草枕

竹の会塾長日記の続編
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「知」は力か

2012年05月31日 | 
 『知識は力なり』(Knoeledge is power.) 16世紀のイギリスの哲学者フランシス・ペーコンの著書の中に出てくる言葉です。
 去年の福島第一原発の事故に際して、東大大学院工学系統出身の学者たちが、全くあきれるほどに無策であったことは周知の事実です。政府の対応も事態の深刻さを理解できずにどんな危機管理においても常に優柔不断という日本の持ち味を遺憾なく発揮してくれました。
 日本の国民の本当の危機を肌に感じない鈍感さに由来する「寛容さ」にはなんともいえない孤立無援の無力感を禁じ得ません。
 小学生も中学生も今は知識の吸収の時です。高校生、大学生と学問は次第に専門化し、分化しながらも「学ぶ」ことには変わりません。
 確かに、知識は力です。日本語では「知は力なり」と訳されることがありますが、この場合の「知」は、単なる知識ではなく「知恵」の意味も含まれると解説されることがあるようです。私は「知恵をはたらかせる」ことを算数や適性の指導では子どもたちによく言いますね。
 子どもたちは今は様々な知識を知ること、知っていることに面白さを感じている状態だと思います。私たち現代人はできるだけいろいろ余計なことは知らないようにしようとしていると思います。そのほうが「考えないですむ」から楽だからです。現代はストレス社会です。余計なことを考え、頭を悩ますことがストレスなわけです。
 それにしても原子力ないし原発ということについて正面から考えてこなかった、常に回避してきたのはやはり大きな間違いでした。私たちの生存、私たちの子孫の生存そのものをあっという間に奈落の底に落としてしまうほどの問題だったのですから。
 子どもたちが知識を嬉々として学び開けかすのを見ていると、単なる物識りは役に立つのかと思いたくなります。教養を広げるだけの知識なら必要ないのではないか。
 原子力政策に携わる政治家、官僚、財界人、学者みな無策無能でした。昨今弁護士出身の政治家が花盛りですが、この人たちの言うことが一向に信頼できないのです。いったいあなたたちの今まで学んできた知識とは何だったのでしょうか。私には国会でなんやかやとわめいている議員たちがなんとも烏合の衆に見えてしかたないのです。
 管おろしはあったが、野田おろしは「ない」。そこに闇の力の意思を見ますし、力学的なものが真実を語るようにも思えます。
 朝日新聞は去年の5月の社説では原発を「認める」論調でした。昨今の朝日が原発に批判的論調なのはいいのですが、過去において原発を支えてきた巨大メディアとしての責任は何も語られません。私たちはすでにテレビの報道の限界は知っていますし、読売新聞の機関誌化を見ていると、こんな新聞をよくも多くの人が信頼して読むものだと不思議でしかたないのです。記者クラブ制度で政府の公式発表だけを記事にするような新聞をどうして信頼できようか。
 巷では福島第一原発の2号機の再臨界の可能性が囁かれています。しかし、政府も東電も最近は福島がどうなっているのかまるで国民に知らせません。新聞も自ら取材するはずもなく何も報じようとしないのです。そもそも文科省がプルトニウムなどの調査を全くしないのか、しても知らせないで隠蔽しているのか、全く不埒な国家機関です。
 私たちは、東大大学院工学系統出身の人たちの愚かさを十分知ったはずです。この人たちは知を自分たちの都合のいいように使ってきました。そして国家存亡の大事故に為す術もなかった無策無能の人たちだったのです。知を権威化してふんどりかえっているだけの人たちでした。
 ジョージ・オゥエルは小説の中で「無知は力なり」ということをある意味主張しています。なんとも考えさせられる問題です。
 知というのは、私たちの生活の中で様々なかかわりをみせてくるのですが、私たちは知を自分たちのよこしまな意図を隠すために利用しているのではないか。知を純粋に生存とかかわりで見極めてきたことはあったのか。
 さてそれにしても子どもたちは「考える」ということの訓練の真っ直中にある。

