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自遊人の時間


毎日ブログを書くのもしんどいし、気が向いた時だけ書くことにしよう!

ブラウン監督に期待したい

2006年04月01日 | 想い
昨日、プロ野球セ・リーグが開幕。
昨夜の開幕試合、広島東洋カープが中日ドラゴンズに2-0で完封勝利した。
今年の広島カープはブラウン監督が指揮をとる。
初戦、初采配で初勝利。なかなか縁起がよい。
今年こそ、新外国人監督ブラウンに期待したい。
千葉ロッテにあやかりたいものだ。

広島カープは長い間Bクラスを低迷し続け、昨シーズンは最下位に転落。
カープ出身者が監督を続けてきたが、Aクラス入りは果たせなかった。
球団内のしがらみからか、思い切った改革が出来なかったのだろうか。
結果が出せない以上、何かを変えるしかない。

私は、本当のカープファンではない。擬似ファンだ。
カープが勝ち続ければファンになり、負け続ければファンでなくなる。
要は、いい加減な、成り行き任せの人間なんだ。

でも、今年こそはカープに頑張ってもらいたい、と思っている。
そうしないと、セ・リーグが面白くならないし、広島の地域おこしにもならない。
カープの躍進が起爆剤になって、広島が再起できる事を祈りたい。

ボケ防止には

2006年03月29日 | 想い
最近、ボケ防止にと「百マス計算」や「ボケ防止計算ドリル」などが流行っているらしい。
任天堂のソフト「脳を鍛える大人のDSトレーニング」も大ヒット。
また、「大人の塗り絵」などというものまで出てきている。
これではまるで幼稚園か小学低学年での話しのようで、全く不愉快極まりない。
出版する方も、それを買う方も、情けない大人達だ。

私はそのようなものでボケ防止をしたいとは思わない。
私の第一のボケ防止策は、このブログを書くこと。
毎日毎日ほとんど変化のない生活をしていると、書くことが次第になくなる。
なんとか書こうとアンテナを張るようにしている。
「詰らん考え休みに似たり」ではないが、それでも色々に考えてみる。
また、書くために好奇心を持って出来るだけ行動し、見聞しようと思っている。

話変わって、
大分前に読んだ五木寛之の本に、確か「一日一回歓ぼう」というのがあったと思う。
それを読んで以来、一時期意識して「歓び」を探していたことがあった。
しかし、実際にやってみると非常に難しい事だったのを覚えている。
腹が立つ事やイライラする事を書くことは至って簡単なことだった。
その点、「嬉しい」「歓び」「感動」とかは毎日はとても困難な事に思えた。

小さな「嬉しい」「歓び」「感動」を見つけ続ける事がボケ防止につながるかも知れない。

自分の生き方は自分の判断で

2006年03月25日 | 想い
「『もう働くだけ働いたのだから、あとは悠々自適の生活を送りたい』という人もおれば
『優柔不断でつい定年まで性に合わない仕事をやってきたが、この際自分の好き勝手に生きたい』
と言う人もある。そういう人にとって定年くらい区切りのよい制度はない。
60歳を過ぎたら人生最後の4分の1くらいせめて自分の生き方を自分の判断で選択したいものである」

上の文章は、邱 永漢著「私は77歳で死にたい」の中に書かれている一節だ。
何とも私の気持ちにピッタリの事が書いてある。

だだ『もう働くだけ働いたのだから』という箇所に私は該当しない。
私はガムシャラには働いてこなかった。
精一杯働いてきたからもう何の悔いも無い、という感慨は全く無い。

私は組織というものが好きではなかったし、人間についての好き嫌いが激しい。
人を使う事も、人に使われる事も嫌いだ。
だから、会社人としてはしんどいところが多かった。
他人から見れば、辛抱、我慢が足りない、と思えたであろうが、本人の気持ちは推し量れはしない。

