美の五色 bino_gosiki ~ 美しい空間,モノ,コトをリスペクト

展覧会,美術,お寺,行事,遺産,観光スポット 美しい理由を背景,歴史,人間模様からブログします

明治のパリの凄腕日本美術商 林忠正_上野 西洋美術館 5/19まで

2019年03月20日 | 美術館・展覧会

上野の西洋美術館では現在「ル・コルビュジエ」展が行われていますが、並行してもう一つの展覧会が”ひっそりと”開かれています。明治時代にパリで日欧文化の懸け橋となって活躍した美術商・林忠正(はやしただまさ)の足跡をしっかりとたどっています。

  • 流暢なフランス語で浮世絵や日本美術をパリで紹介し、19c後半のジャポニスム形成に大きく寄与
  • 印象派の画家や欧州のコレクターとの交友は幅広く、絶大な信頼を得ていた
  • 日本に欧州文化を伝えるべく自らも印象派作品を収集し、日本初の西洋美術館構想を抱いていた
  • 1900年のパリ万博の現場責任者を無償で務め、文化の発信と貿易の機会確保にも大いに貢献


明治時代の欧州で、日本という極東の小国の存在感を強く印象付けた林の功績は計り知れません。明治ニッポンが悲願だった不平等条約改正にも少なからず好影響を与えたと思えます。



「林忠正」展は、開館60周年記念の「ル・コルビュジエ」展と全く同じスケジュールで行われていることに、西洋美術館の林忠正への特別な思いを感じます。

西洋美術館と林忠正に直接的な接点はありませんが、西洋美術を展示する美術館を日本で開設しようと最初に構想したのは林忠正です。これは明治末期の1900年頃のことで、西洋美術館開館のきっかけとなった松方コレクションを形成した松方幸次郎が、同じく西洋美術を展示する美術館建設構想を抱くより25年ほど先立ちます。

林の構想は、帰国直後に林がこの世を去り、蒐集品がすぐに散逸したため実現しませんでした。

松方の構想は、経営していた川崎造船が倒産してコレクションが差し押さえられた、英仏に保管していたコレクションが高額関税で日本に持ち込めなかった、ことから頓挫します。フランスにのこされた松方コレクションが第二次大戦後にフランス政府から返還される際に、展示する美術館を設けることが条件になったため、建設されたのが西洋美術館です。

西洋美術を展示する美術館を日本で開設する構想を”宗教”に例えるなら、林は”開祖”にあたります。西洋美術館にとって林は、松方と並んで偉大なる先人なのです。

この間に、実際に日本で最も早く西洋美術を展示する美術館として1930(昭和5)年に開館したのは、倉敷の大原美術館です。西洋美術にだれも見向きもしなかった時代に一地方都市に開設し、戦後には全国に先駆けて歴史的景観を味わう観光の中心スポットとして賑わいを創出します。大原孫三郎の先見の名には頭が下がります。


展覧会チラシ 【画像出典:展覧会公式サイト】

林は1853年に現在の富山県高岡市で生まれ、1878(明治11)年のパリ万博に合わせパリに出店した日本の国策貿易会社・起立工商会社(きりつこうしょうがいしゃ)のフランス語通訳として初めて渡仏します。1884(明治17)年には日本美術の店を開き、幾多の画家やコレクターとの交友関係を築いていきます。

当時の欧州は一大日本ブーム(ジャポニスム)に沸いていましたが、日本語を理解できる人間はほとんどおらず、林の流暢なフランス語によるうそのない作品の解説や商談が人々の心をとらえたのです。林より早く浮世絵を欧州に紹介していた美術商のサミュエル・ピングとも林は懇意でした。

展覧会では1905(明治38)年に帰国するまでの約30年間に、林が様々な人と交流した手紙などの足跡が濃厚に展示されています。林の孫の夫人で歴史作家の木々康子が大切に保管してきた手紙・写真・ノートからは、単なる美術商にとどまらず、日本文化のサロンの主催者のような存在に林がなっていたことがうかがえます。

中でも手紙や葉書のやりとり相手の多さには驚かされます。今回の展覧会では出品リストに、手紙のやりとり相手の解説が付けられており、交友範囲がとてもよくわかります。美術展の出品リストとしては、異色の粋な計らいです。

【展覧会公式サイト】出品リスト

万博に出品された美術品の図録からは、当時の欧米での日本美術に対する熱狂ぶりを感じます。当時はこうした図録しかメディアがありません。多様なメディアを利用できる現代より、はるかに人々の思いが乗り移っているように感じられます。世界は日本文化を知ることで、日本が先進国の仲間入りができると感じ、不平等条約の改正につながったようにも感じます。


パリ グラン・パレ

林が指揮を執った1900年のパリ万博の会場、グラン・パレとプティ・パレは、現在も美術館や展示会場として使用されています。中でもプティ・パレにあるパリ市立プティ・パレ美術館は近年、日本美術の展覧会の会場になることが多くなっています。

昨年2018年は「伊藤若冲」展で動植綵絵すべてを展示、2015年には「歌川国芳」展が大成功を収めています。林の美術品を通じた文化交流にかける思いが現代にまで伝わっているように思えてなりません。

主にアメリカで活躍した美術商・山中定次郎と並んで、日本文化の魅力を世界に伝えた男の物語です。「ル・コルビュジエ」展とセットで鑑賞することで、西洋美術館の魅力をより深く理解できるようになります。

こんなところがあります。
ここにしかない「空間」があります。



木々康子による林忠正研究の集大成

________________

国立西洋美術館
林忠正 ―ジャポニスムを支えたパリの美術商
【美術館による展覧会公式サイト】

主催:国立西洋美術館
会場:新館 版画素描展示室
会期:2019年2月19日(火)~2019年5月19日(日)
原則休館日:月曜日
入館(拝観)受付時間:9:30~17:30(金土曜~19:30)

※会期中に展示作品の入れ替えは原則ありません。
※この展覧会は、今後他会場への巡回はありません。
※この美術館は、コレクションの常設展示を行っています(本展会期中は新館展示室のみ)。




◆おすすめ交通機関◆

JR「上野駅」下車、公園口から徒歩2分
東京メトロ・銀座線/日比谷線「上野」駅下車、7番出口から徒歩8分
京成電鉄「京成上野」駅下車、正面口から徒歩8分

JR東京駅から一般的なルートを利用した平常時の所要時間の目安:15分
JR東京駅→山手・京浜東北線→上野駅

【公式サイト】 アクセス案内

※この施設には駐車場はありません。
※道路の狭さ、渋滞と駐車場不足により、健常者のクルマによる訪問は非現実的です。


________________

→ 「美の五色」とは ~特徴と主催者について
→ 「美の五色」 サイトポリシー
→ 「美の五色」ジャンル別ページ 索引 Portal


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ル・コルビュジエ建築の原点... | トップ | 京都は花魁ではなく太夫_鷹... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

美術館・展覧会」カテゴリの最新記事