます。

【展覧会公式サイト】みどころ ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

1930年代に名古屋でシュルレアリスムを標榜した吉川三伸(よしかわさんしん)の作品が注目されます。名古屋市美術館蔵「葉に因る絵画」は、植物のように見えそうで見えません。シュルレアリスムの不思議な世界観が巧みに表現されています。1940年の作品で、ナチスの退廃芸術と同じく、日本でも特高警察によってまもなく弾圧されていきます。

長期間のアメリカとメキシコ滞在後は愛知県の瀬戸市で後半生を過ごした北川民次(きたがわたみじ)も秀作が出展されています。「南国の花」は、メキシコ壁画運動を吸収した表現が、南国の大きく明るい花にさらに生命力を与えています。植物ですが今にも動き出しそうに見えます。

現代アートでは、奈良美智の「Girl from the North Country」に人だかりができていました。典型的な奈良による少女の顔の絵です。奈良は青森県出身ですが、愛知県立芸術大学を卒業しており初期の画業は名古屋で行っています。2014年の新しい作品で、もし購入していたらかなりの高額であることがうかがえます。


10F美術館入口

企画展としての「アイチアートクロニクル」に属さない、寄贈品を中心としたコレクション展も必見です。展示室6ではトヨタ自動車からの寄贈品を中心に秀作が揃っています。

【愛知県美術館公式サイトの画像】クリムト「人生は戦いなり(黄金の騎士)」

世紀末ウィーンを代表する耽美の画家・クリムトの「人生は戦いなり(黄金の騎士)」は、甲冑に身を固めた黄金色に輝く騎士が、不自然な直立不動で馬にまたがっています。クリムトらしい平面的で奥行きのない描写は、何かを示すアイコンのように見えます。一度目に留まるとずっと見続けてしまう不思議な魔力を持っています。

藤田嗣治「青衣の少女」も素晴らしい名品です。フジタの乳白色の画風の評判がパリで絶頂期に達していた1925年の作品で、乳白色の少女の肌と青い服のバランスが見事です。完璧な黒髪と黒い瞳が、さらにこの絵の東洋的な魅力を増しています。東洋人の女性を描いたフジタ作品はあまり多くないこともあり、とても斬新でした。

【愛知県美術館公式サイト】木村定三コレクション

木村定三コレクションは愛知県美術館のコレクションの最大の目玉です。熊谷守一の最大のパトロンであることは近年、よく知られるようになりました。近代洋画・江戸絵画・陶磁器・仏教美術とコレクションの幅は広いものの、選美眼にぶれはありません。

3,000点を超える寄贈品が入れ替えながら「木村定三コレクション室」で展示されています。寄贈者名を冠した常設の展示室は、アメリカでは一般的ですが、日本ではほとんど見かけません。大きな美術館に寄贈が集中するというスケールの威力がまさに実感できる好例です。

いつ見てもうならせます。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



ナゴヤメシもすっかり有名になった

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愛知県美術館(名古屋市東区)
リニューアル・オープン記念 全館コレクション企画
アイチアートクロニクル1919-2019
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:愛知県美術館
会期:2019年4月2日(火)〜6月23日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~17:30(金曜~19:30)

※期間中に一部展示作品が入れ替えされます。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。

※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていますが、企画展開催時のみ鑑賞できます。




◆おすすめ交通機関◆

地下鉄東山線/名城線「栄」駅、名鉄瀬戸線「栄町」駅下車、
「オアシス21」連絡通路を通って「愛知県芸術文化センター」10Fまで徒歩5分

JR名古屋駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:20分
名古屋駅→地下鉄東山線→栄駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には有料の駐車場があります。
※渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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続き_日本最高峰の拝観謝絶寺院の展覧会_滋賀 MIHO 龍光院展

2019年04月01日 | 美術館・展覧会

前回で書ききれなかったMIHO MUSEUM龍光院展の続き、後半戦をレビューします。


美術館棟1Fからの幽玄な眺望

【展覧会公式サイトの画像】蜜庵咸傑墨蹟 璋禅人宛法語(展示は3/21-4/7)

国宝の蜜庵咸傑(みったんかんけつ)墨蹟(ぼくせき)は、日本にある中国の禅僧の墨蹟の中で最も名高い一幅です。日本に3つしかない国宝茶室の一つ、龍光院にある「蜜庵席」は、この墨蹟だけを掛ける床があることから名づけられました。南宋の高僧が禅の道をわかりやすく示した内容です。力のこもった筆のタッチに威厳を感じます。4/7までのI期だけの展示です。

龍光院所蔵のあと2つの美術品の国宝の内、「竺仙梵僊(じくせんぼんせん)墨蹟 諸山疏」は5/8-19の展示、「金剛般若経」は前後期で場面替えされますが通期展示です。

【展覧会公式サイトの画像】喝石巌図

寛永の三筆の一人として寛永文化をリードした石清水八幡宮の社僧・松花堂昭乗(しょうかどうしょうじょう)の作品も見応えがあります。江月と親交が深く、この展覧会にもたくさんの昭乗の書や絵画が出展されています。

喝石巌図(かっせきがんず)は、岩を割ろうと呪術をかける僧の表情がとてもなまめかしく感じます。昭乗は書の達人ですが、絵画でも充分に達人であることがわかります。

【展覧会公式サイトの画像】春屋宗園頂相 江月宗玩請(展示は3/21-4/21)

師の春屋宗園の頂相(ちんそう)や墨蹟も多く出品されています。「春屋宗園頂相 江月宗玩請」は自分の法灯を継がせる証として江月に与えたものです。頂相は長谷川等伯の筆である可能性が高いと考えられています。江月と並んで当代一流の文化人と多くの親交を持った春屋の顔立ちからは、実に腹の座った人物だったことがうかがえます。顔の肉付きの描写も実にリアルです。

春屋の頂相は複数ありますが、この作品は忌日法要に用いられていることから、龍光院にとって最も重要な頂相です。この作品の展示は前期4/21まで、4/23からの後期はもう一点の江月宛の頂相が展示されます。

【展覧会公式サイトの画像】江月宗玩頂相 衆徒請(展示は3/21-4/21)

江月の頂相も龍光院に数多く伝わっていますが、「江月宗玩頂相 衆徒請」は江月の忌日法要で使用される最も重要な頂相です。狩野探幽による作品で、高僧としての威厳よりも、一人の人間としてのリアリティを感じさせます。顔には白い髭まで描かれています。江月の美意識を表したものでしょう。この作品の展示は前期4/21まで、4/23からの後期は他の頂相が展示されます。

【展覧会公式サイトの画像】水仙・菊・牡丹図(展示は3/21-4/7)

「水仙・菊・牡丹図」も松花堂昭乗の傑作です。南宋の花鳥画のように、きわめて洗練された描写に目が釘付けになります。江月はこの作品をいたく気に入り、箱書きを自ら記しています。

【展覧会公式サイトの画像】竹石図

狩野探幽も江月と親交の深かった文化人の一人で、龍光院に多くの作品がのこされています。「竹石図(ちくせきず)」は、探幽による幽玄な薄墨の竹と石の描写が目を引きます。江月自身による賛は左右で文字の大きさが異なり、構図として絶妙のバランスを見せています。



この展覧会では、龍光院が所蔵する美術品の国宝4点と重文9点のすべてが展示替えされながら登場します。3回行けば全部を鑑賞できます。とても”行きにくい”ですが、とても”行く価値”があります。

後期展示の「江月宗玩墨蹟 遺偈」、II期展示の松花堂昭乗「十六羅漢図」、4/9-5/6展示の重要文化財・伝牧谿「柿・栗図」、後期展示の狩野探幽「大燈国師像」など素晴らしい作品が今後も次々登場します。私も再び訪れることになりそうです。

あと2つの国宝・曜変天目も同時期に奈良と東京の展覧会で登場します。3か所で同時に観ることができる期間は4/13-5/19のほぼ1か月間です。

【奈良国立博物館】国宝の殿堂 藤田美術館展(4/13-6/9)
【静嘉堂文庫美術館】日本刀の華 備前刀(4/13-6/2)

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



寛永の三筆の本隋に迫る

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MIHO MUSEUM(滋賀県甲賀市)
大徳寺龍光院 国宝曜変天目と破草鞋(はそうあい)
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:MIHO MUSEUM、日本経済新聞社、京都新聞
会場:北館
会期:2019年3月21日(木)~2019年5月19日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~16:00

※4/21までの前期展示と4/23以降の後期展示、もしくは4/7までのI期展示と4/9-29のII期展示と5/1以降のIII期展示で
 一部展示作品/場面が入れ替えされます。
※前期・後期展示期間内でも、展示期間が限られている作品/場面があります。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていますが、企画展開催時のみ開館しています。



◆おすすめ交通機関◆

JR琵琶湖線「石山」駅下車、帝産バス乗り換え「MIHO MUSEUM」下車、徒歩1分
新名神高速「信楽」ICから車で15分、「草津田上」ICから車で20分
名阪国道「壬生野」ICから車で35分

JR大阪駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:00~00分
大阪駅→JR京都・琵琶湖線→石山駅→南口3番バスのりば→帝産バス150系統ミホミュージアム行→MIHO MUSEUM

