Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

村に住まない村の職員

2005-10-14 08:22:49 | 農村環境
 長野市近郊の村での話である。60人くらいいる村の本庁職員のうち、10人余が長野市に在住しているという。そのうちもともと村の出身者でない人はいるものの、村の出身者で長野市に居住し、村へ通勤している人が10人くらいいるという。そして、そのほとんどの人が、長野市に自分の家を建てているというのである。これがけっこう議会などで問題にされているようで、村内に居住するようにという指導のようである。なぜ村に住まないのか、と質問すると、「村では住みにくい」というのである。村の人口が減少し、高齢化率がとても高いというのに、村の職員が住みにくいといってしまうと、これは大問題である。村の将来を考えれば、まず人口減少を食いとめなくてはならないし、特に若い世代なら、自らの子どもたちを村の学校に通わせることが大事である。にもかかわらず、住みやすくするために率先しなくてはならない人が、自分の生活はしやすいところで、と村を逃げていてはまずい。
 こんなことはそう珍しいことではない。その隣の村では、突然職員に紙が渡され、「あなたは村民ではないので、役場を辞めてください」と警告されたという。また、その隣の町では、夕方長野市へ向かうものは、何しに行くか届けるようにと指示があったという。もちろんその背景で、職員の誰が長野市に居住しているかなどということは、そこそこ認識していることだろうが、そこまでして、そうした考えを排除したいと考えているのである。長野市近郊ばかりでなく、下伊那郡でも伊那山地を越えた村に勤める職員に、他村から採用された職員もいる。もちろん当初から他村に住む人を雇い入れることもあったが、いっぽうで長野市の事例のように、勤め始めた後に、村外へ居住地を求めて出て行った人もいる。とくに「住みにくいから」といって出て行った人は、よく自分の立場を認識する必要があるだろう。
 このように、村では住みにくいといってとくに都市近郊へ出て行くケースは、今に始まったことではない。しかし、教育とか文化という個々のニーズに答えられる環境は、確かにたとえば長野市に居住していた方が得やすい。それなら合併して長野市になってしまえばよいじゃないかと思うが、そう思うと危険な現実が見えてくる。同じ市内だから市民としてどこに住んでも自由であるということになる。ということは、合併前の旧村部はますます人口減少が進行し、長野市が住みよいのではなく、長野市の一部が住みよいということになってしまう。
 さて、若い世代が、住みよいところへ出て行くという気持ちはわかる。だから村の職員だからといって、村に縛ることは可哀想ではある。村の職員だから率先してという理論は当たり前であるが、村の職員だけに問われる問題ではなく、村に住む人たち皆が、住みにくいからといって、子どもたちを野放しにしてきたことが原因である。高齢化は極限に達し、高齢者が亡くなれば自ずと家がなくなっていく。一度なくなった家が、復活することはまずない。果てしなく村の将来は危うい。そして、その先で長野市に合併すれば、その時点でその問題は解決されたようなイメージになるが、実はそうした将来を見越して長野市に住もうとする人たちもいる。飯田市近郊の村でも、合併問題がちらほらしていたからではないだろうが、ずいぶん前から「合併するから」といって、村のことに真剣でない村の職員の姿を見たりした。その職員も村の出身であったが、飯田市に居住していた。つまるところ、何の解決にもならないし、合併が引き起こす最も大きな悲劇のように思う。主張することと、自らの行動が一致しない人間が増えたように思う。それを許す回りの人間にも責任はあるが、その責任そのものを理解できなくなってきている。
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