本日は渋谷教室の指導日

2012年05月30日 | 

 お早うございます。
 本日は渋谷教室の指導日です。早いもので今月6日に渋谷教室を開業し5月最後の指導日になりました。子どもたちは順応性が高くあっという間に渋谷の雰囲気に馴染んでしまったようです。6月からは、元代々木教室に2人残っていた女子2人も移転してきます。もっとも1人は当分は平日のみ元代々木に通うそうです。
 元代々木教室は男子数人のみとなりましたが、元気いっぱいです。とにかく小6は合格したいという意気が高まっている。レジュメに取り組む姿勢もすばらしい。ただとにかく「わからなくて」大声を出すのは困りものです。とにかく来年1月まで竹の会発祥の地の元代々木最後の会員となります。今年は合格者は元代々木から出る可能性が強いと思います。
 さて、6月には夏の予定を配布しなければならないのに、時間がとれずにあたふたしています。
 ただ気になったのは、夏不参加という子が複数いることです。実は、竹の会では、夏不参加者については、入会時の要項で「1か月以上の欠席については退会となる」旨の規定がありまして、これをそのまま適用しますと、退塾ということになってしまいます。
 夏は、長時間指導の絶好の機会ですが、竹の会では長時間指導の回数を20回〜25回に常に設定し、費用は冬期10回と同額としてきました。これはできるだけ夏期というもっとも指導が充実する機会を逃してほしくないからです。そのため超格安設定してきました。が、このような竹の会の意図はなかなか伝わらず、全回出れないからという理由で夏不参加という方が必ずいました。極端な話し25回中15回出席できなくても費用は冬と同額なわけです。
 竹の会では夏や冬の長期指導を受験の、あるいは将来的な学力見通しの要と長く考えてきました。例えば、夏の指導抜きで通う子というのは、夏の指導をみっちり受けた子に比して実力の見劣りが顕著です。目を覆うような悲惨さです。夏抜きの子の指導はさまざまな弊害もあります。これまで学んだことをすっかり忘れて真っ白という子がほとんどなのです。またゼロからスタートということもよくありました。そこまで極端ではなくてもかなり学力を落としてくることは経験則でした。そのため竹の会では秋以降の指導を夏の十分な勉強量を前提にしてさらなる飛躍ととらえており、夏を空白にした上での指導というのは考えていないということで、夏不参加者につきましてはいろいろと諸事情があろうけれども原則退塾として対応してきました。実際に退塾した人も過去相当数います。
 今後もこの方針は変わりません。ただ再入会は可能ですので、9月になって竹の会で学ぶ意思がまだあるのであれば、再入会をされればいいと思います。ただし、再入会に際しては、「入会テスト」が必須とはなります。

