川口保 松阪市議会議員のブログ

松阪市議会議員の川口保です。議員活動や市政の報告、また社会の出来事を取り上げています。

松阪市議会平成28年度各役職決まる

2016-08-19 21:59:48 | 日記
松阪市議会平成28年8月臨時議会の18日19日の2日間に行われ、新役員が次のように選任されました。

議  長    西村友志
副議長     植松泰之
議会選出監査委員  大久保陽一

〓常任委員会委員 (◎委員長 ○副委員長)〓
◆総務企画委員会 7人
 ◎松田俊助、○堀端 脩、米倉芳周、深田 龍、植松泰之、濱口高志、久松倫生

◆環境福祉委員会 7人
 ◎永作邦夫、○野呂一男、西口真理、沖 和哉、西村友志、松田千代、水谷晴夫

◆文教経済委員会 7人
 ◎今井一久、○坂口秀夫、楠谷さゆり、山本 節、川口 保、大久保陽一、前川幸敏

◆建設水道委員会 7人
 ◎中村良子、○松岡恒雄、山本芳敬、大平 勇、海住恒幸、中島清晴、田中 力

〓議会運営委員会委員(◎委員長 ○副委員長)〓
 ◎大平 勇、○今井一久、深田 龍、坂口秀夫、中村良子、山本芳敬、山本 節、永作邦夫、中島清晴

〓広報広聴委員会委員(◎委員長 ○副委員長)〓
 ◎沖 和哉、○植松泰之、楠谷さゆり、米倉芳周、松岡恒雄、永作邦夫、久松倫生、西村友志

〓組合・連合議会議員(松阪市議会分)〓
◆松阪地区広域衛生組合議員 13人
 米倉芳周、深田 龍、松岡恒雄、植松泰之、山本芳敬、大久保陽一、濱口高志、海住恒幸、永作邦夫、中島清晴、今井一久、西村友志、松田千代

◆松阪地区広域消防組合議員 13人
 楠谷さゆり、西口真理、坂口秀夫、堀端 脩、野呂一男、中村良子、山本 節、川口 保、大平 勇、松田俊助、久松倫生、西村友志、田中 力

◆松阪飯多農業共済事務組合議会議員 10人
 西口真理、松岡恒雄、坂口秀夫、堀端脩、野呂一男、山本芳敬、川口 保、濱口高志、永作邦夫、中島清晴、今井一久

◆多気町松阪市学校組合議会議員 3人
 深田 龍、中村良子、大平 勇、

◆宮川福祉施設組合議会議員 2人
 堀端 脩、中村良子

◆三重県後期高齢者医療広域連合議会議員 1人
 西村友志(議長)

〓特別委員会委員〓
◆議会改革検討委員会作業部会
 ◎田中 力、○坂口秀夫、沖 和哉、松岡恒雄、堀端 脩、海住恒幸、松田俊助、松田千代、前川幸敏

◆図書館改革調査特別委員会
 ◎久松倫生、○山本芳敬、楠谷さゆり、深田 龍、坂口秀夫、野呂一男、中村良子、山本 節、川口 保、中島清晴

〓議会選出各種委員〓
◆松阪港振興協議会理事
 米倉芳周、野呂一男、濱口高志、海住恒幸、松田俊助、久松倫生、西村友志(議長)

◆都市計画審議会委員
 山本芳敬、海住恒幸、田中 力、前川幸敏

〓会派一覧 ◎は代表 (平成28年8月19日現在)〓
真政クラブ(9人)
 ◎山本芳敬、坂口秀夫、米倉芳周、植松泰之、堀端 脩、野呂一男、大平 勇、大久保陽一、水谷晴夫

市民クラブ(5人)
 ◎ 松田俊助、川口 保、永作邦夫、中島清晴、田中 力、

日本共産党(3人)
 ◎今井一久、久松倫生、松田千代

公明党(3人)
 ◎山本 節、松岡恒雄、西村友志

青凛会(3人)
 ◎濱口高志、沖 和哉、中村良子

グループ皐(3人)
 ◎海住恒幸、深田 龍、西口真理

会派に所属しない議員(2人)
 前川幸敏、楠谷さゆり
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新議長に西村議員が、副議長に植松議員が選任される

2016-08-18 21:19:34 | 日記
松阪市議会8月臨時議会は8月18日に開会し、大平勇議長、川口保副議長の退任に伴う議長・副議長選挙が行われました。
議長選挙では西村友志議員(公明党)と久松倫生議員(日本共産党)が立候補し、選挙の結果、西村友志議員が当選しました。また副議長選挙では、植松泰之(真政クラブ)と今井一久議員(日本共産党)が立候補し、植松泰之議員が当選しました。
任期は申し合わせにより1年間。

