陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画「プラトーン」

2010-05-16 | 映画──SF・アクション・戦争
戦争を描いた映画をあるていど観てきましたが、これほど惨たらしい戦争映画を観たことがあったでしょうか。酷いと思ったのは、その戦争には誰も勝利者がいないこと、英雄もいないこと。酸鼻極まるシーンがおぞましいというのではない、戦闘描写が迫力があるだけというのでもない。そしてこれが、実際に戦乱のベトナムで戦った一兵卒が目に焼きつけてきた地獄絵をもとに、赤裸々に作成されているという事実です。

1986年の映画「プラトーン」(原題:PLATOON)は、巨匠オリヴァー・ストーンの自伝的体験をもとにしたベトナム戦争のあからさまな真実を伝える戦争映画。もちろん映画ですから、多少の脚色はあるのでしょうけれど、特典映像の監督のインタビューを聞く限りは、これがかなり真に迫ったできごとであろうことが窺えます。

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監督自身の投影ともいえる主人公クリス青年は、富裕層に生まれながら両親に反発するため、志願兵としてベトナムの陸軍歩兵師団に入隊。1967年のことだった。
彼のようなインテリ階級の志願兵はほとんどらず、多くの従軍兵士は、黒人や少数民族、貧しい家庭の生まれ。新兵のクリスは、土豪掘りや排泄物の清掃など雑役ばかりにこき使われて、疲弊しています。

人員不足のため前線に押し出されてしまったクリス。しかし見張りの最中、同僚の居眠りのために奇襲を受け、怪我を負うとともに鬼軍曹と恐れられたバーンズからは叱り飛ばされてしまいます。軟弱な青二才ふうだったクリスですが、戦歴を重ねるごとにそれなりに勇ましい兵士らしい顔つきに。粗野ではあるけれど底抜けに明るい戦友たちに支えられていきます。

表題のプラトーンというのは「小隊」の意味。この映画では、ベトナム戦争に赴任したある小隊の内部抗争に焦点をあてています。

無抵抗のベトナム人を虐殺し、村を焼き払う小隊の兵士たち。彼らの行いに高邁な理想など窺えません。横暴なバーンズの獣をほふるような殺人に怒りを覚えて制止したのは、班長のエリアスでした。
この一件で、小隊は残忍なバーンズ派と、無謀な戦闘を好まないエリアス派に分かれ、正義感に燃えるクリスはエリアスに惹かれていきます。ところが自身の非道ぶりを軍法会議にかけられることを恐れたバーンズが、敵襲と見せかけてエリアスを銃撃。部隊がひきあげたヘリから見下ろした、エリアスの無念の最期はなんとも衝撃的ですね。

物語の終盤。カンボジア越境をこころみるも、戦況は悪化の一途をたどりつづけていく。夜間の戦闘で上官を失った小隊は、指揮系統が乱れて味方は倒れていくいっぽう。無理な行軍で疲弊し、兵隊の士気は低下していくところを、敵のベトナム兵士にことごとく襲われる。この最終戦で気違いじみて自分を襲おうとしたバーンズを射殺し、エリアスの敵討ちを果たしたクリス。しかし、ニ度の負傷のためにより安全な後方に送られることになった彼の胸の内はけっして晴れることはありませんでした。

オリヴァー・ストーン自身は軍曹を殺したりなどできなかったと語っていますが、それでも彼が目の当たりにした阿鼻叫喚の地獄がここに再現されていったのでしょう。スローモーションで撃たれながら死んでいくエリアスの演出はなんとも印象深く涙を誘う部分ですが、監督はエリアスのような甘さをもった人間は戦場では生き残れないばかりか、隊を全滅させるといっています。じっさい、エリアスと彼に与する部下は、マリファナを吸っていて現実の憂さ晴らしをしていました。
バーンズに媚びへつらったオニールは生き残りこそしたが、自分だけの保全を考えるような腰抜け。下位の兵士から見下げられていた中尉は無能な指揮官で、間違った位置を伝えたがために空爆で多くの兵を死なせてしまいます。

兵士間の肌の色や生まれによる差別意識、ベトナム人への無差別殺人や略奪、暴行。麻薬による退廃や、力の強い者どうしの対立。味方同士の撃ち合い。極限を生き抜いた人間の強さではなく、脆さや愚かしさばかりが浮き彫りになっています。
ベトナム戦争で精神を病んだ退役軍人が多い理由も、合点が行きます。こんな戦争に意味があったのでしょうか。そもそもなぜアメリカはこんな戦争に加担したのでしょうか。そして湾岸戦争への出兵や、アフガニスタンへの派遣においても同様の事態が繰り返されていることは容易に想像できましょう。

出演はクリス役に、「地獄の黙示録」主演のマーティン・シーンの次男チャーリー・シーン。1993年版の「三銃士」でアラミスを演じました。2009年末に、妻への暴行容疑で逮捕されてしまったのが残念でなりませんね。

バーンズ軍曹に、おなじくストーン監督の「7月4日に生まれて」にも出演したトム・ベレンジャー。「メジャーリーグ」シリーズでも有名ですね。
エリアス役は、ウィレム・デフォー。「スパイダーマン」のゴブリン役が知られていますが、「イングリッシュ・ペイシェント」のカラヴァッジョの怪演もみごと。いちど見たら忘れられないほどインパクトのある風貌ですよね(笑)
なお若き日のジョニー・デップを含む、現在大成している俳優が無名時代に出演した貴重作としても誉れ高い。ストーン監督の慧眼がうかがえますね。

本作は話題を呼び、第59回アカデミー賞 作品賞・第44回ゴールデングローブ賞 ドラマ部門作品賞受賞作品となりました。

「西部戦線異状なし」に続き、戦争を知らない世代はかならず観るべき映画だと思われます。

(〇九年十二月二十三日)

プラトーン(1986) - goo 映画

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