本日も元代々木教室

2012年05月29日 | 
 
 お早うございます。本日も元代々木教室の指導日となっております。今日は時間がなく「竹の会入会テスト」レジュメの制作ができません。それで「適性虎の巻」の「第3章」を使うこととしました。実は、「入会テスト」レジュメでは「適性虎の巻」で扱った問題を新たな角度から取り上げたものが多く、改めて読み直してみると「入会テスト」シリーズの完成度の高さが出色です。この夏には「適性虎の巻」をメインに進める計画ですが、このように日程が立て込んで私のレジュメ制作ができないときには前倒しで「適性虎の巻」を進めてゆく心づもりです。夏が終わったときにひとつの目途を立てておきたいという私の強い意思があることはもちろんです。
 人間というのは、同時に二つ以上のことはできないものだと思うのです。何か複数の事柄を仕上げなければならないとき、1つに絞って、ほかは「削除する」、とにかく削除するのがいいと思うのです。こうして一つのことに、それだけに集中する。するとゆとりが生まれる。いい思考というのはやはり心にゆとりがなければ、遊びの部分がなければ生まれないと思います。「次はこうしてやろう」「ああしてみよう」といった工夫が思考の真骨頂だと思うのです。それには、どうしても脳に脳の飽和知識量を超えた課題を持ち込んではだめだと思うのです。
 ひとつのことのみに集中する。ひとつのことだけに生活のリズムを合わせる。これは何にでもいえることです。部活にリズムを合わせている人が、勉強してもそれは上滑りの身につかない勉強です。勉強というのものを舐めてはいけない。かなりに知能の高い子たち、たとえばサッピックスや早稲田アカデミーのトップクラスの子たちがそれは必死になって取り組んでいるのが勉強なんです。ましてやそれほど頭のよくない子たちが部活でへとへとになりながら、やる勉強にどれほどの意味があるでしょうか。何度でも言います。勉強というものを舐めてはいけない。
 今年は受検というのに、遠い実家に家族で帰省は絶対の優先事項という人もいますが、とにかく何かの行事でもなんでも勉強に優先させたのなら、優先事項があまりにも多いのなら、成績の悪いことは、試験に落ちたことは、当然の成り行きなのだから、つまり、勉強をすべての事柄の第一番目の優先事項としてこなかったのだから、それはしかたのないことなのです。だから、試験に失敗したと嘆くにはあたらない。だって首尾一貫しないでしょ。
 人間というのはなんにしても2つ以上のことはやれないようにできているのです。ひとつしか選べない。Aという英文とBという英文の丸暗記が課題だとしたら、まずBを削除しなさい。そしてAひとつだを覚えることです。頭というのは、ひとつだけというときほどよくはたらくようにできているのです。私はそう信じています。
 部活を勉強に優先することとしたならば、勉強を犠牲にした分だけのことしか自分には手に入れられないということです。人はひとつのことを選んだときに他のすべてを犠牲にしているのです。だからひとつのことを選択するというのは、他の多くのことの犠牲の上になりたっているのです。犠牲にしたのなら、もはや悔いてもしかたないでしょう。様々な勉強以外のことを勉強に優先させてきた人間が勉強のできないことに悩むのが私には理解できません。

本日、元代々木教室

2012年05月28日 | 
 
 お早うございます。今日は元代々木教室の指導の日です。朝からずっと「竹の会入会テスト」レジュメの制作に没頭していまして、先ほど解放されたばかりです。瞬時を惜しんで金魚の水かえと亀の武蔵にエサをあげます。48時間ほど放置したままですが、じっと岩の上でおとなしく過ごしています。今日は水草をあげた後、ヨコエビを少々与えました。亀フードをあげるかどうかは今思案中です。武蔵はもう満18歳にはなっていると思います。ちなみに、武蔵という名前はその日思いついた日替わりネームです。
 昨日は、渋谷教室の指導日でしたが、渋谷教室は今のところ女子塾の様相です。これはたまたま、まじめで静かに集中する子たちが女子であったというだけの話しです。
 渋谷教室はそれが絶対要件ですから、騒ぐ子はまず無理です。
 竹の会の私の指導は日々進化するのが常です。それは私が研究に際して次から次にアイデアが閃くことと関係しています。今夢中で制作している竹の会入会テストレジュメは竹の会の子どもたちを急速に合格へと近づけていることを実感しています。今日は新たに理科的分野の領域にも入っていきました。これはこれでまた新境地に達するやもしれません。私のレジュメが子どもたちを合格へ導く、思考力深化に導く、強力な道案内の役目を果たしていると考えるともうとにかく時間さえあればレジュメの研究に没頭せざるを得ませんね。
 これから1時間ほど藪用です。
 それでは元代々木教室のみなさん、今日も私の「入会テスト」に挑戦して大いに思考力を伸ばしてください。