―――――――――――――――――――――○――――――――――――――――――――

この程8月臨時議会において新しい副議長が選任され、私は1年間の副議長の職を退任しました。6月以降病気による入院や自宅治療により、皆様に大変ご迷惑をおかけいたしました。1年間の副議長に対してご協力ありがとうございました。

                                    松阪市議会  川口 保
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松阪出身の土性沙羅選手が金メダル

2016-08-18 08:22:25 | 日記
          (今日松阪市役所に掲げられた土性沙羅選手の金メダルを祝う垂れ幕)
 ブラジルのリオデジャネイロで行われているオリンピックでは連日日本人選手の活躍が報じられていますが、日本時間の今朝決勝が行われた女子レスリングでは、48キロ級で登坂絵莉選手が、69キロ級では伊調馨選手が4連覇、そして我が松阪出身の土性沙羅選手がいずれも金メダルを獲得しました。

 土性沙羅選手は昨年12月にご両親とともに松阪市役所を表敬訪問され、金メダルの獲得を誓っていったのですが、公約どおり見事に金メタルを獲得しました。我々松阪市民にとっても大変うれしい土性選手の活躍です。
 今日竹上市長や市議会議員また多くの報道陣が見守る中、土性選手の金メダルを祝う垂れ幕が松阪市役所に設置されました。
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西野子踊り行われる

2016-08-13 23:01:52 | 日記
 松阪市西野町に古くから伝わる郷土芸能「西野子踊り」が平成28年8月13日(土)、西野公民館前広場で行われました。西野子踊りは西野夏祭りの第1部として行われるもので、西野夏祭り実行委員会が主催し、西野自治会(錦洋明会長)、西野子踊り保存会(川口保会長)が中心となって、毎年盆前の土曜日に行われます。

 練習は7月には「かんこ塾(錦洋明塾長)」として大人が太鼓の練習をします、8月の総合練習には子どもたちを含めた全員が参加します。
 子踊りは午後4時から始まり、途中2回の休憩を取りながら8曲踊りました。踊りの輪の一番外側で采(ざい)を持って踊る子ども会のお母さん方に、昨年から浴衣を揃えて、浴衣を着ていただきました。
この日は日が陰っていつもよりは少しは過ごしやすい天候でしたが、それでも踊り子の皆さんは汗だくになりながら踊りました。
 
      (チビちゃん達もがんばりました)             (6年生は最後の踊り)

 この日は踊り子たちが次々と会場に集結し、踊りを見守る地域の人たち、親戚の人たち、一般市民の皆さん、また市外からも見学者が訪れました。また多くの来賓の皆様も来ていただきました。
この日来ていただいた来賓の皆様。
  衆議院議員 田村憲久様
  松阪市長 竹上真人様
  三重県議会議員 後藤健一様
     同       中瀬古初美様
     同       野口 正様
  松阪市議会議長 大平 勇様
  松尾幼稚園園長 中島由喜子様
  松阪警察署松尾警察官駐在所巡査部長 広瀬啓司様


    (お母さんが外側で采を持って踊ります)      (竹上市長さんも采を持って踊りました)

 西野の子踊りは「かんこ踊り」とも呼ばれ、和歌山県日高郡日高町にある安珍清姫悲恋物語で知られる道成寺の流れをくむ郷土芸能です。子踊りの「鐘巻踊」のうたの中にも安珍清姫悲恋物語が歌われています。
現在松阪市内では西野を含めて8つの地区でかんこ踊りが行われています。昔は多くの地区でかんこ踊りが行われていましたが、時代の流れと共に消えていき、現在8地区でしか残っていません。このため大変貴重な郷土芸能と言えます。8つの地区の内、猟師・松崎浦・曽原・笠松・新屋庄の5地区は初盆供養の仏事踊りです。西野と小阿坂、向粥見本郷(中断中)は雨乞いや豊年祈願の神事踊りです。
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西野子踊り(かんこ踊り)総合練習始まる

2016-08-07 08:59:08 | 日記
 西野子踊りの総合練習が8月3日から始まっています。西野子踊りは「かんこ踊り」とも呼ばれ、松阪市内に残る数少ないかんこ踊りの1つです。毎年盆前の土曜日に行われ、今年は8月13日(土)に開催されます。
 練習は7月には「かんこ塾(錦洋明 塾長)」として、大人の太鼓の練習があり、8月に入ってからは、踊りの主人公である子ども達を中心として、子ども達のお母さん・お父さん、また大人の踊り子のも加わった総合練習があります。
 練習は8月3日から1日おきに11日まで、午後7時30分~9時まで行われます。

