愛詩tel by shig

プロカメラマン、詩人、小説家
shig による
写真、詩、小説、エッセイ、料理、政治、経済etc..

遺言 病からの奇跡の復活三部作より(プロローグ~5)

2016年12月14日 04時29分56秒 | 小説

プロローグ

僕は小浜島の海を見ていた。透き通るように蒼い、海を見ていた。
この海に、冬美は眠る。永遠に。
5年前、冬美の遺灰を、この海にまいた。
漁師に舟を出して貰って、冬美の好きだったプリメリアの花弁を、灰と共にまいた。
海面に真白い花が咲き、広がっていく。
冬美がまだ健康だったとき、僕らはこの島に来た。
透明度の高い海に潜り、色とりどりの魚たちを見た。
冬美はマスクの中で目を輝かせていた。
美しい珊瑚礁の中で緩やかに泳ぐ、冬美はまるで、海の妖精のようだった。
砂浜に上がったとき、君は言った。
「とても綺麗。パラダイスだわ。私が死んだら、ここに灰をまいてくれる?」
「縁起でもないこと、言うなよ」
「あはは、冗談よ。でも、ここで眠る方が、暗い墓の下より、ずっといいわ」
冬美は自分の命がそう長くないことを、知っていたのだろうか。
古浜島から帰ってきて、君はすぐに入院した。
子宮体部癌と診断された。早期発見ではなかった。
入院した時点で、冬美の癌は、相当進行していた。
医師は告げた。
「子宮体部癌は、若い人にはきわめてまれです。子宮を全摘出する必要があります。
そのあと、抗ガン剤治療も必要です」
冬美は黙って、僕を見つめていた。涙も見せなかった。
「そんな気がしていたわ。もう、私の命、長くないのね」
「手術してみなければ分かりません。卵管や卵巣も取り除くことになると思います。
骨髄内リンパ節も切除します」
「手術しないで直す方法はないのですか?」
「ホルモン治療があります。高単位黄体ホルモン治療といって、それが効を奏せば、手術しなくて済む場合があります」
「じゃあ、その治療を受けてみます」
「分かりました。でも、それが効かなければ、先ほど言った、全滴手術を受けて貰うことになります」
医師が去ってから、冬美は僕に言った。
「ねえ、私、あなたと結婚して、子供を産むことが夢だったの。子宮を取ってしまうなんて、とんでもないわ」
僕は言った。
「今から教会に行こう。結婚するんだ」
冬美は顔を翳らせた。
「ねえ、私、もうすぐ死ぬかもしれないのよ。それでなくても、抗癌剤治療などで、髪が抜けたりして、今の私でなくなるのよ。そんな私と結婚して、あなたが幸せになるとは思えないわ。捨ててもいいわよ」
「ばかなことを。きっと治る。手術もしないでいいかもしれないし、たくさん子供を作ろう。僕は5人くらい欲しいな。みんなでにぎやかに過ごすんだ」

 

