愛詩tel by shig

プロカメラマン、詩人、小説家
shig による
写真、詩、小説、エッセイ、料理、政治、経済etc..

星くずの街

2009年01月18日 22時37分06秒 | 小説

 満天の星空の下、僕は愛車オペル・アストラを走らせていた。
表六甲のドライブウェイ。時間は午後六時。
右に左に展開していくカーブを、僕は心地よく攻めていった。
 その時、白い人影が目に留まった。
「こんな時間に危ないな」
 僕は車を停めて降りていった。
「やあ、どうしたの。こんな夕暮れ時に」
「私・・神戸の夜景が見たくて・・でも山が邪魔で見えないわ」
「山頂からだとよく見えるよ。乗りなさい」
 僕は助手席のドアを開けた。彼女は素直に乗ってきた。
「僕は小島明。フリーのコピーライターをしてる」
「私は白鳥絵美。OLだけど失恋して、彼との思いでの夜景を見に来たの」
「ふうん、でも徒歩で六甲の夜景は感心しないな。危険が多すぎる」
 それからは二人ともほとんど口を開かなかった。
僕は運転に集中した。
 やがて車は山頂に着いた。

 山頂の駐車場に着くやいなや、彼女は展望台に向かって駆けていった。
僕も後を追った。
 展望台に着くと、神戸の街が宝石を散りばめたようにきらきらしていた。
彼女は夜景を見つめていた。肩をふるわせながら。
そして大粒の涙をぽろぽろ流していた。
「ここ。ここで彼にキスされたの。夜景を見ながら」
「うん」
「ねえ、どうして人は心変わりするの?」
「どうしてだろう。哀しいことだね」
 僕はハンカチを差し出した。
彼女はそれを受け取り、まぶたにあてた。
「ありがとう。小林さんも心変わりするの?」
「昔はあった」
「今は?」
「彼女がいない」
「そう、ね、お願いがあるんだけど」
 彼女はもう泣いていなかった。
「ん?何?」
「今ここでキスして」
僕はびっくりした。

 山頂の駐車場に着くやいなや、彼女は展望台に向かって駆けていった。
僕も後を追った。
 展望台に着くと、神戸の街が宝石を散りばめたようにきらきらしていた。
彼女は夜景を見つめていた。肩をふるわせながら。
そして大粒の涙をぽろぽろ流していた。
「ここ。ここで彼にキスされたの。夜景を見ながら」
「うん」
「ねえ、どうして人は心変わりするの?」
「どうしてだろう。哀しいことだね」
 僕はハンカチを差し出した。
彼女はそれを受け取り、まぶたにあてた。
「ありがとう。小林さんも心変わりするの?」
「昔はあった」
「今は?」
「彼女がいない」
「そう、ね、お願いがあるんだけど」
 彼女はもう泣いていなかった。
「ん?何?」
「今ここでキスして」
僕はびっくりした。

 彼女は目をつぶった。美しい娘だった。
「どうして僕にキスして欲しいんだい?」
「ここで想い出を断ち切りたいからよ。」
 目を閉じたまま彼女は言った。
「僕なんかでいいの?」
「ドライブウェイで拾ってくれたわ。なんかの縁よ」
 彼女を見ているととてもいとおしくなってきた。さっき出逢ったばかりなのに。
僕はそっと彼女の唇に唇を重ねた。
 目を開いた彼女は、はればれしていた。
「ね、彼になってね。私小島さんのこと、好きになっちゃった」
「不思議だな。僕もだ」
「絵美って呼んでね。明さんでいいかしら?」
 僕たちは手をつなぎ、神戸の夜景をもう一度見つめた。
そして空には落ちてきそうな程の星達が燦然と輝いていた。

 時計を見ると、もう8時になっていた。
「さあ、帰ろうか」
「うん。山上のホテルに予約を取ってあるの。小島さんは明日は休み?」
「まあ、特に用事はないけれど」
「じゃあ、一緒に泊まりましょうよ。ツインしか開いてなかったの。ちょうどいいわ」
「え?会ってまだ3時間で同じ部屋に寝るのかい?困ったな」
「大丈夫。襲いかかったりしないわよ」
「うーん、じゃあ、そうするか」
 僕たちは駐車場に戻り、車に乗った。そして彼女が予約を取ってるホテルへ向かった。
 チェックインして部屋にはいると、彼女はお腹が空いたと言った。
僕も空いていた。フロントに電話して、今から食事が出来るか聞いた。
「バーベキューならご用意できますが」
「じゃあ、二人分お願いします」
 僕たちはバーベキューコーナーに向かった。

