楽しい老後を求めて

高齢者の生き方を模索した日記風です

29.7月の暮らし 1

2017-07-18 14:02:42 | Weblog

野のあやめ 5月18日 前の庭。増えて沢山あるが好きな花だ。

今年は玉蜀黍が豊作で良かった。昨年はさんざんだった。今朝収穫して食べた。少し近所にも配った。トマトも色づき初めて食べている。厳重にネットをかけたので鴉にも大丈夫だ。
昨日は室内ゲートボール。二人で参加してきた。
15日は文化会館で市の芸術祭参加の地区5教場詩吟の合同発表会だった。有意義であり、盛会だった。私は漢詩「春暁」孟浩然。を吟じた。平凡な明け方の暮らしを読んだ詩だが、平凡な平和な生活が何よりの幸せであることを教えてくれる。詩文は「春眠暁を覚えず 処々啼鳥を聞く 夜来風雨の声 花落つること知んぬ多少ぞ」。私は最近内なる自己のために詩吟に励んでいる。先般、日本詩吟学院の最高段伝位「総伝」を授かったので、今まで高段位を得ることを目標の一つとして励んできたがこれからは、他から授かる評価、すなわち見られる自己の評価も目的としてきたのだが、これからは主たる目標を内なる自己の向上を最大の目的として、吟じていきたいと思う。故人となられた学院の前理事長の木部先生が無の心を目指した吟を標榜しておられたが、私も、どこまで出来るか分らないがそれを目指そうと思う。

12日夜俳句会。5名。私の選句より2句。「わが人生いまどのあたり蟻の列」蟻の長い列がたまたま目に入った。どこかに移動中の様子だ。蟻は
よく働く。作者の人生と同じだ。また喪服を着た葬列にも見える。私の人生は今どのあたりだろうか。高齢になると、すべてこのような無常観を考える。「ソクラテスのやうな顔して蟾蜍」ユーモラスな句。蝦蟇の顔はグロテスクでもあり、何か深刻な問題を考えてもいるようにも見える。
私の一句。「打ち水し人待つ刻の長さかな」。 

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29.6月の暮らし 2

2017-06-30 05:49:11 | Weblog

ジャーマンアイリス 黄色 5月 裏の庭

暑い日が続く。昨日扇風機をだした。熱中症対策に休養と水分の補給を欠かさない。毎日庭の手入れを励んでいる。剪定と除草だ。雑草は取っても取っても生えてくる。禅の修行では、心の邪念を取るつもりで、除草に励むそうだ。私もその心を参考にして取っている。だから飽きないし、むしろ楽しみだ。毎日主に漢詩を吟じている。健康のためでもあるし、修養にもなる。
王陽明や朱喜、程明道、杜甫の詩などが心の糧となる。中国の古典に教えられることが多い。毎日、論語や孫子を読んで研究している。現代でも通じる処世訓だ。生活のバークボンとしたい。

28日夜俳句会。4名。私の選句から2句。「牛飼いの死や筒鳥が弔辞読む」皆に好かれていた実直な村の牛飼いが死んだ。何時も付近で鳴いている筒鳥が寂しげに啼いている。地味な鳴き声がぴったりだ。「鳥らの弾け散ったり麦の秋」麦が熟れていることの夏の季語だ。雀たちもそれを喜んでいるように活発に飛び回っている。収穫の喜び。私の一句
「手水鉢水の溢れて虎耳草(ユキノシタ)」

今日の午前中は室内ゲートボールの予定。夫婦で参加する。

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29.6月の暮らし 1

2017-06-15 13:22:45 | Weblog

侘助  4月27日 居間の前の庭

毎日50本以上ある庭木の手入れをしている。半数は躑躅などの低木だ。今躑躅は見ごろで楽しんでいる。腰痛のため枝切りは難儀だ。休み休みしている。
今日胡瓜の初なりを1本とった。豌豆も食べている。後の野菜はまだまだだ。
昨夜俳句会。5名参加。私の選句から2句。「自転車に苗籠一つ夏ひばり」高齢者の農家も多く、棚田などでこじんまり耕作しているような人もいる。あまり動力も使わず、自転車で少量の苗を運んでいく。空では夏ひばりが鳴いていた。農村風景の一齣だ。「佳きことは直ぐに忘れて葉桜に」華やかな桜もあっという間に過ぎて夢のようだ。もう葉桜の季節となった。人生も過ぎてみれば、これと同じだ。過ぎ去った佳い思いでは忘れて、苦しく辛かったことのみ思いだされる。私の発表句の一つ。「小判草ふえてつましきたつきかな