【公式サイト】 アクセス案内

※バスは本数が少ないため、事前にダイヤを確認の上、利用されることを強くおすすめします。
※この施設には無料の駐車場があります。
※現地付近のタクシー利用は事前予約を強くおすすめします。


________________

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日本最高峰の拝観謝絶寺院の展覧会_滋賀 MIHO 龍光院展 5/19まで

2019年03月31日 | 美術館・展覧会

滋賀県のMIHO MUSEUMで、寺の塔頭に伝わる文化財では日本トップクラスの質の高さを誇る京都・大徳寺・龍光院(りょうこういん)の全貌を公開する展覧会「大徳寺龍光院 国宝曜変天目と破草鞋(はそうあい)」が始まっています。

  • 世界に3つしかない完全な曜変天目茶碗が3カ所の展覧会でほぼ同時公開される内の一つ
  • 龍光院は観光目的の公開を一切行わない寺として有名だが、所蔵文化財の質の高さは大徳寺随一
  • 所蔵品を大々的に公開する展覧会開催も初めて、この規模で鑑賞できる機会はめったにない
  • 絵画や書・茶道具からは、小堀遠州ら寛永文化をリードした数寄者たちの息吹が伝わってくる


とても”行きにくい”美術館ですが、展示の質の高さが不便さをはるかに上回ります。わざわざ出かける価値のある展覧会です。


トンネルを抜けると曜変天目の宇宙が待っている

大徳寺の塔頭・龍光院は1606(慶長11)年、福岡藩主・黒田長政が父・孝高(よしたか=如水、官兵衛)の菩提を弔うために建立しました。開基は、秀吉時代に千利休など数々の文化人や戦国大名からの信奉が篤かった春屋宗園(しゅんおくそうえん)です。春屋は龍光院建立後まもなくこの世を去り、実質的な開基として龍光院を大徳寺山内でも指折りの名刹に育てたのは、2世の江月宗玩(こうげつそうがん)です。

戦国時代後期から江戸時代初期にかけて、茶の湯を介して上流階級が集まるサロンとしての大徳寺の繁栄は、一流の文化人となった高僧を次々輩出したことが礎になっています。知名度の高い一休や沢庵よりも、大徳寺ブランド確立により貢献したのは、春屋・江月の師弟です。展覧会もこの二人の足跡を軸に構成されており、いかに幅広い交流があったかがわかります。



江月は1574(天正2)年に堺の豪商・津田宗及の子に生まれます。宗及は千利休・今井宗久とともに茶の湯の天下三宗匠と呼ばれる一流の文化人であると同時に、当時の日本トップクラスの商人として天王寺屋を率いていました。江月はいわば三井・三菱・住友の御曹司に生まれたようなもので、この出自の高さが江月の人生と龍光院の隆盛に大きく影響します。

【展覧会公式サイトの画像】欠伸稿

展覧会は、龍光院の住職として江月がのこした足跡の紹介から始まります。「欠伸稿(かんしんこう)」は、江月が前半生を詩文形式で日々の活動を記録したものです。すべて漢文で字をくずさず書かれており、より高いレベルの僧侶を目指していた気概が伝わってきます。

【展覧会公式サイトの画像】宗及茶湯日記

続く展示は、江月の実家・津田家がのこした名品です。個人蔵「宗及茶湯日記」は、江月の兄で天王寺屋を継いだ宗凡からさかのぼる三代が出席した茶会の記録です。安土桃山時代の上流階級の交流を通じ、茶の湯文化のリアルな足跡を今に伝えます。ところどころに見られるとても洒落た挿絵が、この日記をことさら上質に見せています。

【展覧会公式サイトの画像】曜変天目

この展覧会の目玉「曜変天目」は、MIHO MUSEUMで企画展が行われる会場の2F北展示室の中で、最も視線が集まりやすいコーナーに展示されています。ひし形のフロアの中心のガラスケースの中で360度鑑賞ができます。

その仕上がり状態から、最高峰の”曜変”とみなされる天目茶碗は世界に3つしか完存せず、すべて日本にあることはよく知られています。まさに世紀の大珍品です。3つとも国宝です。龍光院所蔵品は、津田宗及から江月に相続されたものと考えられています。

あと2つの曜変・静嘉堂文庫美術館と藤田美術館の所蔵品に比べ、曜変の特徴である”宇宙空間の瑠璃色の銀河”のような神秘的な輝きは、最も地味と評価する声が少なくありません。美術品の美しさは、観る人自身がどう思うかで決まります。他人の評価でみなすものではありません。どのように美しく、逆にちっぽけに見えるかはみなさん次第です。

静嘉堂/藤田/龍光院所蔵の本物3品とも私は見たことがあります。並列して見たことはありませんが、龍光院の曜変は深い静けさが魅力です。静かだからゆえに、その幽玄な魅力を見極めようと最も長時間見つめてしまいます。

宇宙の瑠璃色の銀河を思わせる妖艶な輝きは、3品すべてに備わっています。熱帯の昆虫の羽のように見える人もいるでしょう。あとは”どれが好きか”の違いだけです。そうした究極に怪しげで議論を呼び起こす魅力が、曜変天目なのです。

【展覧会公式サイトの画像】油滴天目 附 螺鈿唐草文天目台

曜変に続いて、龍光院所蔵の天目茶碗のもう一つ、重要文化財の「油滴」が展示されています。油滴はその名の如く、水面に油の滴がうかんだ様に、無規則にアナログに斑文が散りばめられているのが魅力です。

「曜変が最高峰で、油滴は二の次」、永らく形成されてきた天目茶碗の格付けイメージですが、私は油滴にむしろ魅力を感じます。”宇宙空間の銀河”のような神秘的な輝きは、油滴にもあてはまります。曜変は雲海のように見えますが、油滴は無数の星をちりばめたように見えます。油滴の方が果てしなく広い宇宙空間を感じさせます。


美術館入口 レセプション棟

曜変と称される天目茶碗はもう一つあり、加賀前田家に伝来していたものを現在MIHO MUSEUMが所蔵しています。龍光院展の期間中のコレクション展で展示されています。曜変の特徴である雲海の中に斑文が漂うような発色はわずかながらも、虹のような色の変化は美しく表れています。”完全ではない”曜変と呼ばれており、重要文化財です。雲海がないため”油滴”だと呼ぶ声もあります。

やれ国宝だ重文だというお上の格付けとは別格の、美しさ・怪しさをこの茶碗は持っています。宇宙のような紋様が現れるかは焼いてみないとわからない曜変ワールドを象徴する逸品です。

【展覧会公式サイトの画像】耀変天目(MIHO MUSEUM蔵)

展示後半のレビューは次回に続きます。



天目とは何ぞや?

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MIHO MUSEUM(滋賀県甲賀市)
大徳寺龍光院 国宝曜変天目と破草鞋(はそうあい)
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:MIHO MUSEUM、日本経済新聞社、京都新聞
会場:北館
会期:2019年3月21日(木)~2019年5月19日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~16:00

※4/21までの前期展示と4/23以降の後期展示、もしくは4/7までのI期展示と4/9-29のII期展示と5/1以降のIII期展示で
 一部展示作品/場面が入れ替えされます。
※前期・後期展示期間内でも、展示期間が限られている作品/場面があります。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていますが、企画展開催時のみ開館しています。



◆おすすめ交通機関◆

JR琵琶湖線「石山」駅下車、帝産バス乗り換え「MIHO MUSEUM」下車、徒歩1分
新名神高速「信楽」ICから車で15分、「草津田上」ICから車で20分
名阪国道「壬生野」ICから車で35分

JR大阪駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:00~00分
大阪駅→JR京都・琵琶湖線→石山駅→南口3番バスのりば→帝産バス150系統ミホミュージアム行→MIHO MUSEUM

【公式サイト】 アクセス案内

※バスは本数が少ないため、事前にダイヤを確認の上、利用されることを強くおすすめします。
※この施設には無料の駐車場があります。
※現地付近のタクシー利用は事前予約を強くおすすめします。


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戦前モダニズムのグラフィックデザイン_東京近美 杉浦非水展 5/26まで

2019年03月28日 | 美術館・展覧会

東京・竹橋の国立近代美術館で、わが国のグラフィックデザイナーの先駆けである杉浦非水(すぎうらひすい)の回顧展が行われています。

  • 東京国立近代美術館は遺族からの寄贈により700点もの非水作品を所蔵
  • 代表作の三越を始め多種多様なクライアントからの依頼作品は、戦前のモダニズム文化を色濃く伝える
  • デザインの素材として収集した写真や図案も面白い、非水の創作の多様性がよくわかる


非水のグラフィックにはどこか、熊谷守一の絵のようなぬくもりを感じます。100年前の作品ですが、古臭さはまったくなく、斬新にさえ見えるものも少なくありません。


2F展覧会場入口

非水は1876(明治9)年に松山市で生まれ、日本画家を志して東京美術学校(現:東京藝大)に入学します。在学中に黒田清輝から洋画やデザインの指導を受けたことをきっかけに、デザインの道に進むことを決意します。1908(明治41)年に三越のデザイナーとなり、日本のグラフィックデザインの黎明期をリードするようになります。