 西野子踊りは西野夏祭りの中で次の日程で行われます。

西野納涼夏祭り

 開催日  平成28年8月13日(土)
       雨天の場合は管内で実施、台風の場合は中止

 場 所  西野公民館前広場(松阪市西野町847)

 日 程  子踊り  午後4時00分~午後6時00分
      盆踊り  午後7時00分~午後8時00分
      菓子まき(子供のみ) 午後8時00分~
      抽選会  午後8時30分~
       (抽選券は当日盆踊り終了後に全員に配布します)

 主 催  西野夏祭り実行委員会
 協 力  西野自治会、実行組合長、消防団、老人会、子供会
      西野子踊り保存会

 問合せ  子踊り等に関する問い合わせは川口保まで(090-8738-7959)
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中・高齢者のパソコン教室受講生募集

2016-08-01 07:16:37 | 日記
 松尾公民館の「中・高齢者パソコン教室」の12期講座を9月から開講します。この講座は中高齢者の初心者を対象として開くもので、松阪市民であれば誰でも参加できます。50歳~80歳くらいの人が中心ですが、若い人も参加されます。
 「先週習ったこと、すっかり忘れた。もう一回教えて」など、みんなでガヤガヤ言いながら、「ゆっくり、楽しく」をもつとうに、スイッチの入れ方から始めます。

◆講習日  平成28年9月13日(火)より (約10ヶ月間)
      毎週火曜日 午後7時~9時まで  

◆場 所  松尾市民センター (松阪市丹生寺町605)

◆内 容  ワード(案内状の作成など)、エクセル(名簿、表計算)など

◆対象者  中・高齢者の初心者

◆定 員  30名程度(定員になり次第しめ切りますので、早めに申し込んで下さい)

◆講師陣  中川 幸博、川口 保、木村 晴司、樋口喜一郎、坂内 八生、坂内美千代

◆会 費  年間2000円程度

◆準備物  パソコンは市民センターにもありますが、自宅にある人はご持参下さい。
         メモ用のノート、ファイルは主催者側で用意します。

◆申し込み  松尾市民センター(58-2648)へ8月26日までに。
       氏名、住所、年齢、電話、パソコンの有無、経験の有無を示して下さい。

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今日から「再出勤」しました

2016-07-27 17:20:45 | 日記
 病気による入院と自宅療養で休ませていただき、ご迷惑をおかけしましたが、今日から副議長として市役所に出ることができました。
 「もう少し自宅で療養しては」と皆さん言っていただくのですが、昨日の診察で脳外科の先生から仕事に出てもOKが出ましたので、まだまだ万全ではなくご迷惑を掛けることもあるかと思うのですが、今日から出させていただきました。

 私が入院中の1ヶ月余りは当然のことながらブログは書くことができませんでしたが、それでも毎日約100人の人が私のブログを見ていただいていたのには驚きました。これからも病後のリハリビのつもりで、何とか頑張って書きたいと思いますので、皆様見て下さい。
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西野子踊り(かんこ踊り)8月13日に開催

2016-07-18 12:20:39 | 日記
(昨年の西野子踊り)

 
 松阪市西野町で毎年行われている「西野子踊り」が、今年も8月13日(土)午後4時から西野公民館前広場で行われます。西野の場合は「子踊り」と言いますが、他の地区のかんこ踊りと同じです。

かつては各地区で行われていた「かんこ踊り」も、多くの地区で消えていって、現在も行われているのは8カ所(猟師、松ヶ崎、小阿坂、西野、曽原、笠松、新屋庄、向粥見本郷)です。このうち本郷は中断中です。

かんこ踊りは初盆供養の仏事踊り多いのですが、西野子踊りは雨乞いや豊年祈願の神事踊りです。「西野子踊り」という名前のように、子どもが中心の踊りです。ぜひお越し下さい。

 踊り  西野子踊り
 日時  平成28年8月13日(土) 午後4時~6時
 場所  松阪市西野町 西野公民館前広場
 主催  西野夏祭り実行委員会、西野子踊り保存会、西野自治会
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退院させていただきました

2016-07-11 19:19:29 | 日記
 病気で長い間入院して、市議会関係者の皆さん、行政関係者の皆さん、そして多くの市民の皆さんには、大変なご心配とご迷惑をかけ、申し訳ありませんでした。
 7月11日に退院させていただきました。