毎日詩吟を自宅で自習しているが、最近李白の好きな詩文を吟じている。
夏らしく豪快な詩だ。「廬山の瀑布を望む」日は香炉を照らして 紫煙を生ず 遥かに看る瀑布の長川をかくるを 飛流直下三千尺 疑うらくはこれ 銀河の九天より落つるかと」

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29.5月の暮らし 1

2017-05-28 13:11:13 | Weblog

同心屋敷 桜町4丁目

気候が温順で雨も降り家庭菜園の野菜も順調に生育し安心している。トマト、胡瓜、茄子、玉蜀黍、ヤーコン、馬鈴薯、豌豆その他数種類を植えた。
庭の花花も今を盛りと咲いている。卯の花を株分けして数年前に鉢上げしたが今年初めて花をつけた。純白で綺麗なので玄関わきに置いている。

数日前俳句会に参加した。4名だった。私の選句より2句。「夜もすがら音を豊かに田水張る機械化されて田植え前後の風景も昔とすっかり変わってしまった。死語となった季語も多い。しかし田水をこんこんと日夜張る音は
今も変わらない。大切な情景だ。「柿苗木植えて長生きするつもり」作者は
今春に奥さんを急逝された。落ち込んでおられたが、こんな句を作られたので安心した。ところで私は今春同木を植えるのを断念している。作者からそんな弱気ではいけないと逆に励まされた。柿苗木は生るまで8年と言われている。私の1句「木の椅子にリルケの詩集リラの花」。

昨日27日は吟詠会の例会だった。俳諧歌を稽古した。「七月六日たなばたの心をよみける」藤原兼輔朝臣。「いつしかと またく心を はぎにあげて 天の河原を今日やわたらむ」。語意は「早く逢いたいとの思いを、
脛にまで衣を上げて、天の川を今日六日に渡るのだろうか」となる

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29.4月の暮らし 2

2017-04-27 09:06:41 | Weblog

地元小学校での詩吟教室(3) 3月3日

庭木の剪定をしている。体力にあった手入れの出来る高さに調整している。
「真弓」の木も切った。以前岩谷堂の祭日の植木市で買ってきた思い出の木だ。小さな苗だったが、枝を伸ばして大きくなった。秋の赤い実が美しい。弓の材料でまゆみとか。その他、百日紅とか、山茶花など。
今、庭に1本ある枝垂れ桜が満開だ。そして四十雀が時折数羽飛んでいる。

24日詩吟の例会日だった。7月に文化会館である、花巻地区5教場合同の発表会の課題吟を稽古する。孔子も論語で弟子に300ある詩(詩経)をよく学びなさい。それは、世の中のことが良く解り、親への孝行や兄弟への道が解り、鳥獣草木の名前が解る。そして詩の精神は「思い邪なしであると説いている。詩吟は漢詩、短歌、俳句、近代詩を吟じている。孔子の精神を旨とするべきと考えている。

昨夜26日は俳句会。5名参加。私の選句から2句。「春の蠅ふわりと降りる薬指」女性の句。薬指の優しさが動かない。「泡一つ抱へ喪中の水中花」喪中の悲しさと追慕がよく表現されている。私の出句より1句。
「初蝶の花選ばずに止まりけり」


 

 