グラフィックデザインとは平面に施すデザインのことで、ポスター/新聞雑誌広告/イベントのちらし/商品パッケージ/ロゴマークが主な制作対象です。日本では、日露戦争に勝利し第一次大戦特需により好景気に沸いた1910年代が黎明期と考えられています。

三越は1904(明治37)年に「デパートメントストア宣言」を行い、大衆が消費や娯楽を楽しむ時代の訪れを世の中に提案します。近代工業国としての地位を確立し、大衆が豊かになっていった日本社会のニーズに、その提案はピタリとはまっていました。

消費や娯楽を大衆に訴えるための広告に各社は力を入れ始めます。消費社会の最先端を切り開いていたデパートの三越の広告を制作することは、デザイナーとしては当時、最高の名誉でした。日本の広告史上の最高傑作の一つとして有名な1913(大正2)年の帝国劇場の広告「今日は帝劇、明日は三越」はデザインを非水、コピーを浜田四郎、女性のイラストを竹久夢二が担当しました。

非水はその後、大蔵省専売局のたばこのパッケージや日本初の地下鉄・上野~浅草間開業のポスターなどを制作するかたわら、帝国美術学校(現:武蔵野美術大学)や多摩帝国美術学校(現:多摩美術大学)で教鞭をとりました。

非水と同時代に活躍し、三越や高島屋の広告を制作した橋口五葉(はしぐちごよう)や北野恒富(きたのつねとみ)もグラフィックデザイナーの先駆けと評されることもありますが、この二人はどちらかと言うと画家です。非水は画家としての活動をほとんど行わず、グラフィックデザイナーと言う新しい職業の地位の確立や後進の育成に生涯をささげました。

【国立美術館 所蔵作品総合目録検索システムの画像】三越呉服店 春の新柄陳列会
【国立美術館 所蔵作品総合目録検索システムの画像】銀座三越 四月十日開店(後期展示)

展示作品は1910年代から50年代の製作で、大半が東京国立近代美術館の所蔵品です。非水の故郷で充実した非水コレクションを持つ愛媛県美術館の所蔵作品も含まれます。

永らく所属したこともあって三越関連の作品が目立ちます。「三越呉服店 春の新柄陳列会」は1914(大正3)年、「銀座三越 四月十日開店(後期のみ展示)」は1930(昭和5)年の作品です。いずれも戦前のモダニズム文化を感じさせる非常に美しい作品です。女性の服が和装から洋装に替わっているところに16年間の服飾文化の変化が現れています。

【国立美術館 所蔵作品総合目録検索システムの画像】東洋唯一の地下鉄道 上野浅草間開通

初の地下鉄開通のポスターは1927(昭和2)年の作品です。モダンな洋装の人々が埋め尽くすホームに地下鉄車両が入ってきます。科学と経済の進歩が強烈に印象付けられ、今見ても”乗りたくなる”ような素晴らしいデザインです。

【国立美術館 所蔵作品総合目録検索システムの画像】ヤマサ醤油

1920年代の進物用の瓶詰醤油の広告です。高級感のある醤油の黒色を引き立たせる背景の色使いが絶妙です。

【国立美術館 所蔵作品総合目録検索システムの画像】人も組織も総動員 第二次産業組合拡充三ヶ年計画

1937(昭和12)年の軍国主義の時代を色濃く感じさせる作品です。軍事中心と言うマーケティングは、デザイナーにとって、とてもやりにくい仕事であったことをうかがわせます。

【国立美術館 所蔵作品総合目録検索システムの画像】ツーリスト 第20年第4号

「人も組織も総動員」と同じ1937(昭和12)年の作品です。国内外に向けて日本国内の旅行を喚起するための雑誌であり、表紙のデザインは重々しくはありません。しかしこの雑誌の15年前の表紙と比べると、華やかさの抑制を感じます。

【国立美術館 所蔵作品総合目録検索システムの画像】植物写生帖 秋之部二

写生帖や絵葉書、写真、雑誌の切り抜きと言ったデザインの図案になる資料も多く展示されています。現在とは比べ物にならないほど、情報や画像の閲覧・収集が難しかった時代です。写生帖は、デッサンのような作品もありますが、とても写実的に表現し、彩色までしている作品もあります。絵ハガキや写真の収集もあらゆる分野に渡っています。非水のプロ意識が強くうかがえます。

【国立美術館 所蔵作品総合目録検索システムの画像】黒田清輝「杉浦非水像」後期展示

非水をデザインの道に進ませることになった黒田清輝が1915(大正4)年に非水を描いた作品です。非水はすでに著名デザイナーとなっており、売れっ子としての風格とオーラを見事に表現した秀作です。後期展示のみですので私は実際には見ていませんが、この作品のためだけに後期展示にも行きたくなるほどです。


MOMATコレクション展 入口

杉浦非水展のチケットで、所蔵作品展である「MOMATコレクション」も鑑賞できます。東京国立近代美術館は、明治時代後半以降の日本人作家による近代日本画・洋画のコレクションでは、日本国内では群を抜いています。企画展鑑賞の際には必ず「MOMATコレクション」の鑑賞をおすすめします。教科書で見たことがあるような著名作品がずらりと並んでいます。

【東京国立近代美術館】MOMATコレクション 2019/1/26-5/26

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



デザインは時代の空気を如実に表す

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東京国立近代美術館
企画展
イメージコレクター・杉浦非水展
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:東京国立近代美術館
会場:2階 ギャラリー4
会期:2019年2月9日(土)~5月26日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~16:30(金土曜~19:30)

※4/7までの前期展示、4/10以降の後期展示で一部展示作品/場面が入れ替えされます。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っています。



◆おすすめ交通機関◆

東京メトロ東西線「竹橋」駅下車、1b出口から徒歩3分
東京メトロ東西線・半蔵門線、都営新宿線「九段下」駅下車、4番出口から徒歩15分
東京メトロ半蔵門線、都営新宿線・三田線「神保町」駅下車、1A出口から徒歩15分

JR東洋駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:15分
東京駅(大手町駅)→東京メトロ東西線→竹橋駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には駐車場はありません。
※渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


________________

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大阪にさりげなく鳥獣戯画登場_中之島香雪美術館「明恵」展 5/6まで

2019年03月25日 | 美術館・展覧会

大阪・中之島香雪美術館で京都・高山寺(こうざんじ)ゆかりの超一級の文化財が登場する展覧会「明恵(みょうえ)の夢と高山寺」が始まりました。あの鳥獣戯画も四巻すべてが出ます。

  • 明恵は鎌倉時代初期の高山寺の実質的な開祖、夢を記録した「夢記」から超人ぶりがうかがえる
  • 鳥獣戯画に加えて国宝の明恵上人像と仏眼仏母像も登場、高山寺の文化財の最高峰が勢揃い
  • 神護寺と並んで高山寺はわが国有数の中世文化財の宝庫、鎌倉時代の様子がとてもよくわかる


4年前に完成した鳥獣戯画の全面修理を朝日新聞社の財団が支援しており、その縁で中之島香雪美術館にこれだけの質の出展が実現しました。次の機会はいつあるかわかりません。


美術館のあるフェスティバル・タワー・ウエスト

高山寺所蔵の国宝・重要文化財がこれだけまとまって出展されるのは、2014年から2016年にかけて、京都・東京・九州の各国立博物館で行われた「鳥獣戯画展」以来です。鳥獣戯画は日本で最も有名な絵画の一つであり、漫画の元祖とも言われるように誰でも親しみが持てる描写がなされています。そのため先の展覧会では3時間以上の入館待ち行列が発生していました。

中之島香雪美術館はオフィスビルの中にある美術館です。そのような行列が発生すれば大混乱に陥るため、とっておきの演出が行われているようです。展覧会のタイトルに「鳥獣戯画」を入れていないのです。「明恵」「高山寺」とも知名度はさほど高くないので、ネット上の検索では「鳥獣戯画」の出展に気付きにくくなっています。

私は展覧会開幕直後に訪れたこともあり、混雑は全くなく、逆に拍子抜けしました。しかし展覧会は終わりに近づくほど評判が高まり、”早く行かなきゃ終わってしまう”とみんな焦りだすので混雑します。美術館側も入口に行列用のガイドポールを用意していましたが、人気に火が付いたらとても足りません。入場整理券の配布と言った特別な措置が取られることもあるでしょう。

展覧会タイトルに「鳥獣戯画」を入れなかった影響がどのように現れるかはわかりませんが、とにかく早めの鑑賞をおすすめします。なお4/16以降の後期展示で目玉作品が大きく展示替えされます。今回の展覧会は前後期どちらかだけを選べるような代物ではありません。前後期の2回、いずれも早めの鑑賞をおすすめします。



京都の西北、愛宕山の奥深い山中にある高山寺は、奈良時代からあった山岳修行の僧房を前身に、鎌倉時代初めに明恵が中興しました。明恵は西大寺の叡尊と並んで、鎌倉時代に戒律の復興に力を注いだことでも知られており、実直な学問僧でした。高山寺に鳥獣戯画など主に鎌倉時代の文化財が多くのこされているのは、明恵の人徳が大きく影響していると思われます。