 「くも膜下出血」。
 大変怖い病気だということは聞いていたのですが、まさか自分がこの病気にかかるとは思っていませんでした。脳の中のくも膜の下(内側)に出血する病気で、働き盛りの人に起きやすく、死亡率が高いということです。

 6月4日の早朝、私は午前5前ごろ2階の寝室から降りて来て、頭が割れるように痛いと言ってうずくまっていったそうです。すぐ家内が救急車を呼んでくれました。この間私は何も記憶はありませんが、すぐ病院に運んでもらったのがよかったのでした。
 病院の脳外科の先生はこの日大阪である学会に出席のため、大阪に向かっている途中で引き返していただき、私の病気の執刀をしていただきました。私が病院に運ばれたとき、すでに呼吸が止まっていたということです。
 命をとり止めても、後遺症がのこるかも知れないと、家内には言われたということですが、後遺症もなく治していただきました。

 めぐりあわせが、いい方へいい方へ運んでいったので命をとり止めたと思っています。すぐ救急車を呼んでくれた家族、病院まで運んでいただいた松阪消防の救急隊のみなさん、手術、そしてその後の治療を献身的にしていただいた中央病院の脳外科の先生、看護師さん、リハリビ先生方、大変お世話になりました。また実に多くの方々が見舞いに来ていただき、ありがとうございました。
 自分の病気のことをブログに書くのは、得手がいいことではありませんが、皆様の今後の参考になればと思い書きました。
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ベトナム・松阪市友好交流会開催される

2016-05-27 17:29:23 | 日記
                (ベトナム・松阪の代表と第一小学校の子どもたち)

 伊勢志摩サミット2日目の今日5月27日に、サミットのため来日していたベトナム社会主義共和国の代表が松阪市を訪れ、竹上市長ら松阪市の代表と交流会が開催されました。
 この一行は、G7伊勢志摩サミットでG7以外の国々の首脳及び国際機関の長を招待して開催されるアウトリーチ会合に参加している閣僚で、松阪を訪れたのはマイ・ディエン・ズーン大臣・政府官房長官を始めとする閣僚、随行17人。松阪市産業振興センターで歓迎セレモニーが行われました。

 歓迎セレモニーには松阪市から竹上市長を始め小林・山路副市長、大平・川口正副議長、石垣英一副知事、谷川憲三松阪商工会議所会頭らが参加しました。第一小学校児童による和太鼓演奏、そして来場者の拍手の中一行が到着されました。

 
    (松阪もめん手織りセンターの視察)   (旧長谷川邸では松阪もめんに着替えて茶席を体験)

 竹上市長は歓迎の挨拶の中で、角谷七郎二郎の時代からの繋がりや、400年前に松阪もめんの原型がベトナムから日本に伝わったことなど述べました。またマイ・ディエン・ズーン長官は「牛肉といえば神戸牛しか知りませんでしたが、松阪にも美味しい肉があるということで、今日いただきます」とユーモアを交えて挨拶されました。
 このあと松阪もめん手織りセンターを視察され、旧長谷川邸では松阪もめんに着替えして、茶席を体験されました。和田金で食事をとられて帰途につかれました。
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第6回松阪史跡めぐり開催される

2016-05-22 22:12:27 | 日記
(神宮寺(丹生大師)で集合写真)
 
 松阪史跡探訪会主催の第6回史跡めぐりが5月22日(日)、市民ら51名が参加して多気町内で行われました。
 松阪史跡探訪会は(会員45名 代表川口 保)は平成25年11月に設立された会で、松阪市内の名勝、名山、城跡、遺跡、古墳、神社、お寺、廃寺、名木、祭り、神事、食、名産など歴史的・文化的遺産などを訪ねていく会です。これまで松阪市内の史跡をめぐってきましたが、第6回の今回は多気町の史跡を探訪しました。
第6回の見学コース
元丈の館――丹生水銀鉱跡地――立梅用水――西村彦左衛門生家――神宮寺(丹生大師)(昼食)――ビーフロード――近長谷寺――長谷の車田――金剛座寺――佐那神社


1)元丈の館(多気町波多瀬)(案内 勢和の語り部の会 会長中西正勝さん 会員北岡敬一さん)

 
      (久保行央町長の歓迎の挨拶)            (歓迎の挨拶をする上田宏美館長)

