夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

「5月26日という日」

2017年05月26日 08時04分24秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2004年】
川上弘美さんの「あるようなないような」をもう少しで読み終わります。
川上さんの日常楽しそうです。でも、ご主人の顔が見えない。。。。
このエッセイを読むと、その日常と作品、作品を書く姿が思い描けそうです。時間のあるときに感想を入れます。
夏生さんの「ロマンス」は、ただいままとめ中。今までの感想ページも写真を入れないようにしたり改造中です。「ロマンス」の感想もシンプルになります。
「夕方らせん」は、少しづつ読んで、掲示板に感想を入れます。
そんなわけで3冊を平行して読んでいます。
ハハハ・・・・忙しい。
「あるようなないような」を読み終わったら、柳さんの命4部作最終章「声」を読みます。その後は村山由佳さんの「青のフェルマータ」その後は・・・・・
いよいよ夏生さんの「つれづれノート」が出ますので、つれづれの前巻12を予習のために読み返します。
藤堂志津子さんのエッセイも買ってあるし、江國さんのも買ってあるし、掲示板で書いた枡野さんの本も予約したし。。。。
読みたい本がたくさんあり、幸せ気分です。

【2005年】
(記事なし)

【2006年】
今夜はゴーやチャンプルにしようかとスーパーに行きました。
しかし。。。。木綿豆腐がない。。。。ううう
と言っても、国産大豆「遺伝子組み換えは使用していない」というもの。
一応遺伝子組み換えではないという外国の大豆を使ったものはたくさん売れ残っているのですが。。。。
なんとなく国産大豆への神話がありますなぁ。。。
たしかに肉でも何でも国産と書いてあると手が伸びます。
それにしてもなんで木綿豆腐が売り切れていたのだろう?テレビの健康番組で特集でもされたのかな?
今日も眼科と耳鼻咽喉科の医者にハシゴでした。
午前中、耳鼻科に行き、昼飯を食べて午後から耳鼻科。一日中病院へ行っているようなもんでがっくり疲れます。僕の鼻の軟骨が曲がっているらしい。高校生の頃、サッカーボールが鼻に当たってぐにゃと曲がったことがあり、手でのした記憶がある。そのせいかな?耳鼻科の先生が、金属の棒を鼻の中に入れて「鼻が曲がっているのよねぇ。。。」と言いながらぐいっと。涙があふれて飛び上がりそうになった。鼻の曲がりを直してくれたのか?
妻にこの話しをしたら、「私だったら、そんなことをされるなら二度と行かないわ」と。たしかに僕も二度と行きたくはないが、こればっかりは仕方ない。長い綿棒を両方の鼻の穴に突っ込まれたり。。。恐ろしいです。
両方の病院は、あんがい遠いです。自転車を使っていない(乗れるんですよぉ~(笑))ので、歩きです。スポーツジムのご利益か?歩くのが苦になりませんでした。
でも、車の多く通る道は苦手です。そこで、今日は路地に入り込みました。ぐにゃぐにゃと曲がった細い道。方向的にはいいはずですが、うろうろ歩いていたらどこを歩いているのかわからなくなってしまいました。まるで知らない町に来たみたいでした。路地の通る民家。言いですねぇ。庭や玄関先にたくさん植木が植えられていたり、いつも見る小学校の裏側が見えたり、あれ?こんなところに出るんだぁと驚いたり。楽しかったです。

【2007年】
(記事なし)

