先輩たちのたたかい

東部労組大久保製壜支部出身
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1919年「朝鮮の労働者の状態」(読書メモー「日本労働年鑑第2集」より「朝鮮総督府が発表した答申」の概略)

2021年09月10日 11時03分58秒 | 1919年の労働運動

1919年「朝鮮の労働者の状態」(読書メモー「日本労働年鑑第2集」より1919年10月朝鮮総督府が発表した答申の概略)

 「日本労働年鑑第2集1921年版」の「第四編 労働者状態」p100において、1919年当時の韓国国内における朝鮮人労働者の状態に対する日本朝鮮総督府が発表した答申が紹介されています。露骨な朝鮮人蔑視にあふれたその内容をできるだけそのまま紹介します。当時日本国内では、「8時間労働制」は大きな流れとなり、大資本の多くも表向きは8時間労働制を認めざるを得ない時期であり、また女性労働者や児童労働者への酷使や規制を求めて大きな労働争議も頻発し、世間も大いにそれを支持しています。勿論、帝国議会や世界の動きもあります。にもかかわらず、1910年の韓国併合いらい日本が進出して作った工場1350ヵ所、日本朝鮮総督府は、そこの朝鮮人労働者の賃金が日本人と比べて著しく差別され、低賃金であることを堂々と認めながら、その原因は朝鮮人労働者の技術・知識が未熟に原因があり、彼らが労働時間に対してもルーズだから、今韓国で8時間労働制を導入すれば逆に朝鮮人労働者の賃金が下がるので、8時間労働制の採用はすべきでないとぬけぬけと断言しています。

 また、当時日本国内では紡績女性労働者などの大ストライキが頻発し、女性労働者への深夜労働などの酷使、児童労働者への虐待なども問題となっていました。ところが日本朝鮮総督府は、韓国国内の女性労働に対しては「心配はない」とし、児童労働には「最も簡単な仕事についているので保険上も教育上も危惧・懸念する事はないばかりか、これら児童は家が貧しいので収入を得て一家の生計に寄与しているので、これを禁止または制限すると生活を脅迫するだけでなく、ひいては家族離散し無宿浮浪の徒を出すことになる。疲弊した民力を発展させよとしている現在の過渡期においては児童労働もやむを得ない。幼年男女工の人数は大正6年(1917年)末において3804人なり。」と言うのです。

 8時間労働制にしても、女性労働、児童労働の問題にしても、本国日本政府ですら本音はどうあれ、表向きではこんな断言はしていません。なんと怖ろしい露骨な朝鮮人蔑視による思想・植民地政策でしょうか。
以下紹介します。

朝鮮総督府が発表した答申(1919年10月)
「労働者失業の防止及失業者の保護
 中流以上の朝鮮人の家庭には遊食の徒はなはだ多く、労働を賤しむ風習によりその家族及零落した親戚らがこれに寄食するため扶養者はその多いをもって誇りとしている。されば朝鮮の現状は失業者を顧慮せんよりは、これら遊食の徒を導いて労働に従わせ生産能力を増進し生活を向上させることが急務である。

(イ)労働時間
 朝鮮は最近10年前までは、経済状態特に幼稚なりしに加え一般に労働を賤しみ農民以外これに従事することを嫌う風習がある中で、併合以来暫時労働事業に努めた結果、大正6年(1917年)には工場1350ヵ所、労働人口は3万5千189人の多数となった。運輸労働者を加えると約8万人を数える。この労働に従事する朝鮮人は各種労働の経験がなく、また技術的知識も欠如しているため内地(日本)人や中国人と比べ劣り賃金に著しい格差がある。また、労働時間に対する責任観念に乏しく規律勤勉の精神が欠けている。・・・このような状態で労働時間制限制度を採用すると賃金の引き下げを行うこととなり、その結果かえって労働者の生活を困難にさせる。だから現在の民度においては労働時間制度は当分採用することはできず、教育の効果により向上を促し労働に対する自覚がでるまでは、これを延期する必要がある。

(ロ)女子労働
併合以前は中流以上の婦人は他人に面接するを忌み嫌い家庭に蟄居して外には出ない。これの労働を勧奨することは男性より難事であるが、官憲の監励と時世により目覚めるものが徐々にその数を増やし、大正6年末には7210人に到り、そのうち3918人は精白米の中の雑物を除去する簡単な作業に従事している。衛生上も懸念するものなし。

(ハ)幼年男女工
 主に煙草製造の最も簡単な仕事についているので保険上も教育上も危惧・懸念する事はないばかりか、これら児童は家が貧しいので収入を得て一家の生計に寄与しているので、これを禁止または制限すると生活を脅迫するだけでなく、ひいては家族離散し無宿浮浪の徒を出すことになる。疲弊した民力を発展させよとしている現在の過渡期においては児童労働もやむを得ない。幼年男女工の人数は大正6年(1917年)末において3804人なり。」

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朝鮮における工場労働者の年齢と労働時間調べ
 1919年1月朝鮮総督府が調べた朝鮮下の電気、煙草、硝子、印刷、染色、木材、鉄鉱などの約70の工場労働者の年齢と労働時間の調査結果では、三井物産、三菱、鈴木商店関係の工場も含め、その約70の工場の平均労働時間は10時間から12時間。多くの工場には11歳、12歳などの最小年齢労働者がいます。釜山煙草株式会社では男子7歳、新井精米所では女子9歳の記録すらあります。

「植民地朝鮮と日本」趙景達 岩波新書
 1928年当時韓国での工場労働者の中にには、幼年工15万6千人、女子労働者16万3千人も含まれ、労働者の賃金は31年当時で全労働者平均日給は日本人の6割ほどしかない。差別的な賃金は明確であり、朝鮮人労働者の生活は悲惨であった。
 そもそも朝鮮には労働法規が存在せず、長時間労働や幼少年労働に対する規制がなかった。当時は、工場法があったとはいえ、日本でも長時間労働は普通のことであったが、朝鮮ではなおさらのことであった。31年段階で12時間以上働く労働者は過半近くに及んでいる。労働運動が激化するのは必至であった。
 京城紡績では、多くのうら若き少女を女工として雇い入れたが、その多くは小作農の娘たちであった。彼女たちは3年間寮に住まわされ、私生活も監視の対象であった。京城紡績では、26年5月に大規模な労働争議が起きている。



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