 元丈の館(上田宏美館長)は、江戸時代中期の本草学者で、日本における蘭学の先駆者とされる野呂元丈(1693~1761)の功績を讃える記念館とし設置されました。館内には元丈を紹介する展示や、園内には薬草薬樹公園があり、薬草を使った足湯があります。 

 
         (会員も足湯を楽しむ)                 (薬草薬樹園の見学)

 我々が到着すると、上田館長が歓迎の挨拶をいただき、また久保行央多気町長が来ていただき「今日は多気のよさを見てほしいと」多気町内の史跡の紹介や歓迎の言葉を述べました。
 また館内には地元の農産物などの物産販売があり、この日は月に一度の朝市で、参加者は思い思いの品物を求めていました。また足湯を楽しんだり、北岡敬一さんの案内で薬草薬樹園も見学しました。


2)丹生水銀鉱跡(多気町丹生)(案内 勢和の語り部の会 松本直人さん、中西正勝さん、川口晃さん)
 日本有数の水銀生産地であった丹生には古代の水銀坑道が数多く点在しており、今も廃坑が100余り残っているといわれています。『続日本書紀』に文武天皇の2年(698)と和銅6年(713)に伊勢国から朝廷に水銀を献上したことが記されており、水銀は仏像や仏具などに金を塗って仕上げるときに必要なもので、奈良時代の東大寺大仏殿建立には、丹生の水銀が2tも使われたということです。また鎌倉時代の東大寺大仏再建の時にも2万両もの丹生の水銀が使われました。

 
 (水銀鉱跡の説明を松本直人さんから受ける)          (水銀鉱跡の見学)

 この日の説明では、水銀の原石の「辰砂(しんしゃ)」を300度に熱すると水銀が分離して蒸発し、それを冷やすと水銀ができるという事です。奈良の大仏をはじめとする仏像の表面に金を塗るとき、金と水銀を混ぜて塗り、300度に熱すると水銀だけ融け、金だけ残るということです。
 なお丹生で産出される辰砂は、日本地質学会が選んだ「県の石」の鉱物部門に選定されました。


3)立梅用水(案内 中西正勝さん、松本直人さん)
 立梅用水は江戸時代に丹生周辺の農民が水不足で米がとれずに苦しい生活を送っていた。このとき、丹生村の地士・西村彦左衛門が立ち上がり、紀州藩に掛け合い、自らも私財を投げだし、全長30km立梅用水を完成させました。この用水約200年経った現在でも農業用水を始め、地域の暮らしを支える生活用水として利用されている。立梅用水は平成26年9月に国の「登録記念物」、世界「かんがい施設遺産」に登録されました。
 松本直人さんの説明では、丹生付近の櫛田川が低いため水田に水が上がらず、約30㎞離れた粥見の茶倉から水を引くこととしました。高さは竹の筒を使って水平を測りましたが、高低差は6.6m。準備に長い期間かかりましたが、工事は3年で完成しました。「岩1升米1升」といわれ、岩を1升分掘るのに米が1升分になる位、苦労をしたということです。完成後立梅(茶倉)から水を流したら丹生に到着するまでに8日間かかったということです。

 
      (立梅用水の説明を受ける)             (西村彦左衛門の生家で功績を聞く)

4)西村彦左衛門生家(多気町丹生)(案内 中西正勝さん)
 立梅用水の建設に尽力した西村彦左衛門の生家周辺は記念公園として整備され、生家を活かしたイベントが行われています。平成27年(2015)9月に行われた第20回の「大師の里 めだか祭」では西村彦左衛門の「生家に行こう」が開催され大勢の来訪者で賑わいました。
 この日は中西正勝会長から説明を受けました。


5)丹生大師(丹生山神宮寺)(多気町丹生)(案内 岡本裕真副住職)

 
      (岡本副住職から説明を受ける)               (神宮寺の大師堂)

 神宮寺(岡本裕真住職)は真言宗山階派の寺院で、古くから「丹生大師」として親しまれており、宝亀5年(774)に弘法大師の師匠である勤操大徳により開山された。弘仁4年(813)弘法大師によって七堂伽藍が建設されました。
 大師堂には弘法大師自らが刻んだといわれるご本尊「弘法大師像(42歳の自画像)」を始め、「十一面観音」「不動明王」などが祀られています。神宮寺は高野山が女人禁制のとき、女性の参拝できたので「女人高野」とも呼ばれています。

 
(遠足気分で思い思いの場所で食事しました))           (大師堂に続く回廊)