【展覧会公式サイト】ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

展覧会の入口では、前期は耳を切り落としたという明恵の肖像画・久米田寺蔵「明恵上人持経蔵」が展示されています。戒律や仏堂に厳格だった割には穏やかな表情で描かれており、ゴッホのような狂気の印象は全く受けません。自分に厳しく、他人には厳しさを見せなかった人物かもしれません。後期では高山寺蔵の国宝「明恵上人樹上坐禅像」が替わって展示されます。

「夢記」は数多く残されています。一回の夢をかなり詳細に記しており、毎朝起きてすぐ、忘れない内に書き留めていたのでしょう。夢を分析することで自らの仏道の到達レベルを知ろうとするとは、驚くべき発想です。

「子犬」は高山寺のアイドルのような彫刻作品として人気です。明恵が夢の中で何度も犬を見ていることから、常に傍らに置いていたと伝えられています。円山応挙や長澤芦雪のような愛くるしい表情が、見る者のハートをわしづかみにします。顔に似合わず重要文化財です。

【高山寺公式サイトの画像】鳥獣人物戯画

鳥獣戯画は独立したコーナーにまとめて展示されています。前期は甲・乙巻、後期は丙・丁巻が展示されます。前後期期間内でも展示場面が変更されます。擬人化された兎・蛙・猿が描かれて特に有名なのは前期展示の甲巻です。乙巻は空想上も含めて動物の様子を博物標本のように忠実に描いています。

甲・乙巻は平安時代末期の制作と考えられています。タッチが異なることから、複数の絵師の作品を一つの巻物のように仕立てたとする説が現在は有力です。古来ささやかれる鳥羽僧正覚猷を作者とする説は、現在は否定的です。何のために描いたのかもまったくわかっていないため、絵の上手な画僧が即興的に描いたものが高山寺に集まり、大切に保存されてきたのでしょう。

平安時代までの絵巻や仏画で動物を描いたものはほとんどありません。オフィシャルな絵画のモチーフとして採用する発想自体がなかったのだと私は思います。

動物は古今東西、身近にいて豊かな表情を見せてくれます。そんな豊かな表情を絵にしようと思いつく画僧がいても不思議ではありません。オフィシャルな絵ではないので、収め先の反応を気にせず自由に遊び心たっぷりに描くことができます。擬人化した構図は遊び心そのものです。動物の写生的な描写や、風俗画のように人が遊ぶ姿を描くのも、自由に表現した非公式作品がのこされた結果です。

このような自由な絵は、実際もっとたくさんあったものの、非公式な絵なので保管はなおざりにされがちです。高山寺の鳥獣戯画は、奇跡的にのこされた自由な作品なのです。

以上、私の仮説です。
みなさんなりに鳥獣戯画を推理してみてください。
推理すればするほど、この傑作の魅力の悪魔に洗脳されていきます。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



写経ではなく”写戯画”も面白そう

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中之島香雪美術館
特別展「明恵の夢と高山寺」朝日新聞創刊140周年記念
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:香雪美術館、高山寺、朝日新聞社
会期:2019年3月21日(木)〜5月6日(月)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~16:30

※4/14までの前期展示、4/16以降の後期展示で一部展示作品/場面が入れ替えされます。
※前期・後期展示期間内でも、展示期間が限られている場面があります。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。



◆おすすめ交通機関◆

大阪メトロ四つ橋線「肥後橋」駅下車、4番出口から徒歩3分
京阪中之島線「渡辺橋」駅下車、12番出口から徒歩3分
大阪メトロ御堂筋線・京阪本線「淀屋橋」駅下車、7番出口から徒歩8分
JR大阪駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:10分
JR大阪駅(西梅田駅)→メトロ四つ橋線→肥後橋駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設が入居するビルに有料の駐車場があります。
※駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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フランス絵画と近代洋画がお見事_笠間日動美術館にぜひおでかけを

2019年03月23日 | 美術館・展覧会

茨城県の水戸から西へ行くと、笠間(かさま)市があります。笠間稲荷と笠間焼で知られていますが、笠間日動美術館という素晴らしい美術館もあります。日本を代表する美術商である日動(にちどう)画廊の創業者が蒐集した作品を展示しています。

  • 常設展示の印象派などフランス近代絵画に加え、日本の近現代の洋画のコレクションもとても質が高い
  • 自然の傾斜を利用した彫刻の屋外展示と竹林を進む散策路では緑のイオンが鑑賞者を和ませる
  • 常に常設展と企画展が並行して行われており、画商系の美術館だけあって企画のレベルは高い


関東平野の隅っこにあることから東京からは電車でも車でも2時間ほどはかかりますが、わざわざ訪れる価値のある美術館だと感じました。北関東には上質の美術館が点在しているようです。


パレット館

笠間日動美術館は、1972(昭和47)年に東京・銀座の日動画廊の創業者・長谷川仁夫妻により、長谷川家の出身地・笠間に創設されました。日動画廊は1928(昭和3)年創業の日本最古の画廊で、現在の東京海上日動火災の前身・日動火災保険のビルを間借りして開業したことが画廊の名前の由来になったという、面白いエピソードがあります。

藤田嗣治・佐伯祐三ら昭和以降の洋画家とはほとんど付き合いがあり、19c後半の西洋絵画や日本の近代洋画を俯瞰できるような作品を少しずつ蓄積していったようです。画商であるがゆえに客から求められれば売らざるを得ません。コレクション形成は一筋縄ではいかなかったと推測されますが、それにしても見事です。


パレットコレクション

画家との付き合いの広さは、「画家が使用していたパレット」を譲り受けた大変珍しいコレクションから感じ取ることができます。300点を超すパレットには画家が様々な個性的な絵を描いており、日本の著名な洋画家の名前がずらりと並びます。ユトリロやピカソのパレットもあります。

今もパレットは増え続けていると言います。長谷川仁は、ユトリロの展覧会で展示されたパレットからユトリロらしい白の色使いを感じ、収集を思いついたと述べています。確かに画家の個性がパレットには表れています。


山の遠景をのぞめる散策路が美しい

美術館には、敷地北端の企画展示館、南端のフランス館のどちらの入口からも入ることができます。駐車場も両方にあります。敷地の中間が尾根になっており、南北両側の斜面を利用して設けられた散策路からは、山の遠景とともに屋外展示の彫刻も楽しめます。北端の企画展示館にあるカフェからは、竹林の静寂な美しさも楽しむことができます。

フランス館は常設展示スペースで、1Fは長谷川仁夫妻の愛蔵工芸品、スーラやルドンらのデッサン画が展示されています。2Fは、この美術館の目玉である印象派~エコールドパリの時代のフランス絵画の常設展示室です。

【美術館公式サイトの画像】ルノワール「泉のそばの少女」
【美術館公式サイトの画像】モネ「ヴェトゥイユ、水びたしの草原」

「泉のそばの少女」は、ぬくもりのある女性の肌を見事に表現した、とてもルノワールらしい名品です。円熟期の作品で、小品ながらもしっかりした存在感があります。「ヴェトゥイユ、水びたしの草原」もとてもモネらしい名品です。タッチに若々しさがありますが、どこまでも明るい光と水面の表現を追求しています。

【美術館公式サイトの画像】ゴッホ「サン=レミの道」

「サン=レミの道」はゴッホが死の直前に描いた作品です。南仏の明るい風景をとても健康的に大胆に描いており、精神を病んでいたようには感じさせません。こちらも小品ですが、作品が発するオーラは抜群です。


展示室の入口にはカーテン

笠間日動美術館の常設展示室は、カーテンを開けて入るようになっていることが印象に残りました。展示空間を暗くする必要のあるコンテンポラリーアート作品ではよく見かけますが、油絵の展示室では珍しい入り方です。

とくべつな空間に入っていくような緊張感を鑑賞者に与え、声の大きい会話を自然と抑制するような効果があり、鑑賞に集中しやすくなると感じました。画廊のプロらしい演出です。

【美術館公式サイト】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

私が訪れた時には企画展「ARTとEAT 食にまつわる美術のはなし」が開催されていました。企画展示館の1Fは様々な食にまつわる近代洋画を中心とした絵画、2Fは北大路廬山人を中心とした器の展示です。

高橋由一「鯛図」は標本のように忠実ながらも生命感のある表現が目を引きます。高橋由一らしさを感じます。安井曾太郎「実る柿」は本物のように見える柿の皮の質感の表現が見事です。

北大路廬山人のコレクションは、廬山人の鎌倉の自宅を美術館の近辺に移築し、笠間日動美術館の分館・春風萬里荘(しゅんぷうばんりそう)として公開していることから、やはり充実度は違います。竹久夢二や熊谷守一といった、意外な作家の陶磁器も興味深く鑑賞できました。


南側入口、フランス館

「ARTとEAT 食にまつわる美術のはなし」は3/17で終了しており、3/23からは「シンクロニシティ -宮津大輔コレクション×笠間日動美術館 響き合う近・現代美術-」が行われます。宮津大輔氏は普通のサラリーマンとして無名時代に作品を購入し、今ではその作家たちがとても有名になったため、審美眼への評価が高い異色のコレクターです。

こちらも内容は充実していると確信できます。春が近づき、ちょっとしたお出かけが心地よい季節です。ぜひ笠間まで足をお運びください。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



画廊の敷居は高くない

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笠間日動美術館
ARTとEAT 食にまつわる美術のはなし 2019/3/17終了
【美術館による展覧会公式サイト】