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】
天気予報がはずれて雷雨にならなかった

でも、もうどんよりとした梅雨のよう

こんな今にも雨になるかもしれないとき

公園の木の下にはえる濃い緑の葉が好きだ

豚のモツを煮ている。。。味噌炒めです

ラッキョウを漬け込んだビンを毎日かき混ぜてます

乾かぬ洗濯物がゆらゆらと。。。

アマリリスの茎を折らないように毎日気を使っています

黄色い花の茎を挿し木にしました

ミズゴケというのは生きているのだろうか

鉢植えの植物たちがひっそりと静まり返っている

茹でたモツの匂い・臭いが部屋に立ち込めている

匂い。。。臭い、モツの香り、ニオイ。。。。カオリ

いい匂いと嫌な臭い、きつい、濃い匂い。。。微かな香り

雨の香りを含んだ空気

これからコーヒーを淹れます。。。。。カオリ


ずっと前から自民・民主の二大政党制は「保守」二大政党制」ではないかと書いてきた。衆議院選挙では、民主党のマニフェストは自民党政治を変えるという幻想を国民は持たされたが、今は自民党も民主党も変わりがないという声が大きくなっているし、結局は自民党政権の方向を大きく変える勢力とはなっていないのではないか。この意味においては日本の政治は保守二大政党制といってもよいと思う。
参議院選挙がち被いているが、今はマニフェストという言葉が消え去っているような気がする。何を基準に投票をしたらよいのか。国民は戸惑いを感じているのではないか。もちろん民主党が政権をとってから日が浅いわけだから、マニフェストを実行に移すことの難しさはあるわけだが、マニフェストに向かって何ができて何ができないのかが見えずに煙に巻かれているような印象が強い。衆議院選挙のときのマニフェストを反故にするのか。そうではなくてそのために今はこれしかできないが今後はこういうやり方でマニフェストを完成させるというものを出すのか。民主党は問われている。
この問われる中身の一番大きな中心的なものは、平和主義と国民生活の安定に在るわけだが、普天間基地問題の泥沼化は、平和主義の視点に立たない永遠に沖縄から基地がなくならないことを示している。国民生活のジリ貧化はさまざまなやり方があるだろうが労働時間の短縮を行わないと解決しない問題となっている。一方における長時間労働に対する一方における失業。これまでの自民党政治に変わる抜本的な政治的経済的見方の変化を行わないとならなくなっている。それを行うのが民主党なら日本はよい意味で緊張感のあるに大政党政治が生まれるのではないか。。。。

今夜は、先日も作った豚モツ(生)の「こてっちゃん風」とイカユッケです。
イカはイカそうめん。。。。。
野菜の上にイカを置き、イカは白いですから味付けはしておかないで上に卵の黄身だけを乗せておきます。食べるときに少しタレをかけようかと思います。
タレは、豆板醤・砂糖・醤油・長ネギのみじん切り・ごま油です。
そこに今夜はアスパラを添えてみました。アスパラは柔らかい細いものを使います。塩茹でをして熱いうちに砂糖・塩・酢で軽くした味をつけておきました。先ほどのイカユッケのタレをこちらにもかけます。
さて、これからモツを炒めます。

【2011年】
今朝の朝日新聞の記事にありましたが、ツイッターもいろいろと誤りの多いツイートが多かったようですが、それを常に修正したりする動きも素早かったようです。
ネットが学者やいろいろな文化人といわれる方あるいはもちろんマスコミもそうですが、ある特権的な人々で活字が支配されていたものを一般人にも開放したことは画期的なもので、ネットが生まれることはそれを予期していたことともいます。今も民主化運動にネットは欠かせないものになっており先進国はそれを擁護しています。
ウイキーペディアという百科事典がありますが、そこはいつも書き換えられて議論されながら項目の質が上がっているというものがあるそうです。それと同じようにネット全体がそのように発展せざるを得ないことは必然になっていると思います。
誰でもが自分の意見をかけるしそこに議論もできる。素人では解決できないならその道の専門家もいる。意見の違いはそれはそれとして同じ意見は集約をされていく。これは情報という面でも討論という面でもいえることです。
今、原発を維持あるいは増加させるか、あるいはすぐに廃止または段階的に自然エネルギーに移行するとかいろいろと温度差のある中にもたがいに議論がされている。議論だけではなく、福島の現状が広まり人の命をどう考えるかもその経済発展に対比させながら考えるようになっている。とんでもない人もネットに入るわけですが、そういうものは原発問題が深刻であり経済状況が深刻である中に真面目さが出る議論の中で消えていくでしょう。
一般人もそうは馬鹿ではない。