僕が冬美と出会ったのは、ダイビングスクールだった。
市内の大手で、水深8メートルのプールを備えた、本格的なスクールだ。
すらりと背が高く、とても均整の取れた体型で、大きくて涼しい目が印象的だった。
僕は、不覚にも彼女に一目惚れしてしまった。
講義の時間、僕は彼女の隣に席を取った。
「初めまして。結城輝といいます。アキラと呼んでください。一緒にCカード目指して頑張りましょう」
「そうね。私は酒井冬美。出版社勤務のOL。よろしくね。あなたの仕事は何?」
「フォトグラファーです。風景やイメージ写真を撮っている。今度、水中写真に進出しようと、ここにいる」
「じゃあ、いい写真が撮れたら、うちの雑誌で紹介できるかもね。写真集も出せるかも」
「あはは、まだカメラ用の水中ハウジングもも買っていないのに。でも、そんな写真が撮れたらいいな」
講義が終わるたびに、冬美は理解できなかった箇所を、僕に質問してきた。
僕は予習をしていたので、適切に教えることが出来た。
講習が終わり、いよいよウェットスーツを着て、マスク、フィン、BCD、レギュレーター、ボンベを装着しての水中訓練に入った。その時、彼女が身に着けていたのは、競泳用の水着だった。
「どうして、競泳用なの?」ラフなトランクスをはいた僕に、彼女は答えた。
「中学から水泳部なの。今は毎日プールで泳いでるわ。それに、おへそを出すのが恥ずかしいの」
彼女の首から、ネックレスが下がっているのに気付いた。銀色の十字架が下がっている。
「素敵なネックレスだね」「ありがとう。私、クリスチャンだから」
「そう、僕はアメリカ先住民族や、オーストラリアのアボリジニの信仰に興味がある。日本の神々も好きだよ。一番好きなのはスサノオの尊。でも、以前からキリスト教にも興味があって、聖書をたまに読むけど、よく分からないな」
「今度一緒に私の教会に行きましょう。キリスト教もいいものよ」
というわけで、冬美との最初のデートは、教会の礼拝になってしまった。
さて、学科とプール実習が終わって、いよいよ海洋実習となった。
和歌山の串本で実際に潜るのだ。
串本までは列車で行った。
天王寺駅から特急で3時間くらいかかる。
串本駅に到着すると、街は真夏の光の中で輝き、空気は澄み、僕らを歓迎しているようだった。
ダイビング民宿に到着すると、インストラクターが明日からの訓練の説明をし、それぞれにレギュレーターとBCDを配った。「明日から3日間、大切に扱ってください。あなた達の命を預かる機器です」
そして、バディ、つまり潜るときのパートナーを決めていった。
僕たちが仲がよいのを知っていたインストラクターは、僕らをバディとして組ませた。
その後、時間があったので、二人で海岸に行ってみた。
海は深い青色で、美しく、明日からのダイビングが楽しみだ。
海の香りをそよ風が運んできた。ゆったりと流れる時間が過ぎていった。黄昏が近付いていた。
「ねえ、酒井さん、君はどうしてダイビングのライセンスを取りたいんだい?」
「水中写真家、中村征夫氏の写真集を見たの。地上では見られない風景。まるでおとぎの国みたいだった。
だから、これは自分の目で見るしかない、と思ったの」
「なるほどね。僕は沖縄に行ったとき、体験ダイビングをして、撮影の世界を広げようと思ったんだ」
「そろそろ宿に帰りましょう。明日からよろしくね。バディさん」

 

