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conscience

my diary

近未来の風景を妄想

2020年12月06日 | 日記
 日本の支配構造は、官僚や東大卒などの高学歴エリート、政治家、資本家など全人口からすると、ほんの一握りの者がエスタブリッシュメント(既成特権階層)を形成し、それが世代間で固定化しつつあるところに閉塞感が生じる原因の一つとなってきていたが、特にコロナ禍による倒産、解雇などの増加により、より一層、階層間格差が増大しつつある。一方、コロナ禍への対応能力のまずさは、日本の政治権力の能力不足というよりも、平和憲法下における危機対応能力の構造的限界を示しているように思える。日本を将来にわたって戦争が出来ない国にするという当時の米国占領軍の目論見は見事に成功し、それが70年を超えても日本国を呪縛してきている。そして、それは、戦争が出来ないというだけではなく、コロナ禍や原発事故などの大規模災害に対しても、人権や私権の制限が、法制度や国民の反対故に不可能であり、既存の法制度を応用するか、国民のボランティア的行動に依存するしかない。
 一方、共産中国にあっては、指導層の方針の元、国民や軍隊の大規模投入が可能であり、国家の非常事態にあっては、私権制限などに考慮しなくても良い。これが新型コロナ感染防止に効果を発揮してきた。また、一日に何十万人もの検査能力のある点でも、先進国の中で日本は断トツに劣っているといっても過言ではない。これは、医療行政の貧弱さのせいなのか、他に要因があるのかがわからないが、そのような環境の中で日本政府はgotoキャンペーンを展開して国民の間に感染を広げた。勿論、未だに、数千人の死者しか出ておらず、政府の方では、行動制限で経済困難に陥る国民が多く出ることを考えたら、その位の犠牲は仕方がないと思っている可能性もあるが、これ以上急激に感染が広がれば、医療崩壊により、その他の病気や事故などで死ぬ人が出るかもしれないし、経済活動にも影響を及ぼしかねないことを考えると、その判断の是非は厳しく問われなければならないと思う。
 観光・飲食業者などの利害関係を抜きに考えると、それらの業界を助ける為の政策よりも、まず、医療関係への援助により感染を抑える目途を立てた上で観光・飲食業界への施策を展開すべきであった。その順番を間違ったところに、今回の感染の拡大があった。
 車両や船舶の事故を防止する為に、GPSシステムやAIを活用することが始まっている。情報とAIの統合は、今後、幅広い分野で進んでいくだろう。国民総背番号制などについても、最近まで強い反対運動があった。しかし、コロナ禍では、マイナンバー制度の活用も議論されるようになった。私も、マイナンバーカードの電子情報の更新通知が市役所から来て、一昨日市役所に更新に行って来たが、近い将来、運転免許証や健康保険証の情報も入る予定だという。これは、国民総背番号制と近いものではなかろうか。既に、中国などでは、同様のシステム化が進んでおり、新型コロナの感染対策に活用されていて成果が出ている。この流れは、最早止めることは出来ないだろう。
 共産主義と、情報統制、国民の私権制限は親和性が高い。国民総背番号制は、所得の再分配や福祉政策にも即応能力がある。犯罪者の追及もしやすい。一見するとメリットばかりである。それなのに、野党やマスコミが反対するし、国民の理解も得られないということから、長年、マイナンバーなどの制度は作っても、これを本格的に活用しようという動きはストップしていた。ここに至って、スガーリンの政治方針により現実化しようとしている。スガーリンは、前総裁派閥などを牽制するため、2F派の力を利用しており、桜問題も利用しつつある。マスコミには説明をしないという手法で、国会も邪魔だというばかりに早期に閉会をした。しかし、コロナ感染の流行に歯止めがかからなくなった場合、それらの構想は破綻する可能性もある。
 どちらにしても、共産中国のAIを活用した情報化戦略は、わが日本にもやがて波及する恐れはあると思う。何故なら、それは、高福祉で経済合理的な制度を実現する為には、相当の必然性を持っているのであるから。
 余談だが、教育などでも、個別化学習を徹底するには、一人の教師が多数の生徒に紋切型の教育を行うよりも、一人一人の特性をAIが判断し、個人の特性と理解度に合わせてカスタマイズされた学習をさせる方が合理的ではなかろうか。そういう時代が、もうすぐそこに来ている気がする。そう考えると、従来型の医師や弁護士などもAIがあれば不必要になる。まして、窓際族の会社員など不要になる。コロナ禍では、非正規社員が削減対象となったが、次は正規社員の番だろう。
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