【2012年】
5月25日の朝日新聞に小泉内閣を支えた竹中さんのインタビュー記事があった。
現在においては消費増税には反対をしていますが、消費増税に変わり国の在世詩財政を所得税によって改善しようとする。その所得増税は、富裕層への増税というよりも中間所得層への増税という形を提唱する。これを所得の再配分とする。
しかし、この中間層がどうなっているだろうか。
労働法制の改悪など、この中間層を低所得層へ押し込んだのが小泉政権でなかったろうか?そのために中間層は減少していく。今の格差社会や低賃金化の政策の礎を築いたのが小泉政権ではなかったろうか。
この国民生活の儀税による企業救済が成長路線と呼ばれるものだったのではないか。
インタビューでは、「私が成長反対派に言いたいことは、君たちは貧しくなる自由がある。でも豊かになりたい人の足を引っ張るな、ということです。」といっている。
たしかに小泉政権と同じ成長路線を行えば貧しくなる自由を持つ人たちが増えるだろう。そして豊かになる一握りの人たちをその貧しくなる自由の人々を食い物にして増えるだろう。格差社会はさらにすすむだろう。
成長に反対をする人などはいない。ゼロ金利策を行う人々も将来の成長をいうだろう。そして貧しくなる自由を押し付けられる人々も成長を願う。しかし問題なのはその成長の過程や結果にある。法人税は減税をして企業が発展をする中にその成長を見るばかりが成長路線ではないだろう。国内消費や労働法制をまた改善をしながら中間層を増やすことに企業の成長もあるという考え方もある。中間層への所得増税を言うならば、小泉政権から減り続ける中間層をどう増やすかが課題だろう。

【2013年】
「デフレ派」と「リフレ派」という対立点を見ること自体が「論点外し」なのです。デフレ派などは存在しない。
「反リフレ派」といっても今の経済学者には、リフレは否定するが労働の規制緩和には積極的というものがあったりします。ですから反アベノミクスとしての内需拡大から見た経済の立て直し派。
労働者の賃下げが続きモノの値段が下がっても売れなくなる。そしてまた値下げが続く。この悪循環を良しとする「デフレ派」はいない。消費者としての労働者の生活の安定(内需)からの視点。
(ツイッターでのある方への返信)
先日「保守系経済学」というものを書きましたが、今のリフレ経済学に対しては保守系の経済学者からも批判があるわけですが、その意味においては確かに「反リフレ派」と言える。そして「デフレ派」という場合はどのような論理で言うのでしょうか?
反リフレ派には金融政策では解決しないので労働の規制緩和などの規制緩和でしか経済は再生しないとか、公共事業などの景気回復策を強調とか、結局はアベノミクスの三つの矢の中身において金融政策優先のリフレに対する構造改革や公共事業を優先するものを言う。こういった反リフレも「デフレ派」と呼ばれるのかもしれない。
しかしこの意味でのリフレ派とデフレ派もアベノミクス派と言えるものでしょう。
内部で対立をしているようではあるがアベノミクスの中身の強調するものが違うだけである。
今の社会の対立点はどこにあるのだろうか?小泉政権から見ても、好景気と言われていたにもかかわらず国民生活には何らこの好景気が感じられずに逆に格差社会の拡大や社会保障制度の低下そしてまさに労働の規制緩和としての派遣法の改悪やその影響も含めた低賃金化が進むという中に政権交代に向かったわけです。安倍内閣はこの小泉政権を引き継ぐ中に第一次内閣もありましたが今の内閣も基本は引き継ぐ政策でしょう。ですからこの一連の自民党政治という基本的な流れに対する国民意識からの経済改革が必要となった。それが民主党の「国民生活第一」であった。ですから自民党政治と国民生活から見た政治との対立点はまだ存在をしているわけです。それが上に書いた「労働者の賃下げが続きモノの値段が下がっても売れなくなる。そしてまた値下げが続く。この悪循環を良しとする「デフレ派」はいない。消費者としての労働者の生活の安定(内需)からの視点」という事になります。
この内需の拡大からのそれは国民生活の安定という事になりますが、そこから経済の立て直しをしていこうというのが国民的な視点でしょう。それには社会保障の拡大とこれまで日本型のデフレ経済をつくってしまった賃下げ・低賃金化を是正してデフレを脱却しようというものです。たしかにこれは民主党政権では失敗をしてしまいましたが、今でもこの国民生活第一の論理は今の社会矛盾を見えればその重要さは増しているのです。
残念ながら民主党の内部からの裏切りのような形で民主党政権は終わってしまい、その反動が自民党安倍政権なわけですが、その中で内需拡大からのデフレ脱却と景気の拡大という経済政策そのものまでが否定をされたり忘れ去られるようになってしまいました。
しかし先にも書いたように社会矛盾の解決は国民正解第一(生活の安定)という視点からの内需拡大からしか解決はできない実態があります。
平和や民主主義についても同じです。保守は経済学内の先に書いたような対立と同じように、政治も維新の会という政党が出てきて自民党との対立軸といった大さんの勢力が中止されるようになり、同じ保守層の対立として現れました。
もうこの保守内の対立から見せつけられる対立点から脱却をしなければならないでしょう。保守的な対立点で社会を見るのではなくて平和や民主主義そして経済を国民目線でもう一度確認してそれを対立点と吸えるものを再構築しなければならないでしょう。それには社会民主主義も一つの視点となるでしょう。

