これにはショックを受けた。
呆然としてしまった。
やられた。そう思った。
普段から、地道にその道を歩み、きちんと鍛錬を積み、勉強(勉強という言葉が的確かどうかはわからないけれど)をしてきた人間が、やはり最後は一番強いということだろう。
最後には勝つ、そういうことだろう。
少し前、「第54回文藝賞」の発表があった。
東京の本屋で何気なく「文藝」冬号を手にとって見たら、その受賞作が載っていたのだ。
【受賞作 若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」】
若竹千佐子。1954年生まれ。岩手県出身。主婦である。
受賞作「おらおらでひとりいぐも」182枚の全文が掲載されていて、選考委員である作家の保坂和志との「受賞記念対談」も同じに載っていた。
本屋ですぐに買い求め(久しぶりである。純文学の月刊誌を買うこと自体)、東京駅で新幹線に乗り込むと、ページを開いて一気に読んでいった。
主人公(桃子さん)は75歳になる独り暮らしの女性で、深く愛していた夫の死によって孤独な生活を強いられている。既に息子と娘は独立して他所に住んでいて、彼女はひとり、家の中で、これまでの人生を顧みながら自問自答を繰り返してゆく・・・。
岩手の方言を多用し、自らの人生の変遷を時にはユーモラスに語り、亡くなった夫(周造)を想う。そしてその激しい愛が吐き出すように綴られる。
確かに読み終わって、「上手い」と思った。
言葉が一つ一つ光っている。
方言を使った文章の流れもいい(俺も方言を多用したんだけどなあ)。
やられました。
ただ、ちょっと「うん?」と思ったのは、インタビューで「東北弁」という言葉で岩手の方言(だろう)について語っているところだろうか。
東北弁って(あまりに広範囲過ぎないか)あるの? 津軽弁を普段から使っている田舎モノには、もっと東北の方言って細分化されるのでは? と思ってしまう。
まあ、東北の言葉を一緒くたにしてしまう、そういう感覚も分からないでもない。「関西弁」と、こっちが一括りで言うのと同じかもしれないが・・・。
それにしても、「文藝賞」と言えば、これまで20代とか30代の作家志望者の登竜門だとばかり思っていたけれど、63歳の新人作家が颯爽とデビューしたなんてビックリしてしまった。
衝撃である。
やっぱり、いいものを書き上げさえすれば年齢なんて関係ないのだろう。いい作品はいいのだから。
そして、それは、いつか必ず誰かに発見され、認められる。
でもショックだなあ。
今回の「東奥文学賞」最終選考で落ちた身としては・・・。
ああ、また蘇る・・・「これはまだ完成品とはいえない」という、僕の作品に対する三浦雅士氏の選評。
雑に仕上げて推敲もろくにせず、これで「はい、おしまい。提出します」。まあ、そういう評価になるわな。
ほんと、真面目にやめないと。
時間がなかったは言い訳に過ぎない。完成品がすべてだ。安易なものを書けば、それは読者に対して失礼だ。
若竹千佐子さん。
勝ちましたね。
羨ましい。
呆然としてしまった。
やられた。そう思った。
普段から、地道にその道を歩み、きちんと鍛錬を積み、勉強(勉強という言葉が的確かどうかはわからないけれど)をしてきた人間が、やはり最後は一番強いということだろう。
最後には勝つ、そういうことだろう。
少し前、「第54回文藝賞」の発表があった。
東京の本屋で何気なく「文藝」冬号を手にとって見たら、その受賞作が載っていたのだ。
【受賞作 若竹千佐子「おらおらでひとりいぐも」】
若竹千佐子。1954年生まれ。岩手県出身。主婦である。
受賞作「おらおらでひとりいぐも」182枚の全文が掲載されていて、選考委員である作家の保坂和志との「受賞記念対談」も同じに載っていた。
本屋ですぐに買い求め(久しぶりである。純文学の月刊誌を買うこと自体)、東京駅で新幹線に乗り込むと、ページを開いて一気に読んでいった。
主人公(桃子さん)は75歳になる独り暮らしの女性で、深く愛していた夫の死によって孤独な生活を強いられている。既に息子と娘は独立して他所に住んでいて、彼女はひとり、家の中で、これまでの人生を顧みながら自問自答を繰り返してゆく・・・。
岩手の方言を多用し、自らの人生の変遷を時にはユーモラスに語り、亡くなった夫(周造)を想う。そしてその激しい愛が吐き出すように綴られる。
確かに読み終わって、「上手い」と思った。
言葉が一つ一つ光っている。
方言を使った文章の流れもいい(俺も方言を多用したんだけどなあ)。
やられました。
ただ、ちょっと「うん?」と思ったのは、インタビューで「東北弁」という言葉で岩手の方言(だろう)について語っているところだろうか。
東北弁って(あまりに広範囲過ぎないか)あるの? 津軽弁を普段から使っている田舎モノには、もっと東北の方言って細分化されるのでは? と思ってしまう。
まあ、東北の言葉を一緒くたにしてしまう、そういう感覚も分からないでもない。「関西弁」と、こっちが一括りで言うのと同じかもしれないが・・・。
それにしても、「文藝賞」と言えば、これまで20代とか30代の作家志望者の登竜門だとばかり思っていたけれど、63歳の新人作家が颯爽とデビューしたなんてビックリしてしまった。
衝撃である。
やっぱり、いいものを書き上げさえすれば年齢なんて関係ないのだろう。いい作品はいいのだから。
そして、それは、いつか必ず誰かに発見され、認められる。
でもショックだなあ。
今回の「東奥文学賞」最終選考で落ちた身としては・・・。
ああ、また蘇る・・・「これはまだ完成品とはいえない」という、僕の作品に対する三浦雅士氏の選評。
雑に仕上げて推敲もろくにせず、これで「はい、おしまい。提出します」。まあ、そういう評価になるわな。
ほんと、真面目にやめないと。
時間がなかったは言い訳に過ぎない。完成品がすべてだ。安易なものを書けば、それは読者に対して失礼だ。
若竹千佐子さん。
勝ちましたね。
羨ましい。