「考える力」を育てる塾

2012年05月27日 | 
 
 竹の会には見知らぬ方からのメールも時折あります。たいていは「草枕」の熱心な読者であるのが普通です。
 最近私が書いた内容についてご相談がありました。
 ポイントは3つほどあります。
 ・小学生のときに「考える」力を育ててこなかったらもうだめか。
 ・能力がないと判断したときはあきらめるしかないのか。
 ・中学ではもう遅いのか。

 苦しい選択ですね。小学生の4年、5年のときにじっくりと割合の概念を考えさせる訓練をしてこなかったらどうなるかということです。
 おそらくほとんどの子は、「わからない」ままに勉強する。それで効果がさっぱりあがらない。「わからない」から勉強は面白くない。それでだんだん勉強から遠ざかるということではないかと思うのです。多くの小学生は実はなんらかのかたちで塾には行っているのですから、ますます問題は深刻なわけです。塾に行っていたのに基本的な思考スタイルというものが全くついていないというのですから。そしてこれが世間一般の塾の真実なのです。
 私はまじめに心配しています。まず進学塾といったところに行ったところで思考スタイルなどつけられるはずがないとわかっているからです。世間には個人塾も山ほどあります。それは多種多様であろうかと思いますが、これもたいていは市販のテキストを使って授業するのが一般です。中には「考えさせる」塾を標榜しているところもあるみたいですが、市販テキストを使って「わかるまで考えさせる」という指導の方法ではだめでしょ。
 私はよく思うのです。結局竹の会を止めた子たちというのが、どこかに竹の会のような塾を探してもまずそういう塾はないということを知るだけであると。どこの塾も結局はペタな方法でやるベタな塾だということを知るだけでしょう。
 竹の会のような「思考力を培う」ような塾は皆無とまでは言わないまでも、出会うことが至難なことでしょうね。
 こういうのも何ですが、竹の会の小5や小6がどれほど「考える」ということに目覚めて、嬉々として問題に取り組み、指導のたびに思考を伸ばし、いつしか自分の思考スタイルというものを身につけつつあるかということを竹の会に子どもさんを通わせている親御さんたちがいちばんよく実感していることではないかと思うのです。
 竹の会が発見した割合指導法によってどれだけ子どもたちが救われたことでしょうか。子どもたちは考えるということのひとつのスタイルを手にしたのです。そこから子どもたちは自己の能力をさらに広げていくことができることに気がついたのです。
 「わからない」という経験ばかりしている子も、私の提唱する「解き直し」「書き直し」による形の修練を続けることによって次第に勉強するということの意味を悟りつつもあります。
 竹の会という塾は小学生に自己の思考スタイルというものを備えさせるに神技と言われても頷くほどに納得のいく目に見える成果を出してしまうのです。
 私は竹の会のような塾を世間一般に探し出すのは不可能に近いと思っています。
 私の言うことが決して偽りでもなく大言壮語でもないということは、実際にお子さんを竹の会に通わせてる親御さんたちにはわかるはずです。
 そして竹の会に子どもさんを通わせてみて初めて「わかる」ことなのだということです。
 
 小学時代に結局割合を理解できなかったという子たちは早晩中学では成績が伸び悩み、落ちていくことはほとんど自明のことです。ここで親の高望みは子どもを苦しめるだけであり、反抗と非行の原因にもなりかねません。
 願わくは早くに子どもの限界を親が見抜き決して高望みを押しつけないことです。子ども夢をもって努力するのなら惜しみない援助もまたしてあげるべきでしょう。
 ただそれで成績がよくなるとか、いいところに行けるとかいうことにはならないということです。
 