【2014年】
日銀副総裁が講演の中で、円安「効果」による物価上昇が弱まっているなかで2%目標は難しいのではないかという指摘に対して
「企業の生産拡大が従業員の賃上げにつながり、消費も堅調に推移していると指摘した。「好循環のインフレになっている」と述べ、物価上昇は今後も持続する」 (上記リンクページより引用)
という認識を示したという。
円安によるエネルギー価格の上昇名の物価上昇はこれまでもブログに書いてきたように「悪性の物価上昇」ですからこの悪性の物価上昇に対して「好循環のインフレ」傾向を示すならたしかに良い方向でしょう。
しかしソニーは 『黒字化に自信「構造改革やりきる」』と言っている。この構造改革は成長戦略といってもよいと思うのですが「良い商品を出し続けたが、それをサポートする事業部、本社、海外販社のコスト構造がビジネスの規模にあっていなかった」(上記リンクページより引用)「コスト構造」の中にはやはり労働力の構造的なものも含まれるのではないか?
構造改革=成長戦略が先の日銀総裁の「降順化」を裏付けるだろうか。。。。
ロイターには「需給ギャップ解消「思いのほか速い」=日銀議事要旨」という記事がある。この需給ギャップがゼロになるという改善がどこから来るかといえば
「少子高齢化やリーマン・ショック後の設備投資の先送りなどで「やや長い目でみて、日本経済の供給の天井が低くなっていることを示すもの」との見解を示した。」(上記リンクページより引用)
というように「供給の天井が低くなっている」ならば需要が伸びなくても需給ギャップは改善したと見えるでしょう。ですから日銀内においても今後の物価動向にはいろいろな意見が出ます。このことからも日銀副総裁の「好循環のインフレ」の信頼性をどこまで認められるかでしょう。
やはりここにおいても構造改革あるいは成長戦略を求めることとなりその影響が労働者の中にどのように表れるかです。残業代ゼロもそうですが労働者には良い方向にはないでしょう。そうすると「好循環のインフレ」は怪しくなります。