 バーベキューコーナーからは神戸の夜景が見渡せた。
 絵美はなかなか食事に手をつけなかった。
「ほら、肉焼けてるよ。早く食べないと」
 見ると彼女は涙をこぼしていた。
「ここの席だったの。彼とバーベキューを食べたわ」
「うん」
「さあ、食べよっと。いつまでもくよくよしてても仕方がないわ」
 絵美は涙を拭うと、猛然と食べ始めた。
生ビールを3杯も飲んだ。
「もうだめ、部屋に帰りましょう」
 僕らは部屋に戻り、絵馬がシャワーを浴び、僕も汗を流した。
お互いのベッドに入り、あかりを消した。
しばらくすると、絵美のすすり泣きが聞こえた。
「大丈夫かい」
「うん、そっちへ行ってもいい?」
「いいよ」
僕は答えた。

 絵美が僕のベッドにするすると入ってきた。
「抱きしめて。力一杯」
僕は絵美を抱きしめた。彼女は肩をふるわせて泣き続けている。
 うわずった声で彼女は話し始めた。
「本当はね、自殺するつもりだったの。彼との思い出の場所で。
でも、小島さん、あなたに会えた。私やり直せるかしら」
「生きていればいいこともあるよ」
「ねえ、愛して」
「愛しているよ。絵美、君がいとおしい」
「そうじゃなくって」
 絵美は僕の手を取って胸の膨らみに置いた。
「あなたに愛して貰ってはじめて、すべてを忘れ去れるって思うの。
お願い」
 僕は絵美の唇を強く吸った。
そして長い夜が始まった。

 翌朝、目が覚めると絵美はすでに服を着ていた。
僕がシャワーを浴びて出てくると、彼女は窓を見ていた。
窓からは神戸が一望できた。
「不思議ね。もう涙なんか出なくなっちゃったわ。小島さんのお陰ね」
「朝食を取ろう」
 朝食場所はカフェになっていた。庭園に向いた席が用意された。
「今日はどうするんだい?」
「ねえ、海に行ってみたいな。だめ?」
「いいよ。須磨海岸に行こう」
 須磨と聞いて彼女の表情に一瞬、陰が走った。
「そこも思い出の場所なの?」
「うん、彼とよく行った。でも大丈夫。行きましょう」
 チェックアウトして、車に乗り込んだ。
 曲がりくねったくだりの道路は神経を使う。
僕はほとんど喋らず運転に集中した。
車はやがて須磨海岸のパーキングに入っていった。

 絵美はなかなか車から降りなかった。
「どうしたの?」
「待って。まだ決心がつかないの」
「彼との思い出の場所?ここでなにかあったの?」
「ここで・・出逢ったの。彼と。
ひとり浜辺を歩いてて、彼から声をかけてきたわ。
行きましょう」
 彼女は突然ドアを開けて、陽光の中へ飛び出した。
そして海までまっしぐらに走り出した。
僕は後を追いかけた。
波打ち際で彼女はかがみ込んだ。
絵美に追いついたとき、彼女は笑っていた。
「あはは。不思議ね。大丈夫よ。海に入っていこうとしたんだけど、
とっさに止めたわ。もう私には小島さんがいるものね。
もう大丈夫。さあ、お散歩しましょう。」
 僕と絵美は手をつないで海岸を散歩した。

 絵美が言った。
「ねえ、携帯番号とメールアドレス教えてくださる?私も教えるわ」
 僕たちは互いの携帯電話に相手の番号とアドレスを教え合った。
「ありがとう。これでいつでも話せるわね。さてと、ここで失礼します」
「ん?送っていくよ」
「いいの、大丈夫」
「どこに住んでいるの?」
「それは秘密。いつか教えることになるかもね」
 そう言うと彼女は山に向かって歩き出した。
 僕はパーキングに向かった。
海岸を歩きながら彼女との出逢いについて考えた。
謎の多い人だ。どこに住んでいるかも教えないなんて。
でも僕は彼女に惹かれた。愛していると言ってもいい。
次にいつ会えるか、と考えながら車に戻った。
そして大阪の家に向かって愛車を走らせた。