 世間の親たちは実は何もわかっていないと思うのです。適性対策をやってくれる塾に行けば「受かる」と単純に考えているだけの親御さんもたくさんいます。私は確かに適性対策というものをやっています。しかし、わたしはその前にまず「考える」というスタンスを身につけること、いや実質的に「考える」ということをまず教えこまなければ何も教えられないと思うのです。竹の会では、小学5年の1年間ずっと割合を考えさせていますからね。この場合の割合というのは随分と広い概念です。速さだってあれは単位あたり量ですから、割合の概念がわかれば簡単にわかる。指導というのは指導の現場で実際に子ども対応、反応を見ながら、子どもとの共通理解のことばで説明する名人芸だと思っています。竹の会で「わかる」を経験した子どもたちというのは、竹の会の「よさ」を本能的に嗅ぎ分けていますね。またそういう本能があるということがその子どもの能力の高さを証明してもいるわけです。
 中学になって割合を理解しないというのは、そもそもの思考がないに等しいということです。小学生のときにそういう塾に出会わなかったのはとても不幸なことだと思います。中学ではもう思考力をつけるということは無理なのか。中学は中間、期末と定期テストに追われ、もうゆっくりとじっくりと思考力をつけるための時間がないのです。もし思考力をつけるために時間をとれば、学校の成績は下がるだけです。学校の勉強を思考力の育成に使えないかということですが、これができるのは一部のもともと知能の高い子だけです。

 竹の会が、私が、適性対策適齢は小4だというのは、竹の会の方法がまず思考力をつけてからというコンセプトに基づくことが大きいと思います。大手のように小6からいくらでもとるのとは違います。大手は適性対策として類似問題をたくさん練習させるというだけのことしかやっていないと思います。大手は商売ですからいくらでも取りますよ。竹の会はもう適性対策という以前に思考スタイルをまず培うということを優先、先決事項として考えています。そして子どもたちに抽象的・形式的思考のためにまず計算をマスターさせることに意を用います。計算マスターたちに「割合」概念を1年以上かけて仕込みをかけるのです。「割合」の理解の進行イコール思考力の深化です。
 子どもたちとの指導を通して私は子どもたちと私に共通の言語を形成してゆきます。子どもたちに「理解を与える」スーパー言語です。子どもたちに理解を与えるには、その前に理解のためのことばを認識させてゆかねばならないということです。
 
 そういう関係もなしに、いきなり雇った家庭教師の学生が「わかりやすい」という言葉で説明することにどれほどの意味があろうか。せいぜいレベルを下げて、下手なたとえ話をして、幼児的なやさしいことばを使うことが分かりやすい説明だとしたら笑えます。
 
 不幸にも、思考力をつけることなく、割合も理解しないままに中学生になってしまったとしたら、いったいどうやってそういう子が救えるのでしょうか。
 少なくとも云えることは「あきらめないで努力し続ける」ことが間違っていないということは確かなことです。
 かつて私はオール1の中1を指導したことがありました。彼は、分数の通分も理解できない子でした。割合を理解するなどありえないと思っていました。その子はとにかく私が「やりなさい」と言ったことを「もういい」と言うまでひたすら続けるという特異な子でした。ノートがカーボン紙のように真っ黒になるまで書き続ける子でした。正負の数を理解するのに一苦労、文字式を理解させるのは絶望的でした。まして方程式などとてもできないと思いました。しかし、彼はノートをカーボン紙にしながらとにかく努力したのです。私は簡単な方程式の文章題を解かせてやさしく解説してやりました。決して難しいことはさせませんでした。彼が中3になったとき彼の通知表はオール4になっていたのです。これを奇跡と言わないでなんと言えるでしょうか。彼は漢検3級に受かり、英検3級にも受かりました。その彼が中3の6月に突然竹の会を止めてサクセスという大手塾に行ったのです。彼は小学生のとき分数もできないのにできる子たちといっしょにいるのがうれしくて日能研に通った子です。その彼が中3になって初めてできると実感したのでしょう。彼は竹の会なんかよりも大手でいいところに行きたいと彼なりに考えたのでしょう。彼の中では竹の会はやさしい問題ばかり与えられていいところではないと判断したのかどうか。彼のお母さんは子どもが竹の会を止めるということを言いに来たときに、声を出して泣きました。「先生、ごめんなさい。先生のおかげてあの子がここまできたのに、先生を裏切ることになって」と。私は「彼の思う道を進ませてあげてください」とお母さんに言ったのを覚えています。
 努力をする者には奇跡が起きます。私が言えるのはそれだけです。