 この日は同寺副住職の岡本佑真さんから説明を受けました。この寺の弘法大師像は同師がこのお寺を訪れたとき、自分の顔を池の水に映して彫り上げたということです。このお寺の特徴は階段の横に回廊があることです。昔は身分の高い人がこの寺を訪れたとき、この回廊を通ってお参りしたということです。

 昼食をこのお寺でさせていただきましたが、副住職さんはどこでも飲食自由いっていただき、畳の部屋や野外の施設もお借りしました。


6)ビーフロード(バスで通過)(説明 川口)
この道路は広域農道で松阪工区、勢和多気工区、明和多気工区からなり、松阪工区は松阪市嬉野上野町から松阪第2環状線を通り、丹生寺町で国道166号に出て、桂瀬町から県道59号(松阪第二環状線)に入り、山室町から新設された2つのトンネル通り阿波曽町に出て、県道御麻生薗豊原線を横切り、櫛田川を渡たり、多気町で国道42号に出るルート。勢和多気工区は、多気町相可付近から丹生を経て勢和多気IC付近の国道42号をつなぐルート。また明和多気工区は、多気町仁田付近の国道42号と明和町有爾中の県道37号鳥羽松阪線を結ぶルートです。
計画延長は37.9km、 総事業費は80億8700万円の予定、なお、この道路の周辺から大紀町にかけて、数千頭の和牛が飼育されており、「ビーフロード」という名称は公募により付けられました。
この道路はバスで通過するとき、私が説明しました。

7)近長谷寺(多気町長谷)(案内 多気語り部の会会長 逵 昭夫さん)

 
          (近長谷寺本堂)                   (御本尊の十一面観音)

 泊瀬山近長谷寺(はくせいさんきんちょうこくじ)は仁和元年(885)伊勢の豪族「飯高宿禰諸氏(いいたかのすくねもろうじ)」が内外の近親者に勧進して建立したといわれています。当寺院は真言宗山際派の寺で、古くは山号を「丹生山」といい、御本尊の十一面観世音は創建当初のものと言われています。

 
                (多気語り部の会逵昭夫会長から説明を受ける)

 駐車場から坂道を徒歩でふうふう言いながら約10分かけて登ると境内が広がり、その奥に本堂があります。現在は無住の寺となっており、丹生大師の住職が兼務しています。また地元の人たちによって定期的に開帳されます。
 この日は「多気語り部の会(会長 逵昭夫)」の逵会長さんの案内で、本堂の中に入れていただき、像高6.6mの立派な十一面観音立像を見せていただきました。

8)長谷の車田(多気町長谷)(案内 一八会代表 逵昭夫さん)
 多気町長谷地区は戸数13戸、人口40名余の山間地の小さな在所で、地域を何とか活性化できないかと、昭和62年(1987)に若者が集い、地域おこしグループ「一八会(逵昭夫 代表)」が結成されました。
 この会は同地区内にある国指定重要文化財の十一面観音菩薩を擁する近長谷寺を中心に、地域における活動の支援や伝統文化の継承、また新たな故郷創造に向けて活動しています。

 
       車田の田植えと稲刈り(地域おこしグループ「一八会」のホームページより)

 車田(面積約38a)は車の車輪のような円形の水田で、「古里の景観や農業の大切さや稲作文化を後世に伝えよう」と、平成10年に逵昭夫さんが自分の水田を提供して円形に整形したもので、直径が11mとなり、近長谷寺の十一面観音と同じ数字になりました。
お田植祭は佐奈神社と協働で行われ、収穫されたもち米は「佐那神社」や「近長谷寺」の餅投げ用などに奉納される。
 
9)金剛座寺(案内 染川智勇住職)
 摩尼山金剛座寺(まにさんこんごうざじ)は天台宗の古刹で、本尊は如意輪観世音菩薩。寺の創建は白鳳2年(673)藤原鎌足よるものと、同9年(680)鎌足の子・藤原不比等の開山とする二説があります。
 金剛座寺のある山は金剛山といい、佐奈神社の祭神天手力男命(あまのたぢからおのみこと)の神体山とも言われています。寺の名前は天手力男命の本地仏、金剛力士が座する寺と名付けられたといわれています。

 
(染川住職さんからユーモアを交えた説明を受けた)         (金剛座寺の本堂)

 30年ほど前に先代住職が亡くなってからは無住となり、境内や建物が荒れ果てていましたが、平成8年に現染川住職が入山し、再興に努められています。この日本堂で染川住職さんから面白い説明を受けたのですが、大足町の出身で松尾小学校の卒業生ということで、みんなびっくり。
 


10)佐那神社(多気町佐奈)(案内 多気語り部の会 笹木文夫さん)
 
