後の先
2012年02月14日 | 塾
坂岡真の小説に剣の極意として、”後の先”という言葉が出てきます。実は、この言葉は佐伯泰英などの時代小説では、頻繁に出てくる言葉でもあります。「後」は、相手の攻撃の後、「先」は相手の攻撃の先でいちおうはいいのではないかと思います。坂岡真の小説では、師匠が言います。「決して勝ちにいかぬことじゃ。勝ちにいけば負ける」と。
ネットで検索してみました。 「後の先」とは、「相手の攻撃を受け、その後反撃に転じる」ことを云うとありました。人は攻撃をすると隙ができやすい。攻撃の一瞬にできる隙をついて反撃するほうが理にかなっているということでしょうか。最初に守りの体制に入っているためにこちらに隙はないというわけです。
「後の先」の思想は、さらに進み、反撃の瞬間を微妙に早めることで、「対の先」という段階にいたります。相手の攻撃が届く瞬間、先にこちらの攻撃が入るように反撃する、これが「対の先」です。さらには、相手が攻撃しようと動き出す瞬間を察知し、先に自分が攻撃に出る、「先の先」にまで進みます。
こうなると、まさに相手の心の動きを瞬間で察知し、動くわけですから、神業に近いですね。
さて、後の先の思想は、自分の護りを固めて、相手の動き、究極的には、心の動きを察知し、瞬間に反応するわけですから、相手の動きに精神を集中して、つまりは十分に観察して、注意をはたらかせるものです。実は、私はこの思想こそが、適性検査ならず試験一般に対処するときの受検者の心構えではなかろうかと思うのです。相手の動きを全く見もしないで、さっと攻撃にでるように「解きにかかる」人は、問題のまやかし的表現や誤答を誘う表現に物の見事に引っかかるのではないかとおもうのです。問題が何を求めているのかは何も考えずに、勝手に自分で問いを想定して解いていると思うのです。
問題が徒(いたずら)に時間をとらせるほどに長くても、そこで問われていることを「見切り」、瞬間に攻撃に転じるのです。
「見切り」というのも、剣の対峙では、生死を決めます。相手の刀の刃が届く限界を「見切る」のです。刃から数センチのところで躱(かわ)せるところに身を置くのも神業です。私たちは、適性の問題を見ただけで、意味もとらずに、動揺してかとれずに、白紙に等しい答案を書くのではないか。まず問題を観察し、意味するところを「見切る」のです。そして的確に問われている問いに答えるのです。多くの答案が、問題を読み取り、意味を理解するところで失敗しているのではないかと思います。
まず敵を十分に知り抜いて、見切った上で、攻撃に出る、これが適性の極意と考えます。
「決して勝ちにいかぬことじゃ。勝ちにいけば負ける」
これは、試験に対するときの心理のありようも教えています。まず、相手の出方をじっくりと見て、その上で、相手に勝つように動くのではなくて、相手の動きに合わせて、動くということです。
言い換えましょう。まず、問題をじっくりと読んで、とにかくその隠された意図を読み取ることに集中することです。つまり、見切ります。その上で、問題の意図に即して答案を自然に素直に書けばいいのです。ただそれだけのことです。
ネットで検索してみました。 「後の先」とは、「相手の攻撃を受け、その後反撃に転じる」ことを云うとありました。人は攻撃をすると隙ができやすい。攻撃の一瞬にできる隙をついて反撃するほうが理にかなっているということでしょうか。最初に守りの体制に入っているためにこちらに隙はないというわけです。
「後の先」の思想は、さらに進み、反撃の瞬間を微妙に早めることで、「対の先」という段階にいたります。相手の攻撃が届く瞬間、先にこちらの攻撃が入るように反撃する、これが「対の先」です。さらには、相手が攻撃しようと動き出す瞬間を察知し、先に自分が攻撃に出る、「先の先」にまで進みます。
こうなると、まさに相手の心の動きを瞬間で察知し、動くわけですから、神業に近いですね。
さて、後の先の思想は、自分の護りを固めて、相手の動き、究極的には、心の動きを察知し、瞬間に反応するわけですから、相手の動きに精神を集中して、つまりは十分に観察して、注意をはたらかせるものです。実は、私はこの思想こそが、適性検査ならず試験一般に対処するときの受検者の心構えではなかろうかと思うのです。相手の動きを全く見もしないで、さっと攻撃にでるように「解きにかかる」人は、問題のまやかし的表現や誤答を誘う表現に物の見事に引っかかるのではないかとおもうのです。問題が何を求めているのかは何も考えずに、勝手に自分で問いを想定して解いていると思うのです。
問題が徒(いたずら)に時間をとらせるほどに長くても、そこで問われていることを「見切り」、瞬間に攻撃に転じるのです。
「見切り」というのも、剣の対峙では、生死を決めます。相手の刀の刃が届く限界を「見切る」のです。刃から数センチのところで躱(かわ)せるところに身を置くのも神業です。私たちは、適性の問題を見ただけで、意味もとらずに、動揺してかとれずに、白紙に等しい答案を書くのではないか。まず問題を観察し、意味するところを「見切る」のです。そして的確に問われている問いに答えるのです。多くの答案が、問題を読み取り、意味を理解するところで失敗しているのではないかと思います。
まず敵を十分に知り抜いて、見切った上で、攻撃に出る、これが適性の極意と考えます。
「決して勝ちにいかぬことじゃ。勝ちにいけば負ける」
これは、試験に対するときの心理のありようも教えています。まず、相手の出方をじっくりと見て、その上で、相手に勝つように動くのではなくて、相手の動きに合わせて、動くということです。
言い換えましょう。まず、問題をじっくりと読んで、とにかくその隠された意図を読み取ることに集中することです。つまり、見切ります。その上で、問題の意図に即して答案を自然に素直に書けばいいのです。ただそれだけのことです。




























