狐は或る日の夕、神社の境内の大きな木の下で友人が坐つてゐるのを見た。
此の友人は姫君のやうに美しいかんばせを持つてゐる。
こまねいた両手と云ひ、項垂れた頭と云ひ、恰も何事かに深く思ひ悩んでゐるらしい。
狐は友人の身を気づかつた。
友人が悪魔に魅入られてゐるやうな瞳をして美しいかんばせを曇らせ思案をしている姿に唯事ではないと思つたのである。
狐は友人に近づき、何を悩んでいるのか仔細を問ひ質した。
「私は堕落しようと思ひました。
しかしそれと同時に堕落したくないとも思ひました。
あの清らかな魂の◎◎(←共通の友人の名前)を主人公にしたエロい漫画を描くことは◎◎を地獄の火に穢す気がするでせう。
私は◎◎をいやが上にも清らかに曇りなくしたいと念じたのです。
しかし、さうと思へば思ふ程、愈、エロい漫画を描いて◎◎を穢したいと云ふ心持ちもして来ます。
その二つの心持ちの間に迷ひながら私はしみじみ私の業を考へて居りました。
私は何時でもさうなのです。
堕落させたくないもの程、益、堕落させたいのです。
これ程不思議な悲しさが又と外にありませうか。
私はこの悲しさを味ふ度に、昔見た天国の朗かな光と今見てゐる地獄の暗闇とが私の小さな胸の中で一つになつてゐるやうな気がします。
どうかさう云ふ私を憐んで下さい。
私は寂しくつて仕方がありません」
美しいかんばせをした友人はさう云つて涙をはらはらと流した。
狐は友人に「描け」と云つた。
「いちいち悩むな。描きたいものを描け。描くが良い。描いて私に讀ませろ」と邪悪な笑みを浮かべて狐は云つた。
「案ずるな。それも愛だ。常識など気にするな。それが我等に何の関りがあらう。思う存分描くが良い」
友人は瞳を潤ませ悪魔に魅入られたやうな表情でその美しいかんばせを上げて狐を見詰めてこくりと頷いた。
神よ。我等を憐れむがよい。
我等は業が深いのだ。
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