    (笹本文夫さんから説明を受ける)               (佐奈神社)

 佐那神社は、伊勢参拝や熊野詣出へ向かう信仰道の和歌山街道沿いにあります。
 主祭神は「天手力男命(あまのたぢからおのみこと)として、天宇受賣命など23柱、祭神不詳2座が祀られています。創立年代は不明ですが、古事記に「次手力男神有坐佐奈県也」と記載されていて、千有余年を経過した古社であります。
 江戸時代初期までは外宮とのかかわりが深く、斎宮の祈年祭にも関係する神社でありました。
 この日は多気語り部の会 笹木文夫さんから説明を受けました。

おわりに
 今回の第6回史跡めぐりは初めて多気町を訪れました。松阪市内と違って誰に案内をお願いしてよいのかわかりませんでしたが、語り部の会の皆さんを中心として、全ての場所で説明を受けることができました。
ご協力いただいた久保行央多気町長さん、多気町環境商工課の皆さん、元丈の館の上田宏美館長さん、神宮寺(丹生大師)さん、金剛座寺の染川住職さんや皆さんありがとうございました。また案内をしていただいた勢和語り部の会の中西正勝会長さん、北岡敬一さん、松本直人さん、川口晃さん、多気語り部の会の逵昭夫会長さん、笹木文夫さんありがとうございました。
 そして今回の史跡めぐりに参加していただいたみなさんありがとうございました。またマイクロバスを、安全に運転していただいた小林岩雄さん、梶間弘功さんありがとうございました。

 次回第7回史跡めぐりは今年の11月を予定しています。探訪地はまだ決定していませんが「第2回の和歌山街道めぐり」を考えています。
                                     (編集中)
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お年寄りの行方不明

2016-05-18 21:53:18 | 日記
 松阪市飯高町宮本で82歳の男性が5月11日から行方不明になっており、家族や地元の人、消防団、振興局の職員などが捜索したが発見されず、捜索が打ち切りとなりました。今後は家族や親族で情報提供を呼びかけるということです。日にちが経っていることもあり、家族は心配されていることでしょう。

 わが家でも父が生前2回行方不明になったことがありました。父は完全な認知症ではなくある程度意識がしっかりしていたこともあり、散歩が好きで毎日一人で近くの農道を歩いていました。

 ある日母が「じいちゃんがいない」いいだし、周辺の道路やいつも散歩する道沿いの水路などを探していましたが、なかなか見つかりません。我々だけで見つからないようであれば、地区の人達や、消防団にもお願いしようかとも思っていました。日が暮れかかり、懐中電灯で水路を探していたとき山の中から「おーい おーい」という声がして、そこに行くと父がおりました。池に水を引く導水路が山の中を通っており、その水路沿いの細い道を歩いてきて、幅80cm、深さ50cmくらいの道を横切っている水路を跨ぎ損ねてはまったのでした。何とか無事に父を見つけることができました。

 もう一回は地区の山の神の日の午後3時ごろ母が、「じいちゃんが散歩に行って帰ってこない」という。山の神に寄っていた地区の人達みんなで探してもらいました。かなり遠くの道路や山の中まで探してもらいましたが見つかりません。夕暮れも近づいてきました。12月ですので夜、外で過ごすことは命にかかわってきます。
 そうしたときに隣の地区の人が「あなた方、何をしているの」と、「おやじが行方不明になっているの」「お父さんやったら昼間あの付近を歩いていたに」。その人が言われたところに行ったら父はおりました。我々はほ場整備をした水田の周辺の農道を探していたが、父がいたのはほ場整備の中央部分の畔で、やはり水路を跨ぎ損ねて足をつっこんだのでした。

 2件とも予想もつかない所にいて、たまたまうまく見つかりましたが、ひとつ間違えると行方不明のままになります。時々お年寄りの行方不明の記事が新聞に載ると、父のことを思い出します。何かの参考になればと思い、この記述をしました。
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松尾神社で御田植祭開催される

2016-05-14 21:06:57 | 日記
 松阪市立野町の松尾神社(岡村行通 宮司)で、平成28年5月10日に御田植祭がありました。この行事は松尾神社崇敬奉賛会(錦金則会長)が主催して5年前から行われているもので、今年で6回目となります。この日は神社の氏子代表や奉賛会会員、また地元の立野地区の(昔の)早乙女の皆さん達、そしてJA大足店の職員、みえこどもの城の関係者など約60人が参加しました。

 
      (神殿で祭礼が行われました)         (お祓いされた苗は藪谷田長から早乙女へ)