 家に帰り着いてから、絵美にメールを送った。
ところが・・宛先不明で返ってきた。
まさかと思い、電話をかけてみた。
かからなかった。
絵美は嘘の番号を教えたのだ。
 ショックだった。
でもまあ、出逢ったばかりの男に本当の番号を教えないのも道理か、と割り切った。
 それから半年。
絵美のことは忘れかけていた。
それでなくても広告代理店から次から次にコピーの依頼があり、仕事に追われていた。
最後の締め切りを終え、メールでコピーを流したとき、その電話は鳴った。
「もしもし、白鳥絵美と申します。小島さんですよね。私のこと、覚えていますか?」

「覚えているよ。君、嘘の番号教えただろう」
「ごめんなさい。不安だったの。あの夜のこともあったし」
「そうか」
「あのね、あれから彼と行ったところを全部巡っていたの。
今日、最後の二つ目を廻ったところ。あと一箇所あるの。
そこに小島さんに連れていってもらえないかしら。
身勝手なのは承知です。ごめんなさい」
「最後の場所はどこ?」
「函館」
「ふうん、どうだろう」
「お願いします。一人で行く勇気がないの」
「わかったよ。いつ行きたいの?」
「今度の週末」
「君、どこに住んでいるの?」
「京都」
「じゃあ、伊丹空港だね。二人分、予約しとくよ」
「飛行機代は私に払わせてね。せめてもの償いとして」
「いいけど」
 僕はその場でインターネットを使って函館行きの初便を予約した。
「じゃあ、土曜日空港のカウンターで。8時に」
 彼女は承知し、今度は本当の電話番号とメールアドレスを教えてくれた。

絵美は八時きっかりに待ち合わせ場所に来た。
「おはよう。来ないかと思ったよ」
「どうして」
「半年ぶりだもの」
「ごめんなさい」
「いいよ、もう済んだことだ」
 僕らはチェックインし、ゲートへ進んだ。
「空港に来るの久しぶりだわ。わくわくする」
「そう?僕も一年ぶりだ。前回は沖縄に行った」
 そうこうするうちに搭乗案内が流れた。
僕らは機中の人となった。
 やがて航空機が地面を離れ、ぐんぐん高度を増していった。
 絵美は興奮していた。
「見て、雲海よ歩けそうな感じ」
「そうだね」
 ふと見ると、彼女は涙を流していた。
僕は黙って彼女の横顔を眺めていた。

 やがて航空機は函館空港に着いた。
僕はレンタカーを借りた。
白いセダン。平凡な奴だ。
けれどラッキーなことにカーナヴィがついていた。
絵美の希望どおり、トラピスチヌ修道院、五稜郭タワー、倉庫街を設定した。
そして車は走り出した。
 倉庫街に着いたとき、絵美はお腹が空いたと言った。
僕らは倉庫を改造した、おしゃれなレストランに入った。
海の幸で満腹になった僕らは散策に出た。
マリーナがあり、カラフルなヨットが係留してあった。
 絵美はマリーナで動かなくなった。
「ここ。ここでカメラを誰かに預けて写真を撮って貰ったの」
 僕はカメラを取りだした。そして通りすがりの人にシャッターを押して貰った。
「後はどこだい?」
「函館の夜景だけよ」
「そうか、じゃあ、夜まで待たなくては行けないね。ホテルにチェックインしよう。
 僕は車を函館駅前のホテルににつけ、フロントで名前を告げた。
キーを貰い、部屋に入った。
部屋に入るなり、絵美は窓に走り寄った。
「見て。海が見えるわ」

「ちょっと行ってくる」
 絵美はそう言うと、一人で部屋を出ていった。
僕はぼおっと窓から海を眺め、絵美が帰るのを待った。
 一時間しても絵美は帰ってこなかった。
僕はベッドでうたた寝した。
 ドアのチャイムで僕が起こされたのは、もう5時過ぎだった。
「ただいま」
ドアを開けると絵美が笑っていた。
「待たせてごめんね。どうしても一人で行きたいところがあったの」
僕は詳しいことは聞かなかった。
「もう夜景の時間だよ。行こうか」
絵美はうなずいた。
 タクシーを拾ってロープウェイの乗り場に付けた。
ロープウェイは函館山をゆっくり昇っていった。
絵美はなんだか思い詰めたような表情をしていた