本日渋谷教室指導日

2012年05月27日 | 
 お早うございます。本日は渋谷教室の指導日です。今日は朝は清々しい晴れ模様です。外気はなんとも爽やかで気持ちのいい風が開放したベランダから流れ込んできます。ただ午後からは曇りらしいですね。
 渋谷教室では、6月からは元代々木教室に残っていた女子がみな移転することになりました。ただ元代々木教室も補充的に通うそうです。元代々木教室は元気いっぱいの小6と小5が数人だけになりましたが、これからこの体制で来年1月まで貫き通そうと思います。
 渋谷教室の中1と中2は定期テストが終わり一息ついていることと思いますが、すぐに今度は別の公立の中1が定期テストの番です。中1には初めての定期テストで不安な気持ちかと思いますが、最初、というか1学期の間は比較的易しい問題が多いと思います。といってもほとんどの子が「しまった」と考えられない凡ミスをするものです。実は私も中1のとき早とちり・勘違い答案を書いた口です。解答欄をずらしたり、英語ですべての文章にピリオドをつけなかったりと随分と手痛い思いをしました。それもこれもしだいに慣れてゆきずいぶんと用心深く答案に気を配るようになりました。
 今年の2月に入会した子たちは「渋谷教室」開設の時に移転するというふくみで入会した子たちばかりでしたが、そのほとんどが当初の予定通りに渋谷に移転しました。
 渋谷教室は5月6日、つまり今月開いたばかりです。今月はとにかく準備に追われ多忙な毎日でしたが、6月も当分はこの多忙さから解放されることはなさそうです。
 完全に渋谷教室の体制が整うのはまだ少し先になるでしょうか。
 ただそうはいっても子どもたちはもうすっかり渋谷の雰囲気に馴染んでいるようです。当初の私の悲願である「静かな環境の中での指導」を厳守しなければなりません。その一点だけは譲れないと決意しています。元代々木教室は結局去年の子たちからおかしくなり、遂には塾の閉鎖の時期を早めてしまいました。このような悲劇的顛末は決して渋谷教室では再現してはならないと強く決意しています。
 確か、今日のブログから勝手に他塾などの宣伝が載らないはずです。これまでこれを排除できることに気がつきませんでした。早稲田アカデミーや栄光ゼミナールの宣伝がなぜ私のブログに勝手に入り込んでくるのか疑問でした。
 それでは渋谷教室のみなさん今日も元気に勉強しましょう。

 
 

竹の会渋谷教室への道

2012年05月27日 | 
第2回 小4こそ入会のベスト・チャンス

  
 竹の会の都立中高一貫校合格者は早期入会者が断然強いというデータが出ています。
 まず論より証拠、実例をあげてみます。
 まず、
平成22年都立両国合格者 小3の2月入会
 
平成23年都立小石川合格者 小4の8月入会
 
平成24年都立富士合格者 小4の11月入会
 ちなみに、
平成23年昭和女子大附属中合格者は小4の5月入会でした。
 小6入会で合格した特例
 
平成19年区立九段中学の合格者は、小6の4月入会です。都立中高一貫校がスタートしたばかりということが大きいかと思われます。
 
平成21年都立桜修館合格者は小6の9月入会です。まだ都立中にとまどいがある時代でした。
 
平成22年都立桜修館合格者は小6の6月入会です。杉山太一君です。彼は天才でした。
 
平成23年都立桜修館合格者は小5の3月入会です。全く訓練されていないところからのスタートでした。
 こうしてみてくると桜修館合格者は小6入会でも合格している。しかし、合格者はみな知能の高い子たちでした。参考にはなりません。
 もちろん九段合格者も知能は高かった。
 私は「普通の子」が合格するには、小4入会がベストと思っています。
 ただし、竹の会の実施する入会テストをクリアすることは最低の条件です。竹の会の入会テストに合格できないほどの子ならそもそも都立中の受検などは志さないのが無難ということです。竹の会の入会テストは決していたずらに難しいということはなく、ごく普通の子の中に能力の可能性の芽を発掘するだけなのです。