シンクロニシティ -宮津大輔コレクション×笠間日動美術館 響き合う近・現代美術-
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:笠間日動美術館
会場:企画展示館
会期:2019年3月23日(土)~5月19日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:9:30~16:30

※この美術館の一部の常設展示作品は、非営利かつ私的使用目的でのみ、撮影禁止作品以外の会場内の
 写真撮影が可能です。ただしフラッシュ/三脚/自撮り棒/シャッター音は禁止です。



◆おすすめ交通機関◆

JR常磐線「友部」駅下車、北口で「かさま観光周遊バス」に乗り換え「日動美術館」下車、徒歩2分
JR水戸線「笠間」駅から車で5分
北関東道「友部」ICから車で15分、「笠間西」ICから車で20分

JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:1時間30分~2時間
東京駅→常磐線特急ときわ→友部駅→かさま観光周遊バス→日動美術館

【公式サイト】 アクセス案内

※鉄道やバスは本数が少ないため、事前にダイヤを確認の上、利用されることを強くおすすめします。
※この施設には無料の駐車場があります。
※現地付近のタクシー利用は事前予約をおすすめします。


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3年毎 現代アートの定点観測_東京 六本木 森美術館 5/26まで

2019年03月22日 | 美術館・展覧会

東京・六本木・森美術館で3年おきに開催されている「六本木クロッシング」展を見てきました。最先端の日本のアートシーンを定点観測する森美術館の”定番”展覧会です。

  • 2019年のテーマは「つながり」、異質なものをつなぐ発想を感じると、頭の中が心地よく刺激される
  • 25組のアーティストによる「つながり」は、分断が進む社会に発想の転換を促している
  • 展示構成が章立てされておらず、気になる作品を自由に見比べて鑑賞するのが面白い


森美術館ならではのゆとりのある展示空間と円形の展示室配置は、コンテンポラリーアートを楽しむにあたって「次にどんな作品が飛び出すか」というワクワク感を高めてくれます。平日の仕事帰りに行くと、きっと心が軽くなるでしょう。



六本木クロッシングは、毎回時代に応じたテーマを設定しています。前回2016年は、SNSによりバーチャルなコミュニケーションの普及で、突然時代の寵児になることもありえる「個人」にスポットをあてました。その前2013年は東日本大震災後の社会的意識の高まりを通じ、既存の社会通念や規範に「疑念(ダウト)」を持つことで、新しい日本の風景を見出そうとしました。

制作されて間もないコンテンポラリーアート作品は、鑑賞時と制作時の時代背景はほぼ同じなので、時代背景を改めて学ぶ必要はありません。六本木クロッシングは社会性の強いテーマを設定していることもあり、アーティストが未来に向けて何を表現しようとしているのかを注意深く観察すると、より興味深く鑑賞できます。様々な発想が見えてくるところに面白さがあります。



展覧会入口からは、飯川雄太(いいかわたけひろ)「デコレータークラブーピンクの猫の小林さんー」の猫の顔の半分だけが見えるようになっています。この猫、展示空間にギリギリ収まっているほど巨大で全貌を一目で見渡すことはできません。とても愛嬌のある顔をしていますが、実は「フェイク」かもしれません。

情報があまりにも多すぎて正しく選別することが難しくなっている現代社会に問題意識を提起するような作品が、展示の最初からインパクトを鑑賞者に与えています。

【美術館公式サイト 展示風景】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

林千歩(はやしちひろ)の「人工的な恋人と本当の愛」は、陶芸教室を営むAIロボットの「アンドロイド社長」が人間の女生徒と恋に落ちるストーリーを映像にしています。人間とロボットとのやり取りは「変なホテル」ですでに現実化しており、サービス業の様々なシーンでこれから目にする機会がますます増えていくでしょう。この映像は決して夢物語でもエンタテイメントでもなく、実際に起こりうることを暗示しているかのようです。



青野文昭(あおのふみあき)「なおす・代用・合体・連置―ベンツの復元から―東京/宮城(奥松島・里浜貝塚の傍らに埋まる車より)2018」は、東日本大震災で壊されていたものを拾って収集し、それらを”直す”がごとく組み合わせてアート作品にしています。打ち捨てられたモノでも組み合わせによって、新しい価値を生み出すことを強烈にアピールしている作品です。

磯谷博史(いそやひろふみ)「花と蜂、透過する履歴」は、夜釣りでイカをおびき寄せるために使用する巨大な電球の中になんとはちみつを入れ、黄金色で柔らかいはちみつ特有の温かい光を放つ作品です。灯りを通じて吸い寄せられるように鑑賞者が近づいていきます。見事な”つながり”表現です。


東京シティビュー

森美術館の展覧会のチケットはほとんどの場合、森美術館入口からエスカレーターをおりた一つ下の階の52Fを一周して東京の360度ビューを楽しむことができる「東京シティビュー」エリアにも追加料金なしで入ることができます。最近では渋谷駅のあたりが、来るたびに光景が代わっていくのを目の当たりにすることができます。

「東京シティビュー」なしの展覧会チケットは基本的にないので、しっかり楽しんでいきましょう。


できてから16年も経つとは思えない外壁の輝き

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



六本木の美術館には世界のエリートが集う

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森美術館
森美術館15周年記念展
六本木クロッシング2019展:つないでみる
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:森美術館
会期:2019年2月9日(土)~5月26日(日)
原則休館日:会期中は無休
入館(拝観)受付時間:10:00~21:30(火曜~16:30)

※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。

※この展覧会は、非営利かつ私的使用目的でのみ、撮影禁止作品以外の会場内の写真撮影と
 Web上への公開が可能です。ただしフラッシュ/三脚/自撮り棒/シャッター音は禁止です。



◆おすすめ交通機関◆

東京メトロ日比谷線「六本木」駅下車、1C出口から徒歩3分(コンコースにて直結)
都営地下鉄大江戸線「六本木」駅下車、3出口から徒歩9分
都営地下鉄大江戸線「麻布十番」駅下車、7出口から徒歩12分
東京メトロ南北線「麻布十番」駅下車、4出口から徒歩15分
東京メトロ千代田線「乃木坂」駅下車、5出口から徒歩12分

JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:20分
東京駅→東京メトロ丸の内線→霞ヶ関駅→東京メトロ日比谷線→六本木駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には有料の駐車場があります。
※渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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明治のパリの凄腕日本美術商 林忠正_上野 西洋美術館 5/19まで

2019年03月20日 | 美術館・展覧会

上野の西洋美術館では現在「ル・コルビュジエ」展が行われていますが、並行してもう一つの展覧会が”ひっそりと”開かれています。明治時代にパリで日欧文化の懸け橋となって活躍した美術商・林忠正(はやしただまさ)の足跡をしっかりとたどっています。

  • 流暢なフランス語で浮世絵や日本美術をパリで紹介し、19c後半のジャポニスム形成に大きく寄与
  • 印象派の画家や欧州のコレクターとの交友は幅広く、絶大な信頼を得ていた
  • 日本に欧州文化を伝えるべく自らも印象派作品を収集し、日本初の西洋美術館構想を抱いていた
  • 1900年のパリ万博の現場責任者を無償で務め、文化の発信と貿易の機会確保にも大いに貢献


明治時代の欧州で、日本という極東の小国の存在感を強く印象付けた林の功績は計り知れません。明治ニッポンが悲願だった不平等条約改正にも少なからず好影響を与えたと思えます。



「林忠正」展は、開館60周年記念の「ル・コルビュジエ」展と全く同じスケジュールで行われていることに、西洋美術館の林忠正への特別な思いを感じます。

西洋美術館と林忠正に直接的な接点はありませんが、西洋美術を展示する美術館を日本で開設しようと最初に構想したのは林忠正です。これは明治末期の1900年頃のことで、西洋美術館開館のきっかけとなった松方コレクションを形成した松方幸次郎が、同じく西洋美術を展示する美術館建設構想を抱くより25年ほど先立ちます。

林の構想は、帰国直後に林がこの世を去り、蒐集品がすぐに散逸したため実現しませんでした。

松方の構想は、経営していた川崎造船が倒産してコレクションが差し押さえられた、英仏に保管していたコレクションが高額関税で日本に持ち込めなかった、ことから頓挫します。フランスにのこされた松方コレクションが第二次大戦後にフランス政府から返還される際に、展示する美術館を設けることが条件になったため、建設されたのが西洋美術館です。

西洋美術を展示する美術館を日本で開設する構想を”宗教”に例えるなら、林は”開祖”にあたります。西洋美術館にとって林は、松方と並んで偉大なる先人なのです。

この間に、実際に日本で最も早く西洋美術を展示する美術館として1930(昭和5)年に開館したのは、倉敷の大原美術館です。西洋美術にだれも見向きもしなかった時代に一地方都市に開設し、戦後には全国に先駆けて歴史的景観を味わう観光の中心スポットとして賑わいを創出します。大原孫三郎の先見の名には頭が下がります。


展覧会チラシ 【画像出典:展覧会公式サイト】

林は1853年に現在の富山県高岡市で生まれ、1878(明治11)年のパリ万博に合わせパリに出店した日本の国策貿易会社・起立工商会社(きりつこうしょうがいしゃ)のフランス語通訳として初めて渡仏します。1884(明治17)年には日本美術の店を開き、幾多の画家やコレクターとの交友関係を築いていきます。