 神殿前で祭礼を行ったあと、お祓いをした苗が垣本長生禰宜(ねぎ)から岡村昌男耕作長、藪谷源司田長(たおさ)、そして早乙女代表の濱田佐代子さんに手渡され、20数名が、5.9aの水田に入って、餅米苗を植えました。
 田に入って植える人に対して、外からの見学者が、幅が狭いとか広いとか歓声をあげながら見守っていました。参加者たちはドロドロになりながら約30分かけて植えました。
 この日奉賛会の特別会員で松尾神社近くにある住宅型有料老人ホーム「スマイルタウン(島岡一仁理事長)」のお年寄りなど約15人が見学され、このうち102歳の中谷そめさんが田植をして、見学者から拍手を贈られました。

 
 (老人ホームスマイルタウンのお年寄りも見学)      (102歳の中谷そめさんも田植)
  
 この水田の代掻きや育苗などの準備はすべて、丹生寺町の東海農産(藪谷源司代表)さんに奉仕していただきました。
 このような神社の御田植祭が行われるのは、松阪市内ではこの松尾神社だけということです。この日植えた苗が実った9月には、稲穂を抜き取って神様に供える抜穂祭が行われます。また収穫されたもち米は松尾神社に寄贈され、例大祭の餅まきなどに使われます。
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熊本地震被災地などの「火事場泥棒」を厳罰化へ

2016-05-11 19:32:14 | 日記
 自民党の稲田朋美政調会長は5月10日、熊本地震などの被災地で横行する泥棒に対して、通常の窃盗罪より罰則を厳しくする新たな刑法の制定に向けて検討を始める意向を示した。

 諸外国では災害が発生すると、それに乗じて略奪が行われるのは当然の成り行きなのか、東日本大震災が発生したとき外国の人々が「日本ではこれだけの大きな災害が発生したのに、なぜ略奪が起きないの」と驚いたという。これは日本人の心の中に長い間に培われた礼節や正義だろう。

 今回の熊本地震では自宅が被災して避難所に身を寄せた人、ダムの決壊の恐れがあるとして避難した人たちの空家を狙った空き巣が横行しているという。人の弱みにつけ込んだ「火事場泥棒」で、被災者の人たちにとっては二重の苦しみである。
 昨年9月に発生した記録的な豪雨で鬼怒川が決壊した被災地でも、同じような火事場泥棒が発生している。

 災害が発生すると日本国内はもとより、多くの外国の人たちからも支援の手が差し伸べられる。また被災地には多くのボランテァが入って災害復旧の手助けをしている。このようなときに被災者の空家を狙っての火事場泥棒は許せない。厳罰化は当然であろう。

 松阪市内においても「火事場泥棒」ではないが、とんでもない泥棒が出現している。伊勢寺地内では地域の人たちが田の畦に植えたたくさんの芝ざくらが何者かによって抜き取られた。どういう神経なのか、地域の人たちの落胆ぶりが目に見えるようである。
 また下村町では47年間手塩にかけて育てた盆栽が盗まれている。以前に松阪市文化財センターで盆栽展を見たことがあるが、何十年もかけて仕上げる盆栽は究極の芸術であると思う。盗まれた人にとっては我が子をさらわれた思いだろう。

 災害地に横行する火事場泥棒の厳罰化は当然であるが、一般の泥棒も盗まれた人の落胆ぶりなど考えると、もっと罪を重くしてもいいのではないか。
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松阪市議会から熊本地震への義援金送金

2016-05-09 17:38:08 | 日記
 4月14日に発生した熊本地震への松阪市議会による募金活動で市民の皆さんからお預かりした浄財を、今日5月9日大平議長・川口副議長から松阪市福祉ささえあい課を通じ送金させていただきました。

 街頭募金は4月下旬に行われ、4日間5箇所で、のべ62人の議員が参加しました。4月24日(日)(中部台運動公園)、同26日(火)(近鉄伊勢中川駅、松阪駅JR側・近鉄側)同29日(祝)(ベルファーム)、同30日(土)(ベルファーム)で予想を上回る337,364円の募金が寄せられました。中部台運動公園やベルファームでは親子連れの多くの子どもさんも募金していただきました。

 この日大平議長から、福祉ささえあい課を管轄する薗部福祉部長に募金が手渡され、同課から日本赤十字社を通じて送金されます。

 また募金とは別に松阪市議会議員(28名)から義援金として50万円が、全国市議会議長会を通して九州市議会議長会災害義援金口座に送金されました。
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