竹の会渋谷教室への道

2012年05月26日 | 
 初めて竹の会渋谷教室を訪れる人のための渋谷教室入門
 第1回 道順編
 スタート渋谷駅 東急プラザ前バスターミナル
 
 渋谷駅へ

 
 渋谷駅南口へ
 
 歩道橋へ
 
 明治通り歩道を恵比寿方向へ
 
 途中右に渋谷駅新南口を見ながら前へ進む
 
 並木橋交差点はそのまま通過
 
 正面右方にに東交番が見える
 
 交番のある角を右折するとすぐ竹の会の看板が見える
 
 看板のある電柱からすぐ先10mほど右  
  到着です。ご苦労様でした。
 渋谷駅から徒歩10分です。前方はJR山手線です。
 まっすぐ行くと代官山に7分ほどで行けます。

竹の会新ロゴ

2012年05月26日 | 
 竹の会の新しいロゴができました。2012年5月渋谷教室スタートに合わせてこれまでの竹の会のロゴを作り直すことになり、いろいろと考えてみました。できあがったロゴは基本的に私のデザインです。私の図案をプロのデザイナーに仕上げてもらいました。
 下のロゴはこれまでの竹の会のロゴです。
 これも私のデザインです。

 
 さて、竹の会の新ロゴをアップします。
 
  竹をイメージしたハンマーで殻を打ち破るイメージです。
  これからこのロゴは竹の会のレジュメその他に必ずプリントされることになります。
  新しい竹の会のイメージ・ロゴをよろしくお願いします。

ようやくブログ

2012年05月26日 | 
 疲れ果てた体を癒やすにはまだ十分な時間が必要なようです。片道3.7kmを歩いて往復するとふくらはぎがパンパンに腫れ上がります。そして極めつけは脚の痙攣です。これは痛くてがまんできないものですね。冷蔵庫で冷やした冷湿布を貼り尽くします。すると不思議に治まります。満身創痍ですが、歩くおかげか血圧は正常値を保っています。こちらのほうがうれしくもあり歩くのは止められません。
 今日1日のお休みは私には貴重です。連続4日続く指導のためのレジュメ準備ができるからです。今は指導のない日はとにかく準備優先で動いています。
 子どもたちに「いい理解」を提供する義務があり、責任があります。私のレジュメ次第でその日の指導の質が決まります。竹の会の私の指導は指導のない日こそが真剣勝負なのです。過去問をじっくり読み、そして時には解き、考え、悩み、工夫をして、レジュメ化してゆきます。子どもたちに「いい理解」を届けなければという気持ちはとても強いのです。
 今日は、ふだんの勉強をどのように進めるかについて、少し述べてみようかと思います。
 
◯来年受検の小6のみなさん
 まず、私のレジュメをやらないで流すことが多い子というのは合格から遠ざかることは間違いないと思います。
 適性というのは、速さではなく、注意深さ、慎重さ、です。早とちりしてよく考えもせずに自分勝手な思いを正義と思い込んでいるのがいちばんだめです。つまり、素直に先生の言うことに耳を貸す子ほど受かりやすいということです。自分のこうやりたい、ああやりたいに固執する子は落ちます。今でもなかなか課されたレジュメを出してこない子がいますが、過去こういうレジュメをため込む子の合格例はひとりを除いてありません。
 算数も大切ですが、現在私がメインの指導として進めているのは、「竹の会入会テスト」レジュメ、「竹の会作文」レジュメ、「竹の会教養」レジュメ、「理科講義」レジュメです。「竹の会入会テスト」シリーズは、竹の会の名作「適性虎の巻」をさらに進化させた「このレジュメだけで合格」をコンセプトに鋭意制作中のものです。「作文」シリーズはすべてに私の合格作文をつけております。
 小6のみなさんはとにかく竹の会の課題をこなすことに全力をかけることです。
 