当時の欧州は一大日本ブーム(ジャポニスム)に沸いていましたが、日本語を理解できる人間はほとんどおらず、林の流暢なフランス語によるうそのない作品の解説や商談が人々の心をとらえたのです。林より早く浮世絵を欧州に紹介していた美術商のサミュエル・ピングとも林は懇意でした。

展覧会では1905(明治38)年に帰国するまでの約30年間に、林が様々な人と交流した手紙などの足跡が濃厚に展示されています。林の孫の夫人で歴史作家の木々康子が大切に保管してきた手紙・写真・ノートからは、単なる美術商にとどまらず、日本文化のサロンの主催者のような存在に林がなっていたことがうかがえます。

中でも手紙や葉書のやりとり相手の多さには驚かされます。今回の展覧会では出品リストに、手紙のやりとり相手の解説が付けられており、交友範囲がとてもよくわかります。美術展の出品リストとしては、異色の粋な計らいです。

【展覧会公式サイト】出品リスト

万博に出品された美術品の図録からは、当時の欧米での日本美術に対する熱狂ぶりを感じます。当時はこうした図録しかメディアがありません。多様なメディアを利用できる現代より、はるかに人々の思いが乗り移っているように感じられます。世界は日本文化を知ることで、日本が先進国の仲間入りができると感じ、不平等条約の改正につながったようにも感じます。


パリ グラン・パレ

林が指揮を執った1900年のパリ万博の会場、グラン・パレとプティ・パレは、現在も美術館や展示会場として使用されています。中でもプティ・パレにあるパリ市立プティ・パレ美術館は近年、日本美術の展覧会の会場になることが多くなっています。

昨年2018年は「伊藤若冲」展で動植綵絵すべてを展示、2015年には「歌川国芳」展が大成功を収めています。林の美術品を通じた文化交流にかける思いが現代にまで伝わっているように思えてなりません。

主にアメリカで活躍した美術商・山中定次郎と並んで、日本文化の魅力を世界に伝えた男の物語です。「ル・コルビュジエ」展とセットで鑑賞することで、西洋美術館の魅力をより深く理解できるようになります。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



木々康子による林忠正研究の集大成

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国立西洋美術館
林忠正 ―ジャポニスムを支えたパリの美術商
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:国立西洋美術館
会場:新館 版画素描展示室
会期:2019年2月19日(火)~2019年5月19日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:9:30~17:30(金土曜~19:30)

※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っています(本展会期中は新館展示室のみ)。




◆おすすめ交通機関◆

JR「上野駅」下車、公園口から徒歩2分
東京メトロ・銀座線/日比谷線「上野」駅下車、7番出口から徒歩8分
京成電鉄「京成上野」駅下車、正面口から徒歩8分

JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:15分
JR東京駅→山手・京浜東北線→上野駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には駐車場はありません。
※道路の狭さ、渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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ル・コルビュジエ建築の原点にふれる_上野 西洋美術館 5/19まで

2019年03月19日 | 美術館・展覧会

建築家ル・コルビュジエの名は、2016年に彼の設計作品である東京・上野の国立西洋美術館・本館が世界遺産登録されたことで、日本でもかなり著名になりました。しかし彼が画家としての側面を持つことはほとんど知られていません。国立西洋美術館で、建築の巨匠と呼ばれるようになった原点を、彼の画家としての活動から探る展覧会が行われています。

  • 装飾がなく床や柱の自由な組み合わせで空間を造るル・コルビュジェ建築の原点は、ピュリスム絵画
  • 第一次大戦終結直後の同時代に流行したキュビズム絵画やアールデコ建築との対比が興味深い
  • 通常は常設展会場の本館をあえて会場にしていることで、ル・コルビュジェの魅力を一層味わえる


コルビュジェによる自由で芸術的な本館の展示空間で、画家としての彼の側面を鑑賞できます。通常のB2F企画展示室ではなく、本館で特別展を鑑賞できること自体も、めったにない体験になります。



ル・コルビュジエ Le Corbusier というのは実はペンネームで、本名はシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ Charles-Édouard Jeanneret です。1887年にスイスで生まれ、建築を学ぶためにパリに出てきます。1918年にアメデエ・オザンファン Amédée Ozenfant と共に「キュビズム以後」を出版し、理論に基づく構成で機械的な絵画表現を行うピュリスム(純粋主義)を提唱します。

1920年には芸術雑誌「レスプリ・ヌーヴォー」をオザンファンと共に創刊し、芸術と生活のあらゆる面での機械的な表現を主張するようになります。ジャンヌレがこの雑誌に寄稿する際に使い始めたペンネームがル・コルビュジエです。以降建築家としての知名度が上がるにつれ、ル・コルビュジエの名だけが知られるようになります。


展覧会公式YouTube

通常の常設展と同じく、本館1Fの19世紀ホールがこの特別展の入口です。2Fまで吹き抜けの空間には、柱・階段・バルコニーが自由に組み合わされていますが、壁やパーツに装飾は一切ありません。まさにコルビュジェによる芸術的で自由な空間から展覧会が始まることに、ワクワク感を覚えます。本館を会場にしたことは、大正解の演出です。


展覧会入口の19世紀ホール(この部屋の展示のみ私的利用の写真撮影OK)

特別展の順路は常設展と同じです。19世紀ホールのゆったりした階段で本館2Fへあがります。一周して鑑賞する本館2Fがメイン会場で、一周後に新館へ入ると常設展になります。特別展のミュージアムショップは、いつもの特別展と同じく、1F正面入口前に設けられています。

出展作品は、主催者でもあるル・コルビュジエ財団所蔵品を中心に、世界中の美術館から集められています。西洋美術館や主催者は作品を借りる交渉にとても苦労したでしょう。コルビュジエ作品・史料を多く所蔵している大成建設からの出展も、普段は公開していないため注目です。

【大成建設】ギャルリー・タイセイ ル・コルビュジエ コレクションについて

ジャンヌレとオザンファンによるピュリスム絵画は、一見キュビズムに似ているように見えますが、キュビズムのように何をモチーフにしているのかわからないようなことはありません。平面に描いた静物を幾層にも重ねて表現しており、一定の規則に基づき機械的に描いたコンピュータ・グラフィックスのように見えます。ジャンヌレ「多数のオブジェのある静物」、オザンファン「和音」はその典型的な作品です。

一定の規則に基づくことがピュリスム表現の根幹です。そのため作者の個性が作品に現れにくいという解説がなされていたことに、妙に納得しました。

【展覧会公式サイト】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

ピカソやブラックらのキュビズム作品も多く展示されており、ピュリスム作品との魅力の違いをより考えやすいような構成になっています。個人的にはピュリスム的表現は、建築のような3Dでより大きな表現ができる作品の方が、魅力的に映ると感じました。ピュリスムは高度なテクニックを駆使した緻密な表現は行いません。絵画のように2Dで小さい表現しかできないと、作者の個性が伝わりにくいのです。

ル・コルビュジエは「近代建築の五原則」として5つの要素をあげ、これらを組み合わせることで芸術的な空間を造ろうとします。ピロティ/屋上庭園/自由な設計図/水平連続窓/自由なファサードです。ファサードは「自由」と定義していますが、建物の外壁から室内の壁に至るまで。装飾を全く行わないことに特徴があります。現代でも通用するモダニズム・デザインです。

【サヴォワ邸公式サイトの画像】

最高傑作とされるパリ郊外のサヴォワ邸はこの5つの要素が最も美しく表現されています。国立西洋美術館でも、屋上は公開されていないため庭園の様子はわかりませんが、装飾のない正面ファサードの下にピロティが設けられています。展示室空間も変化に富んだ柱や壁の配置が印象的ですが、美術館なので大きな窓がないのはやむをえません。

ル・コルビュジエ建築作品の模型やデザインスケッチも多く展示されていますが、展覧会の会場空間そのものを見ることで、ピュリスムを原点とした彼の空間表現思想がより理解しやすくなります。



建築家としての足跡がわかる展示ではなく、画家としての活動に重きを置いた構成にしたことも、かえってル・コルビュジエ建築の奥深さと美しさを味わいやすくなっています。本館を会場にしたこともなおさらです。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



建築ムックと言えば Casa BRUTUS

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国立西洋美術館
開館60周年記念
ル・コルビュジエ 絵画から建築へ―ピュリスムの時代
【美術館による展覧会公式サイト】
【主催メディアによる展覧会公式サイト】

主催:国立西洋美術館、ル・コルビュジエ財団、東京新聞、NHK
会場:本館
会期:2019年2月19日(火)~2019年5月19日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:9:30~17:30(金土曜~19:30)

※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っています(本展会期中は新館展示室のみ)。



◆おすすめ交通機関◆

JR「上野駅」下車、公園口から徒歩2分
東京メトロ・銀座線/日比谷線「上野」駅下車、7番出口から徒歩8分
京成電鉄「京成上野」駅下車、正面口から徒歩8分

JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:15分
JR東京駅→山手・京浜東北線→上野駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には駐車場はありません。
※道路の狭さ、渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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皇族ゆかりの品はその国の文化力を表す_東博 即位30年記念展 4/29まで