いずれにせよ、自分の人生には自分で責任を取るより方法はない。
最近は、自分のやってきた事のツケがまわってきているのを実感する。
しかし、もう一度振り出しに戻ってやり直したとしても、また同じような道を歩くような気がする。



愛犬の介護は老人介護に似たり

2006年03月24日 | 想い
我が家の末娘、愛犬ベスは現在右足が悪い。
歳は11歳だが、人間の歳では60歳。もう老人と言ってもいいくらい。

今年1月に、右足が骨肉腫だと診断された。
骨肉腫といえば、すごい痛みを伴うと言われているが、
いままでのところ、それ程の痛みはなさそうだ。
ただし、左足と比べると右足はひとまわり細くなって、
右足を庇ってビッコを引いている。
そのため、外を散歩するのには人間の手助けが必要になる。

右足に出来るだけ負担がかからないように、骨折しないようにと、
少し引っ張り上げ気味にして付き添う。
体重が26㎏近くあるので、付き添う人間の肘や肩に負担がかかる。
散歩の距離や時間は大した事はないが、それでも結構重労働だ。
家の中で飼っているので、朝夕の散歩から帰るごとに4本の足を洗い、拭く。
足に負担がかからないように、一人が抱いて、もう一人が足を洗い、拭く。
二人がかりで世話をする事になる。

毎日毎日やっていると、なんだか人間の老人介護をしているような気分になってくる。
犬は人間家族に言葉の伝達手段を持っていないので、
こちらが気を配って出来る限りの世話をするしか無い。
犬は人間と違って、イヤな顔もしないし嫌味も言わない。
だから尚更いとおしい。

私とは ?

2006年03月18日 | 想い
毎日新聞のコラム「ここに幸あり笑いあり:/46 友だち以上恋人未満」
の一節に次の事が書いてあった。

「ある精神科医によると、人は人生で3度「私とは ?」と問うそうだ。
 青年期、人生の折り返し期、そして晩年の3度である」

自慢じゃあないが、私など3度どころではない。
今までもう数えきれないぐらい思いに思っているが、
今だに結論のかけらも出ていない。
夜、フトンに入って考えていても、何時の間にか眠っている。
時によると、「私とは ?」を考えれば眠れるとばかりに、
安眠剤がわりに考える時だってある。
全く不真面目としか言いようがない。

また、このコラムの終わりに、
「友だち以上恋人未満の関係となれる異性がいるならば、
 第二の人生もひと味ちがったものになるかもしれない」
と結んである。

確かに色気のない人生は無味乾燥だ。
しかし、そんなに簡単に都合いい異性が見つかるものか。
今までの長い人生にだって無かったのに、今更出来るとはとても思えない。
でも、異性が好きになれる元気がほしい。

初節句の贈り物

2006年03月17日 | 想い
初孫(男の子)が初節句を迎える。
節句の贈り物は母方の実家がするものらしい。
いい歳をしてその事を初めて知った。

一説によると、
父方の実家で同居するのが一般的だった時代に、
生活費を父方が負担するので、
初節句のお祝いは母方でという了解があったらしい。
そういった習慣もなくなりつつある今日では、
父方、母方が事前によく話し合って、
双方が初節句の贈り物をしているケースも出てきつつあるようだ。

ともあれ、初節句の贈り物を考えないといけない。
妻としては武者人形や鯉のぼりより鎧がいいと言う。
私は兜がいいのではと思ったりもするが、どうもピンとこない。
現在、娘夫婦はマンション暮らし。大きいものがはたして良いものかどうか。

私たちも大昔、妻の実家から大きな雛人形をもらった。
立派な綺麗な雛人形だが、出したり入れたりが大変だ。
一旦出して飾って見ると、やっぱり雛人形はいいな~と思うのだが。
今のところ我が家の押入れに入れられるからいいようなものだが、
結構押入れの場所をとる。

娘夫婦は我が家の懐具合を心配してくれ、無理しなくて安いものでいいと言ってくれる。
どうしたものか、妻ともう少し考えてみよう。