 山頂に着くとちょうど街あかりが輝きはじめたばかりだった。
僕たちはそのあかりが少しずつ増えていくのを眺めていた。
「ほら、あそこに教会が見えるでしょう?
さっき、あそこに行っていたの」
「ふうん、そうなんだ。なにかお祈りしてきたのかい?」
「うん、牧師さんとお話ししてきたわ」
 なんの話をしてきたかは聞かなかった。
 いつの間にか暗くなって、街が星くずを散りばめたように見えた。
「綺麗だね」
「そうね。星も出ているわ。とても綺麗。有り難う、小島さん」
 そう言うと絵美は、突然、柵を乗り越えて星くずの中へジャンプした。
「絵美ー!!」

 うろたえながらも僕は係員に告げ、係員は警察を呼んだ。
警察が到着するまで30分かかった。
その間係員は懐中電灯で絵美の姿を探した。
 やがて警察が到着した。
投光器が輝く中を警察官達がロープをつたって降りていった。
僕は体が凍えるのも忘れて一部始終を見ていた。
「無事であってくれ。死んじゃなんにもならない」
 僕は祈った。そのとき、
「いたぞー!!」
 ロープの下から警察官の声がした。
そりのようなのが釣り下ろされ、
しばらくして絵美はくくりつけられて上がってきた。
幸いかすり傷だけで済んだ。
 警察にたっぷりお灸を据えられ、絵美は解放されて僕の元に来た。
「どうしてこんなまねするんだ」
「ごめんなさい。星くずの街を見てるとたまらなくなって、つい・・」
「もういい。降りよう」
僕たちはロープウェイに乗り、タクシーでホテルに帰った。

 ホテルに着くと、お腹が減ったので、レストランで軽いものを取った。
「ねえ、絵美。まだ前の彼のこと忘れられないのかい?」
「忘れたわ。あなたが函館に連れてきてくれたお陰で。
きれいさっぱり」
「じゃあどうして自殺なんか・・」
「いいえ。自殺じゃないわ。私はただ星くずの中に飛び込んでみたかっただけ」
「死ぬとこだったんだよ」
「そうね。ごめんなさい。でも気持ちよかったわよ。
ふうわり空に浮かんで、光の中に・・」
「もう二度とこんな事しちゃだめだ。いいね」
「はい。約束するわ」
 部屋に戻ると窓からイカ釣りの漁り火が見えた。
「綺麗ね。暗闇の中の光って好き。だからあなたも好き」
 絵美が身を寄せてきた。
僕たちは絵美の傷をかばいながら愛し合った。

 絵美はなかなか眼を醒まさなかった。
「ねえ、そろそろ起きよう。行きたいところがあるんだ」
「えー?どこ?」
「教会だ。君が昨日行ったって言う教会。
今日は日曜日だからね。礼拝がある。行ってみよう」
 朝市食堂で海の幸を食べ、車を走らせた。
「礼拝って、はじめての人でも出られるの?」
「もちろん。僕はクリスチャンだ。言ってなかったっけ?」
「知らなかったわ」
 やがて車は絵美が昨日行ったというプロテスタントの教会に着いた。
牧師は絵美を喜んで迎えてくれた。
賛美歌を歌い、牧師の説教を聞いた。
絵美は熱心に聞き入っていた。
 帰りの車の中で、絵美は言った。
「光は暗闇の中で輝いている」
「そう、ヨハネによる福音書一章。
その前に、命は人間を照らす光であった、というのもあったね。
君にぴったりだ。君は光を見失っていたんだよ」
「じゃあ、小島さん、あなたが光ね、私にとっての」
「まさか。光はイエス・キリストだよ」
 僕たちはそれから、いくつかの観光地をめぐり、
函館発伊丹行きの最終便に乗り込んだ。
大阪上空で、窓から綺麗な夜景が見えた。
「星くずの街」
「うん、綺麗だね」
覗き込むと絵美の目は、星くずの街を映し込んできらきらしていた。

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