2019年03月18日 | 美術館・展覧会

まもまく退位される天皇皇后両陛下の即位30年祝賀行事が、東京では東京国立博物館と三の丸尚蔵館で行われています。東博での展覧会は「両陛下と文化交流」と題し、皇室ゆかりの名品や両陛下の文化交流の足跡を紹介しています。

  • 即位の礼で使用した屏風など、めったに公開されない皇室の調度品がずらりと並ぶ
  • 両陛下が外国訪問時に日本文化を伝えるために持参した、宮内庁所蔵の一級の美術品が素晴らしい
  • 両陛下が着用した御召物は、素材の質感そのものとそれを際立たせるデザインがさすが


皇族ゆかりの品はその国の文化力を表す。平成は、引き続き高い文化力を保持していた時代だったと確信できる展覧会です。



この展覧会の会場は、日本美術のコレクション展の会場である東博の本館で行われています。平成館で行うほどの展示規模がない特別展に使用される、1F正面大階段の奥にある特別5室が会場です。特別5室が会場となる展覧会は、2016年の「二つの半跏思惟像」「櫟野寺」など、平成館の特別展より”展示企画が乙”なものが多く、私は大好きです。

この展覧会は、皇室ゆかりの日本美術の名品に関する展覧会やフォーラムを開催する、宮内庁/文化庁/読売新聞社による「紡ぐ(つむぐ)プロジェクト」の一環として行われています。展覧会の収益により美術品の保存/公開/修理の好循環サイクルを維持しようとするもので、いわば美術品のSDGs(持続可能な開発目標)を達成するための取り組みです。

「両陛下と文化交流」が終了すると、引き続き「紡ぐプロジェクト」による「美を紡ぐ 日本美術の名品」展が行われます。今後、宮内庁・文化庁所蔵作品を公開する展覧会が増えてくることが楽しみです。

【展覧会公式サイト】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

展覧会の入口の直後に巨大な屏風が展示されています。今上(平成)天皇即位後に行われた、秋の収穫を初めて祝う大嘗祭(だいじょうさい)で用いられた「地方風俗歌屏風」です。大嘗祭に供える稲を収穫する田を、東日本の悠紀(ゆき)地方、西日本の主基(すき)地方の2か所から占いで選び、その地方の四季や風俗を絵にした屏風を儀式で用いるのが慣例になっています。

3/31までの前期展示では東山魁夷による悠紀地方(秋田県)、4/2からの後期展示では高山辰雄による主基地方(大分県)の屏風が展示されます。高さ2mを超す六曲一双の屏風で、大きさはさておき、神々しい描写に”特別感”を感じます。

大嘗祭で用いる「地方風俗歌屏風」は、近代以降は当代きっての画家が制作を担当しています。大正天皇の際は竹内栖鳳と野口小蘋(しょうひん)、昭和天皇の際は川合玉堂と山元春挙です。新天皇の大嘗祭は今年2019年11月14日から行われますが、「地方風俗歌屏風」が制作されるのか、誰が制作するのかについてはまだ発表されていません。ワクワクしながら発表を待ちたいと思います。

両陛下が外国訪問時に持参した宮内庁所蔵の美術品も見ものです。岩佐又兵衛「小栗判官絵巻」は一巻で20m以上ある大作で、テンポの良いリアルな描写に又兵衛らしさを感じます。日本文化を外国に紹介する絵巻として、美しくわかりやすい名品だと感じました。場面を替えて通期展示されます。

4/2からの後期展示では酒井抱一の「花鳥十二カ月図」も登場します。江戸琳派のとても洗練された描写が魅力的です。浮世絵が庶民にうけていた時代に、上流階級はこのような美しい絵を好んだと説明することができます。

宮内庁や皇室の所蔵美術品は、慣例として文化財指定されないこともあり、今回の展覧会の出展作には国宝・重文の表示はありません。もしこの慣例が撤廃されたら、昭和以降の作品を除いて少なくとも重文にふさわしい逸品ばかりが展示されていると感じます。

京都の桂離宮は、推薦されれば世界遺産登録がほぼ確実と言われていますが、厳密には国の文化財指定を受けていないため、世界遺産登録の条件を満たしていません。庭園は特別名勝、建物は国宝指定が確実でしょう。庭園には特別史跡も付くかもしれません。この慣例もそろそろ見直す時期のように思えます。


国宝室は永観堂蔵「山越阿弥陀図」

東博は特別展だけ見て帰ってしまう人が、特に平成館が会場になっている場合に目立ちます。東博は所蔵品・寄託品の質と量は断トツの日本最高峰です。本館で展示される日本美術コレクションは、展示替えは頻繁に行われますが、いつ行っても日本最高峰の作品をたくさん見ることができます。

特別展のチケットがあれば、本館を含めすべてのコレクション展示を見ることができます。また特別展以外では、多くの作品の写真撮影が私的利用に限って可能です。撮影禁止の表示がされているのはおおむね寄託品、もしくは著作権の切れていない作品です。東博や文化庁が所蔵し、著作権が切れている作品は、ほとんどの外国と同じく、国家として撮影禁止とは言いません。

国立西洋美術館や東京国立近代美術館でも、コレクション展の多くは写真撮影可能です。しかし京都・奈良の両国立博物館は、コレクション展でもほとんどが撮影禁止です。京博・奈良博は、東博に比べ寄託品の割合がかなり高く、撮影ルールが守られにくいためと思われます。



東博のコレクション展にぜひ足を運んでください。ミュージアムショップも日本最高峰の品揃えです。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



グラビアでたどれる平成の30年

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東京国立博物館
特別展 御即位30年記念「両陛下と文化交流―日本美を伝える―」
【美術館による展覧会公式サイト】
【主催メディアによる展覧会公式サイト】

主催:東京国立博物館、宮内庁、文化庁、読売新聞社
会場:本館 1F 特別4室/特別5室
会期:2019年3月5日(火)~2019年4月29日(月)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:9:00~16:30(金土曜~20:30)

※3/31までの前期展示、4/2以降の後期展示で一部展示作品/場面が入れ替えされます。
※前期・後期展示期間内でも、展示期間が限られている作品/場面があります。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っています。



◆おすすめ交通機関◆

JR「上野駅」下車、公園口から徒歩10分
JR山手・京浜東北線「鶯谷駅」下車、南口から徒歩10分
東京メトロ・銀座線/日比谷線「上野」駅下車、7番出口から徒歩15分
東京メトロ・千代田線「根津」駅下車、1番出口から徒歩15分
京成電鉄「京成上野」駅下車、正面口から徒歩15分

JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:25分
JR東京駅→山手・京浜東北線→上野駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には駐車場はありません。
※道路の狭さ、渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


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なぜフェノロサの墓が三井寺にあるのか?_大津市歴史博物館 4/14まで

2019年03月17日 | 美術館・展覧会

日本の美術ファンの間では、フェノロサやビゲローの名はとても有名ですが、法明院(ほうみょういん)という寺はほとんど知られていません。滋賀・三井寺(みいでら)の塔頭で、フェノロサやビゲローと深いゆかりがある寺です。地元の大津市歴史博物館では、法明院の歴史や二人とのゆかり、上質な所蔵文化財を紹介する展覧会が行われています。

  • 三井寺の学問寺で、北院エリアの中心的堂宇、古い仏像も多く伝わる
  • 応挙や大雅の襖絵の他にも多数の仏画が展示され、江戸時代半ばの寺勢を実感できる
  • フェノロサやビゲローの手紙や遺品、写真も多数展示
  • フェノロサやビゲローとのゆかりは、初代東博館長と法明院住職の関係がきっかけ


フェノロサやビゲローはなぜ法明院に深く帰依したのか? とても深い話を展覧会から知ることができます。



三井寺、正式名称:園城寺(おんじょうじ)は中世以来、寺門派(じもんは)として延暦寺の山門派(さんもんは)と永らく構想を続けてきたことはよく知られています。秀吉が天下を取ると、突然排斥されますが、江戸時代初めに復興したのがほぼ現在の寺観です。

法明院も江戸時代初めに創建されたもののすぐに衰え、江戸時代半ばの1723(享保8)年に再興されたのが現在の寺観です。以降は有力な寄進者が常にいたと推測されます。再興から明治維新までの150年ほどの間に、おびただしい数の障壁画や仏画、住職の肖像画がのこされています。いずれも保存状態は良く、財政的な余裕があったことを示しています。

【三井寺公式サイトの画像】法明院襖絵 池大雅「幽居図」
【三井寺公式サイトの画像】法明院襖絵 円山応挙「山水図」

大雅・応挙いずれの襖絵も、学問寺の客殿を飾るにふさわしく、奥深い精神性を示すかのように大自然を描いています。上流階級の客人で常に賑わっていたのでしょう。


法明院、フェノロサの墓

フェノロサは1878(明治11)年に来日し、東京大学で哲学を教える傍ら、専門外だった日本美術に関心を寄せ始めます。仏像や仏画を通して宗教としての仏教そのものにも興味を持ったのでしょう。同じ頃フェノロサは、初代東京国立博物館長を務め、日本の美術品や博物保護の第一人者だった町田久成(まちだひさなり)と出会います。日本美術や仏教について様々な知識を得るようになります。

