遡って18日(日)午後のことだが、かねてから推している今年2月に出版された『信念 東浦奈良男 一万日連続登山への挑戦』(山と溪谷社)の著者である吉田智彦さんの写真展に関するトークイベントが東京都渋谷区のモンベル渋谷店5階で催されたので、1時間強みっちり聴いてきた。聴衆は25人前後で、そのなかにはヤマケイの(Y誌とかW誌とかの)編集者も数人いたなあ。
実は6月にもICI石井スポーツの神保町の「アースプラザ」の催しでも吉田さんのトークは聴いているので、今回で2回目だったけど。事前告知が弱かったそのときに比べたら聴衆は倍増で、良かった良かった。
で、この日がモンベル各店の全国巡回の最終日の、東浦奈良男さんが題材の写真展の会場に、併せてモンベルの「スーパードリューパーカ」が展示されていた。
東浦さんの連続登山では装備はザックから靴(といってもスニーカー)から何から地元で購入できるモノを創意工夫して自分好みに改造しながら使い続けていたなかで(その様子は本の本文や口絵写真でも触れている)、これが唯一、登山専用の装備として愛用し続けていたとのことで、良い意味でくたびれて色褪せたこれを間近で見て連続登山の凄さを再認識した次第。
1980年に創られたというこのパーカ、まだゴアテックスが現在ほど普及する前のモノなので当然ながら素材はエントラントとシンサレートという組み合わせで、当時としては画期的だったのだろうね。しかもこれを昨年に亡くなるまで30年くらい? 着続けていたとは。
そんなに長期間ずっと着続けてくると愛着が湧いてもう撥水性や傷・汚れによる劣化云々なんてどうでもよくなって、連日の登山の御守り代わりのような必需品になる感覚はなんとなくわかる。僕も学生時代からゴアテックスの雨具やシュラフカバーを15年以上使い続けていたから(さすがに雨具は一昨年に買い替えたけど。シュラフカバーもそのうちなんとかしたい)。
そういえば、以前も触れたと思うが(今は野外業界においてはやや後退してしまった)東レだから国産のエントラントは僕あたりがギリギリわかる世代で、最近入ってきた山ガール的な若い人々にはちんぷんかんぷんなのだろうね。まあそれでもいいか。
近年は透湿性や防水性を謳う素材もエントラントやゴアテックスのみの時代から多様化して日々進化もしているが、ウエアに絡む最新の素材も常に注視している。特に国内メーカーのモノで。国内では歴史のあるモンベルのも良いが、最近はファイントラック・ミズノ・フェニックスのも欲しいんだよなあ。
倹約家だった東浦さんは新製品に手を出すのが億劫で次々に買い替える近年の使い捨て感覚を嫌がる側面もあったようで、たしかになんでもかんでも新しいモノを使えばよいわけでもなくて装備にも使い方によって人柄も滲み出ているような個人差があってもよいとは思うが、それでも仮にもうちょっとその頑固さを緩和させて最近の昔に比べたら軽量で高機能な装備を採り入れていたら結果的には9738日に終わってしまった連続登山の後半の質は多少変わったのかなあ、という無意味な? 想像も、写真を観ながらしてみたりもした。
でもまあ、本にもあるとおりの強いこだわりによる東浦さんのような登山のカタチがあるのもまた面白し、(例えば近年の“ギリギリボーイズ”のような)垂直方向の困難や高みを追求するクライマーたちとはまた別種でこれだけ強烈な個性を放っていた稀有な(「登山家」ではなく)登山者は、ゆとり教育の影響もそろそろ出始めている? 現代日本からは二度と現れないと思うから、東浦さんの生き様は今後も時折思い出して参考にしてゆきたい。
そういえば、トークイベントの終盤の質疑応答で聴衆のひとりから、『信念』の基礎となった東浦さんの日記の出版化はあるのか? という質問があったが、その本のなかで日記の記述は誤字もそのままにたくさん引用しているからその必要はなさそうだと思う半面、出版の採算性を考えるととても厳しそうだが、いちファンの僕はなんなら自費出版でもかまわないからぜひ読んでみたいなあ。
6月の催しのときに、吉田さんが東浦さんのご家族から預かっていた年季の入った日記の原本を少し見せてもらったが、あれは絶対に一級品のノンフィクションだ。
だから、そのへんのことはヤマケイの関係者さんたちにこっそり期待しよう。