Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

洗浄過程のない食品

2009-07-28 12:27:21 | つぶやき
 先日静岡県の農業に関するある資料を見ていて思ったのは、お茶にもずいぶん多くの消毒をするということであった。そこには年間11回という数字があった。もっと驚くべきことは、自宅の周囲に果樹園がたくさんあって、品種がそれぞれ異なったリンゴやら梨を毎日のように日替わり消毒するところから「果樹は消毒の回数が多い」という印象を持っていたが、実は果樹ばかりでなく野菜にもたくさん消毒をするものがあることに気がついた。いわゆる農協などにある防除暦を見てみると、さまざまな害虫に対して防除の標準的な散布量が示されている。もちろん必ずそれをしないといけないというものではなく、天候の具合などを見計らっていて最小限の防除を行なうことになるのだろう。野菜などは無農薬野菜が出回るように、気候風土などによって一概に標準というものはありえない。どこでも同じ病気や害虫が発生するものでもなく、周囲の環境と関係する。

 生活クラブ事業連合生活協同組合連合会のページに生産者クローズアップという記事があり、提携先の生産者を取材している。三重県の新生わたらい茶について触れた記事を読んで気がついたことがあった。「一言で「製茶」ということが多いが、実は収穫された生葉が、私たち消費者の手元に届くまでには二つの工程があるのをご存じだろうか。収穫したての葉を蒸し、乾燥や何段階かの揉みを経て「荒茶」にするのが最初の工程。荒茶は湿度や湿度を管理した状態で保管され、茎や粉などを取り除く精製を行った後に包装、出荷される。これが「仕上げ茶」、または「再製茶」と呼ばれる2番目の工程だ。一般的に流通する茶の場合、この再製茶の段階でブレンドが行われる」という。一番茶が最も美味しそうということは誰しも解ることだろうが、市販されているお茶に「一番茶」とか「二番茶」と表示されているものを見たことはない。いわゆる「新茶」という表示はご存知だろうが、一番も五番も新茶には変わりない。きっと直売をしている産地では一番茶なるものが出回ることもあるのだろうが、一般市場では見られない。ようはブレンドすることでお茶の市場の安定を図っているということなのだろう。

 もうひとつ「茶は収穫から製品になるまで、一度も「洗う」工程がない」というものだ。意外と思うかもしれないが、農産物に洗浄過程があるものの方が実は少ないのかもしれない。八百屋さんに並んだ野菜は、かつては包装もされずにそのまま並んでいて量り売りをしたものである。今でこそ衛生観が高いためか、小売りするにしてもラップで包まれていたり袋詰めにされていたりする。だからといって購入した野菜を洗わずに料理する人は少ないだろう。もちろん焼肉をする際にわたしたちは買ったまま洗いもせずに鉄板の上に並べることはあるが…。ちまたには野菜を洗うための洗剤も出回っている。農薬を洗い落とすという意味でも買った野菜を洗うのは当たり前のことで、無農薬野菜であっても通常は洗って利用するもの。しかしお茶を洗って使うなんていうことは消費者はできない。買ったお茶はそのまま胃の中に入っていくわけでそれが農薬のかかっていたものなら少し躊躇するだろう。そして前述したように洗う工程がないということは、通常飲用しているお茶には農薬が混ざっていると思っても間違いはないということになる。国産茶ならともかく世の中には多種のお茶が流通しているわけで、輸入されたものも多いだろうから驚くようなケースもあるのだろう。

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