【2015年】
円安により為替も123円。
円安によって株価も上昇をしている。そしてこの間の円安誘導により物価も上昇をしている。
その他株価も年金積立金を使って株価を支えている。
物価は生活実感からすれば日銀の目指す2%よりはるかに超えたものとなっているだろう。
しかしこの株価や物価騰貴が景気を反映したものかといえばそうではない。
「14年度の実質GDP、1.0%減 5年ぶりマイナス成長」
この現実から株価の上昇あるいは物価の騰貴と景気とは乖離したものと言わざるを得ない。
もはや株価や物価の上昇と景気とは反比例をはじめているともいえる。
これは何を現しているかといえば、今の株価や物価は人為的につくられたものであるから景気の改善からもたらされたものではないという事である。
GDP、成長率がマイナスであることからそこに株価や物価が上昇する因果関係がどのように存在するのか?
ここの矛盾を抜きに株価は上がり物価も上がっているのだから景気はよくなっているという結論は導かれないだろう。
景気がよくなるという事は株価や物価もが騰がるという事。だから株価や物価が騰がれば景気はよくなるといったとんでもない論理が独り歩きしてきてしまったのである。

【2016年】
(記事なし)


【2017年】
gooお題「苦手な家事は何ですか?」
「主夫」歴30数年。。。。
大概の家事はできます。
しかし苦手なのが、というよりも嫌いな家事は風呂掃除と洗濯ものをたたむこと。
トイレ掃除もいやでしたが、最近では汚れがしつこく残らないように意地でも磨いてやろうと思い毎日掃除をしています。すると不思議なものでトイレ掃除が快感となってきた。強い薬剤を使わなくても案外毎日磨いていると汚れないもんですね。
料理も自分で酒のつまみに食いたいものを一品に入れて毎晩楽しんでいます。
その他日常生活でやってみると面白いことがあります。


イタリアでG7がはじまった。
先進国の経済政策は完全に袋小路に迷い込んだ。その社会の土台である経済の不安定さがやはり上部構造ぜある政治に現れはじめている。
経済面での成長は止まり、小さくなるパイの分け前の争奪戦となっている。グローバル化は通貨安競争による輸出の拡大を図るが、結局はこれもパイが小さくなる中での市場の確保競争でしかない。
日本に見るように経済成長には自国民の生活を犠牲にしながらグローバル化の中での生き残りを目指す国も出て、アメリカのようにその力を背景とした保護主義が台頭した。ヨーロッパとくにイギリスも大なり小なり同じ状況にあるのだろう。
その中で途上国の経済成長への投資と市場の確保に依拠をするようになり、特に中国やインドについては先進国自体がその国に依拠しなければならない状態にまでなっている。
政治は極端な右傾化あるいは排外主義を伴いながら極右の台頭を許し、自由や平等そして民主主義の危機にまでなっている。極右や排外主義は国民を巻き込むためにポピュリズムに走る。そして結果はさらに国民の生活を犠牲にし政治的自由を束縛していく。それがまた反作用となり経済の後退に導く。
この中でG7の課題は何か?
それは経済成長目標ではなくて、自国における個人消費と設備投資の拡大目標を共通の課題とすることでしょう。もちろん個人消費(国内消費)を日本のように中国人のバク街に依拠するようなものではなく、純粋な自国民による消費の拡大でなければならないことは自明である。
それにはさらにそれぞれの国において各竿の拡大を止めて格差の縮小目標を共通の課題とすることが必要である。単なる経済成長(企業利益の拡大)ではなく、国民生活の安定からの経済成長を目指すべきである。
このことにより、保護主義(経済的排外主義)の否定と行き過ぎた【自国民の犠牲による】グローバル化の熱を冷ますでしょう。もちろんグローバル化の真美は否定できない。しかしそれは経済協力としての形が大きくクローズアップされ鵜だろう。政治的右傾化はこれまでのG7の基本である自由主義義・民主主義から水から脱落する国が出始めている。これを政治的な認識の一致として阻止しなければならないだろう。
G7は継続しながらもG20や各地域による経済協力機関の役割が大きくなるだろう。政治的なものも含めて中国やロシアなど発展が著しい途上国の力を必要とするだろう。
ジャンル:
その他
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