「池田大作の品格PART2」 より
第一章 池田公明党の専横ぶりを糾弾する 小川頼宣
四.核爆弾級と言われる矢野元公明党委員長の「黒い手帖」
東京高等裁判所の平成二十年二月十三日の判決で、「日蓮正宗の日顕上人および理境坊所属妙観講および同講頭を誹謗中傷する違法ビラを全国に大量配布した事件につき、創価学会幹部三名に対して二百八十万円の損害賠償を命じるとともに、この事件が多数の学会員らによる組織的犯行であることを認定した」(「慧妙」平成二十年三月十六日)との文を引き、私は、猊下に向けられていた刃が向きを変え急に池田の喉もとを狙う形になったのだ、と指摘した。犯行が認定されたということは、次の裁判で、その組織の責任者が有罪判決をうけかるないということだ。さらに、この裁判に負けたことと、福本前議員の参考人招致と、小多仁伯著「池田大作の品格」出版パーティーが一連の流れであると池田大作には見えたはずである。しかも、その先には自らの証人喚問が待っているとなれば、池田の驚きは大きいであろう。
~中略~
そこにもう一枚、頭痛のタネがつきささった。矢野氏が学会を提訴したのだ。
五月十四日の矢野提訴問題に最も辛口の分析を加えたのは溝口敦氏でする。月刊「フォーラム21」八月号で
「ここで注意すべきは、矢野氏が池田大作氏を訴訟の相手としていない点である。池田という本丸を攻めなくては根本解決があり得ないことは十分承知していながら、あえて本丸は脇に置いて、学会の幹部達を威嚇、相手の出方によっては池田攻めにエスカレートも、あるいは逆に中途での手打ちも、という和戦両様の構えとみられる」
「だが、矢野氏はあえて池田氏の存在にほおかぶりをして、一言も言及しない。この辺りが矢野氏の狡さであり、人に信用されない理由だろう」
~中略~
「家捜しする方もする方だが、させる方もさせる方である。個の尊厳や真実に対する尊重といった考え方は毛ほどもなく、後から『大事な手帖を持っていかれた、返せ』と騒ぐのはみっともいい話ではない。手帖なしで矢野氏は今後どう創価学会と戦うのか、人ごとながら心配になる。創価学会・公明党側は返さないだろうし、矢野氏が頼りにできるのは自分の記憶しかない」と結んでいる。矢野氏にとっては仮借ない裁断である。
ちょっと前の聖教新聞だったか発行物で、(学会批判の)ビラ配布について、「昼間からこんなことして、仕事していないのか?社会からあぶれた脱落者の嫉妬に狂った姿」というような主旨の台詞が踊っていましたね。
私は「相変わらず自分たち(学会側)のことを言ってる」としか見えなかったですが。
矢野氏への辛口批判はもっともだと思う部分と、仕方ないよな…と思う部分があります。が、そもそも手帖を奪いに来る方がオカシイのです。
こうして最高裁判決前の文を読み返してみると、改めて「手帖が帰ってきて、ほんっっっとーに良かったね!」と思います。
もちろんこれからも大変なことには変わりないのですが。むしろこれからの方が大変かも、ですね…。矢野さん、がんばろう!