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伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

挙家離村のムラ“高地”へ⑤

2016-08-10 23:53:49 | 民俗学

挙家離村のムラ“高地”へ④より

 3名の方の話題提供の後、旧美麻村高地に向かった。高地については「挙家離村のムラ“高地”へ②」の中で土田氏の発表を報告したとおりであるが、まず場所を確認しよう。大町市の中心街からは北東にあたる位置に旧美麻村はある。この旧美麻村の中心地より南よりにある高地は、大町市街地まで旧美麻村の中では比較的近い位置にある。県道393号小島信濃木崎停車場線は大町市木崎と長野市信州新町日原西を結ぶ道。この道沿いにある高地ではあるが、同県道をふだん通る車は少ない。わたしが平成元年ころに旧信州新町の信級から入った道もこの県道にあたるが、途中車に会うことはなかったし、かろうじて舗装してある程度の狭い道だった。旧美麻村側の入口あたりがかつての美麻南小学校があった新田地籍にあたる。ここから1.6キロほど高地に向かうと、尾根の頭に比較的新しく見える神社が見えてくる。高地顕彰神社といい、若栗という集落がかつてはあったようで、ここからが目的地の高地である。新田から1.6キロということでけして遥か彼方という距離ではないが、高地の山の中に集落が散在しているため、ここからまだ自家まで遠い人々がほとんどだった。高地の中心だった曲尾まで県道なりに進むと4.5キロほどあり、そこからまだ奥まった沢沿いに入る集落もあったという。曲尾からはむしろ当級川沿いに下った旧信州新町信級の中村まで4キロほどであり、近い村だったと言える。その通り婚姻関係は信級とかなりあったと言われ、「高地女に鹿谷男」(その逆もあったとも)と言われたという。

 さて、今回の現地巡検では地元で生まれ育った方と、高地にあった分校に10年ほど赴任されていたという女性の先生が案内をしてくださった。最初に立ち寄った高地顕彰神社の峰からは、峰沿いに歩いて行くと八坂の方に出て19号線に出られたという。そしてまさに前を走る県道が高地を挙家離村に進めた原因者だったようだ。案内をしてくださった先生は、当時のことを次のように語る。「先生引越しするんだよ」なんて親も子どもも一言も言わなかった。そしてある朝、「○○ちゃんがいないね」と子どもたちに言うと、「昨日引っ越していったよ」と言うのでびっくりしたといい、そんなことが10年続いたという。先生は昭和33年(1958)3月に夫婦で引っ越したという。高地を離れたのが昭和41年3月だったというから、8年間高地分校で子どもたちを教えられた。この間に100戸弱だった家のほとんどが離村して行ったという。黙って行ってしまうので、「あの子いないけどどうした」という会話をよくしたといい、時には役場へ問い合わせないと所在が解らないこともあったらしい。

 こうして出て行った人々のほとんどは大町の王子神社周辺に移り住んだという。大町以外に行った人は数軒だったようだ。出て行く時は「王子神社の周りに集まる」と決めてあったのではないかと先生はいう。そうして出て行った人たちが住んでいるところを、今でも「高地村」とか「高地町」などという人がいるという。なぜ王子神社周辺に求めたかというと、もともと出作りの水田をそのあたりに所有していたというのだ。高地の多くの人がそうして王子神社周辺に出作りしたという理由は解らないが、高地の人たちは「仲が良い」と先生が思った特殊性があったのかもしれない。だいたい1軒で所有していた田んぼは1反歩から2反歩ほどだった。

 いっぽうこの村で生まれ育った方によると、高地ではどこの家でも馬を飼っていて、子どもを背中に背負って出作りに行ったという。前述したように県道のことを「挙家離村の道」などと言ったとも。山の木を売って自分たちで開けた道が、後に県道になった。陳情してもなかなか開けてもらえないので、自分たちで道を造ったという。長老の中には「この道を造ったおかげでムラがダメになってしまった」と言う人もいて、「架けた橋を落としてしまえ」とも言ったという。距離的に近い信級へという意識はなかった。また高地には古文書が残っていないらしく、「おればっか先に行きゃー気まずいな」という思いがあって離村する際にみんな残して出て行ったらしい。すると朽ち果てた家に残された過去を記すものも残らなった。そのうちにみなが出始めると、「そういうことならおらーも行かなきゃいけねー」と言って、次々と出て行った。先生は挨拶もなく出て行く子どたちに絶望したとも言うが、親の秘密を絶対口にしなかった子どもたちは「立派だった」とも言う。隣近所仲が良く、誰か出て行くと言うと「俺も」となったのだろう。

続く



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