町田は、法明院の住職・桜井敬徳(さくらいけいとく)から戒を授かって僧籍にも入っており、フェノロサと法明院のゆかりは町田がきっかけになります。1885(明治18)年、日本美術蒐集のために来日していた友人のビゲローと共にフェノロサは、敬徳から戒を授かり僧籍に入ります。こうして法明院との強いきずなが生まれ、再来日の度に法明院を訪ねるようになります。

フェノロサは旅先のロンドンで急死しますが、法明院に分骨を遺言します。ビゲローも同じく分光津を希望し、二人の墓が法明院に設けられることになります。



【展覧会公式サイト】 ご紹介した作品の画像の一部が掲載されています

展覧会では明治時代の法明院を物語る数多くの写真や肖像画も展示されています。フェノロサやビゲローの肖像写真は、様々なメディアでもよく見かけます。おそらく多くが法明院所蔵の写真を使っているのでしょう。両者とも、政治家のような強いまなざしではなく、悟りを開いたように落ち着いたまなざしをしています。美術品の持つ価値を見抜くためのまなざしなのでしょう。


フェノロサとビゲローが法明院で使っていたテーブル

敬徳が自らの遺品をビゲローに贈呈した目録も展示されています。それだけ敬徳とビゲローやフェノロサの間には信頼関係が成立していたのです。廃仏毀釈に苦しんでいた時代、アメリカ人がもたらした”美術品”としての価値に、仏教文化の永続を託したのかもしれません。

フェノロサやビゲローと接点のあった日本人は岡倉天心がとかく有名ですが、町田久成や桜井敬徳もキーマンだったことがよくわかる展覧会です。岡倉天心という従来の思い込みに左右されず、新たな発見を求めてそれがかなえられた展覧会でした。


法明院からのぞむ琵琶湖、雨で見えにくい

高台にある法明院からは、晴天であれば琵琶湖の絶景が見渡せます。三井寺から歩いても30分もかかりません。フェノロサとビゲローの墓は、志納を収めれば常時お参りできます。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



二人が愛した法明院の魅力とは

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大津市歴史博物館
第78回企画展
フェノロサの愛した寺 法明院 ―三井寺北院の名刹―
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:大津市、大津市教育委員会、大津市歴史博物館、京都新聞
会期:2019年3月2日(土)~4月14日(日)
原則休館日:月曜日、3/22
入館(拝観)受付時間:9:00~16:30

※期間中一部展示作品/場面が入れ替えされます。
※展示期間が限られている作品があります、
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っています。



◆おすすめ交通機関◆

京阪石山坂本線「大津市役所前」駅下車徒歩7分
JR湖西線「大津京」駅下車徒歩20分

JR京都駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:35分
京都駅→JR湖西線→大津京駅→京阪石山坂本線→大津市役所前駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には無料の駐車場があります。
※現地付近のタクシー利用は事前予約をおすすめします。


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奥村土牛ワールドを味わう決定版の展覧会_東京 山種美術館 3/31まで

2019年03月15日 | 美術館・展覧会

近代日本画コレクションでは日本随一の山種美術館が、広尾に移転して早くも10年経つようです。今年2019年は山種美術館の誇る近代日本画を大々的に披露する展覧会が目白押しです。その第一弾で、楽しみにしていた奥村土牛(おくむらとぎゅう)展を訪れました。

  • 山種美術館・創設者は無名時代から土牛を支援しており、日本屈指の土牛コレクションを所蔵
  • 代表作で屋外を描いた「鳴門」「醍醐」の他、「浄心」「茶室」などモチーフも多彩
  • 画業を俯瞰できる展示がなされており、繊細な色彩が個性的な土牛の画風の変化を味わえる


山種美術館の数あるコレクションの中でも、質的にとも量的にも充実度は奥村土牛がトップクラスです。山種美術館の日本画への熱い思いを感じることができる展覧会です。


交差点名が「山種美術館前」になっている

山種美術館を創設した山崎種二(やまざきたねじ)は、1920年代から米・株相場で財を築き始めます。旧:山種証券や米の卸売り会社を経営する傍ら、横山大観・上村松園・川合玉堂ら現役の日本画家たちとの親交を続けていました。奥村土牛は無名時代から面倒を見ていたこともあり、館にとっては特に思い入れの深い画家なのでしょう。

奥村土牛は1889(明治22)年生まれで、1893(明治26)年生まれの山崎種二とほぼ同世代です。画家を志して小林古径(こばやしこけい)に師事しますが、院展に初入選して名前を知られるようになったのは38歳とかなり遅咲きの画家です。

土牛はその後も院展に出品を続け、出品作は山崎種二が買い続けます。土牛は1962(昭和37)年に文化勲章受章、1978(昭和53)年に日本美術院理事長と、戦後の日本画家の重鎮に上り詰めます。

今回の展覧会では館が所蔵する院展出品全35点が展示されます。そのため画家としての名を高めた40代以降、重鎮に上り詰めるまでの画業の変化を俯瞰できる、またとない展示を味わうことができます。



初期の作品は、土牛の代名詞のような「グラデーションのように繊細な色彩の変化」はあまり感じられません。それよりも師の小林古径の画風に近く、セザンヌらポスト印象派から学んだとされる奥行きのない面的な色使いも感じます。

【展覧会公式サイトの画像】枇杷と少女

「枇杷(びわ)と少女」は1930(昭和5)年、遅咲きデビュー直後の作品です。41歳ですが、タッチには若々しさを感じます。華やかさのある枇杷の木の下の隅に、無表情で中性的な地蔵のような少女を配しています。謎めいたような構図が印象的です。

鹿を描いた「春光」や、朝顔を描いた「花」は、タッチに若々しさはなく日本画表現が一定の水準に達したことを感じさせる作品です。色使いは繊細になり、線表現がより美しくなります。

【展覧会公式サイトの画像】浄心

土牛は60代に一気にブレイクしたようです。土牛らしい繊細な色彩のグラデーションが見られるようになります。「浄心」は68歳の作品で、中尊寺の秘仏・一字金輪仏を描いたものです。ほのかな後光に包まれて空中に浮かんでいるように見せています。立体感を感じるほどに如実に描いており、思わず手を合わせてしまうようなオーラを発しています。

「水連」は66歳の作品、赤いハスの花が咲く水鉢を鉢が置かれた台を省略して描いています。極楽浄土を思わせるように構図ですが、鉢の外側に黄色い魚が泳ぐ姿を描いています。この魚が妙に現世を感じさせ、デザインとして効いています。

【展覧会公式サイトの画像】鳴門

「鳴門」は70歳の作品、その名のごとく渦潮がモチーフです。渦を巻く白い波が鶯色で表現した海に吸い込まれていく様は、土牛が揺れる船の上で何度も写生して表現したものです。渦から立ち上る水しぶきで海岸線が見えなくなっており、その奥の陸地も同じ鶯色を使っています。渦潮という大自然の芸術に感謝するような深い精神性を感じる傑作です。

京都の大徳寺真珠庵を描いた「茶室」は74歳の作品、土牛が過去に学んだ様々な表現を集大成したような名品です。キュビズムのような立体的な構図、ポスト印象派のような奥行き感のない室内表現に加え、土牛らしい繊細な色彩の変化が、”さび”を感じさせる土壁の表現に見られます。

【山種美術館 Google Arts & Culture の画像】醍醐

「醍醐」は京都に足しげく通って写生を続けた83歳の作品です。すでに新幹線は開通していましたが、年齢を考えると驚異的なフットワークです。醍醐寺三宝院のしだれ桜の全体像を描かずに、人の目の高さの視界に飛び込む花の下の空間を、白い土塀を借景にして描いています。土塀があることで、絶品の桜の美しさをより如実に感じることができます。土牛の代表作と言われることに納得できる名品です。展覧会順路の最初に展示されており、土牛作品への期待感を一気に盛上げてくれます。

「吉野」は85歳の作品で、色彩のグラデーションが円熟に達していることがわかります。私的使用に限って、唯一写真撮影が許可されている作品です。

【展覧会公式サイトの画像】富士宮の富士

「富士宮の富士」はなんと93歳の作品です。大観と同じく土牛も富士山を多く描いています。この作品は、大観に目立つ精神性ではなく、写生に基づく純粋な山としての美しさを追求しているようです。両巨匠の個性の違いを感じることができます。


美術館からも近いシブヤは訪れるたびに風景が変わる

企画力では定評のある山種美術館らしい、充実した構成です。6月からはこちらも日本随一のコレクションを誇る「速水御舟」展が開催されます。絶対おすすめします。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



文庫本サイズで画家の生涯と名作を味わう「ちいさな美術館」シリーズ

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山種美術館
広尾開館10周年記念特別展 生誕130年記念「奥村土牛」
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:山種美術館、朝日新聞社
会期:2019年2月2日(土)~3月31日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~16:30

※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っていません。企画展開催時のみ開館しています。



◆おすすめ交通機関◆

JR山手線・埼京線・湘南新宿ライン「恵比寿」駅下車、西口から徒歩12分
東京メトロ日比谷線「恵比寿」駅下車、2番出口から徒歩12分

JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:35分
東京駅→東京メトロ丸の内線→霞ヶ関駅→東京メトロ日比谷線→恵比寿駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には駐車場はありません。


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