その名も両国国技館・焼き鳥部。両国国技館の地下にある組織である。
詳しくはdanchuの9月号みてくだされ
連日のように報道される。小学生の殺害事件や傷害事件。ほんとうにうんざりする。
人権と犯罪防止のバランスをもう少し見直す必要があるのではないだろうか?社会はいつだって歪んでいるし、いつの時代も変質者は多い。今までは世間という足枷が犯罪に対する抑止になっていたのだと思うのだが、他人に関わらないという人が増えてきたので、そういう変質者を見極める目というものがなくなってきているのだと思う。地域コミュニティーの復活は言うは容易いがなかなか時間のかかる話で、犯罪被害は待ってはくれないだろう。
根本的に警察官の数が足りないと思うし、数々の不祥事で警察の権威もかなり落ちた。犯罪被害を少しでも減らすためには、少なくとも前科者の管理体制を厳しくしていくべきではないだろうか?
日本代表に困った“センセイ”攻撃…合宿地に 国会議員“乱入”
あきれてものが言えない。目的はテレビに取り上げられることだったのだろうけど、アホ過ぎるよ。
国会議員のリストを探そうとしたがちょと見つからなかったなぁ。引き続き探すことにしよう。
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暴動発端の文化部長は謝罪を拒否=預言者諷刺画問題 (時事通信) - goo ニュース
同部長は、言論の自由についての議論を巻き起こすことが自分の目的であり、イスラム蔑視を意図したものでないと主張した。
普通(自分基準だが)の神経ならばイスラム蔑視を喚起したものだろうと考える。新聞にヒトラーに扮してイラク人を虐殺するキリストの風刺画を掲載すれば、キリスト教徒から非難轟々であろう。日本人ならば、韓国あたりの新聞に中国・韓国人に踏みつけにされる天皇の風刺画でも載せればどんな反応が返ってくるかは考えるまでも無い。
ようは品性の問題であって、表現の自由・言論の自由とは次元が違うとうことだ。問題の風刺画の出来は普段日本の漫画を見慣れている自分としてはかなりレベルの低い落書きに見えるのだけど、こういうのが芸術的なイラストなんだろうか?よくわからん。ヨーロッパにはイスラム批判の自主規制の風潮がありそれを打破したかったみたいなことが書いてあるが、批判相手の大事にしているものを笑いの種にするなんて品のない事をしないで、どうどうとイスラム原理主義者のテロとそれを黙認に近い状態にしている、イスラム社会の批判を展開すればよかろうと思う。本当に、テロをなくしたかった、イスラムに対する議論を巻き起こしたいのであったのならば別の手段をとるべきであっただろう。これでは原理主義者以外の温厚なイスラム教徒も敵に回してしまい、イスラム教徒の中に味方を作るのが難しくなるではないか。
キリスト教徒の社会に流入したイスラム教徒がキリスト教徒社会の秩序を無視すると批判が出ているようだが、キリスト今日誕生直後のローマ帝国におけるキリスト教徒の弾圧理由と比べると面白いではないか、公共の義務を果たすのがローマ市民として勤めだと言うのに、それを放棄してキリスト教コミュニティーに閉じこもって、社会の秩序を乱したからという理由なのだけど、同じ理由でイスラム教徒を弾圧するキリスト教徒、やはり、キリスト教はあまり好きに慣れそうにはないね。