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29.4月の暮らし 1

2017-04-14 07:15:53 | Weblog

詩吟教室 3月3日 みな元気に朗らかに漢詩を吟じた。

昨日の朝は雪化粧だったが、今日は快晴だ。妻と二人で室内のゲートボールに参加してきた。4ゲームで、適度の運動だ。畑も先日掘り上げた。種まきを待つばかりだ。
9日、花巻地区5教場の詩吟段伝位の審査会があった。審査を受ける人は約10名。見学応援会員は約40名位だった。審査委員は県の本部から前会長先生が来られた。私も受審をした。段伝位最高の総伝位だ。5年前に10段を獲得し4年たつと総伝位を受ける資格が生まれるのだが、あまり苦労したくなく昨年は見送ったが、思いなおし私の30年近い詩吟人生の総決算として挑戦してみることを数か月前に決意した。課題は自分で選ぶことが出来る。漢詩「友人を送る 李白」。紀行文「奥の細道より最上川」芭蕉。短歌「白鳥は 若山牧水」。俳句「物いへば 芭蕉」。を選んだ。約10分暗記していた詩文を吟じた。緊張したがつかえないで吟じることが出来た。過去の功績、識見も加味されるので実技のみでは判断されない。合格すれば私が60歳から始めた30年近い詩吟人生の
段伝位挑戦は終わる。合格の可否を心配していたが、今日午前中に合格通知が届き安心した。さらなる精進を決意した。なお多数の詩吟愛好会を募りたい。
私と一緒に詩吟を始めませんか。楽しいですよ。お申し込み待っております。

12日の夜に俳句会に参加した。私の選んだ句より2句取り上げる。
道の駅土地の顔して燕来る」今年も燕がきた。ローカルカラーたぷりの
道の駅に来た。毎年来る燕もなじんでいる風貌だ。「初蛙まず犬掻きにはじまれり」写生句。平泳ぎの得意な蛙もまず未熟な犬掻きから始まった。
ユーモアの句。私の投句より1句。「お早うと鸚鵡は夜も四月馬鹿」。
句会終了後に雑談となったが最近の世相の殺伐さについて話が及んだ。
私も最近の情勢には危機感を感じる。私が子供の時代の頃に回帰しているような感じがする。教育勅語の是認、天皇の国家元首論、軍備の増強、神道への過度な回帰、それに米国追従の核武装方針の是認。等。46億年の地球の歴史を一挙に破戒し人類を滅亡させるような方向に進んでいるような危惧を覚える。それでなくても釈迦も説いたように絶対的な不変な状態は存在しない。天文学的にも小惑星の衝突、50億年後の太陽の終焉、天の川銀河のアンドロメダ銀河への衝突も考えられるとのことだ。過去の地球の歴史を学んでも数々の試練があり、我々人類が生命を、維持存在しているのは奇跡に近いほど尊い。自ら破滅するような戦争への道を進んではならない。私の単なる杞憂であることを祈る。


 

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29.3月の暮らし 2

2017-03-28 11:19:45 | Weblog

小学校で詩吟を教へた音楽室 3月3日 4年生24名。

26日町内の友達10名で輪投げをした。6回ほどプレーした。3位で私としては良い成績だった。終了後、昼食並びに懇親会で楽しく過ごした。私より若い男女の友人とお話するのは、楽しい。

25日は吟詠会例会。4月に発表会があるので、わが花南吟詠会としては、
万葉集より大伴家持の和歌を吟じることとして、その稽古をした。
「馬並めていざ打ち行かな 渋谿の 清き磯廻(いそみ)に 寄する波見に」解釈は「馬を並べて、さあ揃って出かけよう。渋谿(地名)の清らかな磯辺に打ち寄せる波を見に」

22日夜は俳句会に参加した。私の選句より2句。「やどかりやわが終焉の地の仮設作者は被害者ではないが、慮って詠んだ句。海辺にいるヤドカリのように転々と仮設住宅を移り、そして、その仮設で一生を終わってしまうのでろうか。6年たった今でも儘にならない嘆きを詠んだ。
「這い出て自分探しの痩せ蛙」これも擬人化した句だ。痩せ蛙が春になり、よろよろと出てきた。まるで年老いた自分のようだ。自分のことは自分が一番分らないという。自分はこれかどのように生きていったら良いのだろうか。

 

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29.3月の暮らし 1

2017-03-09 10:18:52 | Weblog

1月28日の賢治碑

昨日今日と沢山雪が降った。ストレートに春がこない。福寿草が下に埋もれて可哀想だ。だが花は閉じているだろうし、雪の下は意外に暖かと言うから
大丈夫だろう。曾孫の写真が数枚送られてきた。二人の孫娘から変わるがわり写真が送られてくる。これを見るのが老夫婦にとって最近の一番の楽しみであり生き甲斐だ。

