12月中旬の診察
腫瘍マーカーCEA
15.7(8月)→16.0→19.3→25.8→34.0(12月)
先生が【1月、CT検査をしましょう。年始めに入れますね。1月の腫瘍マーカーが上がっていたら、薬を変更しましょう。】
...と...
ふぅーーーー。
いろんな不安に押し潰されそうだった。
お薬...使えるお薬、あんまり残ってないのよ。とか考えると、一気に怖くなる。
あたし、あと10年生きるつもりなんだが...
早くたくさんの薬を開発してほしいなぁ。
しばらく、ボーっとへこむ。
ある日、学校から帰ってくる息子(10歳)の帰ってくる時間に間に合わず...(いうても10分くらい)
家の鍵があいてないから、
エレベーターの前で待ってた息子。
あたしの顔を見るなり、寂しさを我慢してたのか?号泣した😭😭
(10歳でも、小学4年生でも...まだ泣いちゃうぅぅ)
この号泣する息子を目の前に、
すごく力が入った。
まだ死ねない!
息子、高校卒業するまで
あと8年。
絶対に生きなければならない!
あと10年!
息子、成人式お祝いまで10年!
(あ。18歳で成人式になりそうだから、あと8年!いや、けど、20歳までは、成長みたい!)
12月中旬 今年最後の通院。
好中球がかなりギリギリ。
いや、普通の人なら...休薬レベルだと(笑)
めちゃくちゃ低いけど、いつも低いから?ベージニオもらえた。
2週間後、年始めそうそうCT、その後診察。
腫瘍マーカーが上がってたら、薬の変更があるみたい。
もし、もし変更あるならアフィニトール。
肝臓カテーテル治療してもらった、にゃんこ先生もよぎった。
けど、まだベージニオいける可能性もある!
不安はおいといて、あたしが生きるために必要な治療が、絶対にできる!!
無事に2021年も治療が終えた事に感謝♥️
主治医の先生と、クリスマスのサンタさんの話、主治医の娘さん、お年頃なのか?おはようと挨拶をしてくれないみたい😂😂
にこやかに診察終了ぅぅ。
待合室で処方箋を待つ。
後ろに座ってるおばさまの会話が耳に入る。
ソファーの背中合わせの席だから、距離にし20センチあいてるかな?くらい。
【あら。前に1度お話しましたよねぇ。お元気そうで💕】と...話し出したおば様達。
【へえ。やっぱりこういうふれあい、良いよなぁ。ガンの場所は違うかも?だけど、こうやって知り合いが増えると、病院も楽しくなるよね。この病院でも、そういう集会とかしたらいいのになぁ~】なんて、思いながら、おば様達の会話にほんわか気分。
(聞きたくなくても、聞こえるし(笑))
いきなり、1人のおば様が
【あたしね、もう薬がなにも効かなくなってね、治療してなくてね...】と、ぶっこんできた!
話をしてた(たぶん、2回目の会話であろう)おば様も、あたしも、フリーズ!
ちょっ。ちょっと...話が重すぎます。
っか、あたしも、聞こえてるやん。
【や~め~てぇ~~(聞きたくない気持ちでいっぱい)】
一気にどんより。
ちょうど、看護師さんが処方箋を持ってきてくれて、少し話してたから、すべての内容は聞かなくてすんだけど...
【もうね、余命も言われて...(ここから、聞こえないくらいに看護師さんとしゃべりまくる)ごにょごにょごにょ。けどね。。。。】
ほんとに聞きたくなかったから、
看護師さん、来てくれてありがとうございます。
おば様達の会話はまだ続いてた。
【まだ生きたいし、明るく楽しく過ごしたいと思う】と、いう会話を聞いた。
えらく動揺してしまって
義実家に持っていこうとしてた【柚子】を、おば様に渡し【冬至なので、暖かくしてすごしてくださいね。頑張ってください】と言って帰った。
【ごめんなさいね。ありがとう】と、77歳のおば様は言ってくれた。(年令も会話で取得済み)
なんだか、モヤモヤ残った最後の通院になったけど、あの時、何も声をかけず帰る。
という選択が、あたしにはできなかった。
何もしてあげれる事も、気のきいた言葉も見つからなかったけどね。
ガン治療の方に【頑張って】なんて、普段は言わないけど、なんか頑張って生きてほしいな。と、思った。
誰か、わからない人からもらった、柚子風呂で心がほんわか。するか?わからないけど...
ほんわか。してくれたら、良いなぁ。
2021年!
無事に治療おわった~!
2022年も、あたしの身体、
現状維持でちゃんと治療できますように!
父ちゃん、まだまだ生きたいので、
見守っててね。