◯小5のみなさん
 まず「割合」を完璧にしましょう。この1年かけて割合を完璧に理解し、算数の思考スタイルを確立させることです。
 小5の中でいちばん進んだ女子が今は「竹の会入会テスト」シリーズに苦戦しながらも参戦していますが、来年改めてやるときにはきっと楽になっていると思います。理科は「教養の理科」の課題をこの1年かけて取り組んでください。小5のみなさんにはできるかぎり小6配布のレジュメと同じものを配布するようにしています。今はチャレンジということでいいと思います。「読解百選」は読解のための練習です。1回で終わりにしないで何度もやり直すことです。解き直すのが勉強です。
 
◯小4のみなさん
 あなたたちは今は計算修行中です。早く一人前の計算マスターになってください。
 
◯中学生のみなさんへ
 公立中2は年が明ければもう高校受験です。今はそのための下準備の期間です。特に、英文解釈に取り組めるほどに英語力を高めてほしいと思います。さらには、この中2の時期に、理科と社会を完成させることです。そのためには努力を厭わないことです。
 公立中1は竹の会の指導レジュメをとにかく前へ進めてゆくことだけを考えてほしいと思います。
 高校受験は、中学に入学したときからすでに準備開始なのです。多くの世間の親も子もかなり勘違いしています。まだ3年あると漠然と思っているのではないかと思うのです。そして中1中2の間は部活でもなんでも好きにやればいいと漠然と思っているのではないでしょうか。
 まず、高校受験は中3の2月20日過ぎです。2月は私立の受験などで慌ただしくとても落ち着いて勉強できる月ではありません。1月はもうこれまでやってきたことの復習に追われています。冬休みも同じです。中3は9月から模試が本格化します。この9月の模試の結果はそのまま直前までほとんど変わらないという事実を知っていますか。
 高校受験は中3の8月、つまり夏休みの勉強がほぼ仕上げ段階と考えていいのです。秋になってがんばるというのはないのです。
 すると中3になって4月から7月の4か月でいったい何ができますか。数学は難しくなりそれを理解するだけではなく、少なくとも8月までには中3全内容を終えて入試問題が解けるほどになっていなければならないのです。英語の入試問題を見たことがありますか。とてつもない長文です。こんなものを50分で読み解かなければならないのですよ。とても中3になってからの勉強でなんとかなるものではありません。英文解釈は中2の夏から徹底して取り組んでおくべき課題だったのです。私立は古文も出ます。そもそも中3になって理科、社会を始めて間に合うはずがない。中3というのは、6月、7月、9月、11月に定期テストがあります。そのたびに内申対策としてテスト勉強に専念しなければならないのです。いったいいつ高校受験のための勉強ができると言うのですか。
 中2の夏からは中3のそういった事態を視野に入れた対策をとらざるをえないということです。とすれば中1の段階だってそう時間はない。いったいどれだけ部活など勉強以外のことをやれるというのですか。あなたたちは中学に勉強するために行くのです。飽くまでも勉強が目的なのです。それなのに勉強をしない生活をする中学生がなんと多いことか。これはチャンスです。あなたたちはそういう脱落者を相手にしているのではない。公立中は勉強するごく少数の中学生たちが鎬を削るところなのです。勉強しない子たちを見て、部活を青春を燃やす子たちを見て、必死に勉強にすべてをかけているごく少数の子たちを見ないのは、自分が勉強しない方向へゆく危険な兆候です。
 中1はもう今は夢中で新しいことを学ぶことです。