3月3日。地元の小学校に依頼を受けて4年生に詩吟を教えてきた。仲間に応援を頼み5人で行ってきた。皆熱心に学んでくれ、理解してくれて楽しい2時間だった。

昨夜は俳句会。5名参加。私の選句から2句。「軒雫五人囃の笛の音かも93歳の作者と思えない美的感覚の句だ。「切るならば切れと海鼠の俎板に」擬人てきな句だ。茫洋として異様な雰囲気なナマコガどうにもしてくれと横たわっている。人間の胆の据わった者が、今はの際にもじたばたせず泰然たる状況のようだ。学ぶべき思いを感じた。私の出句より1句。「学童の詩吟ソプラノ雛の日」学童たちが教える私達と違って澄んだきれいな高音で上手に詩吟を吟じた。3月3日雛祭りの日にふさわしい学習となった。

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29.2月の暮らし 1

2017-02-09 15:39:54 | Weblog
西洋シャクナゲ(2) 6月

立春を過ぎたが依然朝夕は寒さが厳しい。炬燵から離れられないが、努めて腰痛体操に励んでいる。
また輪投げの練習をしているが、なかなか上手くならない。手首の固定がコツなようだ。あまりやり過ぎると
肩がいたくなるので加減が必要だ。腰の運動にはなるようだ。最近機会あるごとに知人に吟詠会への入会を勧めている。仲間が欲しいのは勿論だが、本当に健康に役立つと思う。オペラの発声と同じく十分な腹式呼吸による発声なので健康に良いとのことだ。体験的にもそのように信じている。また漢詩や短歌、俳句、近代詩に親しみ大声で朗詠することは本当に気分が良い。勧める所以である。当会の稽古日は月2回、原則として第2、第4
土曜日午前10時から12時までだ。ただ今月は第3土曜日(18日)と第4土曜日(25日)だ。気楽に皆さんに来てほしいと思う。会場は花南振興センター内である。大歓迎。

昨夜は俳句会だった。少なくて3名だった。私の選句から2句。「豆まきや鬼の拾いし鬼の豆作者の曾孫が鬼の面を被ってはしゃぎまわていたが、やがて疲れて豆を拾って食べだした。可愛らしい風景の一齣。
鯛焼きの孕みしらしさを一つ買ふ」餡の沢山入っているのを選んで買った。ユーモアたっぷりに孕んだ腹と表現したところが手柄だ。終了後何時もの雑談となったが、10日ほど前に奥さんを心筋梗塞で急死された出席者がいて、人生の無常さに話が及んだ。まさに般若心経の世界が実感された。85歳以上の会員3人だが、それはそれとして100歳を目標に健康に留意して励んでいこうと誓い合った。ただ自分の体でも、
思い通りにはならない、借り物とおなじなので、何時最終日を迎えるか分らないので、覚悟を
して日々真剣に暮らそうとの話になった。

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29.1月の暮らし 1

2017-01-20 14:19:22 | Weblog

赤花マロニエ  5月 前の庭

今日は大寒だ。やはり寒い。雪も大分残っている。午前中はゲートボール初めの日だ。億劫だったが最初の
日なので参加した。9名皆元気でなによりだった。

先日地元の小学校より、3月の初めに4年生の期末授業として「地元の名人に聞く」との科目で開催したいので「詩吟の学習」に協力くださいとの要請があった。恐縮したが子供らのためと承諾した。2時間だが私だけでは荷が重いので会員数名で行くことにした。これから内容を準備して生徒たちの役に立ちたい。

18日は俳句会があった。私の選句から2句。「年新た古りし雨戸の嵌め殺し」新年を迎えたけれども古い民家では雨戸を立てかけたまま、使わずに部屋を暗くしている。過疎化で子等もいないので使わない部屋も沢山ある。老人だけの正月を迎える。農家のある日の風景である。「雪女抱けば空気のようなもの」心象俳句だ。
季語そのものが幻想的なものだ。雪国の民話から生まれた季語と思う。高齢になっても女性に対する理想的な憧れを抱いていてふと清らかな雪女を思い描いたが、一瞬すーと消えて現実に戻った。甘く切ない。私の発表句10句の中より1句。「翁立ち媼支えて注連飾る」玄関の上部にささやかなものを飾ったのでが、私が丸椅子の上に乗った。腰痛のため、ふらふらする。妻に支えてもらて、どうにか飾った。重労働の思いをした。それでも80過ぎの二人で助け合って新年を迎えることが出来たのは、幸せなのかもしれないと思って一句に仕上げた。

 

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