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15 都市の中の寺院 02

暗闇の聖なる空間
 しかしこの闇の中の黄金が放つ光の効果は、ただ日本に特徴的なものではない。かつて磯崎新は「それはそっくりビザンティン建築の内部の意図の一部である」*01と感じた。また香山壽夫がヴェネツィアのサン・マルコ寺院で経験した、教会内に燈された灯によって、壁を埋め尽くすモザイクが黄金色の光を放って一斉に輝きだした*02瞬間もまた暗闇の空間が“聖なる空間”へ転換する契機を示している。
 聖なる瞬間は、歓喜に満ちた神の奇跡のときに感じるものであるが、一方で不合理な力が人を畏怖させたときにも感じる。宗教社会学ではこの不浄で不吉な聖性を左極の聖性、清純で吉なる聖性を右極の聖性*03という。左極の聖性は、人の魂の根源を揺さぶる衝撃-すなわち死をめぐる諸情、おぞましきもの、恐ろしいもの、不可解なものなどが引き起こす聖性である。暗闇の聖なる空間とは、この左極の聖性の空間にほかならない。

黄金色に包まれたサン・ヴィターレ聖堂/ラヴェンナ・イタリア

左から右への聖性の転換
 一方、磯崎新は日本の建築空間と同じように暗闇に非物質的な光が充満するさまを感じたラヴェンナのサン・ヴィターレ聖堂で、「闇でつつまれたようにみえる内部空間に、大量の光が溢れて、まったく別種の世界を出現させていく」*01瞬間に出会う。聖堂内が日本と「同じ闇を裏側にひかえさせていながらも、過飽和状態になるまでに圧倒的な量の溢れ出てしまう光の海」*01へと変貌する。左極の聖性が支配していた聖堂の内部は、右極の聖性の空間へと劇的な変化を遂げたのだ。この変化はもとより自然光のなせる業であるが、それは大自然の壮大な美やそれらによって喚起される高揚感などを示す“崇高さ”という概念につながる。崇高さは左極の聖性の肯定的な価値付け*04となる。

渾然一体となる空間
 日本の仏堂を支配しているのは、左極の聖性の暗闇の空間である。死を乗り越え仏の救済の世界に至るために、まず人を畏怖させる不合理な力が支配する闇の空間を必要とすることは他の宗教空間と同じである。しかし日本人にとってその闇の空間は、絶対神に敵対する悪魔の支配する世界のように、恐れおののき、忌み嫌う世界ではなかった。自分自身の姿は闇に溶け込み見ることができない。と同時に、自分の傍らに確かに存在する人々-家族、信徒などの姿も同じく見ることができない。そうした暗闇の支配する仏堂にいて、眼前の、荘厳の飾りが放つ微かな光によって浮かび上がる“非物質的な光が充満する聖なる空間”を共有するとき、傍らにいる人々と自分自身が渾然一体と交じり合った存在になることを感じる。暗闇がまるで巣穴や胎内のように自分(と傍らにいる人々)を守るべき存在となることを感じるのである。
 仏堂の暗闇は、畏怖の念を引き起こすと同時に、そこに共に集う人々の一体感、安心感、親しみを醸し出す空間でもあった。その背景には、かつての日本人の日常生活での家族・共同体の強固な繋がりがあった。それがあればこそ、彼らと共に暗闇の中に入っていく時、その一体感が“聖なる暗闇”の空間によってよりいっそう強められたのである。それゆえ日本の仏堂では薄暗さが維持され、それが久保田淳のいう暗闇の“好み”にも繋がっていったのではなかろうか。

暗闇から光が充満する空間へ
 しかしいま、核家族化が進み、共同体意識が薄れたとき、この薄暗い空間に対する好み、親しみ、安心感もまた失われつつある。暗闇の中の一体感を共有する繋がりが希薄化したとき、人はその暗闇が代表する共同体に対する敬遠感、疎外感を逆に感じるようになる。そして人は内部の情報がほとんど伝わらない暗闇の中に入りたがらなくなった。
 仏教回帰への道を再びたどるために新たに求められる寺院空間は、従来のような暗闇の支配する仏堂ではなく、ヨーロッパの宗教空間のように左から右への聖性の変化を促す空間、光あふれる空間をつくり出す必要があるのではないか。暗闇の聖なる空間は、その暗闇を共有する強固な共同体意識があってこそ生きるものであるが、その共同体意識が希薄になった今は、かえってその暗闇が人々を拒絶する。寺院空間が再び人々を招きいれる空間となるためには、暗闇の支配する空間から、光が充満する空間へと変化を遂げることのできる空間としなければならない。
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善立寺・本堂/東京都・足立区/IMA
五間堂の本堂は、四方と直上から光を取り入れ光あふれる構造となっている。

*01:闇に浮かぶ黄金/建築行脚4 きらめく東方サン・ヴィターレ聖堂/磯崎 新/六耀社
*02:建築意匠講義/香山 壽夫/東京大学出版会
*03:ゴシックとは何か―大聖堂の精神史/酒井健/筑摩書房



磯崎新 篠山紀信 建築行脚 (4)

磯崎 新,篠山 紀信
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ゴシックとは何か―大聖堂の精神史 (ちくま学芸文庫)
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