早朝5時に目が覚めた。
一人で海に散歩に出かけた。朝の太陽に海は銀色に輝いていた。
抜けるような青空だ。いいダイビング日よりになりそうだ。
「おはよう」冬美の声が後ろから聞こえた。
「早いね。よく眠れたかい?」
「うん・・まあね」
「どうしたの?何か気になることでも?」
「いいえ、なんでもない。それよりも、いい天気ね。海に入るのが待ち遠しいわ」
冬美はしばらく海を見つめていた。
その表情に、何か気がかりがあるように思えたが、僕はそれ以上聞かなかった。
9時になった。いよいよ海洋実習が始まった。減圧について、改めて説明があった。
潜水中に、血液中の窒素濃度が高くなるので、急激に浮上しないこと。水深2メートルの所に来たら、
インストラクターのそばで、しばらく時間をおいてから海面に上がることを、きつく申し渡された。
その後、タンクが配られ、レギュレーターの取り付け方が説明された。
BCDを装着し、バディ同士でお互いをチェックした。
「海をなめてはいけません。でも、私の言いつけをきちんと守っている限り、安全です。十分注意してください」インストラクターはそう言うと、僕らを海に連れて行った。初めてのタンクはとても重く感じた。
砂浜でマスク、シュノーケル、そしてフィンを装着し、後ろ向きに海に入っていった。
ビーチエントリー、そう呼ばれている。
インストラクターに続いて、砂浜をしばらく泳いでいくと、急に深くなった。
冬美と僕は手をつなぎ、初めての海の世界に目を凝らした。
習った通りに鼻をつまんで耳抜きをし、少しずつ深く潜っていった。
チョウチョウ魚が目の前をかすめた。見ると、一匹だけではない。20匹はいるだろうか。
美しい光景だった。次に羽を広げたような魚がいた。ミノカサゴ。
インストラクターが決して触れてはならないと言っていた。猛毒があり、刺されるとやっかいだ。
珊 瑚礁が広がっている。よく見ると、白いイソギンチャクの中に、赤と白の縞模様を持つ、2匹の魚がいる。クマノミだ。冬美が指さして、何か言っている。「可 愛い」口がそう動くのが分かった。イソギンチャクに守ってもらいながら生活している。不思議だけれど、魚たちは長い年月の間に生きていく知恵を身につけて いるのだ。人間もそうであって欲しい、お互いに助け合いながら生きて欲しい。そんなことを漠然と感じた。
海から上がると、冬美が聞いてきた。
「ねえ、どうして近畿地方なのに、熱帯魚がいるの?」
「海が暖かいからだよ。黒潮にのってやってきたんだ。でも、沖縄なんかではこんなもんじゃない。
とても美しいそうだよ」
「ふうん、いつか行ってみたいわ」
「君がよければ、いつか一緒に行こう」
「あら、積極的ね。出逢ってまだそんなにたってないのに。
うふふ、まあ、いいわ。あなたのこと、少しずつ好きになってきたもの」
「本当?嬉しいな。僕は初めて見たときから君に夢中だよ」
「お上手。でも、悪い気はしないわね」
冬美の笑顔は、とても素敵だった。僕は胸が熱くなるのを感じた。

 

帰りの列車で、冬美はとても饒舌だった。
串本の海で出逢った海の生物、美しい珊瑚礁などを熱っぽく語った。
特急くろしおが天王寺駅に着いたとき、冬美は少しはにかみながら、
手を振って環状線への連絡口に去っていった。その後ろ姿に、翳りを感じたのは気のせいだろうか。
携帯電話とメールを交換してあったので、すぐにメールを出した。
「京都までは1時間半はかかるね。楽しかったよ。ありがとう。今後ともよろしく」
返信は来なかった。僕の胸の底に、何ともいえない重いものを感じた。
串本で撮った、海をバックにした二人の写真をメールに添付して送った。
それにも返事はなかった。だから、電話もしなかった。あれはほんの、気まぐれだったのかもしれない。
1週間後、電話がかかってきた。
「写真ありがとう。連絡遅れてごめんなさい。いろいろとあったものだから」
「いろいろと?仕事かい?」
「ん、まあ、そんなところ。でね、沖縄に連れて行ってくれると行ってたじゃない?
早く行きたいの。いつなら連れて行ってくれる?」
「え!いきなりだね。僕は嬉しいけれど。君の仕事の都合次第だよ。僕はいつでも空いてる。フリーだから」
「じゃあ、今度の連休にしましょう」
「次の連休は、来週だよ。何か急いでいるのかい?」
しばらく間があった。
「いいえ、早く行きたいだけ。だめ?」
「いいよ。すぐにネットで予約する。取れたら連絡するよ」
電話を切った後、僕はどの島にするか考えた。
結局、小浜島に決めた。
リゾートがあるし、海は最高だし、人気ドラマのロケ地もある。JALのサイトで予約して、リゾートもネットで確保した。冬美にをれを告げると、とても喜んでいた。
僕 はミナミへ出かけていって、専門店でCANON EOS 1D用のハウジングを購入した。ハウジングとは簡単にいうと、カメラを覆うプラスチックの箱で、水深100メートルまで耐えられる防水機能がついている。 この中にカメラを収納して、撮影する。シャッターボタンは大きく、水中で押しやすくなっている。
デジカメはフィルム交換が必要ないので、大容量の記憶メディアを入れておくと、たくさん撮影できる。
昔は36枚しか撮れなかったので、フィルム交換が大変だった。便利になったものだ。
水中ライトと水中写真の撮り方の基本を書いた本も購入した。
当日はあいにく雨だった。
撮影機材があるので、かさばる荷物を持って空港に行くのに、傘はささなかった。
幸い、僕の家からはJRの駅が近いので、早足で駅に向かった。
関西国際空港に着き、冬美と待ち合わせしているチケットカウンターに到着すると、もうすでに冬美は来ていた。
「遅いじゃない」「ごめん、でも、約束に時間の10分前だよ」
「なによ。私なんか1時間前からここにいるのよ」
冬美は文句を言いながらも、嬉しそうにしていた。
荷物を預け、出発ゲートに向かった。アナウンスがあり、僕らは機上の人となった。

