東京・竹橋の国立近代美術館で、わが国のグラフィックデザイナーの先駆けである杉浦非水(すぎうらひすい)の回顧展が行われています。
- 東京国立近代美術館は遺族からの寄贈により700点もの非水作品を所蔵
- 代表作の三越を始め多種多様なクライアントからの依頼作品は、戦前のモダニズム文化を色濃く伝える
- デザインの素材として収集した写真や図案も面白い、非水の創作の多様性がよくわかる
非水のグラフィックにはどこか、熊谷守一の絵のようなぬくもりを感じます。100年前の作品ですが、古臭さはまったくなく、斬新にさえ見えるものも少なくありません。
2F展覧会場入口
非水は1876(明治9)年に松山市で生まれ、日本画家を志して東京美術学校(現:東京藝大)に入学します。在学中に黒田清輝から洋画やデザインの指導を受けたことをきっかけに、デザインの道に進むことを決意します。1908(明治41)年に三越のデザイナーとなり、日本のグラフィックデザインの黎明期をリードするようになります。
グラフィックデザインとは平面に施すデザインのことで、ポスター/新聞雑誌広告/イベントのちらし/商品パッケージ/ロゴマークが主な制作対象です。日本では、日露戦争に勝利し第一次大戦特需により好景気に沸いた1910年代が黎明期と考えられています。
三越は1904(明治37)年に「デパートメントストア宣言」を行い、大衆が消費や娯楽を楽しむ時代の訪れを世の中に提案します。近代工業国としての地位を確立し、大衆が豊かになっていった日本社会のニーズに、その提案はピタリとはまっていました。
消費や娯楽を大衆に訴えるための広告に各社は力を入れ始めます。消費社会の最先端を切り開いていたデパートの三越の広告を制作することは、デザイナーとしては当時、最高の名誉でした。日本の広告史上の最高傑作の一つとして有名な1913(大正2)年の帝国劇場の広告「今日は帝劇、明日は三越」はデザインを非水、コピーを浜田四郎、女性のイラストを竹久夢二が担当しました。
非水はその後、大蔵省専売局のたばこのパッケージや日本初の地下鉄・上野~浅草間開業のポスターなどを制作するかたわら、帝国美術学校(現:武蔵野美術大学)や多摩帝国美術学校(現:多摩美術大学)で教鞭をとりました。
非水と同時代に活躍し、三越や高島屋の広告を制作した橋口五葉(はしぐちごよう)や北野恒富(きたのつねとみ)もグラフィックデザイナーの先駆けと評されることもありますが、この二人はどちらかと言うと画家です。非水は画家としての活動をほとんど行わず、グラフィックデザイナーと言う新しい職業の地位の確立や後進の育成に生涯をささげました。
【国立美術館 所蔵作品総合目録検索システムの画像】三越呉服店 春の新柄陳列会
【国立美術館 所蔵作品総合目録検索システムの画像】銀座三越 四月十日開店(後期展示)
展示作品は1910年代から50年代の製作で、大半が東京国立近代美術館の所蔵品です。非水の故郷で充実した非水コレクションを持つ愛媛県美術館の所蔵作品も含まれます。
永らく所属したこともあって三越関連の作品が目立ちます。「三越呉服店 春の新柄陳列会」は1914(大正3)年、「銀座三越 四月十日開店(後期のみ展示)」は1930(昭和5)年の作品です。いずれも戦前のモダニズム文化を感じさせる非常に美しい作品です。女性の服が和装から洋装に替わっているところに16年間の服飾文化の変化が現れています。
【国立美術館 所蔵作品総合目録検索システムの画像】東洋唯一の地下鉄道 上野浅草間開通
初の地下鉄開通のポスターは1927(昭和2)年の作品です。モダンな洋装の人々が埋め尽くすホームに地下鉄車両が入ってきます。科学と経済の進歩が強烈に印象付けられ、今見ても”乗りたくなる”ような素晴らしいデザインです。
【国立美術館 所蔵作品総合目録検索システムの画像】ヤマサ醤油
1920年代の進物用の瓶詰醤油の広告です。高級感のある醤油の黒色を引き立たせる背景の色使いが絶妙です。
【国立美術館 所蔵作品総合目録検索システムの画像】人も組織も総動員 第二次産業組合拡充三ヶ年計画
1937(昭和12)年の軍国主義の時代を色濃く感じさせる作品です。軍事中心と言うマーケティングは、デザイナーにとって、とてもやりにくい仕事であったことをうかがわせます。
【国立美術館 所蔵作品総合目録検索システムの画像】ツーリスト 第20年第4号
「人も組織も総動員」と同じ1937(昭和12)年の作品です。国内外に向けて日本国内の旅行を喚起するための雑誌であり、表紙のデザインは重々しくはありません。しかしこの雑誌の15年前の表紙と比べると、華やかさの抑制を感じます。
【国立美術館 所蔵作品総合目録検索システムの画像】植物写生帖 秋之部二
写生帖や絵葉書、写真、雑誌の切り抜きと言ったデザインの図案になる資料も多く展示されています。現在とは比べ物にならないほど、情報や画像の閲覧・収集が難しかった時代です。写生帖は、デッサンのような作品もありますが、とても写実的に表現し、彩色までしている作品もあります。絵ハガキや写真の収集もあらゆる分野に渡っています。非水のプロ意識が強くうかがえます。
【国立美術館 所蔵作品総合目録検索システムの画像】黒田清輝「杉浦非水像」後期展示
非水をデザインの道に進ませることになった黒田清輝が1915(大正4)年に非水を描いた作品です。非水はすでに著名デザイナーとなっており、売れっ子としての風格とオーラを見事に表現した秀作です。後期展示のみですので私は実際には見ていませんが、この作品のためだけに後期展示にも行きたくなるほどです。
MOMATコレクション展 入口
杉浦非水展のチケットで、所蔵作品展である「MOMATコレクション」も鑑賞できます。東京国立近代美術館は、明治時代後半以降の日本人作家による近代日本画・洋画のコレクションでは、日本国内では群を抜いています。企画展鑑賞の際には必ず「MOMATコレクション」の鑑賞をおすすめします。教科書で見たことがあるような著名作品がずらりと並んでいます。
【東京国立近代美術館】MOMATコレクション 2019/1/26-5/26
こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。
デザインは時代の空気を如実に表す
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東京国立近代美術館
企画展
イメージコレクター・杉浦非水展
【美術館による展覧会公式サイト】
主催:東京国立近代美術館
会場:2階 ギャラリー4
会期:2019年2月9日(土)~5月26日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:10:00~16:30(金土曜~19:30)
※4/7までの前期展示、4/10以降の後期展示で一部展示作品/場面が入れ替えされます。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っています。
◆おすすめ交通機関◆
東京メトロ東西線「竹橋」駅下車、1b出口から徒歩3分
東京メトロ東西線・半蔵門線、都営新宿線「九段下」駅下車、4番出口から徒歩15分
東京メトロ半蔵門線、都営新宿線・三田線「神保町」駅下車、1A出口から徒歩15分
JR東洋駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:15分
東京駅(大手町駅)→東京メトロ東西線→竹橋駅
【公式サイト】 アクセス案内
※この施設には駐車場はありません。
※渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。
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