 

僕たちをのせた航空機は静かに離陸した。
しばらくすると、窓を叩いていた雨は消え去り、雲の上に出た。
冬美は突然、「わぁ!」と大声を上げた。
「凄いわ。雲の海。真っ白でふわふわしてて、上を歩けそう」
冬美の前に乗り出して僕も窓の外を見た。スカイブルーと雲海の境目に、別の航空機が見えた。
「海も好きだけど、空も好きだ。特に航空機から見た、雲は大好きだ」
「ホント、綺麗。ありがとう、アキラ。一生忘れないわ」
「大げさだな、この先、何度でも見られるよ」
冬美は黙って視線を下げた。僕は気付かないふりをした。
時間が加速度をつけて通り過ぎた。
機内アナウンスが流れてきた。
「当機はまもなく、石垣空港に到着いたします。現地の天候は晴れ、気温は・・・」
ランディングは見事だった。スムーズな動きで、航空機はエプロンに到達した。
荷物を受け取り、空港を出ると、日差しが強烈だった。
「さすがね。じりじり日差しが肌を刺すわ」
送迎バスに乗り、港に着いた。すぐに小さな舟に乗り、小浜島に向かった。
海の色が串本とは比べものにならないくらい明るく、美しいコバルトブルーをしていた。
後ろのデッキで、南の風に綺麗な髪をなびかせながら、冬美は芯から楽しんでいるようだった。
僕は少し安心した。
舟が桟橋に着くと、片方の爪がとても大きな蟹、シオマネキのマークのバスが待っていた。
車体に「はいむるぶし」と書いてあった。南十字星と言う意味らしい。
ネットで予約したとき、そう書いてあった。
ホテルに着いて、チェックインとダイビングの予約を済ますと、僕は電動カートを借りた。
カートに荷物を積み込み、走り出した。
「どこへ行くの?」
「コテージだ。このリゾートは敷地が広いから、カートがないとどこへ行くにも沢山歩かないといけない」
コテージの扉を開けると、既にエアコンが作動していて、心地よかった。さすがリゾートホテルだ。
「夕食まで時間があるけど、どうする?」
「海で泳ぎたいわ」
「OK。じゃあ、僕はバスルームで着替えてくる」
トランクスに着替えて、少し時間をおいてから、部屋へ戻った僕は目を見張った。
鮮やかなひまわり色のビキニをつけた、八頭身の美女が微笑んでいた。
「ワォ!」
「どう、似合う?」
「似合うなんてもんじゃないよ。夏の女神だ。南の島のビーナスだ」
冬美は笑った。
「言い過ぎよ。でも、気に入ってもらってよかった。昨日、デパートで二時間かけて選んだんだから。
さあ、泳ぎに行きましょう」
僕らのカートは、燦々と輝く太陽と共に、海に向かった。

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6へ続く


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2 コメント

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プロローグ~5 を読んで (迷いネコ)
2015-06-26 05:23:47
愛詩 6 出てこないわ。

昨夜から、短編小説? 幾つか 拝読しました。

小説に登場する 女性、 谷田さんの優しい愛に守られて幸せだね。

迷いネコの人を愛するイメージって
辛くて しんどくて 忍耐力 涙 プラス U+2754
返信する
え?わかんない? (shig)
2015-06-26 05:44:58
http://blog.goo.ne.jp/1shig/e/50aeb9e860d4d5d7d31bca799f069764

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